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あきれてものも言えない。年金記録問題で、社会保険庁のずさんな仕事ぶりが、またも明らかになった。
こんどはサラリーマンが加入する厚生年金である。社会保険庁のコンピューター内のデータと、そのもとになる紙台帳を突き合わせたら、過去の給料に相当する「標準報酬月額」や加入期間など、データの食い違いが全体の1.4%に見つかったのだ。
あくまでサンプル調査だが、約4億件の厚生年金の記録全体に換算すると、560万件もの記録にミスがあるかも知れないことになる。
問題となってきた「宙に浮いた年金記録」5千万件とは、別の問題が生じてくる。年金記録に欠落がなくても、標準報酬月額が間違って低く記録されていれば、年金額が本来より低くなってしまう。記録の有無だけでなく、記録の内容も怪しくなってきた。
これでは一体、何を信じたらいいのかと言いたくなる。
多くは、現在70歳以上の人の古い記録で、紙台帳の情報をコンピューターへ移した際の入力ミスとみられる。だが、事後にデータが訂正されたが紙台帳には訂正の記載がなく、コンピューターの方が正しいケースもあるというから、修正は容易ではない。
政府はいま、現役世代へも「ねんきん特別便」を送っている。自分の年金記録を確認してもらい、間違いがあれば申し出てもらうためだ。しかし、特別便には「標準報酬月額」は記載されていないので、今回のような間違いを見つけることはできない。
ではどうするのか。年金記録を自宅のパソコンから確認できる仕組みを拡充し、社会保険事務所ですべての紙台帳を検索できるシステムを来年度までに整える。そのうえで10、11年度の2年間に集中的に問い合わせを受ける。これが政府が打ち出した対策だ。
厚生労働省の試算では、すべての紙台帳とコンピューターの記録を照合するのには、10年がかりで最大3300億円が必要になるという。すべてをチェックすると巨額のお金がかかるので、申し出のあった人にしぼって調べる、ということなのだろう。
しかし、今回のようなミスは本人にもなかなか分からない。申し出を待っていては、間違いが埋もれてしまう。紙台帳との照合はいずれ避けられなくなる。
厚労省は、現役世代は年金を受給し始める時に確認を徹底し、年金受給者については問い合わせ状況をみながら順次、照合を進めるとしているが、すでに年金を受けている人にとっては切実な問題だ。もっと対策を前倒しすることも考えてはどうか。
それにしても、次々に発覚する不始末への怒りを、国民はどこへぶつければいいのだろうか。
福岡、佐賀、長崎、熊本の4県に囲まれた有明海。その一角にある諫早湾奥の広大な干潟をつぶして完成させた農林水産省の干拓事業に、裁判所から厳しい注文がついた。
魚や貝の水揚げが減ったことと干拓事業には一定の因果関係が認められる。干拓地をつくるために諫早湾を堤防で閉め切ったことが、漁業にどのような影響を与えたのか。5年間、排水門を常時開門して調査しなさい。今春から始まった干拓地の農業に支障が出るとしても、やむをえない。それが佐賀地裁の判決である。
排水門を長期にわたって開き、堤防で閉め切る前と後とで潮の流れがどう変わったのかなどを調べる。それは漁業不振に悩む漁民らが長年、訴えてきたことだ。ところが、農水省は開門調査を拒み続けてきた。
その姿勢について、判決は「立証妨害」とまで言い切った。漁業被害が干拓とは関係がないと言うなら、それを立証する義務は農水省側にあるというのである。農水省は判決を重く受け止めなければならない。
農水省が控訴すれば、判決の確定までにさらに時間がかかり、漁民を取り巻く状況はなにも変わらないことになる。判決は開門に向けた準備期間として3年間の猶予を与えた。農水省は控訴を断念し、いまこそ開門調査に向けて一刻も早く動き出すべきだ。
なぜ、農水省は開門をかたくなに拒んできたのか。常時開門すれば、堤防の内側に海水が流れ込み、農業に支障が出る。とりわけ農業用水にあてている調整池の水が使えなくなる。それが理由である。
だが、調整池の水はいまでも汚れがひどい。農水省は「工事の完成までに環境基準値をクリアする」と説明し、水質改善に資金を投入してきたが、工事が完成し、営農が始まっても、環境基準を満たすめどが立たない。
農水省は、これ以上税金を無駄に使わないためにも、農業用水を調整池に頼るのを断念すべきだ。代替水源の確保が欠かせなくなるが、市民団体は「代替水源はいくつもある」と具体例を挙げている。
判決で注目されるのは、開門によって農業生産が打撃を受けても、「漁業行使権の侵害に対し、優越する公共性、公益上の必要性があるとは言い難い」とまで述べていることだ。
諫早湾干拓事業は、文部科学省の外郭団体が科学技術分野における重大な「失敗百選」に選んでいる。なにしろ干拓に2533億円の巨費をかけながら、将来の農業生産額は2%にも満たない年間45億円である。無駄な巨大公共事業の典型である。
すでに完成した公共事業も必要なら大胆に見直す。そんな時代がきたことを農水省は肝に銘じてほしい。