館長私的記録 (Chief Librarian's Personal Log)
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10月2日未明。
寝ている間に蚊に刺されたー。

10月2日朝。
米国の知人(自閉仲間)から、サイトを閉鎖したとの通知。匿名性、無名性を取り戻したいとの趣旨。少なくとも、別のある若い自閉者の場合とはちがって、嫌がらせが原因ではないらしいことに少し安心する。

でも、デザイン等、見慣れていたものが消えていくのは、「同じ景色の再訪」を好む私には、苦痛なことにはちがいない。サイトが閉鎖されるたび(いや、改装、模様替えでも同じなんだけどね)、これだけの喪失感を味わっていたのでは身が保たないぞ。最初から、愛着を感じないように自分をプログラムすることはできないもんだろうか。

10月2日昼。
国勢調査票を渡さないといけないので、調査員を待っている。

夫の欄に、「家事のかたわら仕事をしていた」(逆だったかな? 「仕事のかたわら家事をしていた」かもしれない)と書き、私の欄に「もっぱら仕事をしていた」と書いた。夫の労働時間は30時間台で、私のは90時間台であった。9月24日から30日という、たまたま極端な一週間を指定されただけなんだけどね。これが10月1日から7日だったら、私はめでたく無為徒食の徒である。統計なんてそんなもんだよね。

それにしても、自分で数日間の休みと決めたくせに、やっぱり休んでるとつまんない。家の中のこととか、お金のこととか、やらなきゃいけないことは山ほどあるのに、それはみな、締め切りのない用事ばかり。所要時間の見積もりも立てられない。優先順位もわからない。だから、永久に先送りになるんだな。

これが、他人の家の家事だったりすると、「帰る時間までにあと何十分あるから、少しでもこれをやっておこう」なんて計算もできた。締め切りがあるからなんだろうな。

10月2日夜。
脳内BGMはふたたび「きょうの健康」のテーマに戻った。

そうそう、調査員は午後に来ました。無事、渡せました。ふう。密封でも怒られなかったです。私はこういう大規模調査って好きじゃないですが、差し支えない範囲で、というか、自分が不愉快にならない範囲で書いてしまいました。反対しているみなさん、ごめんなさい。

10月2日深夜。
眼鏡がふたつともかなりガタガタのユルユル。いや、ガタガタどころか、新しい方などは、一度ツルの根元が折れたのを、夫が糸でくくるやらノリで固めるやらしてくれたのを使っている。新しいのを作りたいなあ(正確には作らせたいなあ)と思っているのだけれど、「眼鏡屋さんに行く」というのがどうしても難しい。前に作ったのは15年前と7年前。どちらも、自虐的に自分を鍛えようとしていた時期のことで、眼鏡屋さんに入ることも一種の「修行」みたいに思ってたからできたことだけど、もうそんな幻想を卒業しちゃった今となっては、「そんな怖くてしんどくて面倒なこと、とてもとても」という気になってしまう。修行じゃなくて、必需品の補充だというのに。言いたいことは、先に紙に書いて持って行けばいいのだろうか? それとも、キーボードを手に入れてからの方がいいかな。いや、それ以前に店に入れるのか? 家を出られるのか? 靴さえも合う番号を見つけてしまったので今や通販でも調達できるようになった私だが、眼鏡だけは、通販で買えないものねぇ。

眼鏡を作りに行くとか、歯医者に行くとか、病院に行くとか、そういう「戦いの時」にだけ、ドーピングするわけにいきませんかねえ。ドーピングっていうと言葉が悪いですか? 時期的に。じゃあ、トンプク。病院には10年以上行ってないし、歯医者には17年行ってない。さすがに不安でしかたがないのだけれど、行きかたもわからないし、うるさいし、行ったって手順とかわからないんだもの。だいたい初診ってあれ、電話で予約するんですか? だとしたら、この「電話」で既にふるい落とされてるわけね。あ、そうか。トンプクもらうのも病院だっけ。だとしたら、病院に行けるようになるためのトンプクをもらうわけにいかないから、やっぱりダメじゃない〜。

私は非常時に弱い。だから、耐久製品の買い替えとか修理とか充電池の交換とか冠婚葬祭とかいった、「たまのこと」をひどく恐れている。まあ、常に恐れているわけではなくて、ときたま思い出して怯えだす程度。夜中に、せっかく寝ていたのに夢の中で「洗濯機が故障したらどうしよう!」と思いついて目が醒めて暴れてみたり、ゴハン食べてて急に「買い置きしてある掃除機の紙パックがなくなったら、次はどこで買えばいいんだろう!」って思いつくと、汗が吹き出して全身の皮膚がちくちくして何も食べられなくなったり(前に掃除機の紙パックを買いだめしたのは数年前、引っ越してくる前の家の近くの電器店だった)。

(上の文章は、不平不満でも愚痴でもないつもりです、一応。そして、「仕事に就けていること」「外国語が読めること」とは何の関係もない話です。お願いだから、「仕事ができるくせに、眼鏡を作りに行けないなんておかしい」なんて言わないでくださいね。おかしいかもしれないけど、私には本当なんですから!)

10月3日朝。
今日で仕事を3日も休んでいる。それなのに腰痛が治らない。こんなの非論理的だ。矛盾している。

腰が痛くなるのは、無意識のうちに仕事をしたくないから、仕事を休みたいからのはずなのに。私は仕事が大好きで、つらいことがあると仕事に逃げ込むしか能のない仕事中毒だけど、それは意識の世界のことだけで、無意識では仕事を休みたがっているらしい。だって腰が痛いんだから。

だから私は、ずっと楽しみにしていた。仕事が休みになれば、腰が痛くなくても仕事が休めるので、腰は治るはずだろう。「疾病利得」とかいうやつの、「利得」そのものがないんだもの。そう信じて楽しみにしていた。でも治らないじゃない。

自閉圏の人たちはウソがつけないとか、あちこちで聞かされる。私はしじゅう聞いている。でも、仕事が嫌いなのに仕事が好きだと思っていたり、そう公言したりするのはウソじゃないのか? 仕事を休みたいからっていって、腰を痛くするのは、ウソじゃないのか? だとしたら私はアスペルガーではないのかもしれない。だとしたら私のかかえている、ほかの問題はいったい何なのだろう? 全部ADHDだけで説明がつくのだろうか。それともLDが重複しているのだろうか。それとも、ただの「普通の人」なんだろうか。私はこれまで、仲間だと思っていた人たちを、だましていたのだろうか。

話はさらにややこしくなる。私は腰痛が一番ひどかったとき(そのときはまだ、「これは腰が痛いとよばれる状態だ」とは知らなかったけど)、ベッドの中にノートパソコンを持ち込んで、寝たまま楽しく仕事していた。つまり、せっかく腰を痛くしておきながら、仕事を休む役に立っていなかったということ。私は、自分でしかけた仮病でさえ、自分で利用できないほどマヌケなのだろうか。

もしかしたら、このあいだ、これが「腰が痛い」という感覚らしいと発見したのが、誤報だったのかもしれないな。もしかしたら、私は腰ではなく、お尻か背中が痛いだけなのかも。あるいは、これは「かゆい」とか「くすぐったい」とか「だるい」とか、なにか別の感覚なのかも。なにしろ覚えたてなので、やはりまだ感覚と名称のマッチングに自信がないのだ。

とにかく、真相はまだわからない。私は本当に腰が痛いのだろうか。それとも、私はウソつきなのだろうか(そして非自閉者なのだろうか)。それとも、仕事が楽しいと思っているのが、「楽しい」の用法ミスなんだろうか。

10月3日昼。
私は果物が好き。買うと嬉しい。でも、買っておいても、食べられない。たいていは、ほとんど腐らせて捨ててしまう。悲しい。私は食べ物を捨てるのが大嫌い。悲しくて悲しくて胸をしめつけられる。

でも、果物は食べられないのです。だれかが声をかけて、誘ってくれたら食べられるのだけれど。

お菓子はそんなことないんです。お菓子なら勝手に出して勝手に開けて食べられる。でも果物は自分からは食べられない。大好きな大好きな梨みっつ。まだひとつも食べていない。またこのまま傷んで、捨ててしまうのかな。悲しすぎる。

10月3日午後。
今日は被検者。テストが3つ。1つめは、飽きまくっていらいらして、ぷいっと放り投げて即終了。2つめは、凝りまくって、試験官に残業を強いる。3つめは、向こうに言われるままにやるテストだから、凝ろうが飽きようが無関係なり。私、種目によって性格が違ったりするの??? 謎だ。

10月3日夜。
腰痛についての知識を収集。みなさんありがとうございました。まず、仕事を休みたくなくても腰が痛くなることがあるらしいということ(そんなの知らなかった! だれも教えてくれなかった)。ASの子でも、ウソをつくということ(私と同じで、バレバレのウソらしい)。そして、今日痛いのは、(少なくとも左側は)腰ではなく背中に当たるということ。

これだけの大変化を統合するには、まだまだ時間がかかります。すぐには納得できないかもしれません。でも、とりあえず、今日、被験者になりにいったのは、ムダではなかったことになります。ウソをつける私がASじゃないことになると、人さまの研究のデータを狂わせてしまうからです。

10月3日夜。
外出から帰ったら、宅配便の不在連絡票が入っていたのだけれど、もう遅くて営業所に電話できなかった。明日の朝電話しよう、と思っていたら、荷物の差出人から、「受け取っておきながらお礼の一言もない」とお怒りのメッセージが入る。それも、「あのときも、このときも、いろいろしてやったのに一度もお礼を言わなかった」という。「あのとき」にも「このとき」にも、先方はにこやかで不満など一言も言わなかったので、「そんな前のことをいきなり言われても〜」という感じだった。

気の毒に、一日中、「どうしたんだ、電話が来ない!」とじりじりしていたのだろうか。それも、おそらく、私の留守中に業者がうちに来る時間よりも前から(これまでにも、荷物がまだ来ないうちから「まだなの?」という電話がきたことがある)。そして、電話が来ないのが、「荷物を受け取っていないから」ではなく、「自分が軽視されているから」であるかのように思えて、ずっと苦しんでいたんだろうか。そして、一日そうしている間に、「そういえばあのときもお礼を言ってくれなかった」「このときもお礼を言ってくれなかった」と思い出されて、苦しくなってきたのだろうか。

10月3日深夜。
私がとある所で「私だってウソをついたことがあると思うんだけど」と書いたところ、だったら私はASじゃないと教えてくれる人がいた。せっかく、他のアスペっ子の親から、「うちの子もウソをつくよ」と教えてもらったのに、また、わからなくなってしまった。

私がASだと言う人たちがいて、ちがうという人たちがいる。両方が当たりというはずはないので、どちらかははずれていることになってしまう。で、私が弱いのは、こういう状況なのだ。

ふたり以上の人間が、「これが好き」「嫌い」と言い合っていたって、「好みは人によって違う」ということを覚えた(というより、「好き」「嫌い」が主観的な概念であることを知った)今では、もう混乱しなくなった。「Aさんが○○を好き」と「Bさんが○○を嫌い」は排他的ではないからである。

ところが、「○○は××だ」と「○○は××ではない」をふたつながらに聞くと、相変わらず、ひどく当惑してしまう。「両方が成立するはずがない!」と思ってしまうから。別の場所に書いた「自分ができていない」で説明した通りである。人の言葉の後ろに人の存在を想像することができないので、言葉を聞くか読むかしたとたん、「はあそうですか」と信じてしまっている。だから内容に縛られるってわけ。相当に理不尽な頼みごとも断ることを思いつかなくて、気がついたら引き受けているというのも、やはり原理は同じ。相手が「そうだ、これをニキさんに頼もう」という発想をしたってことに思い至らないので、まるで既定事項を連絡されたかのような気分になってしまうのである。夫と父の「ここは私が払います」「いやここは私が」を目撃して凍りついていたのと同じ。

そんなわけで私は、八方美人になるべくプログラムされているともいえる。だけど、私の八方美人には目的意識がない。単なる反応性の八方美人だから。相手に喜んでもらうという意識は欠けている。ただ、「あ、そうだったんですかぁ」と思ってしまうだけ。八方美人は嫌われたり疑われたりするらしいが、嫌われている八方美人の中には、私と同様に、その場になるといちいち信じているやつがいるんじゃないだろうか。そして、いちいち本当に信じているだけなのに、「相手に迎合していい気にさせて操ろうとした」という前提のもとに責められてるんじゃないだろうか、そういう人って。行為ではなく、意図が悪いと責められる、そして、その意図の推測がハズレてる、というわけ。

結局、発言者が見えていない、発言者の存在を想定できない(目の前で生身の人間から音声で聞いた場合でも同じ)ので、内容だけが裸で私の意識に飛びこんでくることになるんだ。相手が人間であることをよくよく自分に言い聞かせて思い出させないと、相手がカンチガイをするかもしれない可能性にも気づけないし、相手がべつの信念にこり固まっている可能性にも気づけない。原理的にできないっていうんじゃなく、気づくひまがないのだ。反応が速すぎるから。

だから、この種のパニックは、どっちみち避けられないんじゃないかなと自分では思っている。相手の発言に縛られるのは瞬間的な反応なので、この反応時間を遅らせるのは無理なんじゃないかという気がしている。一度もあわてふためかない状態を目ざすより、「あわてふためいているときに、後まで影響が残る反応・決断・発言をしない」「一度は信じて、縛られてもいいから、その後の回復にかかる時間を短くしていく」のふたつを覚えようとするほうが現実的なんじゃないだろうか。

10月4日朝。
それにしても、「アスペルガーの人はウソをつけない」という話が、いったいどこから出てきたのか、私にはわからない。

私は、「その場限りの言い逃れのウソ」(出まかせ)と、「覚えたての言葉、発音が気に入った言葉を使ってみたいがための作り話」の二種類は経験がある。どちらもバレバレで、たいていはすぐ見つかって叱られるか、叱られなくても覚えておくのが面倒になって自分で白状してしまう。あと、信じたとおりのことを言ったらウソだった、よくわからない部分を推測でつなぎ合わせたら(自分でも信じている)ウソだったなんてのはしょっちゅうだもの。

とにかくわからないことの多い私のこと、推測でつなぎ合わせることも多ければ、まちがいを信じていることも多い。人に教わったとおりのことをくり返したらウソだと叱られることも、子どものときにはあった。

出まかせのウソは、ある程度大きくなって、成長の壁をひとつ越えた後で、初めてつけるようになった。「大人はなんでも子どもよりよく知っている」と思っていたころは、どうせバレると思ったから、ウソをついて役に立つかもしれないってことが理解できなかったのだ。でも、小学校3年くらいから、「大人も、見ていないこと、聞いていないことは知らない」と知ったので、ウソもつけるようになったし(バレバレだったけど)、親や先生のかんちがいで何もしてないのに叱られても、「驚く」「当惑する」「混乱する」ということはなくなった。つまり、小学校3年までの私は、「単語を発音するための作り話」と「自分でも信じているウソ」はつけても、言い逃れのウソはつけなかったとは言える。

だけど私は、3年生以降、言い逃れのための出まかせは言えるようになった。これをもって、「アスペルガーが治った」と言うのであれば、私は小学校3年生で「治った」ことになるけれど。

いったい、どこからそういう話が出てきたのか、私には不思議でしかたがないのだ。

10月4日昼。
私が混乱する原因となった文書を、ほかの人たちが見て、「この発言には悪意が感じられる」「攻撃的である」という感想を持ったらしいことを知る。ヱ〜〜〜〜?

そんな難しいこと、わかれという方が無理だ。私は「ああ、そうなのか」といちいち内容を信じてしまっては、それが元から持ってた情報と一致しないことにしばらくパニクった後、とりあえず理解できる範囲で(いや、実は、難しくてわからない部分が多かったのだ)事実関係だけについて返答しておいたのだけれど。もしかして私の返答は、社会的には完全に的外れだったのだろうか。ちゃんと悪意を検出して、その部分について傷ついたり怒ったりすることを期待されていたのだろうか。

「厭がらせの書き込みは無視するのが一番」とかよく聞くけれど、どれが厭がらせなのかを識別できなくては、だめだ、つかえない。私は、単に、「教えてくれた」と信じていたんだぞ。

いや、だからといって、私が何を言われても平気だというわけではない。「私が苦しむかどうかが、相手の意図と連動していない」というだけだ。悪意がなくたって、いや、悪意以前に、私に向けられたものでなくたって、互いに両立しない情報がふたつ、事実として提示されていると私は混乱する。それが数字のミスプリントであろうと、自分の読みまちがいであろうと、原因は関係ない。とにかく情報さえ矛盾していればSYSTEM HALT! だ。それに、悪意であろうとなかろうと、相手の言葉づかいが荒っぽかったらそれで十分怖がることもある(だから私は、「威勢の良い励まし」や、「楽しそうに盛り上がっている人々」にまちがえておびえて縮み上がる、情けない奴なのだ)。

上のふたつは、学習によるものではない。生理的な、それゆえ一次的な(原発性の)恐怖である。

ところが、「意味のわからない批判」や「どこを批判されているのかがわからない批判」にかぎっては、学習された不安をよび起こす。なにか、またしても知らないうちにだれかを怒らせることをしたのだろうか? という不安。舞台の上で、ひとりだけ台本を持たずにアドリブしている不安。法律のわからない星に放り出されたような不安。

そして、意味はわかるけれど、こちらの言動が誤解されているらしい場合は、「ああ、そんなふうに信じていたのでは、そりゃあ確かにつらいだろう」と思ってしまう。誤解に基づいて傷ついている相手の気分をそのまま「もらってしまう」のだ。届いてもいない荷物の「お礼を言ってこない!」と怒られると、自分まで「来ない電話を待っている気分」になってしまう。「まだ来ていませんよ」と言えば、相手は「なんだ良かった」と喜んで電話を切るけど、私はその後しばらく「電話はまだ?」と引きずることになる。

「誤解されたときに、あまり急いで誤解を解こうとすると、かえって怪しまれてしまう」と聞いたこともある。でも私は急がずにはいられない。相手が無用に苦しむ時間は少しでも短く切りつめたいのだ。それは相手を思う心ではない。私が「なんだ良かった」を一瞬でも早く聞きたいだけなのである。「なんだ良かった」を聞いても、それからまだ、もらいものの「電話はまだ?」は続くのだけれど、一応、「なんだ良かった」を聞いてからは「電話はまだ?」は反復されなくなり、減衰が始まるので。

10月4日午後。
宅配便が届いたので、確認の電話をする。なにしろ営業所に電話をしたのが朝なので、朝一番に届けてもらうことはできなかった。必然的に、確認の電話も朝一番にはできなかった。だから、電話が遅いというのでどんなに怒っているかとびくびくしながらかけたら、まるで何事もなかったかのように機嫌がよさそうであった。昨夜、私が電話した段階で、「外出中で受け取れなかった」と聞いたからといって、「電話が来なかったのは無視されているのではなかった」とわかるだけで、「あのときもお礼を言わなかった」「このときもお礼を言わなかった」が変わるわけではないと思うのだが。そんなものなのか?

ところで、私はこの種の電話を「確認」だと思い、先方は「お礼」だと思っていることがわかった。私だったら、着いたか着かなかったかわからなければ不安かもしれないが、「お礼の一言もない」「感謝の一言もなかった」とは結びつかないと思うのだ。難しいな。自分とは需要が違い、快・不快の基準が違う人に満足してもらうのは難しい。

○月○日。
あちこちで、いろいろな方法で、梨を食べるように声をかけてくれた方々(複数)、ありがとうございました。3個のうち、1個を、無事に食べることができました。

10月4日夕方。
前々から、よくしましまが出て困っていたモニターだが、ついに、色までおかしくなったぞ。突然、何かのスイッチでも入ったかのように画面が青っぽくなった。なんなんだー。そろそろ買い替えかなあ。何か、物欲の嵐に襲われている最中に、必需品の寿命が重なるのって、やだなあー。物欲の嵐って言ったって、結局買わないことが多いんだけど、せっかく「買わないかもしれない贅沢品」をながめて楽しんでいるときに、いきなり必需品の補充の情報収集が割り込んでくるのは悲しい。

もういくつ寝ると、ヴォイジャーまるごとスーパーチャンネルには日ごろ、文句ばかり言ってるけど、それに、地上波が先行してるので今回は未放送エピソードないんだけど(番組表はこちら)、なんか「ある」というだけで気分がうきうきする。まあ、お祭りだからね。

いや、お祭りだからうきうきするってのは違うな。私はお祭り好きじゃないもの。私には本来、こういう視聴形態が合ってるのだ。週1回の放送を心待ちにするという楽しみかたと、私の注意切りかえスタイルとは、非常に相性が悪い。大学の講義だって、本当に勉強できたのは集中講義だけだった。

10月4日夜。
NHKより連絡あり。「にんげんゆうゆう」の10月第2週の2回め、10日放送分(再放送は翌11日)のタイトルが変更になったとのこと。

旧「協調性はないけれど」→新「『自閉者』として生きる」 になるのだそうです。

別に、私が陰でぶつくさ文句を言っていたせいではないとのこと(笑)。私が陰で(こことか、ここで)ブーたれつつも、正面切って変更の申し入れをしなかったのは、本質は外しまくっているけれども、あんまり実害はないと思ったからだった。若い人たち、ちいさい人たちの援助を考えるのに、妨げになるとは思わなかったから。確かに、「協調性がない」と見られがちなタイプの人もいるしね。

10月5日朝。
前々から、とある学会に参加したいなと思いつつも申し込み方法が電話できかないとわからなかったので、半ばあきらめ加減になっていたのだけれど、「そうだ、夫に電話を代行してもらおう」と思いついた。前だったらこんなこと、思いつかなかったよなあ。とにかく、練習だと思って自力でガンバロー! と思ってちゃんとできちゃうか、人に頼んだから練習にならないから自分でやらなきゃと決めて、できないのでずるずるとあきらめるか、どちらかだった。

いろんなタスクの練習をすることが生きる目的みたいな勘違いをしちゃいけない。生きて行くためにいろんなタスクができたほうがいいんであって、タスクの練習するために生まれてきたわけじゃないんだ。

このごろの私は、夫がホテルの予約や、この種の問い合わせの電話をかけているときは、寝室に行ってベッドの中で耳を塞いでいる。自分でかけるのもダメだけど、夫がかけてくれている様子を聞くのもダメなんだ。何でか知らないけど。前は、頼んでおいてそんな風に逃げるのは申し訳ないと思うから頼めなかった。自分でかけるしかないと思って、かけられないからいろんなことをあきらめてきた。でもいまは、「あっち行って隠れるから」と言える。

ひとつ難なのは、耳を塞いでいるので、夫が電話を終えた後、「すんだよ」という言葉が聞こえないことだ。なにかいい方法はないかな(触覚過敏があるから、触ってもらうわけにはいかない)。

10月5日昼。
文中にリンクを貼ろうとして「にんげんゆうゆう」のページを見たら、10日分のタイトルが修正されていないことに気づく。

10月5日昼。
結局のところ、ウソって何なんだろう、仮病って何なんだろう、って考えつづけている。

私はもしかしたら、「ウソ」という名詞の語義や用法の習得過程に不自然、無理があったんじゃないかという気もする。私は五感の設定が両親とは違っていたし、短期記憶は当てにならないのに長期記憶は異様に良かったので、自分の感覚世界や記憶内容を報告したときにも「ウソでしょう」「ウソばっかり」と言われつづけて育ったから。転んで痛くなかったとき、何かの機械音が聞こえたとき、等々。「もう電車が来るよ」と言えば「ウソばっかり」と言われ、後で本当に電車が来ると「まぐれでしょう」と言われる。べつだん親に悪意があったわけではない。両親は私をとてもかわいがっていたと思う。でも、感覚過敏や感覚過鈍、共感覚などを持っているとは、そういうことなのだ。あるいは、記憶力のプロファイルが平均と違うと、親がいくら善意でも、こういうことは起こり続ける。

でもその一方で、私は確かにウソもついた。「この単語を発音したい!」「この文を発音したい!」という要求に勝てずに、口のまわりと耳の感覚を満足させたいという欲求に勝てずに、「しまうまがいたの」と言い続けた。いくら叱られても言い続けずにはいられなかった。いま思ったら自己刺激行動の一種かもしれないのだけれど。

このふたつは、私にとってはまったく別のものだった。でも、どちらの場合にも「ウソ言いなさんな」「ウソばっかり」という同じ音列の発音を聞かされることになる。

失敗をごまかすためのウソ、言い逃れのウソは、小学校3年になって使えるようになった(つまりそれまで使えなかった)。私はもっと小さいうちから「心の理論」を持っていたけれど、それには例外規定があった。私は「任意の大人は任意の子どもより物をよく知っている」という規則を信じていたから、大人は何でも知っているだろうと思っていたのだ。おかげで、先生からの伝言を母に伝えないので叱られることにもなったし、「きょうの宿題はどこ?」と母に質問して笑われることにもなったが(母はギャグだと思ったのだろう)、その一方、私は親にウソをついても無意味だと思いこむことにもなった。つまり、言い逃れのために出まかせを言うという経験は、小学校3年以前にはしていない。それでも私は、「ウソばっかりつく」と叱られることが多かった。

いったい私は、どうやって覚えたんだろうな、「ウソ」という名詞の意味、用法を。

10月5日午後。
10月3日付の「読冊日記」に、自殺企図として異食をくり返した人の話が載っていた。金属製品をたくさん食べたらしい。まじめな医学雑誌の症例報告。その一方、小説の世界でも、被害者に金属(この場合、針なんだけど)を飲ませる話があるという。現実の症例の女性は医師に「針千本飲まないといけない」と訴えていたし、小説の中の加害者は、被害者がウソをついたという理由で、針を千本飲ませるという。

それはともかく。

私はその紹介文を見て(論文も小説も現物は読んでいない)、自殺したいっていう精神状態は大変そうだな、しんどいだろうなと思うし(こっちは現実)、人を拘束して脅迫するほどの恨みをかかえつづけるのは重たいだろうなとも思うし(こっちはフィクション)、被害者としてこんな目にあったんじゃタマランとも思うけど(同じくフィクション)、自傷や他傷の手段が異食であるということについては、あんまり特別な感情を持たない、あるいは持てない。

自殺したい、あるいは計画的に他人を殺したいとまで思う「状態」が既に十分苦しそうだと思ってしまうせいもあって、手段が変わってるからって、だから何なの? って思ってしまう。

まして慣用句の「針千本」を文字通りに解釈する点などは、普通じゃん〜。自閉っ子が慣用句やことわざを字義通りに解釈して怯えたり失敗したり天然ボケになったりするのは当然だけど、別に自閉入ってなくたって子どもは一度くらいそうやって字義通りの解釈をしてみるもんじゃないのか。

ただ、私にとって異食と自傷とは、正反対の領域にあるものだったから、そういう意味では不思議ではあった。異食は落ちついておとなしくするもの、自傷はあわてふためいてるときにするものかという先入観があったから。だけど、リストカットする人たちの話を聞いたり読んだりすると、彼ら・彼女らはちっともあわてふためかずに自傷してるみたいだし、だいいち道具が使えるって点で格段に差をつけられてる感じがするぞ(って別に、張り合ってるわけじゃないんだけど)。だからきっと、私らのパニック時の自傷とか、自己刺激行動の一種としての自傷と、リストカットなどの自傷は、発生機序も機能も目的も丸きり別物なんだろうな(両方やるひとはきっといると思うから、そういう人の証言が得られたら、きっとよくわかるんだろうな)。

10月5日夕方。
知人(複数)から指摘される。4日朝の所や、他所でも書いた、「わからない部分を推測して、信じたとおりを言ったらウソだった」とか「同級生に『これ言ってこい』と言われたままに言った内容がウソだった」とかいうのは、「ウソをつく」に該当しないんだとか。 つまり、本人に「本当と違ったことを言おう」という意図がなかったら、「ウソをつく」と言わないんだという。まちがいを信じていた、あるいは吹き込まれたのはウソと言わないんだという。知らなかったぞそんなの。じゃあ、「知らずにウソを言う」って不可能なのか?

10月5日夜。
ここ一週間ほど、本物の筋肉痛を仮病だと思いこんでパニクっていた私。お見苦しいところをお見せしました。じゃあ結局のところ、仮病って何なんだよ、というわけで、仮病の勉強をしている。フェルドマンとフォード「病気志願者」(沢木昇訳 原書房)を読む。この本は、「やさしくされたい」「世話をされたい」といった情緒的な利得を求めて仮病を使う「虚偽性障害」という疾患を扱ったものだけど、単に痛くないのに「痛い」と言ったりするだけでなく、自傷によって病気を引き起こす例もたくさん紹介されている。

他所での書評などを読むと、どうもこの、自傷の手段の「おぞましさ」に強烈な印象を受ける人が少なくないらしいことがわかるのだが、これも実は、私にはもうひとつピンとこない。たとえばこの本には、毒物を飲んだり、自分の便を注射したりする人の例が出てくるけど、「発熱するためには細菌感染がよかろう、では大便を注射しよう」という発想は、まことに論理的で合理的ではないか?

一方で、そうまでして「やさしくされたい」「看病されたい」という欲望については、身近に感じる人が多いらしい。いや、動機が身近だからこそ、激しい反発をよぶのかもしれない。だけど、私にとって一番理解しがたいのは、この、「看病されたい」という部分だったりする。

だいたいが、体調の悪いときには一人でじっとしていたくないか? ただでさえ自分の体を持て余しているのに、看病してくれる人や、見舞ってくれる人の応対まで強いられる、医師にも病状を説明しなくてはならない。(本物の)病気になるとは、こういうわずらわしいものではないか?(例外もあるけど。自分の体の感覚や不安などに集中したくないときは、ボケればすかさずツッコんでくれる相手、笑わせてくれる相手を求めるかもしれない) 「病気」のこういう面に味をしめるとは、人間ってなんて人間好きな生き物なんだろう。

ところで、本書の著者のフェルドマン先生とフォード先生は、「看病されたい」という患者たちの気持ちは理解できる地球人たちのようだけど、手段の「おぞましさ」を強調しない姿勢が私好みだ。大便を注射する患者の例でも、大便だからといって他の異物と別の扱いはしない。異物を手に入れるためには、自分の排泄物は「手近で便利なのだ」という即物的な説明に納得。自傷をくり返す患者に腹を立てる看護人たちをなだめたり、仮病にだまされて怒る被害者たちに怒られたり、臨床の毎日はなんだか大変そうだけど、こういう学者っぽい医者って好き。

10月5日深夜。
「女性自身」の掲載号が決まったとのこと。17日火曜日に発売されるらしい。しかし私の半生なんて読んでおもしろいんだろうか? 俗に言うではないか。「自分で自分のことを変わってる変わってると言う人ほど平凡だ」って。私は自分が変わってる変わってると思ってきたから、きっとその意味では平凡に違いないんだがな。まあ、女性雑誌というのは小さな子どものいるお母さんたちが読むだろうから、軽度発達障害児の早期受診・早期療育につながってくれたらそれでいいんだけど。

10月6日朝。
誤解されたら雑誌の人たちに失礼だから補足しとく。下の記述は別に、記事がおもしろくないだろうという意味ではない。そんなこと言ったらライターさんに失礼というもんだ(おもしろくない話でもおもしろく仕上げるのが腕だろうしね)。でもほら、私の経験、私の記憶は、あんまり感情と結びついてない。特に、感情が未分化だった若いころの記憶は。私の人生にめりはりを与えてるのは、感情じゃなくてこだわりなのだ。子どもから青年期にかけては、「怖い・怖くない」と「痛い・痛くない」くらいしか気づいてなかったもの。

それに対し、読者の大半を占めるであろう地球人たちは、感情を重視する種族だと聞く。しかも、こだわりに対する興奮度は連邦市民に及ばない個体が多いという。地球人の耳には、連邦市民の語りはどう聞こえるのだろう。私にはわからない。そう、ドナグニラテンプルさんの本を、地球人がどう思って読んでいるのかも、私にはけっして経験できないことなのだ。


10月6日ずっと。
無意識、無意識、無意識。私には無意識ってやつがわからない。いや、たいていの人にはわからんだろう。わからないから無意識なのに。でも、「無意識」って言葉は私を追いつめる。

何でかって?「無意識」って言葉を持ちだしてしまったとたんに、そこは治外法権になっちゃうからですよ。「それは無意識に○○って思ってるからです」と言われてしまうと、反証できない。もちろん向こうだって証明できないんだから互角なんだけど、他人の言葉との距離のとりかたがわかっていない私は、その段階で完敗だ。相手がフロイトかぶれの素人だろうと、大衆心理学本だろうと、雑誌の占いページだろうと、他人の言葉だというだけで。

自分が不器用で、不注意で、かつ視覚認知や姿勢保持にも問題を持っているとは知らなかったころは、あちこちにぶつかったり手を切ったり物を壊したりするたび、「無意識の自虐だろうか」と思っていた。人の顔を覚えられないのが、視覚認知の問題だと知らないころは、自分は冷淡なのだ、自分にしか関心を持たない利己的な人間なのだと思っていた。夢中になった歌手の顔も覚えられなかったというのに、その矛盾には気づかなかった。キャンパスで迷子になりつづけ、教室移動ができなくなったときは、「授業に出る気がないからだろう」と思っていた。自信満々の発表のときも同様に教室にたどりつけなかったのに、「成功恐怖だろう」と思った。

私は北米のADD女性を何人か知っているけど、彼女たちの中には、ADDと診断される前、その症状を「受動-攻撃性」のせいだと専門家に説明されていた、身近な素人に言われていた、あるいは自分で信じ込んでいた人が少なくない。「受動-攻撃性」って、もしかして当時の北米では雑誌やテレビでの流行語だったんだろうか。

確かにADDの症状には、受動-攻撃性と区別のつきにくいものが多い。頼まれた用事を忘れる。締め切りに遅れる。待ち合わせに遅れる。借りたものをなくす、壊す、汚す、返すのが遅れる。返事を出さない。確かにまぎらわしい。でも、「なぜか忘れてしまった」ものを、「無意識に相手を困らせたいと思っていたから」と解釈するのは、どんなにかつらかっただろう。だって「無意識」って言われてしまえば(あるいは自分で思ってしまえば)、確かめようがないもの。そして、自分ではどうしようもないもの。

私は「怒り」という言葉と自分の内的感覚がマッチングできてない。どの感覚のことを「怒り」と呼ぶのかが切り分けられてない。かんしゃくを起こすことはある。パニックを起こすこともある。やりかけた作業を中断されるフラストレーションは知っている。でも、「怒り」がどれに近いものなのかがわからない。自分では嘆いているつもりのときや、怯えて慌てているときに「そんなに怒らないで」と言われることもある。面倒くさいなあと思いながら「一応、あとあとのことを考えて苦情くらいは言っておくか。向こうも参考になるだろうし」と思って苦情(と提案)を出すと、はたから「そんなに怒らなくても」と止められることもある。かと思えば、ぼんやり沈みこんでいたら「なんでそこで怒らないの!」「そんなことだからナメられるのよ!」と叱られることもある。私は怒っているのかいないのか。どうやって区別したらいいのか。そしてそれは、だれが教えてくれるのか。ふたり以上の人が別々のことを言うとき、どちらを信用したらいいというのか。

10月6日夜。
重度とか中度とか軽度とか、高機能とか中機能とか低機能とか、どいつもこいつもまったく、ややこしくて誤解を生む言葉だ。いや、字面に引きずられず、正しく意味を知っていれば別にどうってことないのだけれど。日常用語からの連想と、意味とが乖離してるっていうのか。

私は高機能だが、とてもじゃないが軽度とは思えない。身体感覚は当てにならない、注意の切り替えはきかない、日常の動作、手順が困難の連続ではないか。

あちこちですれ違う同類たちを見ると、私にはとてもできそうにない会社勤めをしていたり、子育てをしていたりする人たちが少なくない。いったいどうやったらあんなことができるんだろうと、想像もつかない。でも、私が死んでもできそうにないことをこなせている彼らの方が、私以上に苦しんでいることも多い。もしかしたら、私が気づかないこと、理解できないことを、彼らは中途半端にわかってしまうせいじゃないだろうか。私は、理解力が低いおかげで、逆に知らぬが仏でいられるんじゃないだろうか。あるいは、彼らは私ほどに困難が目立たなかったから、ついつい気づかずに大変な生活に踏み込んでいってしまったんじゃないだろうか。私は具合よく入口でつまずき、門前払いをくらったおかげで、無理をせずにすんだんじゃないだろうか。

そして、歯磨きも着替えもトイレの始末も姿勢保持も困難なはずの私の方が、あきらめることはあきらめるしかなかったおかげで、単純な生活ができていたりする。失った喜び、逃がした幸せは多いのかもしれないが、一応、非常時を除けば、手に負える生活をしている。

それだけじゃない。私よりも重度の人たちの中には、私よりもはるかに自分を見失っていない、私よりもはるかに内面の安定した人たちがたくさんいる。私に、いまの生活術、割り切りかた、居直りかたの基本を教えてくれたのは、私よりもさらに症状の重い仲間たちなのだ。

10月7日朝。
朝食。炒り豆腐の残り、サンマの残り、きゅうりとなすのぬか漬けと温め直しの冷やご飯でお茶漬け。食べ終わって気がつく。食事をすると、てきめんに背中の筋肉に負担がかかるようだ。私の背筋は、ご飯一食分の重さにも耐えられないとでもいうんだろうか? いつも、食後は憂鬱に襲われるのは、もしかしてこの背中のだるさのせいだったんだろうか。

まあとにかく、食べたら食べた分だけ重心が移動するんだろうに、それに対応して体が自動的に新しい姿勢を探れないから、元の姿勢のままで重さがかかるんだろう。いつもがさごそ、もぞもぞしているくせに、こういうことには役に立ってないのか? だからって、食べながらロッキングするわけにもいかないし。

でも、食前と食後で適正姿勢が違うんだとしたら、「理想の食卓椅子」を選ぶのはずいぶんめんどうなことになりそうだ。食前・食中に楽で、食後にも楽かどうかを確かめたいけど、家具屋さんで食事するわけにいかないしなあ。

私の好きな食卓椅子は、背もたれが頭の後ろまであるようなやつだけど、前傾しても楽なのといったら、赤ちゃんの椅子みたいなのか? ヒモで縛ってもらうのもいいのかもしれない。でも、前傾して預けたいと思うのは上半身(肩、二の腕の付け根)だから、チャイルドシートのシートベルトみたいなのがいいんだがな。

まあ、そんな椅子は特注でもしないとむりだろうから、せめて、1回の食事の量を減らすことで背中の筋肉を守ることはできないだろうか。と考えていたら、そういえば最近(背中の痛みに悩み始めてから)、べつに減らさなくても食事の量が減っていることに気がついた。もしかして私、「重くて食べられない」んだろうか。

10月7日昼。
朝食の重さにまだ適応できないでいる。

「座位保持椅子」で検索かけてみる。見つからないなー。でも、車のシートのメーカー、レカロ社のチャイルドシート、レカロスタートは気持ちよさそう。私の身長・体重ではぎりぎり無理だけどね。特に、付属品のインパクトシールドが気持ちよさそうー。レカロはオフィスチェアも作ってて、いっぺん座りごこちを試してみたいなー(買うのは絶対ムリだ!)なんて思ってるんですが、これにチャイルドシートのインパクトシールドがつけられたらいいのにな(笑) レカロのオフィスチェアなどを置いている家具屋さん(?)「コスタ・スメラルダ」のページをチェック。

とはいっても、こんなの大富豪にでもならないかぎりムリだよな。現実に立ち返り、やっぱり高齢者グッズかなー、と「ATCエイジレスセンター」のページなどをながめる。ほんと、なんとかならないもんだろうか。だけど、こういう高価な道具に頼ろうにも、法律上は健常者である私に、どっかから補助が出るわけでもないしな。要するに、「ぜいたく品」という位置づけになるわけだ。

一方、背筋を鍛えるとか、そっち方面を考えないわけでもないけど、バランス感覚もわからんまんまに筋だけ鍛えたとして、どうなるんだろう? それ以前に、大人は訓練してもらえるんだろうか。言っておくけど、子どものときに診断してもらえなかったのは、私のせいじゃないんだぞ!

それとも、能とか狂言とか小笠原礼法とかアーチェリーとか射撃とか、ふつーの趣味・習い事・スポーツで姿勢保持って何とかなるもんなんでしょうか。それとも、フェルデンクライスとかアレクサンダーテクニークとか、そういうとこに頼るしかないんだろうか。でも、ふつーの人に混じってちゃんとやっていけるとも思えないしな。だいたい、自閉のこと知ってる講師なんてめったにいないだろうしな。「あれ、手ってどれだっけ?」とか言ってたんじゃ、たちまち一人だけ置いて行かれるにちがいないと思うんだが。

もうひとつ探したいと思っているのは、「握っている」という意識なしに握れる歯ブラシ。手に固定されちゃうようなのがいいんですけど(たぶんこういうのは、高齢者や上肢障害者を対象とした商品でありそうなものだと思う)。なぜって、歯ブラシを「落とさず握る」のと、「磨く」のと、同時にやるのは難しいから。ついでに、ものすごーく座りごこちがよくて、しかも簡単に降りられない椅子(シートベルトで拘束されるとか)があって、声かけ(手順の指示)の録音テープを用意したら、私の歯磨き問題はかなり解決しそうな気もするんだけどな。まあ、「忘れずに洗面所に行く」「磨いたあと、磨いたことを忘れない」という問題、それに「濡れるのが大嫌い」という問題は残りますが。

10月7日夜。
もう、「できないこと」を数えるのはやめだ。

本の翻訳にしても、テレビや雑誌の取材にしても、一度に全部はカバーできなくて当然だし、ひとりで全部できないのが当然だもの。

1冊の本では、ひとつのテーマしか扱えないし、ひとつの切り口からしか紹介できない。その本が役に立つ人もいれば、役に立たない人もいるだろう。役に立たなかった人には、なにか別の本があるかもしれない(ないかもしれない)。

取材にしても。私というケースはごく一例にすぎない。それも、とても変則な例だ。特異な例だ。典型などとはほど遠い。でも、私はひとりしかいないので、私というケースを見せることしかできない。ほかのタイプの人のことを語るわけにはいかない。私は、私より軽度の人の「わかってもらえない苦しみ」を説明することはできないし、私より重度の人の困難を説明することもできない。

私は、あまり軽度とはいえないと思うけど、ほかの条件に恵まれているから、たまたま、現状はいい方だと思う。そんな私とくらべられて辛い思いをする人がいたとしたら、それはくらべる人が悪いんだ。私のせいじゃない。

おそらく私は、「啓蒙」に使いやすいタイプなんだろう。適度に障害が重いから、一応、「これができない」と言えば説明にはなる(本当は、「できない」ことよりも「やりたいと思えない」「なぜしないといけないかがわからない」ことの方が本質なのだが、なにしろ「できない」のほうがわかりやすいのだ)。

それに、外見的に、見る人を脅かさないのかもしれない。不安が強くて弱気になりがちだし、言葉の表面上の意味に縛られて過度に従順になりがちだし、動作も不器用なので、温厚そうに見えるんだろう(本当は全部「障害」であり、適応上不利なのに、あたかも人格特性のように見え、しかもプラスの評価を与えられている)。怒ってばかりいる障害者より、怯えてばかりいる障害者の方が、保護したいという本能をかきたてるんで、健常者に受け入れられやすいんだろう。そこへもってきて私は小柄で童顔ときている(当の本人が、保護されるのが大嫌いであるという点は、この際関係ない)。

だけど本当は、まっ先に、そして一番理解を必要としているのは、ふてぶてしくて強気で、もしかしたら多動で、人にいやがられる言動を(たぶん自分では意味がわからずに)してしまうタイプなんじゃないだろうか。

でも私は、ひとりしかいない。私の姿しか、見てもらうことはできない。

そして、自分の意に反して「可哀想タイプ」のキャラであることも、(おもしろくはないが)私のせいではない。これはきっと、だれのせいでもない。役者にだって芸人にだって作家にだって、あることではないか。自分が個人的に好きな芸風と、得意な仕事とが一致しないなんて、いくらでもある話だ。役者さんなんて、顔立ちや体格で選ばれなかったりしますからね。

そういうステレオタイプを打ち壊していくこと、パターナリズムに抗議していくことは、これまでどおりにモタモタと続けていきましょう(不安や弱気や過度の従順さのせいで、その歩みは遅いけど)。でも、私が例として使われることで、私とちがうタイプの人、ちがう状況で生きている人が私とくらべられて苦しむとしたら、それはくらべる人が悪い。

そうでも思わないと、やっていられない。私みたいに、中途半端な人間は。

10月8日朝。
コーヒー豆がないぞー。リンコさんピンチ! 久々に外出を強いられるのでしょうか?

今日は待ちに待ったスーパーチャンネル主催のガマン大会(?)、ヴォイジャーまるごと2000の第一段。知ってる人は知ってるだろうが、私は関西テレビの受信可能地域に住んでいるので、今日からの放送分は全部、見たことのあるエピソードばかり。それでもまあ、なんとなく気分はうきうきするもんである。いや、うきうきどころか、浮き足立ってる(笑)。

10月8日昼。
コーヒー豆がないという非常事態。結局、5日ぶりに外出。でも、中4日なんて短いほうです。ヘタしたら、外出は月1だったりしますからね。

ところが、玄関で早くも難関に。自転車の鍵がない。もしや自転車本体につけっ放しかなと思って駐輪場に行くと、本体もない。オイオイオイオイ。前に乗ったのはいつなのか、さっぱり思い出せない。行きは自転車に乗って行きながら、帰りは歩いて帰ったり、タクシーで帰ったり、別の駅から帰ったりしたことはないか? 考えるけど思い出せない。だいたい外出自体めったにしないから、最後に乗ったのはかなり遠い昔のことになってしまうのだ。

鍵は家の中でちがう場所に置いたのか、それとも本体とともに新しい所有車の元へ行ってしまったのか、どっちなんだろう。

この自転車は3年ほど大事に乗っていて、乗り心地もよかったけれど、愛着が移っていなかったのが不幸中の幸いだ。1年ほど前とは正反対。1年前、既に壊されて乗れなくなって1年たつ自転車の残骸を大家さんにゴミとまちがえられて捨てられたときはパニクりまくっていたのに、今回はミョーに冷静。落ちついて探せそうだし、たとえ見つからなくても、日常生活に支障をきたすほど取り乱すこともないだろう。

そんなわけで、市場までは歩いて行った。自分で歩けるペースで歩いて、コーヒー豆とマカロニを買って帰ってきたら、それだけで1時間かかってしまった。ふぅ。でも、ムリをしなかったらこれが私のペースなんだな。もう、最初からそのつもりで予定に組み込むしかあるまい。

さて。あと15分でヴォイジャーだ。私はコーヒーでも入れるとしよう。ではみなさん、ごきげんよう。

10月8日午後〜10月9日夜。
スーパーチャンネルで「ヴォイジャーまるごと2000」。別ページへ。


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