トップ・ページの写真を、更新しました。biceさん特集スタートに向け、我ら制作スタッフは原稿集めなどに奔走中。もうしばらくお待ちくださいね。biceさんの6年ぶりのアルバム『かなえられない恋のために』、発売は7月23日。皆さんに、早く聴いていただきたくて。僕はもう、お気に入りの1曲があって、毎日口ずさんでいるのです。

ご覧のウェブ・サイトを毎日更新するようになってから、今日で3ヶ月。ひとまず毎日更新は達成中、第1クォーターは僕たちの圧勝だぜ、って闇雲に区切ることはナイですが。
これまで、「レコード手帖。」に寄稿してくださっている44名の方々。そして、読んでくださっている皆さまに、ありがとうございます、と、心から。

さて。小西康陽さんのインタヴュー記事も掲載されている「ミュージック・マガジン」最新号の特集、「CDはどこへ行く」を、ようやく読みました。一昨日、この欄で小西さんも書いておられましたが、CDの行く先なんて、ほんとうに誰にも分からないですよね。
僕はそれよりも、パッケージされた音楽は、アルバムという芸術は、どこへ行くのか、ということが気になっています(この場合、シングルに芸術性がない、なんて言っているのではありません)。この際、CDというフォーマットは度外視して――四月、『うたとギター。ピアノ。ことば。』発売を控え、自分のサイトのブログで同作品について書かせていただいた時にも触れたのですが――「アルバム=ロング・プレイング」という「音楽の聴き方/聴かせ方」についてのみ、まずは焦点を絞って、悶々としています。なにしろ、レコードに針を落とせば(=CDプレイヤーの再生ボタンを押せば)、或いはスリーヴ(ジャケット)に触れていれば、まだまだ希望が湧いてくる気がします。そこから、気になったアーティストのことを本で調べたり、インターネットで検索したりすれば、また、欲しいレコード等が見つかって、ワクワクして。おや? 僕が呑気な性格なだけなのかしら。

でも、「CDが売れない」現状を活字や円グラフで認識した「つもり」でいるよりも、ぜったい楽しいはず。僕らの身体には当然ですがUSB端子もMIDI端子もついていないのですから、現実が相対化されたデータを取り込んだり、はたまた、現実と完全に同期することなんて、どだい無理な話、ですよね。
個人レヴェルで現実に接していると、様々な歪み・屈折を見出すことが出来て、そこにこそ哀しさを覚え、それが創作やパフォーマンスする気持ちへと繋がっていきます。その時、第一に「よおし、今度こそ売れるCD作るぞ」、なんて容易には見えもしないマーケットを見据えようとする無駄な「オトナ力(ぢから)」は消え失せちゃいます。こんなこと書いたら、怒られるかな? 誰かに。

独りで籠もっている時間と等しく尊く、最近、僕にレコードのことを考えさせてくれたのが、先月のゾニーズのライヴと、先週末の「新宿ジャズ&ジャイヴ」。後者は先週末のパーティーに限ったことではなく。本当に毎月、レコード=音楽の楽しさを教えてくれる貴重な時間。ワケ知り顔で佇んでなんかいると、あっという間に音楽の渦に巻き込まれてしまう、痛快なるひととき。
今日の「レコード手帖。」の執筆者が、そのパーティーのレギュラーDJでもある、BOOTBEATこと神谷直明さんで。神谷さんのDJプレイがまた、音楽に翻弄されることへの悦びを体現した、まこと痛快なもので。心から尊敬しています。そして今回書いて戴いたコラムがまさに、DJブースの内の彼から「聴こえてきそう」な文章で、僕は嬉しくなったのでした。では、では。

(前園直樹)