〔特集:低炭素社会への挑戦〕脚光浴びる日本の環境技術、CO2削減交渉で切り札になるか

2008年 06月 26日 12:26 JST
 
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 [東京 26日 ロイター] 真っ黒な原料炭が赤々と燃えるコークス炉。インド最大手の鉄鋼メーカー製鉄所のラインをみて、日本の鉄鋼メーカーの技術者たちが静かに息を飲んだ。1000度超のコークスが冷めるまでライン上に放置されているからだ。「これでは20年以上も前の日本と同じではないか」──。国内設備では、窒素ガスをコークスに掛けて冷ますと同時に水蒸気を発生させ、タービンを回して電気を作っている。急速な経済成長を遂げるインドだが、省エネルギー技術には後進性を見た気がしたという。

 

 多くの国際機関で、日本企業の持つ省エネ・環境技術は、掛け値なしに世界一と認められている。新興国や途上国が「のどから手が出るほどほしい」という宝の山が、二酸化炭素(CO2)など温室効果ガス削減をめぐる国際交渉の舞台で、日本の有力なカードになろうとしている。「切り札」とともに外交下手の日本が、国際社会に持ち込もうとするCO2削減のための「セクター別アプローチ」。この2つが今、環境をテーマにした国際会議でスポットライトを浴び始めた。

 

 <トップダウンのEU方式、積み上げ方式のセクター別アプローチ>

 

 北海道洞爺湖サミット(主要国首脳会議)でメーンテーマの1つになるCO2削減は、先進国や新興国・途上国が負担をどのように分担するかが最大の懸案だが、日本は「セクター別アプローチ」の導入を提案している。

 この手法では、鉄鋼や電力などの産業ごとに国を超えてCO2の排出がどれだけ削減できるのかを計測し、国別に総量目標を積み上げていく。欧州連合(EU)が「トップダウン」で国別総量目標を表明したのに対し「ボトムアップの積み上げ方式」とも呼ばれる。具体的には、生産単位当たりの消費エネルギーが多い途上国の産業設備に、省エネルギー化が進んだ先進国の先端技術を移転し、地球全体の排出量抑制を図るというやり方だ。

 環境問題での主導権発揮を意気込む福田康夫首相は6月9日、包括的な温暖化対策「福田ビジョン」を発表し、その中でポスト京都議定書の枠組み作りに「地に足の着いた議論を開始する段階」と述べるとともに、セクター別アプローチによる目標設定は「政治的なメッセージではない、現実的な解決策」だと強調。2020年に1990年比で20%の温効果ガス削減の方針を早々に打ち出したEUをけん制した。

 一方のEUは、日本が2020―30年をめどとする「中期目標」をトップダウンで掲げないことに不信感を抱いている。デンマークのヘデゴー気候エネルギー担当相は16日に「中期目標を持つことが必要だ」と述べて、暗に福田首相を批判した。

 

 <中国・インドを巻き込む日本の戦略>

 

 日本がセクター別アプローチにこだわるのは、EUへの対抗意識だけではない。新興国・途上国を巻き込まないと、現実にCO2を削減できないという強い危機感が産業界に根強い。2005年時点で全世界の排出量は、首位の米国が21%で2位が中国の19%。インドは4%を占めて日本に並び、すぐに追い抜くのは確実だ。途上国の拡大で京都議定書の削減義務国の比率は全世界の29%まで低下している。日本だけが削減の努力をしても始まらない。むしろ日本をしのぐ排出国でありながら省エネ技術が十分に進んでいない中国とインドには、多くの削減余地があるのではないか――との思いが、日本の産業界首脳の底流に流れている。

 日本鉄鋼連盟で環境・エネルギー政策委員長を務める新日本製鉄(5401.T: 株価, ニュース, レポート)の関沢秀哲副社長は「鉄鋼業では、中国の製鉄所で(排出の)改善ができる」としてセクター別アプローチの有効性を強調する。先進国が途上国の設備のエネルギー効率を診断し、CO2の削減可能量を計測し、先端技術を移転していく。「こうした動きを産業界に広げれば、どうしたらCO2が減るかという現実の解が得られる」と強調する。

 関沢副社長は「2020年の中期目標はセクターごとの積み上げをやって国際比較した上で作ることが大事だ。政治的にえいっと決めると、京都議定書の二の舞だ」と話す。さらに「世界に比べて日本だけが(排出削減の)負担が重くなると、メーカーは海外で作らなければならなくなる。これは産業の国際競争力上、日本にとって良いことなのか」と語り、国内企業の過度な負担を警戒する。

 世界の鉄鋼メーカーの国際競争が激化する中、上位メーカーで京都議定書の排出削減義務を負っているのは日本の新日本製鉄(5401.T: 株価, ニュース, レポート)とJFEスチール(JFEホールディングス(5411.T: 株価, ニュース, レポート))だけ。首位のアルセロール・ミタル(ISPA.AS: 株価, 企業情報, レポート)は、削減義務を負うEU内での生産は3分の1にとどまり、韓国・ポスコ(005490.KS: 株価, 企業情報, レポート)、中国・宝山鋼鉄、米国のUSスチール(X.N: 株価, 企業情報, レポート)は削減義務国ではない。京都議定書の採択時から中国の粗鋼生産量は5倍に拡大、日本の4倍の規模に膨らんだ現実もある。 

 

 <日本の技術に強い関心持つ新興国・途上国>

 

 ただ、セクター別アプローチを打ち出した日本の提案は、新興国や途上国の警戒心をあおった。セクター別アプローチと言いながら最終的には、国別のCO2削減目標を押し付けられ、先進国に比べ資金力や環境技術のない分、「経済成長を抑えらつけられる」との根強い懸念があったからだ。

 「これは先進国と同じ基準を持つと言うことなのか」と詰め寄る途上国代表の声が響いた会議場。今年3月中旬に千葉で開かれた地球温暖化に関する主要20カ国(G20)閣僚級会合では、途上国からの疑問や不満が噴出した。

 先進国の一部でも疑心暗鬼が広がり、鴨下一郎環境相はセクター別アプローチについて「国別総量目標を代替するものではない」と釈明し、厳しい削減目標を逃れるのではとの見方を抑え込んだ。政府関係者は「セクター別アプローチはほとんど理解されていなかった。誤解されていると感じた」と振り返る。

 

 こうしたセクター別アプローチの不人気ぶりに、変化の兆しが見え始めたのは、今年5月の日中首脳会談だ。中国側は「重要な手段」と表明し、福田首相が今年1月のダボス会議でセクター別アプローチを表明して以来、途上国として初めて公式に理解を示した。

 この背景には、昨年12月末の日中首脳会談の環境・省エネに関する共同声明で言及された両国の技術交流がある。新日本製鉄(5401.T: 株価, ニュース, レポート)、JFEホールディングス(5411.T: 株価, ニュース, レポート)、住友金属工業(5405.T: 株価, ニュース, レポート)、神戸製鋼所(5406.T: 株価, ニュース, レポート)と日本鉄鋼連盟で構成する日本の鉄鋼業界の調査団は昨年12月中旬、済南鋼鉄(山東省)など3つの製鉄所を訪問し、中国側が抱える省エネルギー・環境技術の面での問題点に関して、現場を直接見て指摘し、報告した。設備だけでなく、工程管理の1つ1つを指摘する日本側の報告に対し、中国側も衝撃を受けたという。この報告以来、中国側に日本の高い環境面での技術力に対する関心がさらに高まっていった。

 交流は、中国にとどまらず、インドでも進展した。コークス炉の問題点は、その時に指摘された。業種も鉄鋼に加え、電力、セメントなどに広がっている。

 

 <同床異夢の合意>

 

 6月7、8日には、青森市で先進国と新興国が集まってエネルギー相会合が開催された。省エネがテーマで、地球環境のCO2削減を直接の対象としなかったが、G8に中国・インド・韓国を加えた11カ国が発表した共同声明に「セクター別アプローチがエネルギー効率改善のために有益な方法であることを認識」との文言が盛り込まれた。会議に同席した経産省幹部は「中国・インド・韓国も参加し、議長声明ではなく合意文書に、セクター別アプローチがここまで詳細に書かれたことは初めてだ。洞爺湖サミットに向けて確かな一歩を踏み出せた」と成果を強調した。

 

 ただ、国際会議の舞台で日本は、セクター別アプローチの定義を意図的にあいまいにしている面も見え隠れする。青森市のエネルギー相会合で途上国が期待を示したのは「技術移転を通じたエネルギー効率の改善」だった。政府関係者は「今の段階で、総量目標を設定しないとだめなどと言ったら交渉にならない。誰にでも読みたいように読める文章の幅の中で、来年12月のコペンハーゲン(気候変動に関する政府間パネルの最終報告取りまとめ)までに寄せていけばいい」と時間的余裕があることを強調する。G8と中印韓の11カ国は世界のCO2排出量の約65%を占めるが、共同声明の合意は「同床異夢」と言える。

 

 さらに「中期目標なしの枠組みでは具体的なCO2削減に効果的な取り組みができない」との見方が強いEUとは、すれ違いを見せ続ける。5月下旬に神戸市で開かれた環境相会合では、セクター別アプローチについて「今までの誤解は取れた」(鴨下環境相)ものの、ドイツの環境事務次官は「先進国が責任ある中期目標を採用した上で、初めてセクター別アプローチについて話し合える」と述べて、日本との認識の隔たりを感じさせた。日本は、早期に中期目標を設定するよう求める欧州と、国別総量目標に警戒する途上国との板ばさみにあって揺れている。

 

 <洞爺湖でのメッセージ>

 

 東北大学・東北アジア研究センターの明日香寿川教授は「日本でセクター別アプローチという言葉が、時に途上国への排出削減・抑制の義務を課すことや、先進国も途上国も国別総量目標を持たずにセクターが自主目標を管理するべきとするなど、さまざまな意味が混同して使われており、国際的な誤解と混乱がある」とみている。そのうえで「今後の国内の議論や国際交渉を効率的に進めるために、技術移転やコストなどの重要課題について早急に議論を深める必要がある」との見方を示す。

 国連環境計画・金融イニシアティブ特別顧問の

 
 

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