「実感なき」といわれながらも、戦後最長の景気拡大という記録を塗り替えてきた日本経済が、大きな転換点を迎えようとしている。
日銀が発表した六月の企業短期経済観測調査(短観)は、原油など原材料価格の高騰が企業収益を圧迫し、企業の景況感が一段と悪化している状況を浮き彫りにした。景気後退と物価上昇が同時に進むスタグフレーションへの懸念も強まる難しい局面である。
短観によると、企業の景況感を示す業況判断指数(DI)は景気動向の目安とされる大企業製造業でプラス五と、前回の三月調査時に比べて六ポイントも悪化した。三・四半期連続の低下で、二〇〇三年九月調査のプラス一以来、四年九カ月ぶりの低水準となった。
原材料価格の高騰に加え、米サブプライム住宅ローン問題による米経済の後退懸念も作用した。自動車や鉄鋼といった輸出産業や素材産業の景況感も大きく悪化した。大企業の非製造業や中小企業についても前回調査より下回った。
原油や穀物の先物相場などの高騰は、企業だけでなく家計にも影響が及んでいる。七月に入って、ガソリンの小売価格がレギュラー一リットル当たり百八十円を超えた給油所も多い。電気・ガス料金や食用油、練り製品も値上がりした。八月からもマーガリンやチーズ、ブランド卵などが待ち構えている。短期間で再値上げという品目もある。
身近な生活必需品が多いだけに影響は深刻だ。しかも、景気拡大で需要が高まって物価が上昇するのとは異なり、賃金が上がらない中での物価高は消費者心理を冷え込ませることになろう。それが、企業への打撃となって景気に跳ね返るという悪循環に陥りかねない。日銀には、物価を抑制しながら景気を冷え込ませないという難しい政策が迫られる。
世界的にインフレ圧力が高まる中で、欧州中央銀行(ECB)は利上げ再開が確実視されている。米連邦準備制度理事会(FRB)も利下げを休止した。それに比べ、日銀の存在感の薄さが気になる。この難局にどう対応していくつもりなのか。
原油や穀物の価格高騰の要因となっている投機に対処していくには、国際的な協調が欠かせない。間もなく主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)が開催される。世界経済が極めて異常で厳しい状況に置かれている危機感を新たにし、各国と連携を強め、景気と物価の動向に十分目配りをしながら対処していくよう求めたい。
二〇〇一年九月、死者四十四人を出した東京・新宿の歌舞伎町ビル火災で、防火管理を怠ったとして業務上過失致死傷罪などに問われたビル所有会社役員ら六人に対し、東京地裁は五人に執行猶予付きの有罪判決を言い渡した。元テナント関係者一人は無罪とした。
同ビル火災は、三階エレベーターホール付近から出火、三階のマージャンゲーム店と四階の飲食店の客や従業員が一酸化炭素中毒などで死亡した。警視庁は放火の疑いで捜査している。
裁判では会社役員らが火災を予測でき、防火管理上の責任を負うかが争われた。判決は歌舞伎町の火災発生件数や出火事例などから予見は可能とした。また、「防火扉が正常に閉じるよう管理していれば被害者が死亡することはまずなかった」と過失を認めた。
判決は「被告は利潤追求のあまり、防火防災意識が希薄で、危険な状態の改善を怠った」と厳しく批判した。多数の人が出入りする建物、施設の火災をめぐる刑事裁判で、経営者ら防火管理の最高責任者である消防法上の「管理権原者」の責任を重視する近年の流れに沿った判決といえよう。
消防庁は、歌舞伎町ビル火災の発生直後に全国の小規模雑居ビルへの立ち入り調査を実施したが、防火管理者未選任、訓練の未実施、消火器や避難器具の不備など消防法違反に当たるビルが91・9%に上った。
このため〇二年に消防法が改正され、消防がいつでも雑居ビルに立ち入り検査でき、改善命令に従わない会社に対する罰則強化などが定められた。しかし違反率は〇六年でも50・6%で依然として高い。悲惨な教訓を生かすためにも、ビルの持ち主やテナント経営者は防火意識の徹底が必要だ。
(2008年7月3日掲載)