この10年間というもの、日本の生産管理思想をリードしてきたのはトヨタだったといってもいい。長かった不況の間も、ほぼかわらずに大きな利益を上げ、東海地方をはじめ日本の多くの製造業をひっぱってきた。その地位と威光は誰も侮れまい。おかげで、トヨタ生産方式も多くのメーカーの範と仰がれてきた。大手電機メーカーなどもきそって著名なJITコンサルタントを迎え入れ、「生産革新」の名の下にトヨタ生産方式を導入しようと努力してきた。
ところでごく率直に言うと、トヨタ生産方式を導入しようとして、かえって生産状況を混乱させてしまうケースを私は何度かみかけた。どうもそれは、トヨタの真似をしようとして、いくつかの前提条件を忘れてしまうために起きているらしい。そこで今回は、あえてその条件を5項目にまとめ、チェックリストの用に供しようと思う。名付けて、「あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由」である。では、まず第一の条件: 1 最終消費者への販売量が官庁統計から正確にわかる 自動車は消費者の手に渡ると、かならず国交省陸運局に登録し、ナンバーを発行しなければならない。むろんメーカーからディーラーに出荷しただけの段階では、ナンバープレートはいらない。官庁の側は、毎月、どの車種が何台登録されたかを、正確な統計情報としてつかんでいる。つまり、最終消費者への販売量が官庁統計としてわかるのである。これは自動車業界の特徴と言っていい。パソコンや家電や飲料食品では、こうはいかない。どうしても販売店へのヒアリングや調査会社を使っての間接調査に頼ることになる。 最終需要をいかに素早く、正確にとらえるかが、生産方式決定の起点である。なぜなら、生産システムとは需要情報を製品に変換するための仕組みだからだ。自社工場から、卸や販売会社に渡ったら、あとはさっぱり分からないようでは、かなりアバウトな、目の粗い需要情報しか手に入らない。そんな状態で、どうやって「カンバン」や「一個流し」や在庫低減を実現できるというのだろうか? 2 商品の季節性がほとんどない これも自動車産業の特徴である。むろん正確に言うと、自動車販売自体は月別にそれなりのパターンがある。しかし、「夏仕様」と「冬仕様」で製品自体が違う、というようなことはない。旺盛な年末商戦の需要に対応するために、秋から初冬にかけて作りだめする、などということもない。まして、暑夏か冷夏かを占うために長期予報にたよる必要もない。自動車産業というのは、年間を通じて、きわめて「平準化」に向いた商品特性をしているのである。 3 販売チャネルの店頭で異なるメーカーの商品が競合しない あなたが大型カメラ店にいけば、ソニーと東芝と松下の製品をじかに触って比較できる。値段の違いも一目瞭然だ。店員は違いや優劣について、公平に教えてくれる。公平じゃないと、むしろ客の側から疑われる。ビールや雑貨や書籍も同様である。こうした世界では、需要の決定力は、メーカーではなく、顧客に接している販売チャネルやチェーンストアの側がもっている。 ところが、自動車ディーラーの世界は、いまだにメーカーの系列で縦割りになっている。ディーラーの店頭で、トヨタとホンダと日産のコンパクトカーを直接比較して乗り比べる、などということはありえない(ま、中古車は別として)。おわかりだろうか。シェアは直接の商品力ではなく、チャネルの販売力に依存しているのだ。それゆえ、トヨタは生産・販売両者が統一した生産数量の計画で動くことができる。 それどころか、トヨタでは販売計画へのコミットメントとひきかえに、販売側に一定数量の製品引き取り義務を課すことさえしている。私の知っているトヨタのOBは、「車種も値段も納期も客のいうままに売るのなら、誰だってできる。そんな営業は仕事してないのと同じ事だ」とまで言っていた。これが安定した向こう3ヶ月の購買発注内示のベースなのだ。だから、安定した販売計画をもちえない他の自動車メーカーは、内示がひどく変動する。そんなところで無理矢理カンバンを動かしたら部品サプライヤーが疲労するばかりである。 4 トップマネジメントが生産管理を理解している つぎは(ようやく)生産管理のことだ。 トヨタは生産管理出身者が社長になれる、いまや珍しい会社である。というのも、今日のたいていの製造業では、企画畑とか営業畑とか財務畑出身者が出世街道の主流を占めていて、生産管理出身など工場長止まりというケースが多いからだ。そういう会社では、生産管理というものは「現地・現物」から離れた、なんとなく抽象的な思想としてのみぼんやり理解されていて、真の問題解決指針がトップから降りてこない。 というのも、現代の生産管理における最重要問題は、需要(販売)と生産の両者をいかに同期化させるかにあるからだ。販売の要望に応じて生産側が一方的に同期化する、ではないことに注意してほしい。だから、ここまでの3条件は販売と商品のことばかりを書いてきたのだ。トップが生産調査部出身で、どうやってセル生産や一個流しで変動に機敏に対応するか、といった技術の悩みを理解してくれるようでなければ、どうしてうまく生産方式が回っていくだろうか(まあ、そもそも『生産調査部』なんて部署がある会社の方が少ないが)。 5 仕事のやり方を変えること自体が仕事の重要な目標である 他の会社からトヨタに2年ほど出向した経験者から異口同音にきいたことが、これだ。つまり、あの会社は仕事のやり方を変えることに抵抗が少ないのである。 「変えないことは悪いことだ」 「変革に反対するものは、せめて横で黙っていてくれ」 「トヨタの敵はトヨタだ」 これはみんな、会社が従業員に発信しているメッセージである。そして、これがトヨタ生産方式を支える最大の条件なのだ。だからこそ、「なぜなぜ5回」などという根本原因の探求に耐えられるのだろう。たいていの会社では、3回目くらいで『因習』にぶつかって、あとは口を閉ざすしか無くなるのがオチだ。ましてや、あえて問題を顕在化させるために、「アンドン」をあげて最終組立ラインをストップさせる、などというとんでもない芸当が正当化されるわけがない。むしろ生産ラインを止めたら大目玉を食らう、というのが世間の常識であろう。 仕事のやり方を変えることに心理的抵抗が多いまま、むりやり「トヨタ生産方式」を形だけ導入することほど、矛盾することはない。これこそ仏作って魂入れず、の典型である。 念のため書いておくが、(あの徹底ぶりには敬意を感じるものの)私自身は必ずしもトヨタの礼賛者ではない。むしろ、トヨタ生産方式が無条件にここまで権威を持って仰がれることに危惧を持つものだ。なぜなら、しばしばそれは錦の御旗ないし御印籠として、人を思考停止に導きかねないからだ。たぶん、あなたの会社は(そして私の会社も)トヨタではない。それだけではなく、立脚しているビジネスの前提条件も、違うのだ。違う土地には、違う樹木が育って、ことなる実を結ぶ。それがどのような形のものかは、あなたと私が自分で必死に考えなければならないのだ。 蛇足: 応用問題として、「あなたの会社にDell生産販売方式(BTO)が向かない5つの理由」も、考えてみるのをおすすめしたい。 タイトル : ホンダ、脚力が低下した人の歩行を助ける「歩行アシスト」を.. ホンダ、脚力が低下した人の歩行を助ける「歩行アシスト」を病院で実験本田技研工業は6月30日、加齢などで脚力が低下した人の歩行を補助する「歩行アシスト」の実験機を利用し、7月1日より埼玉県川越市の真正会 霞ヶ関南病院と共同実験を実施すると発表した。歩行訓練者を対象とした霞ヶ関南病院のリハビリテーションに歩行アシストを利用し、適合性や有効性を検証、評価する。歩行訓練者、理学療法士、医師、研究者が、それぞれ...more
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