ニュース: 政治 RSS feed
【土・日曜日に書く】政治部・阿比留瑠比 福田「お友達外交」の誤算
≪福田首相の対中姿勢≫
昨年末の福田康夫首相の中国訪問時に「桜の咲くころ」(首相)と合意されていた胡錦濤国家主席の訪日が、5月以降にずれ込む可能性が強まってきた。背景としては、胡主席訪日前の決着を目指していた東シナ海のガス田協議の難航や、中国製ギョーザ中毒事件の捜査をめぐる日中摩擦などが指摘されており、日中両国にとって、胡主席訪日の成果を内外にアピールしにくい現状がある。
もともと親中派とされ、「外交の福田」を自任する福田首相にとって、小渕内閣以来約10年ぶりの中国主席訪日は、ぜひとも成功裏に終えたいところだ。それだけに、現状は不本意だろうが、今日の事態は、首相自身の外交姿勢が招いた結果のようにもみえる。
福田首相の外交方針の基軸は、近隣諸国を中心とした「アジア重視」だという。その考え方が端的に表れたのが、昨年9月15日の自民党総裁選出馬の記者会見で述べた次のような言葉だ。
「お友達の嫌がることをあなたはしますか。しないでしょう。国と国の関係も同じ。相手の嫌がることを、あえてする必要はない」
「私の外交姿勢は、どの国ともできるだけ滑らかに、そして平和な関係を築くことだ」
福田政権誕生以降、日中両国政府の間で盛んに友好ムードが演出されているが、外交の目的は友好ではなく国益の確保にある。だが実際は、表面上の円滑さの裏で、日本側の一方的な譲歩が続いているだけではないのか。
≪弱さととられる配慮≫
東シナ海のガス田問題に関しては、政府はこれまで、福田首相訪中時に合意した「胡主席訪日までの決着」を目指す考えを繰り返し表明してきた。だが、中国側は今年2月になって「問題決着を胡主席訪日と結びつけたくない」と言い出し、結局、高村正彦外相が同月26日に「両国は互いに(問題決着を)胡主席訪日には関連づけていない」と述べ、政府の立場を事実上修正することになった。
ガス田協議の中身をみても、日本側の主張の方が国際裁判の判例から理があるのは間違いないにもかかわらず、中国側は先行開発の既成事実などを盾に、歩み寄る構えを見せていない。これは「日本側には『親中派の福田首相の顔をつぶす気か』というぐらいしか、交渉カードがない」(外交筋)という苦しい現状を反映している。
この問題で安倍前内閣は、昨年秋までに事態に進展がなかった場合には、日本側の試掘の前提となる漁業関係者との漁業補償交渉に入ることを決めていたが、福田内閣はこの方針を翻し、補償交渉入りを差し止めた。「とにかくもめ事、衝突を嫌う」(自民党町村派議員)という福田首相の判断だが、日本の外交当局は有力な交渉カードを失った形だ。
また、安倍晋三前首相はガス田について中国首脳に直接交渉したが、福田首相は「具体的な話は事務方に任せ、自らは交渉しないという考えだ」(政府筋)という。お友達の嫌がる話はしたくないのかもしれないが、トップの意欲が見えない外交交渉は迫力を欠く。
≪国益をかけたゲーム≫
「中国側は、福田政権に対しては何を言っても大丈夫だと足元を見ているのだろう」
閣僚経験者の一人はこう語る。中国は、福田首相個人に対しては訪中時、胡主席が夕食会を主催するなど破格の厚遇でもてなして「ハッピーな気分にさせる」(日中外交筋)一方、実務的な問題では何も譲歩していないという。
中国製ギョーザ中毒事件への対応でも、福田首相の何とか日中間に波風を立てずに穏便に済ませようとの姿勢が際立った。中国公安省が2月28日、中毒の原因となった殺虫剤は「中国国内で混入された可能性は極めて低い」と発表し、日本で混入した可能性を示唆した際も、首相は「非常に前向きですね。中国も原因を調査し、その責任をはっきりさせたいという気持ちは十分に持っていると思う」と中国を擁護してみせた。
一方、首相経験者の一人は「中国は、外交はゲームだと明確に認識している」と指摘する。
「だから、こちらのカードが強そうだと見ると引くし、逆にこちらが弱いと見るととことん押してくる。あらゆる駆け引きをいとわないし、当然だと思っている」
また、対中交渉に携わってきた自民党幹部は「中国を批判するのはたやすいが、むしろ、誠意を持って話せば分かると言うばかりで、毅然(きぜん)として立ち向かわない日本側の方が問題だ。私が中国の政治家なら、やはり今の中国のようなやり方をする」と話す。
外交交渉を国益をかけた冷厳なゲームとみなす中国と、交渉相手を「お友達」と呼ぶ日本では、中国の方が国際標準に近いのではないか。(あびる るい)