アイルランドの批准拒否で、欧州連合(EU)の将来を左右するリスボン条約が宙に浮いたかっこうとなった。今月から議長国となったフランスは統合促進への道筋を示さなければならない。
リスボン条約は、加盟国が二十七カ国に増え柔軟な運営が限界にきているEUのしくみを簡素化するもので、半年ごとの輪番制だった議長制を廃止し大統領(常任議長)を置くのをはじめ、外相に相当する役職を設置、意思決定方法の簡略化を図るのが主な内容だ。
昨年末首脳間で合意し十九カ国が批准している。順調に作業が進めば、来年初頭にもEUの初代大統領が誕生するはずだった。
ポーランドのカチンスキ大統領は現状での批准は無意味として批准書に署名しない意向を表明。チェコのクラウス大統領も、現在条約の合憲性を審理している憲法裁の判断が示されるまで、批准署名しない考えを示している。
アイルランド拒否の最大原因は「EUがよく分からない」という一般国民の素朴な疑問だろう。EUは戦後、不戦の誓いをもとに結成された欧州石炭鉄鋼共同体以来、エリート官僚に主導されてきた組織体だ。その基盤となる法体系は改正に改正を重ね、迷路のように錯綜(さくそう)した条文の束と化している。専門家でも理解が困難とされ、当のアイルランド国民投票委員長でさえ記者会見で自国憲法との整合性を問い詰められ、言葉に窮したほどだ。
リスボン条約に先立つEU条約の批准拒否は過去にも例がある。その度に問われるのは、いまだ将来像が明確でない超国家的統合体に主権を譲渡することへの国民の不安だ。それは、EUの分かりにくさへの不安と重なる。
EUは、グローバル化する国際社会にあって国家単位では解決できない問題に対応する地域統合体として一つのモデルを提供してきた。アジア、中南米、アフリカなど、世界各地の地域統合のプロセスにも大きな影響を与えている。戦争を経ず、市場統合、通貨統合を超えて平和裏に政治統合を進める歴史的試みでもある。
EUは過去の躓(つまず)きにも加盟国への一部条項適用除外や条約修正などで柔軟に対応してきた。今回も議長国フランスの下、十分な批准拒否の分析を行い、統合促進へ「欧州の知恵」を示さなければならない。食料危機、エネルギー危機というグローバルな危機にあってこそ、その真価が問われる。
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