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ホワイトハウス御用達

 

 アメリカ大統領機の条件は何か。テレビや雑誌の写真で見る限り、それは少しの汚れもない外観と豪華な内装と、そして何よりも安全で、いつでもどこでも連絡通信が可能な機能、さらには外敵からねらわれた場合の防護装備であろう。

 ニュースに出てくる大統領のヘリコプターは、常に飛行可能な状態でタラップをおろし、そばに青い制服の海兵隊員が不動の姿勢を取り、タラップの上で手を振る大統領の姿である。あるいはホワイトハウスの緑の芝生から飛び立つ場面だ。

 このヘリコプターを誰がどんなふうに飛ばしているのか、もう少し詳しく見てみよう。

 大統領のヘリコプターを運航しているのは海兵隊のヘリコプター部隊HMX-1である。この部隊が実験航空隊として発足したのは1947年12月1日。Hはヘリコプター、Mは海兵隊のマリーン、Xは実験のエクスペリメンタルを表している。

 海兵隊は早くからヘリコプターの特性に目を着け、当時はパイアセッキHRP-1を9機とシコルスキーHO3S-1を6機保有、ヘリコプターの垂直飛行の機能を進攻輸送や戦場で活用できるかどうか、試験と評価をするのが任務であった。その結果は1950年にはじまった朝鮮戦争で実行され、成果をあげた。

 発足から10年後、1957年アイゼンハワー大統領のときから、HMX-1は要人輸送の任務を与えられた。これはアイゼンハワー自らの発想になるもので、近距離の移動にヘリコプターが使えないかという諮問に始まった。

 大統領として初めてヘリコプターに乗ったのは、先の本頁にも書いたように1957年7月12日、ホワイトハウスからベルUH-13-Jでキャンプ・デービッドへ飛んだときである。またH-34が初めて大統領を乗せて飛んだのは、ワシントンからロードアイランドの海軍航空基地まで10分間の静養旅行であった。アイゼンハワーはヘリコプターが好きで、任期の終わるまで空軍のベル47や海兵隊のUH-34に乗りつづけた。

 当事はまだ海兵隊だけが大統領のヘリコプターを担当するわけではなかったが、1976年からは独占任務となった。


ヘリコプターから降り立ったドゴール将軍とアイゼンハワー大統領

 シコルスキーVH-3Aが大統領機となったのは1962年初めである。1976年からは改良型のVH-3Dに変わった。乗員は4人、乗客は15人までのせられる。巡航速度は225q/h、航続965km。現在は同機が11機使われている。機内には大統領専用の特殊な電話がつき、バーやトイレもある。そして徹底した防音装備に加えて、敵の電磁攻撃やミサイル攻撃から大統領を防護する構造にもなっている。ただし詳しいことは秘密らしい。

 機体の塗装が今のように白と緑になったのはケネディ大統領のときからで、両舷には米国旗や大統領の紋章もつけられた。

 ホワイトハウスの芝生で使用するのはVH-3Dだが、ブラックホークの派生型VH-60に大統領が乗ることもある。これらのヘリコプターをHMX-1は複数所有し、大統領がよそへ出かけるときは、あらかじめC-5輸送機で目的地へ送りこみ、待機させておく。ワシントン周辺では通常VH-3Dが使われるが、大統領が遠隔地や外国へ向かう場合はVH-60が起用される。VH-60の方がC-5に積みこむのが容易だからであり、また高温・高地での飛行性能が良いからでもある。

 アメリカ軍の要人輸送任務とは、大統領がワシントン周辺や世界各地へ向かう際の輸送ばかりでなく、副大統領、閣僚、来訪する外国要人、国防長官、統合参謀本部議長、海軍長官、海軍作戦部長、海兵隊司令官の輸送もおこなう。

 大統領が乗ったときは「マリーンワン」という無線コールサインが使われる。副大統領のときは「マリーン2」。また外国の元首や要人をのせたときは「ステート・ワン」と呼んでいる。

 HMX-1の最高司令官は大佐である。この人だけは伝統的に大統領と一緒にマリーンワンに同乗することになっている。クルーチーフは機体が着陸すると真っ先に降りてタラップの下で降りてくる大統領を出迎える。

 HMX-1は海兵隊の中で最も古く、最も大きなヘリコプター部隊である。基地はワシントン南方50kmほどのバージニア州クォンティコにある。

 その任務は要人輸送のほかに、海兵隊の採用する新しい航空機の運用試験を担当しており、現在はティルトローターMV-22オスプレイの再試験を進めている。また航空機と同時に装備機器の運用評価試験もおこなう。たとえば赤外線暗視装置(FLIR)や夜間暗視ゴーグル(NVG)、航法システム、通信システム、火器、防御システムなどの試験である。

 もうひとつの任務は訓練で、海兵隊員の基礎訓練から士官候補生の訓練までおこなう。

 こうした任務を遂行するため、HMX-1は上記2種類のヘリコプターに加えて、シコルスキーCH-53D、CH-53E、ボーイングCH-46Eといったヘリコプターを保有する。これらの機材はホワイトハウスの職員や報道陣の輸送にも使われる。


2002年2月ポトマック川上空の大統領機。バスの上をかすめたのであわててカメラを取り出したが、
シャッターを切ったときははるか遠くへ飛び去って行くところだった。

 要人輸送用のヘリコプターは常に厳しい保安警備の下に置かれている。基地外では憲兵隊がついていて、警備の任にあたる。また大統領が欧州各地、中東各地などを転々と移動するような場合は、行く先々にあらかじめ保安要員を派遣し、補用部品や燃料などの手配もしておかねばならない。遠隔の外地であっても、ヘリコプターも乗員も常に飛行可能な体制で待機するのである。

 そのため、HMX-1のパイロット、整備士、その他の関係者は大統領の旅行日程に先行して、ほとんどいつも旅まわりをしているようなことになる。

 このような大統領機のパイロットは、原則として志願者の中から採用される。名乗り出るには1,500時間以上の飛行経験が必要で、操縦技能はもとより思想や出自など、さまざまなふるいにかけられる。

 採用されても最初から大統領機の操縦ができるわけではない。初めのうちはVH-3DやVH-60以外のヘリコプターを担当し、ホワイトハウスの職員や報道陣の輸送にあたる。大統領機の操縦をするには少なくとも2,000時間以上の経験が求められる。

 大統領機の飛行は外見上はなんでもないように見えるが、内実は800人近い隊員たちの無言の努力と大変な苦労の結果である。その飛行には一点の齟齬もあってはならない。隊員たちは、しかし、誇りをもって長い時間をかけ、入念に仕事をする。

 彼らの扱う機体は30機余り。部品類は正規の耐用時間の半分で交換される。

 大統領機の飛行と乗員の仕事ぶりは常に世界中から見られている。そこに何らかの不具合が見えたならば、世界は単にヘリコプター部隊HMX-1の失策とはとらずに、アメリカ合衆国そのものの失態と受け取る。

 今、大統領の乗る「マリーンワン」は年間240回ほど飛んでいる。

西川 渉、2003.6.6)


積雪で凍ったホワイトハウスの芝生から飛び立つVH-3D

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