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2008.07.01

「きれいなやりかた」を目指して失われるもの

外傷の患者さん受け持って、いろんな方からJTEC、「外傷初期診療ガイドライン」読むといいよ なんて言われた。読んでみて、やっぱりなんか無理だと思った。

「現場の裁量」認めちゃいけない

ガイドラインは分厚くて、「この通りにやれば大丈夫」を目指しているよりは、 むしろ「医師ならここまで知っているべき」みたいな知識を示すやりかた。

「ガイドライン」うたってるんだけれど、書かれかたとか、講義のDVDだとか、むしろ「お手本」の医療みたい。 「頭部外傷にとらわれて、いきなりCTスキャンオーダーしてませんか?」なんて、 読者を挑発しつつも正しいやりかたを提示して、講義が進んで「診断」する段になると、 「必要な場合には画像診断も参照する」とか、微妙に逃げて、もとい現場の裁量を認めてた。

「必要があれば」とか、状況ごとの術者の判断だとか、「ルール破り」を暗に認める書きかたは、 もちろんそう書くことそれ自体は間違いではないのだろうけれど、そのガイドラインを武器として使うには、 ちょっと足りない。

正しい「お手本」を示して、「修行して、お手本どおりにできることを目指しなさい」というやりかたは、 とくに救急医療に役立つ本を書こうと思った場合、あまり役に立たない。何となく、読んでも守られた気がしないから。

地面に引いた線の上を歩くのは容易だけれど、地上10mに設置した棒の上を、 命綱なしで歩くのは、すごく難しい。

地面に引かれた線の上を歩き続けて10年ぐらい、「修行」を積んだら、 あるいはそのうち、地上10mでも怖くなくなるのかもしれないけれど、 明日からそれをやらなきゃいけない現場で、「修行」を要求するガイドラインは酷だと思った。

術者の技量に期待しないでほしい

救急やってて、いろんな人が来る。何もしないで元気になっていく人もいれば、 院内のマンパワー総動員して、やっぱり亡くなる人もいる。

こういう場所に立っていると、とにかく「分からないのに具合が悪い」という状況が一番怖い。 ご家族なんかに悪い結果を伝えるときに、「原因分かりませんが具合悪いです」なんて言えない。 むしろ全身から出血していてもうコントロールできないだとか、同じ状態悪くても、原因がはっきりしていれば、 まだしも伝えようがあるのだけれど。

外傷の患者さんでそうなる状況というのが、緊張性気胸と、心タンポナーデ。その場で 診断するのが実質不可能で、見てる目の前で血圧下がるのに、輸液だとか昇圧剤だとか、 普通の治療に反応しない。

JTEC のデモンストレーションのビデオには、外傷でショック状態になった人が患者 役として登場する。呼吸はあるけれど、意識が悪い状態。

デモンストレーターの先生は、その人の胸を観察して、聴診して、打診して、 「緊張性気胸です」なんて診断して、ためらうことなくチェストチューブを入れてた。絶対無理だと思った。

視診だとか聴診だとか、術者や状況で確度が大いに左右されてしまう検査を判断の要に据えて、 その無謬性を、術者の修行で確保しようという考えかたは、やっぱり戦略として間違ってる。

ガイドライン作って、現場をそれで守ろうとするならば、本来ならたぶん、 「確実だけれど高コスト」だとか、「確実だけれど大袈裟」な検査を運用ですぐに使えるように ガイドラインに定めて、やりかたを改良していく中で、そうした検査のコストダウンを考えるのが筋だと思う。

具体的には、やっぱりCTスキャン。

「CT 撮りたいとか思ってませんか? 」なんて言わないで、どうせ誰もがCT 撮りたいと思ってるんだから、 いっそ救急外来をCT 室にしようよと思う。救急車が横付けしたら、そこはCTの撮影室で、 ストレッチャーごと円筒の中に入る。空間限られてて、いろんなことがすごくやりにくくなるからこそ、 そんな不便な空間での振る舞いかたを、実技コースを通じて身につけてもらう。

きれいな手本を示して、みんなが目指すやりかたと、ワーストケース想定して、 それに従った振る舞いかたを、みんなで練習するやりかた。後者のやりかたは大袈裟で、 洗練からはほど遠いけれど、現場はそのほうが安心して働けると思う。

現場を守るマニュアルのこと

社会の信頼コストの変化に応じて、マニュアルだとかガイドラインの書かれかたも変わらないといけない。

「きれいなやりかた」を提示して、現場の裁量を大幅に認めるマニュアルというのは、 それを書いた人を守る効果は高いけれど、それに従おうとして、「お手本」に従いきれなかった現場の医師を、 そのマニュアルは保護してくれない。

ワーストケースを想定するやりかたは、治療のやりかたとしては汚らしくて大げさで、 何だかそれに従う医師が「馬鹿」みたいに見えてくるけれど、ガイドラインが馬鹿でいさせてくれるからこそ、 現場は判断リスクから自由になれる。

外傷の患者さん受けて、けっこう怖い思いして、「ガイドライン読みなよ」なんて言われて読んで、 やっぱりこれは「お手本」なんだなと思った。

もちろん目指すべき目標として、「お手本」示すことは大切なんだろうけれど、 「修行を積めば、君も緊張性気胸を視診一発で確定診断できるよ」なんて宣言されても、 外傷診療に挑む若手は減る一方だと思う。

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Comment & Trackback

うーん。JATECガイドラインをきちんと理解されていないのか、緊張性気胸と実際に遭遇されていないのか、、、。緊張性気胸は画像診断している余裕ないんですよね。(コース中でもx線が存在してはいけないとコメントされています)CTに関しても、かなり高速に撮影できるようにはなってますが、やっぱり「死のトンネル」で、どんなに撮りたくても状態落ち着いてからの撮影が基本です。だからこそ診断・処置を急ぐものはCTによらずに行うわけで。JATECはかなり合理的、理論的にできているように思います。そもそも、字面をおっただけで外科的処置がすぐにできるわけないと思いますが。

EBMブームから始まってマニュアル、ガイドラインブームですね。と言うかバブル状態です。本国アメリカでも分厚すぎて目を通す医師は大学病院の医師か研修医、学生しかいないらしい。現場で働く医師にそんなものは無用の長物で、、、「最低限これだけはやらないと裁判で負けます」っていうマニュアルを各学会が出すべきと思う。でも、ネガティブなものってなかなか出てこなくて、放射線科学会でも出たのはガドリニウム造影剤の副作用であるNSFに対する注意勧告レベル。腎機能についてはCKD学会のガイドラインはあるけれど、まともに従っていたら造影検査なんてできなくなってしまう。。。被曝に関するガイドラインなんて出る気配もなく、無駄な医療被曝が日々繰り返されている。最もシビアなデータでは4列のCTで5000人に一人の肺ガン発生リスクがあり、64列では1000人に一人と言われている。心臓CTは乳線、肺に対しての被曝はその何倍にもなる。学会は今までも、これからも口を閉ざしたままなのでしょう。。。

「見る前に飛べ」って言葉がありますが、JATECなんかまさにそうで、あれは、ラジオ体操なわけです。10m下を見るとか、思考しちゃいけません。体で動き(動線)を覚えるんです。
弓道部のご出身じゃなかったっけ?的にあたるかどうかが問題じゃなくて、正しい姿勢で弓を射るという行為が問題にされてるわけです。はじめて的を見て、あんな遠くの的に当たるわけがない、と怖気づいた昔を思い出してください。
わたしは、昨年一年間でACLSを3回受講しました(1年半前には、BLSも未受講でした)。若い人と違って、体に身に付くのが遅いですからね。さすがに、反射的に手や体が動くようになってきた気がしてます。型を覚えるのって、けっこう楽しいですよ。
それから、JATECは、申し込んでから受講可までに、待ち人数が多いんで、4回くらい申し込まないといけません。だから、はじめの3回くらいは、受講不能な日時場所でも、とにかく申し込んどくといいですよ。

JATECにしてもACLSにしても、あくまで「教養」として身につけるか、身につけた上で一定期間それ以上の修行をした上で実戦投入するか、なんだと思います。実際に救急で地雷を踏む可能性のある立場では、JATECやACLSだけでは、見る前に飛ぶ、は出来ないなあと思いますし、地雷を踏んだからって、JATECやACLSって助けてくれるほど霊験あらたかとは思えないんですよね。
(一つ前のはミスですので消してください)

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