「いるならずっといてほしい」
体を張ったプレーでチームを引っ張っていた元日本代表のFW山下=沖縄・北谷公園陸上競技場で
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開幕3連敗。突きつけられた現実は、決して甘くはなかった。JFL屈指の戦力となりながら、ピッチに立つ選手たちは迷っていた。5年前のクラブ創設時から在籍し、選手たちの精神的支柱でもあるDF冨間正人(26)は「トルシエがやろうとしていることは難しく、みんな初めての挑戦をしている」と語る。確かに『フラット3』は高度な戦術。ただ、チームが波に乗れない根本的な要因のひとつに、指導体制への不信があった。
トルシエ総監督は年間120日の滞在という契約。不在時は、トルシエ総監督に任命されたラビエ監督が指揮を執っている。しかし滞在時、トルシエ総監督は完全にグラウンドで"監督"となり、ラビエ監督は完全に"コーチ"となる。常に自分たちの側で指導しているわけではない人間から、ヒステリックな怒声を浴びせられる悔しさ。冨間は選手たちの思いを代弁した。
「はっきり言って、戸惑いもある。いるならずっといてほしい。いきなり来て強く言われることを、受け入れられない選手もいる」
また、トルシエ総監督が現場の指導者といわゆるGM的役割を兼ね、立場がはっきりしないことも、「みんな精神的に難しいと思う」という。総監督という曖昧な立場を咀嚼(そしゃく)することは、プロになったばかりの選手たちにとって、高いハードルだった。
浮き彫りになった溝
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観客動員もまた、苦戦を強いられていた。開幕戦では昨年の約1.5倍、クラブ新記録を大幅に更新する6247人を集めたが、その後は減少の一途をたどる。第15節時点で、開幕戦の半分以下、昨年と大差のない数字となった。観客動員はチーム成績と密接に結び付くもの。物珍しさだけでは、定着はしない。プロモーションのプロである榊原氏ですら、「腐っちゃいないけれど、厳しい現実を逃げずに受け止めている。自分の中でも初めての経験。壁に当たってるね」と、率直な心境を語った。
ただ、一般の観客以上に、昨季までの5年間FC琉球を応援し続けてきたサポーターは、変化を敏感に受け止めていた。一部サポーターはTシャツに背番号を張り付けてプレーしていた創設時を知る選手たちを解雇したことに強く反発し、野口氏への不信を表明。旗を振り声を出す中心的サポーターの数は、昨年の半分以下となる約20人にまで減った。チーム創設時から応援を続け、サポーターグループのリーダーでもある池間弘章氏(44)は語る。
「自分たちも今まで一緒に歩んできたのに、こんなはずじゃなかったという思いが強い。毎年毎年選手や監督が変わり、チームとしてできあがらない。『5年でJ』とかじゃなく、足元を見て、球団としてどう愛されるクラブにしていくのかを示してほしい。トルシエが来ようが、榊原さんが来ようが、また途中で放り投げるんじゃないかと、みんな心配している」
榊原氏の過去もまた、サポーターにとっては不安材料だった。PRIDE売却の引き金となったフジテレビの放送撤退。その理由として一部週刊誌が榊原氏の『黒い交際』を報じたことは、サポーターも知っている。「週刊誌の通りの人なのかそうでないのか。言葉だけじゃわからない。これから何をしていくかで判断するしかない」と、池間さんは慎重な姿勢を崩さない。
一方の榊原氏は、懐疑的な見方をするサポーターの要望に応えて直接懇談する機会をつくり、訴えた。「住民票も沖縄に移した。自分は腹をくくってやっている」。しかしそこで浮き彫りになったのは、浅くはなかった両者の溝だった。
「良かれと思ったり、純粋な思いで取り組んでいても、素直に受け止めてもらえないものがあると痛感した。予想はしていたけど、そこまで疑って見られるのか、というか…。それは沖縄の今までのサッカーの歴史によるところもある。(過去に沖縄かりゆしFCでJ入りを目指しながらクラブ運営の不備により断念した)ラモスさんや加藤久さんのことも、一般の人たちからすると途中で投げ出したように見られている。『どうせトルシエも榊原も腰掛けでしょ?』という感じを受ける」
背中を向けない
6月8日の敗戦後、遠くを見つめるトルシエ総監督=沖縄・北谷公園陸上競技場で
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ただ、直接対話に出た榊原氏の行動は、変化の兆しになった。埋めるべき溝を知ったことは、歩み寄るためのスタートラインに立ったということでもある。池間氏は言う。
「この4年間はとくに、ろくなコミュニケーションも取れない球団だった。去年は特にひどかった。ただ、クラブはまた話し合いをしてくれると約束してくれた。残った自分たちは、どうにか前向きな方向に持って行きたい。背中を向けてしまうと加われない。応援していかないと物も言えない」
榊原氏もまた、言った。
「とにかく時間が必要。トルシエを連れてきて、どう中長期的にやれるのかを人々がジャッジするための時間が。自分にもそう言い聞かせている」
サポーターの信念は、納得できなくともあくまでFC琉球に関わっていくこと。フロントの信念は、理解を得るために辛抱強く活動をしていくということ。両者は決して、交わることのない平行線上にいるわけではなかった。
選手たちもまた、前に進む気力を失ってはいなかった。冨間は、チームの混迷を苦渋の表情で証言したあとで、「それでも」と続けた。
「個人的な意見では、もっとオレらができていれば、恥ずかしくない試合をしていれば、トルシエに『もっとチームにいてくれ。指示をはっきりしてくれ』と言える。今は選手一人一人に迷いがあってバラバラだけど、もっとケンカするくらい日本人同士で話して、理解して、できるようになってからみんなでトルシエに言おうと思う」
冨間は、サポーターのフロント不信の原因となった昨季終了時の戦力外通告を受けた選手の1人だ。しかしトライアウトなどを経て再契約。「ここまでサッカーの見方、考え方が変わるとは思わなかった。もっと早く吸収しないと」と、今は初めてのプロという立場に喜びを感じている。そしてもちろん、沖縄から初のJリーグ入りという夢も捨ててはいない。「自分は沖縄出身としてどこまで生き残れるか、看板を背負っているつもりでがんばっている」。一歩間違えばチーム崩壊に至りかねない状況。それでも、自分の居場所はここだという信念がある。
改革には痛みが伴う−−そんな言葉では割り切れないもどかしさが渦巻くなかで見えてきた、今、FC琉球が最も必要としているもの。それは、勝ち点でも、予算でも、スタジアムでもない。ただシンプルな『信頼』ではないだろうか。フロント、指導者、選手、サポーター…それぞれがそれぞれを信頼するに足る十分な実績も時間もない現状で、それでも信頼したいという思いを抱えている。そこに、希望がある。サッカーは精神面が如実にピッチに現れるスポーツ。だからこそ、クラブ関わる人すべてが確固たる信念のもとにひとつの方向を向くことで、大きな力が生まれる。トルシエ総監督が叫ぶ闘争心が生まれる。無限の可能性を秘めたこの島で、FC琉球というクラブが見る者にそれに感じ取らせることができたなら−−。沖縄サッカーの機運は、真の意味で高まっていくのではないだろうか。
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