北のテロ支援国家指定解除 ライス長官、核競争に危機感

2008年6月28日(土)08:15
  • 産経新聞
 ブッシュ米政権は26日、北朝鮮に対するテロ支援国家指定解除を米議会に通告した。同盟国である日本からの要請にもかかわらず、なぜ解除通告に踏み切ったのか。解除をめぐる日米の動きを追った。(ワシントン 有元隆志、外信部 田北真樹子)

                ◇ ◇ ◇

 「どうして日本は米国の法律に基づく措置に横やりを入れるんだ」

 19日夜、東京・霞が関の外務省の会議室。ヒル米国務次官補(アジア・太平洋担当)は斎木昭隆アジア大洋州局長が指定解除をしないよう求めると、いらついた様子でこう反論した。

 日本側にはヒル次官補の反応は予想されたことだった。ヒル次官補は4月8日にシンガポールで行われた米朝協議後も、日本側に指定解除に踏み切る意向を伝えるなど、「解除はタイミングの問題」(米政府当局者)となっていたからだ。

 シンガポールでは、申告内容で暫定合意に達したほか、ヒル次官補は北朝鮮の金桂寛外務次官に対し、シリアの原子炉建設を北朝鮮が秘密裏に支援していたことを示すビデオを発表する方針を伝え、反発しないよう求めた。シリア問題で対立が深まれば、せっかくの合意が頓挫しかねなかったためだ。約束通り北朝鮮は沈黙を守った。

 ヒル次官補は協議後しばらくして、知人に「北朝鮮は何も言っていないだろう」と自信たっぷりに話し、指定解除に踏み切る意向を示した。知人は「北朝鮮側と解除で話ができているな」と思ったという。

 もっとも、そのときは日朝交渉が中断したままであったため、ヒル次官補も日本側の要請を受け入れた。

 北朝鮮が日本人拉致事件の再調査に応じたことで、米政府は解除を決断した。ライス国務長官が18日の講演で、指定解除方針を表明。“ボス”のお墨付きを得たヒル氏は、19日の協議で日本側の要請に最後まで耳を貸さなかった。

 ■かじを切った米国

 米国が指定解除の手続きを始めるようになったきっかけは2006年10月の北朝鮮の核実験だった。

 対北朝鮮強硬派のロバート・ジョゼフ国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)らは、国連安保理の制裁決議に中国やロシアも賛成したこともあり、「金融制裁などで北朝鮮に対する国際的な圧力を増す大きなチャンス」と受け止めた。

 しかし、ライス長官の判断は違った。長官はアジアの核開発競争に拍車がかかり、情勢が不安定になることに危機感を抱いた。イラク問題を抱えるなか、アジアでも対立が広がるのは避けたい。直接対話にカジを切るべきだと判断した。

 折しも、米政府内での権力構造に変化があった。同年11月の中間選挙後、ラムズフェルド国防長官が政権を去り、ライス長官の発言力が相対的に強まった。

 北京以外での対話を禁じられていたヒル次官補がこの機会を見逃すはずはない。北朝鮮との協議が事前にもれるのを防ぐため、ベルリンを訪れる口実として、ボスニア和平交渉の際の上司、リチャード・ホルブルック元国連大使に講演の場を設けてもらった。

 協議に臨むにあたり、ライス長官はテロ支援国家指定解除の手続き開始や、マカオの金融機関バンコ・デルタ・アジア(BDA)で凍結されていた北朝鮮資金約2500万ドルの返還に同意することを認めた。

 会談に参加したビクター・チャ前国家安全保障会議(NSC)アジア部長は「北朝鮮が交渉に真剣に取り組む気があるのか、彼らの意図を試そうとした。そのためにも、われわれも真剣に取り組んでいく意思を示した」と語る。

 「日米の特別な関係は終わった」。ジャック・プリチャード元朝鮮半島和平担当特使はこう振り返る。ジョゼフ氏は政権を去った。

 ■頼みの綱

 ライス長官やヒル次官補の解除方針が変わらないとみた日本だが、「最後はブッシュ大統領に頼めばヒル次官補らの“暴走”は止められるのでは」との思いがあった。頼みの綱はシーファー駐日大使だった。

 20日、福田康夫首相は官邸に大使を招いた。大使は大統領と大リーグ球団の経営に携わり、「大統領の寝室に直接電話できる」(米外交筋)ほど独自のルートをもっていた。昨年11月の福田首相の初訪米を前に大統領に公電を送り、指定解除しないよう「直言」したのも大使だった。

 日本側は解除に慎重姿勢を求めた首相の要請が大使を通じ大統領の耳に入ることに期待を込めた。

 大統領は民主党から外交政策を批判されたとき、「日本との同盟強化」を成果として挙げて反論するほど、対日関係を重視していたためだ。拉致被害者、横田めぐみさん=拉致当時(13)=の母、早紀江さんと面会するなど、拉致事件にも理解を示していた。

 ライス長官から北朝鮮問題で報告を受けるときも「それで日本は大丈夫なのか」といつも確認していたという。もっとも、ライス長官に信頼を置く大統領は、「長官が『大丈夫です』といえば反論はしない」(米政府関係者)という。

 25日、大統領から首相に電話があった。大統領から示されたのは解除後の日本の世論を気にした期待外れの“配慮”(外務省幹部)だった。もはや指定解除の流れは止められなかった。

 米政府高官は今後の交渉についてこう予言する。

 「もちろん核放棄が前提だけど、大統領は北朝鮮と国交正常化をするつもりだ。なぜか。歴史に残る大統領になりたいからだ」




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