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ブームの主役「プレカリアート」の悲惨な現実

 時ならぬブーム。プロレタリア文学の代表作として知られる小林多喜二の「蟹工船」がバカ売れしている。約80年も前に書かれたこの作品がなぜ今、注目を集めているのか。ブームの主役は「プレカリアート」と呼ばれる若年労働者だ。

「年に5000冊売れればいいほうだったのが、今年に入って都内を中心に売り上げが急増。4月、5月だけで18万7000部を増刷しました」(新潮文庫担当者)

 ブームのきっかけは、今年1月に毎日新聞に掲載された作家の高橋源一郎氏と雨宮処凛氏の対談だ。若者の貧困問題に取り組む雨宮氏が「『蟹工船』は今のフリーターと状況が似ている」と指摘。高橋氏も「ゼミの教え子に読ませたら共感していた」と意見が一致した。

 この対談を読んだ東京・上野の書店員が手書きのポップ(店頭広告)を作ってフリーターにアピールしたら飛ぶように売れ、他の書店にも波及していったという。

●バイトを休んだら生きていけない

 それにしても、活字離れが顕著な若者が本当に読んでいるのか。池袋と新宿のネットカフェ周辺で、フリーターらしき若者に「蟹工船」を読んだか聞いてみた。30人近くに声をかけた結果、「読んだ」と答えたのは2人。

「話題になっているから読んでみた。共感したのは“末端の労働者の1人や2人が死んでも丸ビルの重役には関係がない”ってとこ。丸ビルって今でもあるからスゲーッて思った」(20代男性)

 うーん。それは作品に対する共感とはちょっと違うような……。

 マンガで読んだという30代男性はこう話す。

「僕らが安い賃金で働いた分だけ、グッドウィルの折口とか上の人たちが大もうけする構図は蟹工船の時代と変わらない。40代、50代になってもこんな生活が続くかと思うと絶望的になってくる。正社員になりたい気持ちはある。でもバイトを休んだら生きていけないから採用面接を受ける時間がない」

 日雇いバイトで1日働いて5000〜8000円。月収は13万円に届くかどうか。3日も仕事にあぶれると、ネットカフェの宿泊代にも困ってしまう。

 彼らのような日雇い労働者は「プレカリアート」と呼ばれる。「precario(不安定な)」と「プロレタリアート」を合わせた造語だ。内閣府の調査では今やフリーターの数は400万人以上。派遣や請負を含めた非正規雇用者は労働者全体の約3分の1にのぼる。

 もっとも、正社員といえどウカウカしていられない。経団連はこの期に及んで「ホワイトカラーエグゼンプション」を復活させようと画策しているし、「蟹工船」を読んで身につまされるサラリーマンは少なくないはず。プレカリアートの惨状は決して他人事ではないのだ。

《「蟹工船」のあらすじ》

 カムチャツカ沖で蟹をとり、船上で缶詰に加工する蟹工船「博光丸」。そこでは出稼ぎ労働者たちが「糞壷」と呼ばれる劣悪な環境におかれ、安い賃金で酷使されていた。監督は労働者を人間扱いせず、非道のかぎりを尽くす。

 過酷な労働と栄養失調で亡くなる者も。労働者たちは団結し、監督に立ち向かっていく。

●他にもあるプレカリアート本

【山本茂実「あゝ野麦峠」】

“監獄よりもなおつらい”とうたわれた製糸工女の悲惨な生活をつづったルポルタージュ

【鎌田慧「自動車絶望工場」】

 70年代に季節工として自動車工場で働いた体験ルポ

【雨宮処凛「プレカリアート」】

 ネットカフェ難民や若年ホームレスが正社員になる道がなぜ閉ざされたかを分析

【2008年6月4日掲載】


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