性犯罪と再犯率
再犯率とは何か
ミーガン法を導入する根拠として、賛成論者はよく性犯罪者の再犯率(あるいは子どもに対する性犯罪者の再犯率)が異常に高いことを主張する。なるほど、仮に性犯罪者の再犯率が他の犯罪に比べて飛び抜けて高いのであれば、殺人犯に対してすら行われない特別な再犯防止措置を行う根拠になるであろう。それを検証するためには、まずここで問題となる再犯率とは何かということを確認する必要がある。
そもそも、一部の統計資料では「再犯率」という言葉を全ての犯罪を総合して使っていることが多い。つまり、以前性犯罪で逮捕されて刑期を満了して釈放されたあとまた性犯罪をおかしたケースと、以前性犯罪をおかした人が釈放後に万引きで逮捕されたケースを全く区別していない。ミーガン法の目的は同一の加害者によって性犯罪が繰り返されるのを防ぐことであるから、全ての犯罪を総合した数字ではなく「性犯罪をおかした人が、釈放後にふたたび性犯罪をおかす確率」を「再犯率」として議論に用いるのが適切である。
次に、釈放後何年まで追跡調査するのかという問題がある。論理的に言えば「当人が死亡するまで」追跡するべきなのかもしれないが、実際の調査ではある程度時期を区切って平均値を出すのが普通である。その場合、調査時点で再犯していなくても将来の時点で再犯する元受刑者も存在すると思われるので、実際の再犯率より少なめの再犯率が報告されることになる。また、同じ集団における再犯率を調べても、調査期間の長さによっては違った再犯率が算出される。つまり正確な数値は分からないということになるが、ミーガン法の議論で問題となっているのは「性犯罪の再犯率は、他の犯罪のそれと比べて飛び抜けて高いかどうか」という点であるので、議論には支障ない。
また、それと似た事情として、特に米国の調査においては、連邦制であるために、元受刑者が他の州に引っ越せば前科の記録が引き継がれない可能性がある。もちろん最近では各州が犯罪者のデータをコンピュータネットワークを介して相互にシェアするようになっているものの、州によって近隣の州以外にはあまり情報を流さなかったり、あるいは一定より軽い罪の人の情報や、ある程度古い犯罪の情報は流さなかったりするなど違いがある。この要因も、実際の再犯率より少なめの再犯率が報告される原因となりうるが、他の犯罪の再犯率も同じく低めに報告されるため、上記の問題と同じく取りあえず議論には支障がない。
さらに付け加えると、どの地域で調査を行うか、あるいはその地域の刑務所でどのような更生プログラムが実施されているかなどによって再犯率は大きく変化する。また、連邦制を取っている米国では、州によって法律も違えば囚人の扱いも元受刑者の記録の付け方もまちまちであり、全体を統合して再犯率はこうであると言明するのは不可能だ。(日本では、警察がその気になればおそらく明快な数字を提示できるであろう。)そのため、調査の行われた場所やタイミング・調査手法によってさまざま数字が出ることになる。
なお、再犯率と混同されているデータとして、警察庁のウェブサイトに掲載されている統計資料「平成15年の犯罪」に含まれる「罪種別 初犯者・再犯者別 再犯者の前回処分別 検挙人員」 (警察庁, 1994) という表が存在する。これによると、例えば「強姦」で逮捕された1342人のうち初犯者が676人、再犯者が666人とされており、従って逮捕者全体に対する再犯者の割合は49.6%にも相当する。「強制わいせつ」であれば、2273人中所反射1338人、再犯者935人であり、41.1%だ。しかし、これらデータでは「再犯者」が過去にどのような犯罪で逮捕されたのか区別していないという問題があるばかりか、数値自体「再犯者率」と呼ぶべきものであって、「一度犯罪をおかして逮捕された人が、ふたたび犯行に及ぶ確率=再犯率」とは直接関係がない。仮に性犯罪の「再犯罪者率」が高くても、それは性犯罪の「再犯率」が高いことの証拠とはならない。なぜなら、再犯率が低くても少数の加害者が繰り返し犯行を重ねていれば「再犯者率」は高くなるからだ(なんばりょうすけ, 2005)
このような当たり前のことをどうしてわざわざ説明するかというと、現にこうした明らかに間違った数値が一部の論者によって濫用されているばかりか、一部のマスコミの報道でもそれらが「警察庁発表による性犯罪の再犯率」であるかのように紹介されているからである。(deadletter, 2005; 山咲梅太郎, 2005) ミーガン法について議論するならば、その前提となる数字は再犯者率ではなく再犯率でなければならないし、また性犯罪だけに限って前科の有無を問題にしなければ話にならない。マスコミの方にも、その点注意を払うよう願いたい。
米国における再犯率
前述のとおり、警察庁が全国の統計をまとめて発表している日本に比べて、連邦政府・州・郡といったそれぞれの単位でまちまちの治安対策や統計調査を行う米国において、全国的な再犯率を調査するのは難しい。調査手法や地域の事情によって簡単に違った数字が出てしまうのだ。そこで、ここではそうした個別の調査ではなく、多数の調査結果を総合して全体像を把握しようと試みるメタ分析の結果を紹介する。
まず挙げられるのは、合計4万6千人の元受刑者を対象とした National Center on Institutions and Alternatives の大規模な調査だが、ここでは再犯率は12.95%となっている。報告書によれば、これは他の犯罪における再犯率と比べてむしろ低い方だという。(National Center on Institutions and Alternatives, 1996) では何故「性犯罪の加害者は再犯率が高い」という印象が強いのだろうか?この報告書では、メディアのセンセーショナリズムと政治家の点数稼ぎが原因ではないかとして、報道機関や政治家が再犯率を大げさに誇張した実例をいくつか挙げている。報道の例では、例えば過去数年の統計における再犯率が元受刑者の年齢や刑期などの要素によってたまたま3%から40%まで幅があった場合、メディアは「最大40%」とできるだけ高い数値を使用したがる傾向があるという。また、政治家では全く何の根拠も持たずに「性犯罪者の再犯率は90%を超える」と発言したカリフォルニア州議員の例など、そもそも事実を知ろうという様子が伺えない場合もあると批判している。
これに続く規模の調査は、米国ではないがカナダの連邦検察局に所属する研究者、カール・ハンソン氏が発表した公的なデータが存在する。61の個別の研究を総合したこの分析では、性犯罪者の再犯率は13.4%と算出している。また、更生プログラムを終了した人は途中で脱落した人に比べて再犯率が低いことも明らかにしたが、プログラムに効果があるから再犯率が下がったのか、それとももともと危険度の低い人だから無事にプログラムを終了できたのか、因果関係は分からない。(Hanson and Bussiere, 1998)
これらの例を挙げると、いや再犯率が高いのは「子どもに対する」性犯罪であって、性犯罪一般のことではないと言う人もいるかもしれない。子どもに対する性犯罪については、自分の子どもを虐待した親とそれ以外の他人の子どもを虐待した加害者によって再犯率が大きく違っており、入手できる限り比較的最近の調査によると、前者の再犯率は5%前後、後者は16%という数字が出ている。上に挙げた性犯罪一般の再犯率とあまり違わないことが分かる。(Greenberg et al., 2000)
個別の調査を見る限り、これより高い(18%とか、23%といった)数値を報告する論文も多数存在するが、他の犯罪一般とくらべて特に再犯率が高いことはないというのは一貫したパターンである。つまり、日本のテレビで一部の論者が言っているような「米国では再犯率は4割」だとか「ほかの犯罪と比べて再犯率が10倍」というようなことはない。そもそも、仮に「4割」「10倍」という数字が事実だったとしたら、ほかの犯罪の再犯率は4%しかない事になってしまうが、実際にはそれよりはるかに高い。25%くらいまでは許容範囲として、あまり極端に高い「米国における性犯罪の再犯率」を主張する人は、どの調査から取った数値なのか情報源を明らかにすべきである。
日本における再犯率
米国と違い中央集権的なデータ収集が可能な日本では、警察さえその気になればわたしたちが求める「性犯罪で有罪となった者が、再び性犯罪を起こして捕まる確率」を算出できるはずだ。しかし、警察庁はどうやら直接そういった数値を発表はしていないようである。前述の通り、警察庁が発表している統計資料「平成15年の犯罪」には、「再犯者率」は掲載されていても「再犯率」そのものは掲載されておらず、山咲梅太郎氏の問い合わせに対しても警察庁は「警察庁発表として報道されているような数値は出しておらず、どこから出た数字か分からない」と答えている。(警察庁, 2004; 山咲梅太郎, 2005)
法務省サイト内の犯罪白書全文データベースを可能な限り全部検索したところ、年度によっては「仮出獄・保護観察付き執行猶予者が保護観察期間中に再度罪を犯して入所した確率」が罪名別に掲載されている。刑期満了後の追跡調査はしていないため米国との単純比較はできないし、同種事犯に限っていないため性犯罪を犯した保護観察対象者が別の犯罪で再逮捕されてもカウントされるなど問題があるが、性犯罪の再犯率が他の犯罪に飛び抜けて高いかどうかある程度の示唆を得ることは可能であると思われるので、ここ数年の犯罪白書によって「再犯率」の高いとされた罪名を上位から並べてみる。(法務省, 2001; 法務省, 2000; 法務省, 1999; 法務省, 1998)
【平成13年度版】
仮出獄者:
1.強盗(3.8%)
2.殺人(2.2%)
3.住居侵入(1.7%)
4.放火(1.6%)
保護観察付き執行猶予者:
1.窃盗(43.9%)
2.詐欺(39.2%)
3.覚せい剤取締法違反(38.2%)
4.恐喝(38.1%)
【平成12年度版】
仮出獄者:
1.殺人(3.1%)
2.強盗(3.0%)
3.強姦(2.5%)
4.強制わいせつ(1.7%)
保護観察付き執行猶予者:
1.窃盗(41.5%)
2.覚せい剤取締法違反(37.4%)
3.傷害(35.6%)
4.詐欺(35.6%)
【平成11年度版】
仮出獄者:
1.殺人(3.3%)
2.強盗(2.9%)
3.銃刀法違反(1.8%)
保護観察付き執行猶予者:
1.覚せい剤取締法違反(42.4%)
2.窃盗(41.4%)
3.傷害(36.4%)
【平成10年度版】
仮出獄者:
1.強制わいせつ(3.2%)
2.強盗(2.7%)
3.殺人(2.0%)
保護観察付き執行猶予者:
1.毒劇法違反(57.8%)
2.覚せい剤取締法違反(45.4%)
3.窃盗(40.8%)
これらの数値を見て何が言えるだろうか。たしかに、平成10年度版と12年度版の犯罪白書によれば、「強制わいせつ」「強姦」といった罪名が、再犯率の多い犯罪の上位にランク入りしている。しかし、殺人・強盗・傷害・詐欺・覚せい剤取締法違反といった犯罪と比べるならば、性犯罪だけ突出して再犯率が高いという主張は全く成り立たないものであると分かるであろう。