動画共有非同期コミュニケーションにおける
一体感を向上させるインタフェース

 

- 概要 -

 本研究では、Web 上の動画共有に基づいた非同期コミュニケーションシステムに焦点を当て、一体感を向上させることによって、ユーザのコンテンツに対する関心・発想支援・参加意欲を向上させることを目的としたインタフェースを作成した。
 本インタフェースは、他のユーザの思考や感情・意見や評価をコンテンツに取り込み、ユーザが読み取れるようにする。また、ユーザ自身もコンテンツに参加することができるようにする。これらによって、ユーザは「コンテンツに対し、複数のユーザがどのような反応をしているかがわかり、そして、ユーザ自身もそのコンテンツに直接関わっていることが実感できるといった一体感」を強く得られる。
 被験者実験の結果から、動画共有における非同期コミュニケーションに、他のユーザの思考や意見をユーザが読み取れるように取り入れることが、一体感の向上に特に有効であることが分かった。

 


論文PDF
(6.7MB,55ページ)




本研究で開発した
アプリケーションFeel_AIRのインタフェース



本研究プレゼンテーションPPTX(1MB)

 

- 本研究における一体感の定義 -

 本研究において、一体感とは以下のような状況でユーザが享受できる感情と定義する。



 ユーザが、コンテンツを共有した他の複数ユーザの、その場その場の思考や感情・意見や評価を自然に読み取ることができる。また、ユーザ自身も同じ様に参加でき、それらを他の複数ユーザに表現することができる。そして、それらに対する反応が他のユーザからなされ、自然に読み取ることができる。
 このように、複数ユーザ間でのインタラクションが存在するシステムの中において、臨場感やコミュニケーションから生まれ、ユーザが享受できる感情と定義する。また、本研究では、ユーザがこの感情を得られることを、一体感が醸成される、と表現する。

 具体例として、野球の試合を観戦している観客やナレータによって成される臨場感や、観客同士によって成されるコミュニケーションから生まれる一体感などが挙げられる。

 

- 評価実験 -

 本研究では、どのようなインタフェース・情報がユーザの一体感を向上させるかを確かめることを目的とした被験者実験を行った。
 被験者は22〜30 歳の男性10 人を対象に行った。被験者は全員、ニコニコ動画のインタフェースを使った経験があった。
 評価実験結果詳細及び考察は論文PDFをご覧下さい。


評価実験のアンケート結果

 

- まとめ -

 動画共有における非同期コミュニケーションの一体感を向上させる提案インタフェースを実装したグループウェアを開発し、それぞれのインタフェースを、被験者実験によって評価した。
 これによって、他のユーザの思考や感情・意見や評価を読み取れるようにすることが、ユーザ間の一体感を向上させることがわかった。また、一体感を向上させることで、非同期コミュニケーションの支援を行い、ユーザのコンテンツに対する関心・発想支援・参加意欲を向上できることがわかった。
 本研究の提案インタフェースのように、他のユーザの思考や感情・意見や評価をコンテンツに取り入れることで、Web 上でのコンテンツ配信を促進する方法は有効であり、これからのサービスの一つの形になると考える。

 

論文リスト

○川井康寛.
“動画共有非同期コミュニケーションにおける一体感を向上させるインタフェース”. 筑波大学情報学類卒業論文, 全55pp, 2008年03月.
○川井康寛, 志築文太郎, 田中二郎.
“動画共有に基づいた非同期コミュニケーションの一体感を向上させるインタフェース”. 情報処理学会第70回全国大会論文集, pp.715-716, 2008年3月.
○川井康寛, 志築文太郎, 高橋伸, 田中二郎.
“動画共有に基づいた非同期コミュニケーションの連帯感を向上させるインタフェース”. インタラクティブシステムとソフトウェアに関するワークショップ2007(WISS2007), pp.135-136, 2007年12月.

 

- 本研究の関連研究・関連サービス -

[1]ニコニコ動画, http://www.nicovideo.jp/
[2]FeelTag, http://www.so-net.ne.jp/web2/feeltag/
[3]KaKiKoTV, http://www.kakiko.tv/
[4]zoome, http://www.zoome.jp/
[5]字幕.in, http://jimaku.in/
[6]Stickam, http://www.stickam.com/
[7]山本大介, 増田智樹, 大平茂輝, 長尾確. “ Synvie:映像シーンの引用に基づくアノテーショ ンシステムの構築とその評価”, インタラクション2007 論文集, pp.11-18, 情報処理学会, 2007.
[8]岩淵志学, 久松孝臣, 高橋伸, 田中二郎. “ 周囲の会話のざわめきを感じさせるインスタ ントメッセンジャーRippleDesk ”, ヒューマンインタフェースシンポジウム2005, vol.2, pp.977-980, ヒューマンインタフェース学会, 2005.
[9]松浦健二, 緒方広明, 矢野米雄.“ 講義・教室型の非同期バーチャルクラスルームの試作”, 教育システム情報学会論文誌, Vol.17, No.3(秋号), pp.319-328, 2000.
[10]伊藤直己, 西本一志, 山下邦弘, 國藤進.“ 非同期環境におけるコミュニケーションを触発 する実世界志向らくがきメディア”, 情報処理学会研究報告Vol.2005, No.30, pp.31-36, 情 報処理学会, 2005.
[11]赤塚大典. “ 弱い紐帯に注目したコミュニケーションメディア「わくらわ」”, インタ ラクティブシステムとソフトウェアに関するワークショップ2006(WISS2006) pp.139-140, 2006.
[12]Anand Ranganathan, Roy H Campbell, Arathi Ravi, Anupama Mahajan. “ ConChat: A Context-Aware Chat Program ”. IEEE Pervasive Computing, pp.51-57, July 2002.
[13]山田裕子, 平野貴幸, 西本一志. “ Tangible Chat: 打鍵振動の伝達によるキーボードチャッ トにおける対話状況アウェアネス伝達の試み”. 情報処理学会論文誌, Vol.44, No.5, pp.1392-1403, 2003.
[14]Takeshi Nishida, Takeo Igarashi. “ Lock-on-Chat: Boosting Anchored Conversation and its Operation at a Technical Conference ”. INTERACT 2005, pp.970-973. 2005.
[15]松浦健二, 緒方広明, 矢野米雄.“ 講義・教室型の非同期バーチャルクラスルームの試作”. 教育システム情報学会誌, Vol.17, No.3, pp.485-489. 2000.
[16]Cha-Cha-le!, http://chachale.jp/
[17]MOOOS, http://www.mooos.net/
[18]YouTube, http://www.youtube.com/
[19]Yahoo!Video, http://video.yahoo.com/
[20]緒方浩明.“ 技術解説 グループウェア・CSCW の研究動向”. 教育システム情報学会誌, VOL.15, No.2, pp.102-104. 1998.
[21]Jiten Rama, Judith Bishop. “ A survey and comparison of CSCW groupware applications ”. ACM International Conference Proceeding Series, Vol.204, pp.198-205. 2006.
[22]Justin D. Weisz, Sara Kiesler, Hui Zhang, Yuqing Ren, Robert E. Kraut, Joseph A. Konstan. “Watching together: integrating text chat with video ”. Conference on Human Factors in Computing Systems, pp.877-886. 2007.
[23] 伊藤聖修,鈴木育男,山本雅人,古川正志.ニコニコ動画におけるタグ共起ネットワークの特徴抽出.
[24] 山本大介,増田智樹,大平茂輝,長尾確.映像アノテーションを獲得・管理する講義コンテンツ共有システム
[25] ケイ杭,中村健二,田中成典,細畠啓史,吉村智史,北野光一.絵文字チャットによる異文化コミュニケーションの円滑化に関する研究
[26] 小田菜摘, 北山大輔, 平元綾子, 角谷和俊. ユーザコメントの時区間と画面指定領域を利用した動画コンテンツ共有システム. DEWS2008, 参加型システム・コミュニケーション支援セッシヨン, A8-3. 全10ページ. 2008.
[27] 尾崎隆亮, 村井純, 徳田英幸, 楠本博之, 中村修, 高汐一紀, 湧川隆次, 重近範行, Rodney D. Van Meter III. 講義のタイムラインに関連付けたアノテーションを共有するオンデマンド型遠隔教育システムの設計と実装. 慶應義塾大学総合政策学部卒業論文. 全67ページ. 2008.
[28] 山田達也,曽我幸雅,中村岳史,濱川礼.発言者の感情を取得しグラフィカルに表現するチャットソフト.
[29] 成瀬和仁,前田亮.過去の会議資料のテキスト情報を利用した会議支援システム.
[30] Web を用いた参加型プレゼンテーション.黒河優介,藤枝崇史,福本佳史,関戸亮介,服部隆志,萩野達也.
[31] 長島聡明,伊藤禎宣.ビデオアノテーションにより参加者間交流を促進する学会支援システム.
[32] 高田智弘,関洋平,青野雅樹.動画サイトのコメントを用いた動画シーンの検索.
[33] 富士本達矢,浅田裕也,濱川礼.動画からの感情抽出および感情遷移によるストーリーの自動構築.

論文誌名などが抜けているものがありますが、随時追加致します。時間が足りず、目を通すだけになっております。申し訳ありません。また、新しい論文が御座いましたら、是非、メールで連絡をお願いします。


Feel_AIRの新機能実装案

構想段階のものと、なんとか実装したいもの、そして実装が決定したものが含まれています。
 ○ドロップシャドウを用いたエフェクト表現
 ○コメントのマイナス評価機能
 ○コメントをクリックすることが難しい→コメントのスナッピング(吸着)機能
 ○コメント投稿者の動画上のシーンを表示し、クリックで同期する機能
 ○クリックしたコメントが登録されていくリスト
 ○コメントの時間経過を利用したシステム
 ○評価が低いコメントが先に消去されていく、自然淘汰を再現するシステム(Wikipedia的な、だが、アクセシビリティ、ファインダビリティが異なるため、違ったシステムが必要)
 ○おすすめの動画リスト情報の利用
 ○コメントにコメントを付けられるシステム
 ○エフェクトを付けたくないコメントとの区別
 ○評価はIDで区別して2票まで、などの制限
 ○コメントが挿入される位置を動画上に表示
 ○評価ひとつでも価値が違うといった意見

詳しい内容は公開できる段階になったところで追加したいと思います。

雑記と考察

 論文では、研究として成り立たなければならない、という制約が時として邪魔になることがあります。ここには、論文では書くことの出来かった内容をまとめて書いておきたいと思います。小難しい話だと思われるかもしれませんが、興味のある方は、お読みください。

エンターテイメントは学術的にどう捉えられるか

 本論文を纏めるにあたって一番の課題となったのが、研究としてどの様な結果・貢献が得られたか、という部分でした。本研究のテーマでは、この部分が一番重要視されるべきであり、いわゆる「作りました系」では通りません。その点では、私の所属している研究室(IPLAB)は、ユーザインタフェースの研究が主であることから、応用の利くノウハウは比較的多く残されていました。
 しかし、エンターテイメントから出発している本研究は、他のユーザインタフェースとは違った側面を持っています。ここで問題となったことは、エンターテイメントを学術的に捉えるにはどうするか、という問題です。
 この問題の解決法として、ひとつの候補として挙がったのが、心理学・人間学といった見地から評価を行う方法でした。ユーザがどう思い、どう感じ、どう操作するか、といった要素によってエンターテイメントを評価し、考察するのです。
 私は、ここでエンターテイメントコンピューティング分野の論文を見つけました。評価実験自体は、標準化されてはいないものも多くありましたが、参考としてとても役に立ちました。多くの評価法が存在したのですが、最終的には、一体感(この語句を決定するまでにも紆余曲折あったのですが)といった感情を定義し、それに関連してくるファクタを列挙し、10段階の評価をアンケートで行うという形になりました。
 エンターテイメントを学術的に紐解くことは、本当に困難だと感じています。本来、紐解こうと大それたことを考えているわけではありませんが、そのほんの一部分でも理解でき、貢献できれば嬉しいと思っています。

続々と発表されるニコニコ動画を基盤とした研究・論文

 2008年4月の段階で、相当数のニコニコ動画を基盤とした研究・論文が発表されているようです。Web上に公開されていないものもあるようなので、私も把握しきれてはいないのですが、データベース系、人工知能系、ユーザインタフェース系などからの発表が多いようです。
 ニコニコ動画に投稿されたコメントをデータベースと捉え、特徴を抽出し、何かを行うといったものが一番多いように思えます。タグの関係を可視化したシステムの研究なども行われており、アプローチは様々ですが、どれも興味深く読ませていただいております。ほとんどは、完結していない研究のようですが、中には強く惹きつけられるものもあります。評価実験で、良い結果が得られなかったものも多いようです。
 これらの研究は、既存のニコニコ動画から得られる情報から何かを抽出しようとする研究です。本研究は、ニコニコ動画のインタフェースの基盤は、まだまだ改良の余地があり、ユーザ同士の感情の共有や参加意欲の向上が可能なのではないか、といった目指すゴールが違うと思っています。私は、「ニコニコ動画は一体何なのか。どうして面白いのか。何が面白くしているのか」といった、シンプルな発想から追及し、研究を行っています。  今後もニコニコ動画を基盤とした研究・論文は多く発表されていくと思われます。今後のニコニコ動画の方針も気になりますし、興味は尽きません。

ユーザインタフェースはユーザに寄りきれていないインタフェース

 コラムのような題になってしまいましたが、実際に学会発表などに行って時々感じたことを、表現するとこうなりました。言い方は厳しいかも知れませんが、伝えたいことは、「大前提であるユーザのことは考えてはいても、本当に理解しようとはしていないのではないか」ということです。
 ドアのインタフェースであるノブや手すり、または、エアコンのリモコンといったものは、多くの人が実際に使用し、試行を重ね設計されたものです。こういったインタフェースは、人の心理を取り入れた設計に自然になっていきます。インタフェースは、本来そうあるべきですが、研究で発表されるものは違います。数人で考えに考え抜いて形になったものであり、ユーザを理解するには実際に使ってもらい改善を行わなければなりません。考えて出来るものと使われて出来るものは、全く違うものなのです。そんなことは分かってる、と言われるのが落ちかもしれませんが、一度ユーザの理解に勤めることは大事だと思っています。研究会は、ブレインストーミングの意味が強いのであまり言及はしませんし、言及されるとヘコみます(笑)。

自然淘汰を実現することから生まれるインタラクション

 私が現在、最も興味を持っている内容です。参考文献[23]の著者の伊藤聖修 様もタグの淘汰のお話をなさっておられますが、私はこういった自然淘汰が実現される基盤が構築されることがコミュニケーション活発化の第一歩であると考えています。その基盤を設計し、作り上げていくことが、これからは面白いのではないでしょうか。現実世界でもそうであるように、自然淘汰され、一方で生まれるものがあることで進歩が成されていきます。これがWeb上で再現されるのは、とても難しいかもしれません。しかし、違った形であっても、Wikipediaのようなサービスも存在しており、可能性は存在すると思うのです。
 はっきりしたことは、まだ、何も公開できませんが、このシステムもいずれはっきりさせたいことの一つです。

動画共有システムが向かう先

 ニコニコ動画のような"集合愚"コミュニケーションのシステムは、最終的には"集合知"と同じ方向に向かっていくと思っています。現在、ニコニコ動画は、元ネタとなったと言われているSynvieとは明らかに違う道を導き出しているように捉えられます。ニコニコ動画は、エンドユーザに密接な基礎的な部分を作っていき、ここから、集合知の方向に伸びていくでしょう。ですが、ニコニコ動画のような"集合愚"が基盤となった"集合知"は、現在考えられている"集合知"とは、全く異なったものになるのではないかと考えています。

本システムの名前 Feel_AIRの由来

 完全に余談です。直訳で「空気を感じる」なのですが、イメージとしては「雰囲気を感じられる」が近いです。AIRが大文字なのは、Flashベースのデスクトップアプリケーション「AIR」でインタフェースを構成しているからです。また、「空気嫁」→「KY」→「著者の名前頭文字」は半分狙って名前を付けたのですが・・・気付いた人は数人でした。


This page was updated.(2008.5.13)
著者:川井康寛(kawai{at}iplab.cs.tsukuba.ac.jp)
個人ホームページ(http://www.iplab.cs.tsukuba.ac.jp/~kawai/)
所属:IPLAB(Interactive Programming Laboratory)
筑波大学大学院情報システム工学科コンピュータサイエンス専攻
博士前期過程1年,高度IT人材育成先導的コース