黄金の日輪*白銀の月2〜陰陽の寵賜〜


1・祝祭


 秋の豊穣を神々に感謝する大祭の日々が、今年もこのアーヴ
ェンデールの街に訪れた。およそ半月にもわたる祭の幕開けを
祝うように、あちこちで爆竹が爆ぜる。
 明るい喧噪がいや増す中、人々は街を南北に走る大路に沿っ
て、中央広場にと足を運んでいた。感謝祭の初日には、アーヴ
ェンデール神聖騎士団の閲兵式が、王家列席のもとでとりおこ
なわれるからである。
 人々が広場に集う前、すでに精鋭たる騎士20名は集結し、
一糸の乱れもなく馬上に揃って、東西に10騎ずつ、広場中央
に設置された障壁に沿って、中央に向かい合うように整列して
いた。遠巻きに見守る市民たちのさざめきが続く広場の空に、
それを破るファンファーレが鳴り響いた。

 人々の目が全て、広場に面した王城のバルコニーに集中した
瞬間、その扉が開け放たれた。その奥から歩み出たのは、この
アーヴェンデールを統べる聖王女、クレア・ボーソレイユ・デ
ル・サン・アーヴェンデール姫だった。
 豊穣の女神の祝福を示す赤いドレスの盛装に身を包み、日射
しの下に黄金の髪を煌めかせながら出御した可憐な姫君は、ま
さに神々しい日輪に比せられるに相応しい美しさである。
 代々、女王が統括するこの街を、早逝した両親に代わって王
女の身分のまま統治の錫杖を手にして3年。わずか16歳にし
て、すでに冒し難い気品に満ちた姫君は、全ての国民の敬愛の
的である。

 その姿に市民が一斉に大歓声を上げる中、一歩遅れてその横
に進み出るのが、王女の実姉にして近衛隊長、しかも竜殺しの
武勲も赫々たる姫将軍、アンヌ・クレセント・デル・サン・ア
ーヴェンデール護国卿である。
 長らくこの街の脅威だった邪竜ゴデスカルクを、19歳の手
弱女ながら、命懸けの戦いの末に討伐して生還したのはわずか
2ヶ月前だったが、すでに姫将軍アンヌの威名は広く各国まで
知れ渡っていた。
 妹姫クレアとは対照的なプラチナの銀髪と、青い軍令服を凛
と涼やかに着こなす男装の麗人ぶりに、とりわけ広場の女性た
ちから黄色い歓声が起こる。

 アーヴェンデールの象徴たる王女姉妹が市民に手を振るその
背後で、バルコニーの隅に目立たず立っている黒ずくめのマン
トに三角帽子の姿に気がついた者はあまりいない。しかしそれ
こそは、この国の影の軍師にして古今比類なき大魔導師シーマ
である。外見は10歳そこそこの少女にすぎないが、その実体
は無限にも等しい時間を生きてきた超越者なのだ。
 姉将軍の竜退治の直後、どこからかこの宮廷に現れ、王女姉
妹の推挙によって客卿として処遇されている。初めての朝廷に
おいていきなり、精霊の四魔神を召喚して群臣の度肝を抜いた
が、それ以来は何をするでもなく、所在なく宮中に佇んでいる
ことが多い。
 今も、晴れやかな王女姉妹を横目に、バルコニーの窓枠に凭
れつつ眠そうに生欠伸をかみ殺していた。だが、その不躾な態
度をあえて指弾する者はいない。

 人々の歓声が止まぬうちに、背後から二人の従者がそろそろ
と慎重に大剣を運んできた。姫将軍アンヌが竜退治で用いた愛
用のクレイモアである。元は普通の剣に過ぎなかったのが、邪
竜の血を浴びて強力な魔力を帯びた。その魔剣を、戦乙女の女
神の神官たちが2ヶ月の聖別の儀式を行った結果、剣は二つと
無い聖剣として鍛え直されたのである。
 伝説の処女英雄の名から新たに「ジャンヌ・ドゥ・アーク」
と銘された聖剣を、アンヌは無造作に片手で持つと、その華奢
な右腕で軽々と高く差し上げた。聖剣は陽の光を反射し、刀身
を虹色に閃かせ、眼下の広場をさらに眩く照らした。

「騎士たちよ!鎧に包んだこの血と肉を捧げ、アーヴェンデー
ルの栄光を守らんと誓うならば、この我に続けっ!」
 姫将軍アンヌが、朗々と響く澄んだ声で、騎士団に宣した。

 その声に応じ、精鋭の騎士20騎は一糸乱れず腰の剣を抜き、
高く掲げながら鬨の声を上げた。同時に、雷鳴のような拍手が
広場全体に沸き起こり、そしてまもなく足踏みをして大地を揺
らすほどのリズムをとりだした。

 歓声に包まれた王女姉妹がバルコニーの椅子に腰掛けたのを
合図に、騎士たちは各々の従者を呼びつけながら配置につき、
市民が楽しみに待つ騎乗槍試合の準備を始めた。

 騎士たちは皆、一騎当千の強者ではあるが、この街を他国の
侵略から守りきるほどの戦力ではない。そもそも、このアーヴ
ェンデールが栄えているのは、各国に通じる交易路の要衝に当
たった商業都市だからである。人々は王家を尊崇してはいるも
のの、王家に強大な軍事力を支える財力はない。税を極力抑え、
人々の日々の営為を妨げる介入をできる限り抑えていたことで、
強欲な他国の重税を嫌った人々が集まってくるのだ。
 だから、市民には己れの財産や一族を自らの手で守ろうとい
う意識が高い。この街の富を狙った侵略の戦があった時も、騎
士たちと同じくらいに勇猛に戦ったのは市民の自警団だった。

 馬上槍試合は佳境にさしかかってきた。まだ19歳とはいえ、
早くから戦士の技を好み、ついには王位継承権を妹に譲渡して
騎士になった姉王女アンヌが、手塩にかけて鍛えた子飼いの精
鋭である。実に緊迫した好試合の連続であり、しかも無事これ
名馬、負けを喫しても負傷する者はほとんど無い。
 人々は思い思いに贔屓の騎士を声援し、またある者は勝敗の
賭けに興じていた。明るい陽気な空気が、広場を包み込んでい
る。

 平和な祭りの日。しかしこの平和が極めて危ういことを、王
女姉妹はその身に滲みて感じていた。
 この小国が独立を維持しているのは、まさに僥倖と言うしか
ない。四方を十指に近い国々と国境を接している豊かなアーヴ
ェンデールは、戦略上でも財政上でも、各国にとってやはり極
上の美味である。この要衝の地を手に入れた国が、多くの利権
を手に入れることは間違いない。
 しかしそれは同時に、危険な蜜の味でもある。豊かな交通の
要所であるアーヴェンデールの存在自体、各国の微妙な力のバ
ランスを計っている。ここがどこか一国に占有されたならば、
富と戦略上の要衝を巡ってすぐにでも血で血を洗う戦乱が起こ
りかねないのだ。

 その事を最も熟知しているのが、他ならぬ王家の二姫であっ
た。大陸全土に波及する戦乱を防ぐためにも、何としてもアー
ヴェンデールの独立は守らなくてはならなかった。それが、彼
女らの使命でもあった。だがそれを最も理解していないのが、
周辺諸国の王や領主たちであった。その近視眼で節操のない貪
婪な欲望に、王女姉妹はさすがに辟易していた。

 トーナメントが終わり、優勝の騎士へにこやかに報償を授け
ながらも、聖王女クレアの心は沈んでいった。感謝祭の間に、
周辺各国の大使たちが踵を接して表敬訪問にやってくるのが習
慣なのである。しかしその訪問は、直裁にまた遠回しに、脅し
すかしを織り交ぜた婚姻要請の一大大会になってしまうことは
明らかだった。
 それを思うと、クレアは深い溜息をつかざるを得ない。もち
ろん、私利私欲にまみれた政略結婚を承諾するつもりなど毛頭
無い。しかし、自分が未婚の乙女である以上、この求婚攻勢が
終わることもあり得ないのだ。

 まして、クレアが心に抱いている唯一無二の愛が、公になど
できないことも、聖王女の心を暗澹とさせていた。

 その愛の対象…。
 美しく、凛々しく、愛おしい、たった一人の、姉。

 アンヌの顔を見上げたクレアは、ハッとした。
 アンヌもまた、その瞳に愁いを湛えながら、熱く妹を、クレ
アをじっと見つめていた。
 妹の憂愁を、アンヌが気づかないはずがない。なぜなら、ア
ンヌほどクレアを愛している存在はないから。

「クレア、あんまり悲しそうな顔をしちゃいけないよ。祭は始
まったばかり。みんなが不安がる」
 妹の肩を抱き寄せ、しかし視線はまっすぐ前の広場に向けた
まま、アンヌは妹姫を励ました。

「…はい、お姉さま。だいじょうぶです」
 気丈に答えたクレアが、肩にかかった姉の手を握りかえした。

 光の下、視線を交わそうともせずに気丈に振る舞う王女姉妹
を、背後から眠そうに見やるシーマが、所在なげに杖でコツコ
ツと軽く床を突いた。


***

2・秘戯


「…あっ、あああっ!お姉さま、もっと、もっとしてぇっっ…
っ!!」

「クレアっ…ううん、はあっ、はああっ、…クレア、気持ちい
いっ…!」

 アーヴェンデールの街をはるか離れた極北の山脈。その地底
に広がる超古代の地下迷宮。異界の魔物が跳梁し、漆黒の闇が
支配する、その最深層の一角。怪物たちも決して近寄ることの
ない禁忌の牢獄。そこだけに微かな魔法の灯りが、あたかも結
界のように仄暗く灯っている。
 その青白い灯りに照らされて蠢く、白い肉塊が二つ。
 身を切るほどに冷たい地下水が滲む石畳の上にもかかわらず、
「それ」は熱い欲情に煮えたぎっていた。

「ああんっ、いい、いいの、お姉さまあ、お姉さまああっっ…
ああ!」

「ふああっ…あんっ、ダメっ、クレア、そこは…ぁっ!んぐう
うっ…だめええっ!」

 神聖にして冒すべからざる高貴な王女姉妹の、それは裏の、
そして真の姿。

 煌びやかな王家の盛装に包まれていた聖王女クレアは、今は
白い裸身も露わにして地に横たわり、全身を汗みどろに濡らし
ながら悦楽にのたうち回っている。昼の顔の気品に満ちた端正
さが嘘のように、快楽を貪るだけの獣のようになって、華奢な
全身をよじっていた。あの豊かな金髪も、今は床に溜まった湧
き水と玉のように滴る汗にぐっしょり濡れて、まるで練りたて
の絹のように王女の裸身に絡みついている。慎みを忘れた甘い
嬌声をあげつつ身体をくねらせるたびに、そのほっそりした1
6歳のトルソのわりに豊かに育った二つの乳房がふるふると揺
れた。

 その聖王女を肉食獣のように上からのしかかって蹂躙してい
るのが、同じくあの禁欲的な軍装の下に隠していた引き締まっ
た裸身を晒した姉の姫将軍アンヌだった。銀髪を振り乱しなが
ら一糸も纏わぬ全身を擦りつけ、妹の柔肉をしゃぶっている。
すでに固くしこった妹の両の乳首にむさぼりつく姉は、クール
な昼の仮面をとうに捨て去り、禁断の甘い果実を口に含みなが
ら恍惚としていた。
 クレアの純白の肌と対照的な、薄い小麦色の肌は熱く濡れ、
冷たい空気に火照った汗から湯気が浮かぶ。滑らかな皮膚の下
に隠された引き締まった筋肉の動きが、荒々しく妹の柔肌に吸
収されていく。いつもは軍服に隠されている見事なほどにたわ
わな乳房を重く揺らし、アンヌは妹の下腹部にその双球を押し
つけるように擦りつけていた。

「ひいんっ、あそこに、お姉さまの胸が当たって…るうっ、は
ああんっ!!!」

「気持ちいい?クレア、ねえ、気持ちいいっ?」

「いいっ、気持ちいいですお姉さまあっ!!こんなの、もう…
ひいっ!!」

 そんな獣のようにまぐわる姉妹の姿を、そばで見つめる目が
あった。
 大魔導師シーマがゆったりと籐椅子に腰掛けながら、頬杖を
つき、酒杯を左手に回しながら、二つと得難いつがいのペット
の交歓を満足げに見守っている。

 全裸の姉妹は、しかし唯一、家畜であることのしるしにそれ
ぞれ首輪をはめられていた。痛々しい服従のあかしのはずの革
の首輪も、しかし今は聖なる姉妹に人間であることを捨てさせ
るための貴重なアリバイだった。

 妹の乳首をそっとくわえてキュッとひっぱりあげ、口を離し
たとたん、クレアの乳房がしなやかに弾みながら、キスマーク
にほんのりピンクに染まった乳輪を震わせる。その愛らしさに
ゾクゾク刺激されたアンヌは再び、今度は反対側の乳房にも食
らいついた。
 クレアの甘い肌の味を味わい尽くそうとするかのように、実
の妹の乳首を激しく吸う姉。

「とっても甘いわ、クレアってまるで砂糖でできてる天使みた
い。ああ、こんなに固くなって、おねだりしてるのね…」

「お姉さまぁ、…私もお姉さまのおっぱい吸いたいぃ…、ねえ、
お姉さ、まぁぁ…!お願いぃ…」

 昼の顔しか知らない者なら想像もつかないほどの鼻にかかっ
た甘え声で、クレアがアンヌに訴える。

「いいわ、さ、クレア…いっしょにね…」

 そう言いながら、クレアの乳首から口を離さないまま身体を
横に移動させ、アンヌは妹の頭の方向からのしかかる体勢にな
った。そして自分の巨乳をクレアの顔の上で誘うように揺らす。
 瞳を潤ませながら、その先端の熟れた茱萸の実に唇を寄せる
妹。そしてクレアが乳首を口に含んだ瞬間、姉ははち切れそう
なほどにたわわな二つのふくらみを、いきなり妹の顔に押しつ
けた。重く柔軟な肉球に顔を埋ずめ、窒息しそうになって喘ぎ
つつも、クレアは悦びの声をあげながらアンヌの乳房を味わう
ことを止めようとはしなかった。

 2ヶ月前までは、このようなことになるとは王女姉妹自身も
想像だにしてはいなかった。
 光と影のような存在だった姉と妹。互いの心の中に許されざ
る想いが根を下ろしたのはいったいいつのことだったのか、そ
の自覚すら二人にはなかった。ただ、姉は妹のために必死で戦
い、妹は姉の献身を真摯に受け止めていた。

 だが、その秘められた想いは予想もしない形で顕らかにされ
た。
 姉将軍が命懸けで屠った邪竜の「飼い主」だった大魔導師シ
ーマの手によって、王女姉妹はこの地下迷宮に連れ去られてし
まった。身に一糸も纏うことも許されず、全裸のままで地下牢
に飼われる美しい家畜に堕とされてしまった姉妹は、しかしそ
の中で互いの真の心を見たのだった。

 血の繋がった実の姉妹。
 王国を統べる高貴なる血筋。
 だが、許されざる禁忌にもかかわらず、抑えられていた想い
は、妹にも、姉にも、否定することはできなかった。
 監禁飼育された牢獄の中、姉妹は究極の自由を得て、心のま
まに愛しあった。それは痛々しくも、美しい愛のかたちだった。

 そして、聖なる王女姉妹は、自ら魔導師シーマの愛玩動物で
あり続けることを願った。寛容な飼い主の庇護のもと、こうし
て夜だけの間、神の戒律も人倫の制約も、王家の矜持も全てを
忘れ、こうして姉妹は二匹の雌となって愛しあうのだった。

 永遠に等しい刻を生きてきたシーマにとって、クレアとアン
ヌはうたかたの慰みものに過ぎない。そもそも、姉妹を拉致し
辱めたのも、本気でペットの竜の敵討ちのつもりなどではなか
った。この世で最も高貴な存在である王家の小娘を極限状態に
突き落とし、その仮面を剥いで醜悪な欲望の素顔を晒してやろ
う、という、気まぐれな加虐の遊びでしかなかった。
 だが、シーマ自身にとっても意外な結果が待っていた。確か
に、この姉妹は隠された欲望を秘めていた。それも実の姉妹同
士という、どう見ても歪んだ禁断の欲望に身を焦がしていた。
なのに、この姉妹が愛しあう姿は、あまりにも美しかったのだ。
よこしまな欲望に満ちた肉の交わりなのに、クレアとアンヌが
獣に身を堕としてまでも愛しあう姿は、逆説的に究極の愛の姿
に見えたのだった。

 シーマは、二人の飼い主であり続けることを了解したばかり
でなく、アーヴェンデールの政務に参与することまで引き受け
た。世の俗事に関わるなどとうに忘れていたはずなのに、それ
でもなお王女姉妹の嘆願を容れたのは、シーマ自身もただの暇
つぶしだとしか考えていない。

 だが…。

 シーマが何かを考え出したその頃、王女姉妹はさらに身体を
重ね合い、互いの秘所に顔を埋めて同時口唇愛撫の悦楽に浸っ
ていた。

「クレア、こんなに溢れて…ああ、甘いわ、クレアの蜜、美味
しい…」
 ねっとりと湧く妹の愛蜜を、アンヌは蝶のようにちゅうちゅ
うと吸いながら、指で秘奥をかき回した。

「お姉さま、もっと吸ってぇ、お姉さまを想ってこんなにはし
たなくなってるクレアを虐めてえっ!」
 そう叫ぶクレアも、顔の上で止めどなく淫液を滴らせる姉の
秘苑に舌を這わせ、両腕を桃尻に回して必死に抱き寄せる。

「いっしょに、いっしょに堕ちましょうクレアっ!ずっとクレ
アといっしょだからっ!!」

「お姉さま、私から離れないで、ずっと、ずっとそばにいて、
私を愛してっ!!」

 聖姉妹はまもなく、その誓いの言葉に魂の悦びを添えて、同
時に絶頂に達した。
 その姿に、シーマは改めて、自分がはるか時間の彼方に捨て
去ってしまった何かを思い出そうとしていた。懐かしい、不思
議な感覚が、この幼い肉体に老成した精神を住まわせた大魔導
師の中に蘇っていた。

「いいことを思いついたわっ!」

 絶頂の後の心地よい余韻に浸りながら、荒い息を整えていた
姉妹が、いきなりの言葉にはっと身を起こした。
 二人の飼い主が立ち上がり、顔じゅうに何やら一物を秘めた
ような笑顔をたたえながら、汗と愛液にまみれたクレアとアン
ヌに近づいた。

「二人とも、結婚しちゃいなさいっ!」

 予想だにしなかった意外な言葉に、王女姉妹はあっけにとら
れてシーマを見上げるばかりだった。


***

3・思惑


 街の大通りに面した酒場での女性たちの会話。

「いや、まったく驚いたわ。祭のさなかに王家からの布告とい
うから、いったい何事かと思ったら」

「なんとそれが、クレアさまのご婚姻の発表とは!しかも!」

「そのご婚姻のお相手、つまり花婿さまが…あのアンヌさま!」

「高札を読んだ者全員が、ビックリ仰天でしたわ。女同士で、
しかも姉妹でご結婚なんて、前代未聞ですもの!」

「クレアさまに婚姻を求めに来ていた各国の使節の顔ったらあ
りませんでしたわね」

「でもでも、そんなことがいったい出来るんですの?女同士の
結婚なんて認められはしませんでしょ?」

「律法で禁じられてるし、ましてや血を分けられた実の姉妹!
これって近親相姦の罪になるんじゃ?なんてけがらわしいこと!」

「だいたい、婚姻を認める神殿が、こんな背徳なことを容認す
るはずありませんわよね〜。神への冒涜ですもの」

「ところが、神官長さまはすでにお二人の婚姻を神の名の下に
お認めになると言明されたと言うのですよ!法律上も問題ない
ようにできるとか」

「まあ、なんてこと?どうなっているのかしら?まさか本気で
姉妹で…???」

「やれやれ、お客さんがた、姫さまたちのお考えがま〜だわか
りませんかね?」

「…どういうことですの?」

「よく聞きなさいよお嬢さんがた。女同士で、しかも実の姉妹
で普通の意味の結婚が出来ないことなんか、あの聡明な姫さま
たちにわからないことがあるもんかね」

「それはそうよねえ…」

「それをあえて、堂々と公表なされたんですよ。しかも、各国
の使節がクレアさまとの婚姻を申し込もうと待ちかまえていた
その出鼻にね。これは、政治的なお芝居に決まってますよ」

「お芝居ですって?」

「そう。クレアさまがどこの国の王族と結婚されようが、この
アーヴェンデールはその結婚相手の国に隷属する羽目になるで
しょ?そうなれば、この豊かなアーヴェンデールを巡って各国
が争いを始めることは目に見えていますよ。そうならないため
にも、姫さまたちはこの国の独立を何より考えておられる」

「それはそうよねえ。税も安いし、物も豊かだし、活気がある
けど、ここがどこかの支配下に入れば…」

「あたしらだって、この国によその連中が我が物顔で入り込ん
できたら、おっかなくって商売あがったりですわ」

「それが今度のご姉妹での結婚とどういう?」

「関係大ありですよ。つまり、クレアさまは、全ての政略結婚
を拒否する、ということを公表されたってこと。たとえ女同士
であろうと、姉妹の間柄であろうと、結婚の事実さえあれば結
婚を強要されることはなくなりますからね。誰とも、どことも
手は結ばない、という意志を明らかにしたってわけですねェ」

「でもでも、それならそうと言えばいいだけでしょ?」

「話してすまない連中が多いから、ああして懲りもせず何度も
使節がまかりこして、うちの王様と結婚して〜結婚して〜と言
いつのるわけでしょう?姫さまが未婚である限り、どこも聞き
入れやしませんよ。それに、未婚を通すと宣言したところで、
どこまでも未婚である以上、結婚する目は残っちゃうわけだか
ら、やっぱりだれも諦めないでしょ」

「なるほど、そうよねえ…」

「しかも、今のままならクレアさまはあくまで王女であって
『女王代理』でしかないけれど、ご結婚すれば正式に女王に即
位できますでしょ?一国の元首として堂々と渡り合えるし、家
臣団をたぶらかしてご意志を曲げさせるようなまねをされる余
地も無くなるってわけ」

「だから、今回の結婚を?」

「そう、しかも女同士の、姉妹でのご結婚という、およそ最も
あり得ない結婚を通すことで、逆に明確な意思表示になると言
うわけですよ」

「だから、神殿も法曹も、今回のご結婚をお認めなさったので
すね」

「…姫さまたちは、結婚という人並みの女の喜びを捨てて、こ
の国に殉じてくださるわけですよ。あたしもね、最初は驚きま
したよ。でもね、そのお心を察するに、なんともおかわいそう
で…、ねえ」

「この国の住人としては複雑だわ。国の安全は何にも代え難い
けれど、姫さまたちにもお幸せになってほしいのに」

「その通りですよ。わたしらとしては、姫さまたちのお心を汲
んで、このお芝居を楽しく盛り上げてさしあげるしかないでし
ょう。祭の中日に行われる結婚式は、盛大に祝福しましょうや!」

「そうとわかれば納得よ。みんなにも教えてあげなくちゃ」

「それにね…あんまり大きな声では言えないけど、…どうです、
よしんばあのご姉妹が、ホントの意味でご夫婦だったとしても、
ねえ、決して悪くはないと…思いません?」

「…そうかもね。とってもお綺麗なお二人ですもの。絵になる
わ〜」

「…(ぽ〜)」

*

 街中が王女姉妹の結婚式の話題にもちきりだった。その様子
に、シーマと王女たちは会心の笑みを浮かべていた。

「うふふ〜、ほ〜らね。案ずるより産むが易し、でしょ?」
 腕を組んで胸を張りながら、シーマが王女たちに言った。

「こんなにうまくいくとは思いませんでしたね、シーマ」

 寝所のベッドに姉妹並んで座りながら、手を取り合って寄り
添うクレアとアンヌの前で、シーマは自慢げに笑った。

「まあね。世の中で一番かしこいのは、ごく普通の市井の人々
ってことよ。でも、さすがにこの結婚がお芝居どころか、本気
の恋愛を成就させていることには気づかなかったようね、くく
っ」
 シーマが含み笑いを漏らしながら、杖を構える。
「さて、さっそく結婚式の準備に取りかかりましょうか。最高
にハデに挙行して、各国にアピールしなきゃね」

 そう言って歩み去っていくシーマを、王女姉妹は見送った。
寝所にただ二人残されたクレアとアンヌは、自分たちの結婚す
るという事実を、まだ実感できていないような顔で見つめ合っ
た。

「こんなこと…こんなこと、絶対に夢の中だけだと思ってまし
た…」

「うん。でも、これでわたしたちは永遠にいっしょ。クレア、
ずっと守ってあげる…」

「お姉さま…私も…永遠に…」


***

4・華燭


 婚姻の発表があってからわずか1週間。明日が結婚式となる、
祭の中日。
 国民はこぞって王女姉妹の「結婚」の意図を汲んで、お祝い
ムード一色だった。
 
 結婚式場になる神殿大広間に、シーマは一人佇んでいた。す
でに深夜。他には誰もいない。

 超越者であるシーマは、己れが超越者たる存在になった遙か
過去を思い出している。
 人生は短く、芸術は長し。
 宇宙の真理を知るために、人間の一生はあまりに短いうたか
たの泡である。シーマは「知る」ための時間を求めた。多くの
クエストを乗り越え、シーマは長い旅路の果てに、遙か世界の
果ての「秘密」を蔵した「泉」を見つけ出した。
 そして、望んだ。

 シーマは時間に朽ちぬ命と肉体を得た。無限の時間の中、無
限の魔力を駆使して、思うさまに好奇心を満たし続けた。
 だが、万にも及ぶ年月の末にも、宇宙の秘密に至ることはで
きなかった。海の砂粒の順番を決めていくかのような果てしな
い思索。すぐに溶けてしまう雪の降った数を数えるような探求。
だがそのどちらも、シーマの心を満たすような成果を与えてく
れることはなかった。

 慰みに政治に介入したり、経済を操ったりしたこともあった。
それにも飽きると、闇に身を潜め、迷宮を営み、悪魔すら手玉
にとって、竜を飼ってもみた。しかしそれも、退屈のための退
屈を産むものでしかなかった。

 だが…。

 シーマは何か、さっぱりしたような顔になると、杖をかまえ
た。

「明日は、晴れるといいな…」

 そう呟き、姿を消した。
 シーマは、結婚式には出ないつもりだった。あの二人なら、
きっとうまくやっていくだろう。
 たとえ、自分がいなくても…。

*

「こんなバカなことがあるかね?!!この結婚が茶番であるこ
とは明白だ!」

「わざわざ言わなくてもわかっているとも。しかしうまい手を
使われたものだ。茶番だろうと狂言だろうと、婚姻の誓約を交
わされてしまえば、我ら他国が政略結婚でこの国を手に入れよ
うという手段は完全に封じられてしまう」

「わかっていて、打開する方策はないのか?このまま手をこま
ねいて結婚式を迎えさせてしまえば、我々は王の不興を被るこ
とは確実。どんなお咎めを受けるかわからんのだぞ!!」

「それはお互い様だ。しかし今さら結婚を中止させることはで
きんだろう。ならば、方策を変えるべきだ」

「方策を変える?」

「うむ。むこうが茶番の結婚式を仕掛けてきたのなら、その茶
番をまことにしてやろうではないか」

「どういうことだ?」

「今回のことは神殿も一枚噛んでいるらしいが、教義を厳密に
適応すれば背教行為になることは確実だ。…総本山をダシに使
うか」

「法王を?しかし今からでは…」

「告発自体は後でも良いのだ。総本山に恐れながらと正式に訴
えれば、この結婚に異議が入ることは明らか。それだけは避け
たいはずだ」

「何が狙いだ?結婚を阻止することではないのか?」

「言ったろう。方策を変えるのだよ。…あの王女姉妹を抹殺し
てやるのだ。神の摂理に背く同性愛者で、しかも近親相姦さえ
も犯す忌まわしき『魔女』としてな」

「!」

「…女同士で結婚など出来るのか、と迫って、それを神と民草
の前で実証せよと要求するのだ。我が国と我が王を愚弄した報
いに、あの姉妹には死ぬ以上の辱めを与えてやろうではないか」

*

 悪意ある陰謀が秘かに進んでいることも知らぬげに、婚礼の
朝がやって来た。
 アーヴェンデールの人々は祭気分もそのままに、王宮前の広
場に集まっていた。美しい王女姉妹の一世一代の「舞台」を目
に焼き付けようと、多くの人々がこぞってお祝いにやって来た。

 やがて、正午を告げる鐘の音が鳴り響いた。それが、ウェデ
ィングベル。
 鐘の余韻が街中に反響し、人々の喧噪が一瞬静まり、息を詰
めた。
 盛大なファンファーレの斉奏に合わせ、打ち上げ花火が連続
して撃ち上がり、同時に城門が重々しく開いた。礼装用のきら
びやかな甲冑に身を固めた騎士十騎が、各々二人の従者を従え、
2列になって進み出る。
 蹄の音が軽やかに響く中、城門の上から花吹雪が一斉に降り
注がれ、その下を王室の真っ白い馬車が、これも4頭の白馬に
引かれて現れた。おとぎの国の使者がやって来たかのような光
景に、人々からどよめきが沸き起こる。

 そして、天蓋のない馬車に座っていた二人が、ゆっくりと立
ち上がった。
 豪華な純白のウェディングドレスには、太陽のごときと称え
られる姫君にふさわしい純金のレースがあしらわれていた。そ
の光り輝く聖衣に身を包んだ王女クレアは、これも金の糸であ
しらわれた薄絹のヴェールの下、その玉のかんばせをほんのり
赤く染めてはにかんでいた。
 その隣には、漆黒の生地にこれまた絢爛たる純銀の装飾と、
そして数多くの武勲を示す勲章、肩章で綺羅星のごとくに彩ら
れた軍礼装に、これは目にもまぶしい純銀のマントを羽織った
騎士姿の姉姫アンヌが、まさに太陽を輔弼する月さながらに立
っていた。

 舞い散る桜吹雪の中を馬車に運ばれていく美しい新郎新婦に
向かって、歓声とともに多くの溜息が漏れた。町の女たちは一
人残らず、凛々しい伴侶にエスコートされる姫君に自分を重ね
ていた。男たちもまた自分が女でないことを呪いすらしつつ、
美しい花嫁の手をとる女性の花婿に嫉妬した。

 大路の両側から祝福の花が投じられる中、騎士団に先導され
た馬車が神殿に到着した。赤いウェディングロードを晴れやか
に進む姉妹は、満員の招待客が詰めかけた神殿大広間に迎え入
れられた。
 衛士が両脇に並ぶ中央通路を歩むクレアとアンヌに、場内か
ら静かな拍手が湧いた。そして二人は、神殿奥の祭壇に進み出
た。
 五柱の善神を祀る祭壇に、それぞれの神に仕える神官と、そ
れを束ねる光の法の神の神官長が、厳かな祭文を唱え、この結
婚が正式のものであることを承認した。

 神官長の合図に、法官が恭しく王冠を捧げ持って現れた。そ
れこそはこのアーヴェンデールを統べる女王が戴冠してきたも
のである。それを神官長は両手に捧げ、跪く王女クレアの頭上
に置いた。正式の戴冠式は後日に行われることになっていたが、
結婚を正式なものとするために仮の戴冠を行ったのである。
 そして立ち上がったクレアが、もう一人の法官が運んできた
ものを手に取った。それは、姉アンヌを我が永遠の伴侶とする
ために新たに設けられた「アーヴェンデール護国公」の宝冠だ
った。妹に王位継承権を譲るために自ら臣籍に降りていたアン
ヌを、数年ぶりに王家に迎え直す儀典である。護国卿「ロード・
プロテクター」から護国公「プリンキパル・プロテクター」へ、
名称は違えど、アンヌの存在は永遠にクレアを護るためのもの
であることを、改めて表明したのだった。

 二人の戴冠がなされ、神官長たちに促されて王女姉妹は立ち
上がり、列席の人々の側に顔を向けた。その姿に再び拍手が湧
く。そして、近づいた二人の神官が捧げる箱に、金と銀の指輪。
姉妹をそれぞれ象徴する指輪を、二人は手にとった。
 クレアが己れのシンボルである太陽を象った黄金の指輪を右
手に、そして最愛の姉の手を左手に、そして、その薬指にそっ
と指輪をはめた。
 アンヌが同じく、自分の分身たる銀の月の指輪を、その右手
にとった妹の薬指に、はめる。

 神官長が、二人の手をとり、厳かに宣言した。
「では…五柱の善神と、四大の精霊と、三鼎の大地と、二極の
陰陽と、そして唯一の真理たる愛の名の下に、未来の女王クレ
ア・ボーソレイユ・デル・サン・アーヴェンデール聖王女と、
竜退治の英雄アンヌ・クレセント・デル・サン・アーヴェンデ
ール護国公との婚姻を…」

「この婚姻に、疑義がある!」

 その声に場内が凍りついた瞬間、完全武装の重装歩兵の一団
に護られた各国の使者たちが姿を現した。

「神聖な結婚式に異議申し立てとは、なにご…!」
 神官長の叱責が遮られる。

「その神聖な結婚が、女同士で、しかも姉妹で行われるとは前
代未聞!教典、戒律、ともに同性愛も近親相姦も禁じている!
それを神殿までもが承認するとはいかなる所存か?」

 場内は水を打ったように静まりかえった。使者が告発した事
など、会場内はもとより国中の人間がわかりきっていることで
ある。虚実皮膜の舞台の緞帳を暴くような行為に、誰もが鼻白
みつつも、同時にこうして正面切って訴えられたことに戸惑い
を隠せなかった。

「我々はこの結婚を異端審問にかけるよう、法王のご裁可を仰
ぐ用意がある!あの謹厳な総本山が、この事態をどう捉えるか、
想像には難くないというものだ」

「それは…!」
 神官たちに動揺が走った。狡猾な使者たちがその動揺を見逃
さず、畳みかけた。

「神官諸君も、そしてもちろんアーヴェンデールの王女姉妹、
おっと、今はご夫婦か、しかしそれも終わりだ。良くて破門、
悪くて…火刑台が待っていることだろうな」

 顔面蒼白のクレアとアンヌ。こんな時に、シーマはどこに?
そう、急な用事とかで、式の前に姿を消していた。
 いったい、どうすれば?

「もし、この結婚を我らに納得させられるというなら、証を見
せて頂きましょうか?」
 邪悪な笑みを浮かべた使者が、とどめとばかり言い放つ。

「証とは?」
 クレアが、震える声で訊いた。

「果たして女同士でも結婚が成立するものかどうか、我らの目
の前で、いや、戒律に訂正を迫るほどのことだ、この国の民の
前で、神もご照覧あれ!夫婦の房中の秘事を全ての立会人の前
で公にしていただこう!」


***

5・回心


 おそらくは人が一生歩み続けてもなお三代は重ねないと着か
ないであろうという、遙か東方。さらにその向こうに広がる海
は、舟どころか羽毛すら浮かばずに沈む魔法の水を湛え、そこ
を渡ろうとする者を拒んでいる。その海の波濤に囲まれた小島
に行く事ができるのは、重力のくびきから自由になれる魔力の
持ち主だけだ。

 その島を鬱蒼と包む森の奥深くに、「泉」はある。

 シーマがここに来たのは久しぶりだった。さすがの大魔導師
も、天地の魔力で守護されたここに一瞬で到達することはでき
ず、魔法の森を自分の足で踏破しなくてはならず、なかなか手
間がかかる。しかしなお、それでもここに来なくてはならなか
ったのは、いにしえの誓約のためだった。

 道無き森をゆっくりと進むシーマの前に、吸い込まれそうな
群青色に染まった鏡のような水面が見えてきた。一輪の波紋す
らたたぬ、凍りついたような泉。だが、シーマの足元で小さな
枝がポキリと折れた音に、鏡の水面が突然、そよ風すらないの
に細波を立てた。

 そして「泉」が目を覚ます。

 シーマに無限の命と、朽ちない肉体と、強大な魔力を付与し
たのが、この「泉」だった。宇宙の根源に直結する未分化の
「力」そのものが、ほんの小さな「滲み」となって、この世界
に顔を出しているのである。

 「泉」が、やがて妖精の姿を現した。泉の色と同じローブを
身に纏い、同じく真っ青な長髪をなびかせた美女。澄み切った
ように青いハイエルフの女王は、しかしもちろん、「泉」の仮
の姿なのである。
 その顔には奇妙なほどのアルカイック・スマイルが浮かんで
いるが、これも、喜びの感情の発露ではない。そも、宇宙の
「力」に感情などあるはずはない。いや、むしろ意図せざる悪
意すらその笑顔の下に潜ませている事を、シーマは経験から熟
知している。

『久しぶりですね、魔導師』

「うん」

 久闊を叙するにはあまりにそっけない挨拶を交わす。

「…かつてある賢人が、魂が満たされた瞬間に魂を売り渡す、
という契約を悪魔と結んだそうだけど…」

『《とまれ、おまえはかくも美しい》』
 その賢人の最後の言葉を唱える妖精。

「どうやらあたしも、その時が来たみたい」
 シーマが無造作に言い放った。

『ずいぶんとあっさりしたこと。ここに初めて来た時の貴女は、
世界の秘密を知りたいという野望にギラギラと輝いていました
のに。その心がわずか数千年で朽ちたのですか?』
 泉の妖精が眉一つ動かさずに言う。

「アンタが与えてくれた力の代償。永遠を手にした者が、諸行
無常の森羅万象に執着する事は許されない。滅びる存在だから
こそ、うたかたのものを愛さずにはいられない。それを捨てな
ければ、永遠はつかめない」

『その通り』

「だから、あたしが何かを愛したなら、全てをこの泉に捧げな
くてはならない…」

『ずいぶんと、ここには多くのものが沈んでいます。貴女が愛
したものが』

 泉のほとりに立って、シーマが水面を見つめる。深青の水底
は何も見えるはずもないが、シーマの目にははっきりと、今ま
で自分が振り捨ててきたものの堆積が見えていた。

「ほんとうに執着していたら、捨てたりはしない」

『そういう道を選んだのは、貴女』
 何の共感も感じられない、突き放した口調で泉の妖精は言っ
た。

「でも、どうやらこれまでみたい」
 溜息をついたシーマ。

『あの姉妹のことですか?』
 はるかに隔たった距離も、この妖精女王は全て見通している。
『たかだか数年も経てば老いさらばえて、あっという間に土に
還ってしまうヒトの娘たちを?』

「…最初はただの気まぐれだった。でも…」
 何かを説明しようとしたシーマが、紅潮しながら頭を振った。
「…とにかく、あたしはあの娘たちを、この水底に沈める気は
ないの!」

「ならば、いにしえの掟は?」
 冷然と、妖精は詰め寄る。

「遂げられるしかない」
 間髪を入れず、シーマは決然と言い放った。
「あの娘たちを貴女に捧げないと決めた以上、飼い主のあたし
が責を負うしかないでしょ…。今までの万年に近い時間があた
しを一瞬に押しつぶし、塵芥にしてしまうのかしらね。でも、
それが掟なら、好きにしていいわ」

 奇妙に、シーマの心は落ち着いていた。
 蓄えた知識も、磨き抜いた技も、そして自分自身の存在自体
もが無に帰すことに、ためらいがなかったわけではない。何よ
りも、シーマ自身はこの長き年月をもってしても未だに満たさ
れていないのだ。
 だが、それもいいような気もしていた。自分が追い求めた宇
宙の真理よりも、今のシーマにとっては愛らしい二匹のペット
の幸せの方が価値があるように思えた。

「…やれやれ、やっぱり手のかかるペットだったわね…」
 そうシーマが呟いた。

『…くくっ……』

 ハッとしてシーマが顔を上げた。信じられなかった。
 泉の妖精が、笑っている???

『…シーマ、私は貴女が思っているより、もっと意地悪で、も
っと残酷ですよ』
 唇の端に苦笑を湛えている妖精の言葉に、シーマは面食らっ
た。
『永遠の生命を得た人間が、愛に囚われてしまったら、永遠の
執着に苦しめられる事になります。いわば、劫罰。それを承知
で?』

 沈黙をもって答えるシーマに、妖精は言った。
『貴女は、より深い呪いを受けることになる…』

「いや、感謝するわ。…これで少し、真理に近づく鍵を、手放
さずにすんだから」
 いつものあっけらかんとした顔に戻って、しかし大まじめに
シーマが言った。

『では、急いで戻ることです、古き友よ。貴女の愛するペット
たちに、危機が迫っています』

「!??」
 シーマの表情が、凍った。

『それと…、私への捧げもの、もう少し猶予してさしあげまし
ょう。おそらく貴女は…』

 だが、その言葉をシーマは最後まで聞かなかった。大魔導師
はとっとと森の中に駆けだしていた。

 その後ろ姿を見つめながら、泉の妖精は姿を消した。泉は、
再び眠った。

*

 アーヴェンデールの街中を包んでいた陽気な祭の喧噪も、晴
れやかな婚礼のお祝い気分も、全てが一瞬で吹き飛んでしまっ
た。
 使者たちは周到に、誰も反論できないようにしむけつつ、狙
い通りに王女姉妹を追い込んでいた。なすすべを知らぬ姉妹や
群臣、神官らを尻目に、息のかかった者たちが悉皆の手はずを
整えていた。

 騎士たちは主君の危機に色めき立ったが、騎士団長でもある
アンヌに制されては手の出しようがなかった。重装歩兵の傭兵
部隊がいかに強靱だろうと、精鋭の騎士たちがその気になれば、
使者ども全員を血祭りにあげることも可能だったろう。しかし、
それをすれば、周辺の国家全てが敵となり、孤立したアーヴェ
ンデールが四方八方から侵略の馬蹄に踏みにじられるのは目に
見えている。
 誰もがその事を知っているが故に、王女姉妹が命じた以上、
それを破ることはできなかった。

 晴れ渡っていた空が、にわかにかき曇った。人々が不安にお
ののく中、神殿の中から揚々と姿を現した使者たちのうちの一
人が、破嘴にも広場じゅうにふれ伝えた。

「善良なるアーヴェンデールの民たちに告ぐ!諸君らが敬愛の
対象としていたクレア、アンヌの両王女姉妹は、諸君らの善良
につけ込み、自らのよこしまな意図を糊塗し、同性姉妹による
婚儀を行おうと企てた。だが、神の正義を奉じる我らは、他国
民の分ながらもかくのごとき神の摂理に反した行為を見逃す事
はできぬ!」

 厚かましくも平然と王女姉妹を誹謗断罪する言葉に、人々か
らは不満のざわめきが低く湧いた。

「…このままでは王女姉妹は、戒律に背く堕落した背徳者と目
され、法王のご裁可が下れば、魔女として処断されるやもしれ
ぬ」

 そう言い放った瞬間、人々の口は閉じた。敬愛する王女姉妹
の不利になる事を口走るわけにはいかない。

「ただし!」
 使者はそこで声を切り、邪悪な笑みを浮かべながら続けた。
「…神も、我らその威光を奉じる者も、不寛容は忌むべきとこ
ろ。戒律において近親相姦を禁じるは、人倫を守るため。され
どかつての古王朝などにおいて、近親婚は王家の純血を保つが
ために行われていたと聞く。また、戒律において同性愛を禁じ
るは、それが子孫繁栄を害するがため。しかるに、もしも同性
においても子をなす事ができるならば、この戒律を改むるに神
も躊躇はなさるまい」

 人々が、恐ろしい予感に震えた。

「…ならば、諸君らが敬愛する王女姉妹に、実際に見せて頂こ
うではないか!果たして女同士でも夫婦の契りを結び、子を孕
むための神聖な交わりを為せるのかどうかをっ!」

 その言葉が終わるやいなや、神殿の門からクレアとアンヌが
婚礼姿のままで姿を見せた。だが、先ほどの晴れがましさは一
変し、王家の尊厳を保とうと強いて己れを励ましながら広場に
進む二人の姿に、群衆からはあちこちで悲鳴が上がった。
 王女姉妹には近衛兵も寄せ付けられず、代わりに、金のため
なら何でもする貪狼な傭兵たちが、まるで嬲るように周りを固
めていた。無論、アンヌならばあの聖剣が無くとも、徒手空拳
でこんなならず者を叩きのめすのはたやすい事。しかし、今は
愛する妹の肩を支えるのが精一杯である。二人が晴れやかな結
婚式の衣装そのままなのが、かえってその悲哀を強調するかに
見えた。

 そして、広場の中央には驚いた事に、いつの間にか使者たち
のはしっこい手の者によって、即席の寝台が用意されていた。
といってもそれは、藁束の山をリネンのシーツで覆っただけの
ものである。
 時に極悪人を処刑したりもする広場中央で、これから世にも
甘美な、しかしこの上もなく残酷な処刑が、この王女姉妹の身
に執行されようとしていた。


***

6・梟罪


 粗末な仮設寝台のそばに追い立てられた王女姉妹は、ただ立
ちつくすばかりだった。今にも倒れてしまいそうなクレアを、
アンヌが抱きかかえて支えるしかなかった。

「さあ、ここには我らをはじめ、神の教えを奉じる神官の面々、
そしてアーヴェンデールの民が顔をそろえておりますぞ、クレ
ア王女、アンヌ将軍。我々全てが、この結婚の立会人。はたし
て女同士で夫婦の営みができるのかどうか、寡聞にして我々は
知りませんでしたな。さっそく見せていただきましょうか」

 クレアの身の震えが激しくなった。歯の根が合わずカチカチ
と震えるのが、アンヌの耳に奇妙に大きく響いたのは、自分も
微かに震えていたせいだった。

「いかがなされた?これでちゃんと証が立ったなら、我らも何
の異議もござらぬ。諸手をあげてこの婚姻を祝福させていただ
きましょう。神もまた、女同士でも子ができると知れば、戒律
も変わるに相違ない。さ、早くしてくだされ」

 すました顔で要求する隣国の使者の顔を、人々が憎悪をもっ
て睨みつけたが、恥知らずの邪悪な鉄面皮には、何らの痛痒も
感じていないようだった。

「さあ、何をためらっておられるのかお二方、みな待ちかねて
おりますぞ。…おお、そうかそうか、なるほどそうであった」
 涼しい顔で、使者がしゃあしゃあと言ってのける。
「夫婦の営みには、この場所はあまりふさわしい場所とはいえ
ませんな。何より、雰囲気がよろしくない。これでは気分も良
からぬでしょうな。では…」

 そう言って使者が何やら配下に目配せすると、その男が身を
屈めて傍に近づき、金属製の容器…香炉を床に置き、すばやく
火を付けた。

「…芳しいアロマを焚いて、心地よい気分でなされよ」

 だがそれは、濃厚な麝香をベースにし、おそらくは何らかの
麻薬も配合してある、超強力な媚薬。冬眠中の熊ですら発情す
るほどに強烈なものだった。

 その効き目はたちまち現れた。

「お姉さま、私…!」
 最初にクレアが、立っていられなくなって崩れ落ちた。

 それを支えようとしたアンヌの腕も、力が入らない。それど
ころか、クレアを抱えた腕全体がすでに凄まじく敏感になって
いた。
「ああうっ、クレア…!」

 姉の腕に抱きとめられたクレアの全身も、むき出しの粘膜の
ようになっている。
「もう、ダメ…!」

「さあさあ、腰元たち、ご主人様がたが困っているではないか。
早く楽にしてさしあげたらよかろう」
 ほくそ笑みながら、使者たちが王女付きの侍女たちに声をか
ける。その意味はおのずと明らかだった。

 全員が沈痛な面持ちで、侍女たちは王女たちの傍に駆け寄っ
た。そして、衣擦れだけで我慢できないくらいになっていた姉
妹の身体から、服を丁寧に脱がせていった。

 艶やかなサテン地のローブを留めるプラチナのリボンの列が
一本一本外され、その下に当てられていたストマッカーはレー
スの絹地で美しく胸を魅惑的に強調していたが、これも留めリ
ボンを解かれる。そして何枚も重ね着されてふわりと円形に広
がっていた純白のペティコートを脱がされていく。
 クレアの白いウェディングドレスは全て外され、シュミーズ
とドロワーズ、そしてアンダーのペティコートとストッキング
にガラスの靴、そしてその上に胸を整えウエストを締めるコル
セットと、スカートのふくらみを支えるパニエの姿になった。
鯨のヒゲ製の二つの着装物を外し、そして、罪人の徴ですらあ
る下着姿にされただけに飽きたらず、クレアはそのまま全ての
衣類を脱がされてしまった。

 男装のアンヌも同様に、細身な軍服のジャケットも、その下
の華々しい刺繍のヴェストも脱がされる。コルセットを改造し
たガードルを外され、軍靴とキュロット、白い絹靴下を脱がせ
た下は、まさしく一人の女性の体格。
 それをさらに明らかにさせるために、最後に残ったシュミー
ズとドロワーズを脱がされると、妹以上に女らしい裸身が外気
に晒された。

 全裸の姉妹はあまりの羞恥に胸と秘所を手で覆わざるを得な
かったが、それもムダな抵抗でしかなかった。
 生まれたままの姿になった王女たちをこのまま晒し者にした
いと思う侍女は一人もいない。いるはずがない。だが、彼女た
ちに選択の余地はなく、そのまま離れるしかなかった。

 全裸にされたクレアとアンヌは、藁の寝台の上で力無くへた
り込んだ。
 公衆の面前で全裸に剥かれたことへの、身を焼くほどの羞恥。
 媚香の効果を受けて、弾けそうなほどに疼く肉体。
 その両方にさいなまれて、姉妹は悶え苦しみ、必死になって
自分を押さえ込もうとしている。その自分たちを見ている、目、
目、目。
 その瞳に宿る、様々な感情。

 高貴な存在が辱められていることに対する、嘆き、あるいは
嘲り。
「こんな恥辱が加えられるなんて、神に慈悲はないのかしら」
「王女さまっていったって、結局はただの人と同じよね」

 統治者として君臨していた者が地にまみれていることに対す
る、憤り、あるいは快哉。
「王女ともあろうお方に、こんな仕打ちを加えるなんて、おか
しいわよ」
「いつも偉そうにしてる罰が当たったのよ。王族なんていざと
なれば生け贄と変わらないわ」

 そして、可憐な美姉妹が淫らな行為を強制されようとしてい
ることへの、義憤、あるいは愉悦。
「なんて残酷なことをさせるの。こんなこと、見た者にもきっ
と報いが来る」
「王女の姉妹が晒し者にされるなんて、めったに見られない見
せ物だわ」

 このアーヴェンデールを政治的に攻略しようと今まで煮え湯
を飲まされ続けていた各国の使者たちは、一人の例外もなく、
加虐的な悦楽に浸りきっていた。そして更なる破滅への転落を
聖なる姉妹が演じる事を期待していた。

 人々の負の感情のよどみが、やがて嵐のようにこの広場いっ
ぱいに充満していくのを、クレアもアンヌも感じていた。その
中心で、二人はなすすべもなく、性の欲望に溺れていくしかな
かった。

「お姉さま…たすけて…」

 クレアのその言葉は、もちろん今のこの状況から逃れたいと
いう意味だったろう。しかし、その紅潮した顔と潤んだ瞳から
は、別の意味…この屈辱の中で沸き上がる情欲を静めてほしい、
という意味も読みとれた。なぜなら、アンヌもまた、淫虐の謀
略にかかった自分を呪いながらも、今の自分の身体の中で燃え
る熱情を否定できなかったから。

「クレア、…ごめんね」

 その謝罪の言葉を以前にもあの迷宮で聞いたことを思い出し
たクレアは、奇妙に嬉しかった。それは、姉がいかに自分の事
を想っていてくれているかのあかしだから。

 クレアはアンヌの胸に身を寄せた。その華奢な妹の身体を、
アンヌはそっと腕の中に抱えた。
 邪悪な使者たちの一角からは野卑な歓声が飛んだ。市民の一
部からも、似たような声が飛んだ事は否定できない。しかし、
人々の大多数からは、嘆きとも、諦めともつかない息が漏れた。

 あの漆黒の地の底での秘め事を、今は多くの人々の目の前で、
そして神々もしろしめす光の中で行わなくてはならない恥辱に、
死にたいほどの苦痛を感じると同時に、沸き上がってくる目く
るめくような倒錯の予感に、姉妹は震えていた。神の直視を遮
るような満天の雲も、あまり救いにはならなかった。

「…罰が当たったのね。シーマの庇護をいい事に、神々の目を
盗んで姉妹で愛しあってしまった、その報いが下ったのね」

「…クレア、どんなことになっても、…たとえ人々に石もて逐
われることになっても、絶対にわたしがいっしょにいるわ…」

 口づけをした姉妹が、シーツの中に倒れ込んだ瞬間、多くの
人が目を伏せた。すでに媚香の効果で全身に汗を浮かべ、淫蜜
に秘所を濡らしていた姉妹は、まるで溶け合うように裸身を密
着させた。

「ほほう、花婿がとうとう花嫁を組み敷いたぞ。これからどう
するのか、じっくり拝見だ」

 下卑た使者の無礼な口調も、姉妹にはすでに、被虐の悦びを
増幅させるものでしかなかった。
 媚香に加え、無数の目に視姦されながらの愛撫に、クレアも
アンヌもいつも以上に感じてしまう。そんな自分をあさましく
思う心も、やがて快感の波に洗い流され、ますます悦楽にのめ
り込んでいく。クレアもアンヌもいっしょに、全身をくねらせ
ながら情熱的に抱きあった。
 千に近い人数が集まっているにも関わらず、静まりかえった
広場に、くちゃくちゃと汗と愛液に濡れた姉妹の肉体が擦れあ
う音が響く。

「血を分けた姉妹が、まるでさかりのついた犬のように絡みあ
っておるとは、なんともおぞましいものじゃな」
 自分たちが哀れな姉妹を追いやっておきながら、いけしゃあ
しゃあと使者の一人が嗤った。

「しかし、こうなってはアーヴェンデールの聖なる姫君も、場
末の見せ物小屋で踊る浮かれ女以下というものだ。こんな淫乱
を国家の元首に戴くなど、果たしてこの国の者たちはどう思う
のかな。ふははは…」

「さよう、我々の手を煩わせずとも、国民の方が願い下げであ
ろうよ。もうおしまいだな」

「おお、見よ見よ、姉妹であそこまでなさるか。秘所を摺り合
わせ始めたわい」

 クレアの右脚を持ち上げ、アンヌが自分の秘所をクレアの花
弁に押し当てた。そしてそのまま、腰を使って刺激を加え始め
た。快感に喘ぐ姉妹の声が、広場中に聞こえだした。心ある人
々が耳を塞ぎ、目を閉じる。

「おい、あれはもう使っておるのであろうな?」
 使者の一人が、傍らの魔術師風の男に聞く。

「ご心配なく。最初から一部始終を『記録』してございます」
 そう言って男が手に掲げたのは、ブゥゥーーーンン…と微か
なうなりをあげている漆黒の宝珠だった。魔力によって映像を
記録する能力がある。

「これを動かぬ証拠として、法王だけでなく、各国の王室にも
複製して送りつけてやろう。あの姉妹はこれで破滅だ」
 そう呟いた使者の言葉に、他の使者たちもニヤニヤ笑って応
える。

 そんな企みも知らず、姉妹はますます悶え狂い、嬌声をあげ
て淫楽を貪っていた。

「いやっ、いやあお姉さまあっ、こんな…こんなところで私…
いや、イッちゃうなんていやあっ!」

「ごめんねクレア、…私も、でも、もう止まらないの、許して
ぇっ!」

 アーヴェンデールを統べ、臣民の敬愛を受けていた聖姉妹が、
血の繋がった姉妹で、女同士で、公衆の面前でまぐわりあうと
いう、獣にも劣る痴態を繰り広げる光景に、人々の心に絶望と、
失望と、そして軽蔑と嫌悪の情すらも漂いつつあった。
 情欲に溺れつつも、聡明な姉妹は敏感にその空気を感じ取っ
ていた。だが、それも今やどうしようもない。この後の悲劇的
な結末を確信しながら、クレアもアンヌも互いに固く抱きしめ
あうしかなかった。

「…どうやらこのままならうまくいきそうだ。我々が告発など
しなくても、市民があの姉妹を見捨て、糾弾することだろうよ」

「そのようだな。あの寝台代わりの藁束が、そのまま火あぶり
の用を為すかな?女同士の見せ物を演じた姉妹が、怒り狂った
市民の手でそのまま生きながらの火刑にかけられる、か。実に
おもしろい趣向だな、ひひひひ…」
 おぞましい悪意に満ちた者たちの嗜虐的な意図。

 だが、痛々しいほどに熱く愛しあう姉妹の姿に、やがて人々
は不思議な感覚をおぼえ始めた。戒律にも人倫にももとるあさ
ましい行為。しかしそれは、この世のものとは思えないほどに
あまりに美しかった。
 人々は思い起こした。
 処女を守護する女神が、美しい侍女と戯れながら水浴する姿
を見てしまった狩人が、神罰で鹿に変えられて野獣に貪り食わ
れた神話を。

 神々も女同士で愛しあい、それを汚した者に神罰が下った。
 ましてや、王女姉妹はこの国のために結婚を演じたのが、各
国の使者たちの奸計に陥ちてしまった結果、こうして恥辱に耐
えているのだ。
 人々は、この王女たちの姿を、いつしか美しいと思った。
 生まれたままの姿で、愛欲に溺れる姉妹の姿を、美しいと感
じた。

「いやあ、イッちゃう!離さないでお姉さま、お姉さまぁっ!」

「わたしも、イクぅっ!クレア、わたしの、クレアぁっ!!」

 姉妹は同時に、絶頂に達した。そしてそのまま、崩れ落ちる
ように藁の寝台に倒れ伏した。
 息を詰めていた人々から、安堵にも諦めにも似た溜息が漏れ
た。

「…ふん、とうとう気をやりおったわ。あさましい女どもめ」

「おもしろい見せ物だったが、本当に面白いのはこれからだ。
あの姉妹の始末をつけた後で、我らのうちどの国がこのアーヴ
ェンデールをものにするか…がな。ははははは…」

「はははは…」

 勝ち誇った使者たちの笑い声が響いた。
 その瞬間。
 鐘が鳴った。


***

7・奇蹟


 上空を覆っていた厚い雲が流れ出した。
 そして、広場の真上で巨大な渦を巻き始めたのだ。
 その様子に気がついた人々からざわめきが漏れた。空気が流
れ、風が吹き始めた。
 媚香が吹き払われて、ほんの少し正気を取り戻したクレアと
アンヌも、冷たい風が吹き出したのに気づいて不安げに身を寄
せて空を見上げた。

 その二人の視線の上、雲の渦の中央がみるみる広がり、遙か
高い空が一点、顔を出した。そしてその穴から、暖かな太陽の
日射しがまっすぐ、柱のようになって王女姉妹を照らし出した
のだ。

 その光の洗礼に、人々から驚きの声が沸き上がった。
 ついさっきまで、最悪の恥辱にまみれていた姉妹が、神々し
いほどの光に包まれていた。

 使者たちが、何が起きたのかわからないままいぶかしげに立
ち上がる中、どこからか妙なる調べが響いてきた。この世のも
のとは思えない美しい音楽。リュートでも、ツィターでもない、
この世の楽器ではない、人の肉声でもない、まさに天上の音楽
だった。
 その音色に重なり、突然、遙か遠くから何か絹を引き裂くよ
うな音が、徐々に突き刺すように響いてきた。

 その高周波音に人々が耳を押さえた刹那、広場の無人の一角
にドカンッ!!と大音響とともに爆発が起きた。逃げまどう人
々を尻目に、もうもうと巻き起こる土ぼこりの中から、大魔導
師シーマがまっすぐ広場の中央に足音荒く歩み来たった。
 あの遙か東の果ての地から超スピードで飛び来たり、減速も
せずにこの悲劇の場に突っこんできたのだった。

「あれが、魔神を召喚したとかいう魔導師か?」
 使者たちが浮き足立った。
「なんの、あんな小娘に何が…」
 そううそぶいた使者の傍らで、何かが弾ける音とともに、
「ぎゃああっ!!」と悲鳴をあげた男が血しぶきを上げて転げ
回った。王女姉妹の秘め事を記録していたあの漆黒の宝珠が、
シーマのひと睨みで魔力が暴走し、それを使っていた魔法使い
の男の両腕ごと炸裂させたのである。

「ひいっ!」
 使者たちが動揺した。
「こ、殺せ!」

 逆上した使者たちの命令に、ならず者の重装歩兵たちが一斉
にシーマに襲いかかったが、こんな連中を相手にするには、シ
ーマの力は強すぎる。
 傭兵たちの厚く着込んだ甲冑が、シーマの魔力を受けて一瞬
で白熱した。
「ぎゃああああああ!!!!」
 高熱に全身を焼かれた兵士たちが全員のたうち回る。

「自分たちのした事の意味がわかっているのね?それがどんな
報いを受ける事になるのかも」
 シーマが無表情に言い放った。

「シーマ殿!」
 それまで使者たちの雑言に必死で耐えていた神官長が駆け寄
った。
「我らの力が足りず、姫さまたちを辱められたこと、お詫びの
しようもございません。…あれは、シーマ殿のお力で?」

 神官長が指し示す空を、シーマも見上げた。ここに来るまで
必死になっていて、周りを振り返る余地もなく一直線に突っこ
んできたシーマは、迂闊にも上空の異変に無関心だった。

「…いいえ、あたしじゃないわ。…あれはいったい?」

「なんと!…では、まさかあれは!?」

 その瞬間、渦を巻いていた雲が黄金色に光り出した。そして、
羽毛のような無数の光の粒が、広場に舞い散ってきたのだ。光
は眩く輝きながら、やがて茫然と座り込んでいた聖王女姉妹を
祝福するかのように包んでいった。

 そして、妙なる調べが高潮したと同時に、黄金の雲が一気に
地上に向かって筋を引きながら舞い降りてきた。三つの雲の塊
が、王女姉妹の周りを踊るように回転する。
 時間が止まったようなその光景を、シーマも、神官たちも、
市民たちも、ただ見つめるばかりだった。

 その光の乱舞の中、クレアが立ち上がった。そしてアンヌも
それに続き、愛する妹と手を取り合った。そして姉妹は、恍惚
としながら光の渦の中で微笑んだ。それはまるで、光の中から
愛と美の女神が誕生したかのように見えた。

 光の雲の動きがゆっくりと停まり、姉妹を取り囲んだ。
 そして、人々は見た。

 光の雲が、背に六枚の純白の翼を広げた女神の姿になったの
だ。
 そして、三美神はその手に輝く聖布を広げると、王女姉妹の
裸身を包むようにそっと差し掛けた。

 一枚の褥にくるまって、姉妹が肩を寄せながら、宙を舞い踊
る三柱の女神たちを晴れやかに見上げた。

「…これは、神の奇蹟だ…聖女アニュスの奇蹟の再来だ…」
 異教徒の迫害を受け辱めを受けた聖女に、神が天から聖衣を
賜ったという遙か昔の伝説を思い起こし、神官長が滂沱と涙し
ながら呟いた。

 さっきまで王女姉妹を見限りそうな心になっていた者までも
含め、その場にいた市民全員が、一人の例外もなく、その光景
を目に焼き付けながら涙を流し、神々の御業に魂を震わせてい
た。

 やがて三美神は名残惜しそうに二人から離れ、微笑みながら
再び天に舞い戻っていった。
 その姿がもとの光る雲に戻ったと見るや、黄金の雲はまるで
新星のように輝き、一気に空のさらに上に向かって弾けるよう
に消え去っていった。
 そして、もとの雲一つ無い快晴の青空がまぶしく地上を照ら
した。

 まだ夢見心地のクレアとアンヌに、いつの間にかシーマが近
くに寄っていた。

「…アンタたち、よく耐えたわね。でもスゴイわ、まさか神の
奇蹟を呼ぶほどとは思わなかったわよ」
 そう言ってニッコリ笑いながら、姉妹に手を貸して藁の寝台
から降ろす。

 シーマが姉妹をエスコートして市民の前に進み出る。
「…真実は今、みんなが見た通りよ!どう?アンタたちの王女
さまをどうする?」

 神官長と全神官がその前に駆けだして、一斉に平伏した。
「神に仕える身でありながら真実を見抜けなかった愚かなこの
身で、まさか神々の奇蹟を目の当たりにする僥倖に巡り会える
とは思いませんでした。我らが王女は淫女どころか、まさに殉
教の聖女にふさわしいお二人!我ら一同、このような秘蹟に立
ち会えました事、身に余る光栄でございます!おそらくは市民
ことごとく我らと同じ思いでございましょう!」
 そう言って神官長は、地を這って姉妹の足元に投地し、聖な
る褥の裾から見える二人の素足に忠誠の口づけをした。

 それと同時に、満場の市民たちは、ある者は涙ながらに同様
に平伏し、ある者は歓声を上げ、またある者は力の限り手を振
った。一瞬でも姉妹に悪意を抱いてしまった者は、そんな事を
考えた自分を呪って、血を流しながら地や石壁に額を打ちつけ
て懺悔しさえした。

「アーヴェンデールばんざーい!!!」
「クレアさま、アンヌさま、ばんざーい!!」
「神々の祝福あれ!!!」

 歓声は広場どころか、城下全てを轟かすほどに反響し、いつ
までもこだました。

「静粛に!!」

 シーマがさっと手をかざし、人々の声を制止した。そして、
静まりかえった広場に、起き上がった神官長が二人に告げる言
葉が響き渡った。

「…五柱の善神と、四大の精霊と、三鼎の大地と、二極の陰陽
と、そして唯一の真理たる愛の名の下に、未来の女王クレア・
ボーソレイユ・デル・サン・アーヴェンデール聖王女と、竜退
治の英雄アンヌ・クレセント・デル・サン・アーヴェンデール
護国公との婚姻を、ここに改めて認めます」

 神官長の宣言に、割れんばかりの大歓声が再び地鳴りのよう
に沸き起こった。紙吹雪が舞い、祝福の花火が打ち上がり、無
数のブーケが乱れ飛んだ。

 その光景に、クレアはアンヌの手をとって涙を流した。

「お姉さま、私、幸せです…」

「わたしもだよ、クレア…」


「さて、お仕置きタイムね」
 満足したシーマが、杖を手にして振り向き、なすすべもなく
右顧左眄するばかりの各国の使者たちに向きなおった。

「シーマ、彼らを殺したら、この国に不幸を招きます。だから
こそ私たちも…」
 クレアがシーマを止めようとするが、シーマは嗤うばかりだ
った。

「だいじょうぶ、そんな事はわかってるって。でも、クレアち
ゃんとアンヌちゃんをいぢめることができるのは、飼い主のあ
たしだけなんだからね。その罰は…」

 そう呟いて、シーマは邪悪な笑みを浮かべながら杖をかまえ
て、怯える使者たちの顔を覗き込んだ。

「…本当ならお前たちなんか魔物のエサにでもしたいんだけど
ね。でもそうしちゃったら、せっかく我慢してお前たちの難題
に耐えたあの二人の苦心をムダにしちゃうから、命だけは助け
てやるわよ。だけど…」
 いきなりシーマが杖を掲げ、忌まわしき禁呪を唱えたとたん、
使者たち全員の口の中に無数の蛆が湧いた。

「むごお、うごおおお!」
 全員が止めどなく蛆を吐きながら転げ回る。

「ほら、とっととこの国から出て失せな!それと、あの二人の
事を二度と貶めるような事をその口から吐いてごらん!また今
みたいに蛆を食らう呪いをかけたからね!キャハハ!」

 這々の体で蛆を吐きながら、使者たちが転がるように逃げ出
していく。その後ろから怒った市民たちが石を投げつけた。当
たり所が悪かった者もいたようだが、そんなことはもうシーマ
の知った事ではなかった。

「これじゃ、しばらくアンタたちの飼い主、辞められないわね」
 人々の祝福に包まれる姉妹に、シーマがそっと囁きかけた。
 恥じらいに顔を赤らめる二人を見て、シーマは愉快そうに笑
った。


***

8・自殖


「…ま、奇蹟ってのは決して珍しいことじゃないの。魔法使い
が言霊で魔力をコントロールして魔法を完成させるのと基本は
変わらないのよ。ただ、魔法の修行をしてなくて、生まれつき
に巨大な魔力を潜在的に秘めている者の場合、そのパワーが理
論じゃなく、精神的なイメージに従って発現するわけ。普通の
人間ならそれは『信仰』が大きく左右するってこと。神が実在
するがどうかとは別に、その人間自身の『神』イメージに沿っ
た形で魔力が発動する。それが『奇蹟』の正体よ。敬虔な宗教
者の『神聖魔法』と基本は変わらないわ。ただ、『奇蹟』は決
まった形がないから、見た人に与える衝撃力は大きいし、今日
みたいなのはさすがのあたしも滅多に見たことはないけど。衆
人環視の中でエッチさせられた異常な状況下での昂揚状態や、
あの魔香の麻薬効果のせいもあっただろうけど、やっぱりアン
タたち二人が秘めていた力がすごかったってことが一番の要因
ね。つまり…」

 昼間の出来事を延々講釈していたシーマが、ちらりと一瞥し
て口を閉じ、ヤレヤレと首を振った。

 いつもの、二人にとって世界で一番素直な気持ちになれる迷
宮の地下牢で、クレアとアンヌは心安らかにペットの立場に戻
り、まるで仔猫のように幸せそうに頬を寄せ合っていた。
 生まれたままの姿に、唯一身につけた首輪。そして今日から
はもう一つ、身につける事が許された。二人の左手の薬指に、
それぞれ金と銀の指輪が光っている。
 二人は互いのその指を、愛おしそうにいっしょに頬ずりして
いた。

「でも、どうなの?クレアちゃん、アンヌちゃんも。全国民の
注視の中でエッチさせられちゃうだなんて異常体験、死にそう
に恥ずかしかったけど実は、すっごく感じちゃったんじゃない
のお?」
 からかうシーマの言葉に、姉妹は真っ赤になってうなだれた。

「さて、今夜は『奇蹟』の仕上げをするからね。二人とも、こ
っちにいらっしゃい」
 二人の首輪から魔法の鎖が伸びてシーマの手におさまる。

 姉妹は顔を見合わせて訝しがった。
「仕上げって?」

「あのバカどもがヌカしたんだって?女同士で子供ができるの
かって?」
 鎖をちゃらっと鳴らして、シーマがニヤリと笑った。
「…結婚したんだもの。ね、赤ちゃん欲しくない?」

「!」
 二人が目を丸くした。

「クレアちゃん、お姉ちゃんの赤ちゃん産みたくない?」
 かがみ込んでクレアの顔を覗き込むシーマ。

「…は…はいっ!」
 まだよくのみ込めていないようなクレアだが、はっきり答え
た。

「アンヌちゃん、大好きな妹の赤ちゃん、産みたいでしょ?」
 アンヌに顔を向けて、悪戯っぽくシーマが笑う。

「…はいっ!!」
 まるで軍令を聞いたかのように、顔をこわばらせて答えたア
ンヌ。

「それじゃ、こっちにおいでっ!」
 身を起こすと、シーマがそっと鎖を引いた。

 それに合わせて、ペットの聖姉妹は犬のように四つんばいで、
飼い主の後を進んでいった。寄り添った頬と頬に至上の笑みを
湛えながら。

*

 今まで迷宮の中はあの地下牢と、引き回された通路しか知ら
なかった姉妹にとって、そこは初めて見る不思議な場所だった。
奇妙なギヤマンの容器や管や、ランプなどが所狭しと並び、赤
や緑に光る液体を詰めた瓶がぎっしりと棚に詰まり、またはあ
ちこちに散乱していた。床に這っているクレアとアンヌは動き
がとれなくなり、往生した。

「ほら、ガラスを踏んで怪我なんかしないでよね。こっちよ二
人とも」

 雑多な実験室をすり抜けて、シーマとその美しい二匹のペッ
トは、奥の一室に入っていった。一転してがらんと広い空間は
しんと静まりかえっている。暗闇に慣れている姉妹の目にも、
全く何も見えないほどの漆黒の部屋。

 シーマが指を鳴らすと、壁のあちこちにぼんやりと緑色の灯
りがともった。やはり何かの実験器具のようなものが壁際に並
ぶ、その部屋の中央が遅れて光り出した。
 部屋の床には、差し渡しヒト二人分くらいの広さの、円形の
凹みが穿たれていた。深さは腰ぐらいまであって、ちょうど市
中の共同浴場にある浴槽くらいの大きさである。そして驚く事
に、その凹みにちょうどぴったりギヤマンが継ぎ目もなく張ら
れているのだ。
 シーマが様々なキメラを合成し、魔物を作り出すために使っ
た合成培養用巨大シャーレがこれであることを、幸運にも王女
姉妹は知らない。
 その底一面に、光る水のようなものが溜まって青白く発光し
ている。

「さて、不純物が混ざるとダメだから首輪は外してあげるね」
 シーマの言葉に、二人の首輪が消えた。

 不思議な事に、この首輪があることがペットの条件として刷
り込まれているせいか、クレアもアンヌも首輪が無くなってし
まうと妙に全裸の自分が心許なく、そわそわしてしまうのが可
笑しかった。

「…指輪はそのままでいいわ。金と銀なら問題ないから」
 シーマの言葉にホッとする二人。

「あの、シーマ、これは何なの?」
 思い切ってアンヌが尋ねる。

「うふふ、ま、だいじょうぶだから。二人とも、この中に入る
のよ」

「えっ?」
 正体不明の物体を前に、姉妹がたじろぐ。

「…早くっ!」

「は、…はい…」

 姉妹は一緒に、おそるおそる片足をその中に差し入れた。つ
ま先に液体の表面が触れた。指先を動かしてみて、液体の感触
を確かめてみた。ぬるぬると粘り気がある、ゼリーのような生
ぬるい肌触り。

「ほーらっ!早くしてっ!」
 シーマがせかす。

 意を決して、アンヌが思い切って先に右脚をグッと底まで入
れた。深さは膝の下、脛の中ほど程度だったので、少し安心し
て両脚で液体の中に立つ。そして妹の両手をとって、転ばない
ように促した。
 クレアも姉の両手を頼りに、ゆっくりと透明ゼリーのプール
の中に両脚を入れた。

「さ、あとはいつもと同じ。そのゼリー状培養液には排卵と新
陳代謝を促進する成分と、ついでに媚薬もね、ふふ。クレアち
ゃん、アンヌちゃん、その液体をお互いの身体にたっぷりと擦
り込むのよ。全身にお薬が染みこむように、外からも、内から
も、ね」

 その言葉に、不安を消せないまま、姉妹は屈み込んで両手に
ゼリーをとった。ゾルゲル状態の半液体は、手に取ると盛り上
がるくらいの固形感があった。そして起き直ると、二人は両手
のゼリーをそっと互いの胸元に注ぎかけた。
 半流動体の透明なゼリーが、姉妹の滑らかな素肌にとろりと
流れ、豊かな乳房の形に添って流れ落ちていく。人肌に近い暖
かさなのに、肌に馴染みすぎる感触に、一瞬ぞくりとした二人
だった。だがすぐに、姉妹は泥んこ遊びの子供のような気持ち
になっていた。
 クレアが指をさし出して、姉の凛々しい頬をなぞるように塗
っていく。まるでペインティングのように頬、鼻筋と塗ったク
レアの手がふと止まり、ちょっと背伸びして顔を寄せ、姉と唇
を重ねた。そして、子供のように笑った妹姫は、いきなりアン
ヌの顔に手に残っていたゼリーをぱんっとぶつけるように押し
当てた。面食らった姉のさまに、クレアが歓声をあげる。

「やったなあ、クレア、待ちなさいっ!」
 アンヌが逃げようとしたクレアの腰に抱きついて、そのまま
背中に自分の胸を密着させた。そしてそのまま、妹の乳房を後
ろから掴む。くにゃ、とアンヌの指が純白の双球に埋まり、し
なやかに揉みしだくと、クレアはうっとりと身を反らせた。ア
ンヌの手に残っていた粘液が乳房にまんべんなく塗り込まれて、
リンゴのようにつやつや光る。

「ねえクレア、わたしね、あの時…クレアが『こんなところで
イキたくない』って言って泣きながら身悶えした時にね…すご
く可愛くって、ジンジン感じちゃってたの、…ごめんね」
 アンヌが甘く囁きながら、今度は自分の乳房を使って妹姫の
背中にゼリーを塗り込み始めた。
 愛らしい肩胛骨に乳首がぬるぬる滑りながら当たる感触に、
クレアが大きく喘ぐ。

「お姉さまだって、あの時泣きながら腰を振って…おっぱいが
揺れて…必死にあそこを押しつけてきて、とってもいやらしく
って、素敵だったくせにぃ…」
 クレアが甘えて言い返しながら、両手を上げて抱えるように
して、姉の顔にキスの雨を降らせた。

 ゼリーがほぼ全身に塗られたのを見計らって、姉妹は身を離
すと、二人顔を見合わせて無邪気に笑いながら、ゆっくりと腰
を下ろした。液体に下半身が浸かりきると、今度は上半身を屈
めて、いっしょにうつぶせになる。
 流動体の浮力で半ば浮かぶようになって、顔を上げながら、
今度はくるりと身体を反転させて仰向けになった。全身でゼリ
ーの感触を味わうように、身を起こしたクレアが自分の乳房を
ヌルヌルと両手で捏ねる。
 アンヌはその浮遊感覚が楽しいのか、何度も何度も回転しな
がら全身をくねらせた。

「いい?一カ所も残しちゃダメよ二人とも」
 のんびり椅子に腰掛けて、最愛のペットの遊戯を見つめるシ
ーマ。

「はい…」
 微かに答えたクレアが、また仰向けになると、その眩い金髪
の髪の房を丁寧に粘液の中に浸し、両手で梳かすようにして濡
らしていった。

 その姿に、アンヌは上半身を起こし、ピンと張りつめて上を
向いた妹の乳房に手を滑らせる。そして、また妹を抱きしめな
がら、厚い舌を絡めてきた。姉の大きな乳房が上から押しつけ
られる感触を堪能しながら、クレアもキスを返した。
 アンヌが、半分濡れた自分の銀髪を使って、刷毛で絵の具を
広げるようにしてクレアの全身に粘液を塗った。そして、再び
妹の顔に自分の顔を寄せると、いきなりキスしながらクレアの
顔をぐっと下に押し込んでいった!
 頭を全部ゼリーの中に埋没させられたクレアが、キスを放さ
ないまま押し戻し、水面に顔を上げて息を吸った。

「ひどいわお姉さまったらあ。仕返しっ」

 そう言ってクレアが今度はアンヌを押し倒し、同じようにキ
スで姉を沈没させた。慌てて顔を上げたせいで口の中にゼリー
が流れ込んでむせかえるアンヌに、クレアが笑う。

「さあ、もういい感じかな?全身が熱くなって、溶けてしまう
ような感じでしょ?さあ、今度は力の続く限り愛しあっていい
わよ。自分が何者なのかわからなくくらいにね」

 その言葉も待たず、聖王女姉妹はもう熱く抱きあい、ゼリー
でヌルヌルした感触に互いの肉体の存在を確信しながら激しく
愛し合い始めた。

「お姉さま、こんなの初めてぇ…、本当に、私、溶けちゃいそ
う…」

「いっしょに溶けちゃおうね、きっとわたしたち、一つに混じ
り合っていくよ…」

 姉妹は全身で互いの肉体を愛撫し、キスし、さらには身体中
の穴という穴にも粘液を擦り込み、ついには口移しでゼリーを
飲み合い、秘所にまでも口に含んだ粘液を注ぎ込んだ。そして
その度に、クレアとアンヌは強烈な一体感を感じながら、時間
の感覚も、昼間の恥辱も奇蹟も全てを忘れ去り、ただ愛する者
と数え切れないほどの絶頂を分かち合う事に、無限の幸福に溺
れていったのである。

*

 クレアはふと気づいた。
 自分が不思議な空間に浮かんでいる事を。
 何もない、漆黒の宇宙。

 一瞬不安が心をよぎったが、すぐに自分を抱きしめている体
温に気づいた。

「クレア…」

「お姉さま…ここはどこなの?私たち、あのプールの中で愛し
合って、そのまま…」

「わからないよ、でもだいじょうぶだよ、ずっと一緒だから…」

 その言葉に安堵して顔を胸に埋めた妹をアンヌが抱きしめた
瞬間、目の前に青い光が射した。

 シーマがそこに立っていた。

『…さあ、いよいよ仕上げよ。サービスに二人にもわかるよう
に具象化した映像で見せてあげるから』
 そう言ってシーマが、二人に向かって杖を振った。

 クレアとアンヌの指輪が光り、それに応じて全身が熱くなる。
固く抱きあう二人の身体が発光し、そして二人の身体から、一
抱えもありそうな光の球が浮かび上がった。

 全身の火照りがおさまり、光の球の美しさにうっとりと目を
奪われた姉妹に、シーマが少し近寄る。

『わかる、二人とも?これはね、貴女たちの『魂』を目で見て
わかるようにしたものよ。…まったく、こんな綺麗な魂の持ち
主なんて滅多にいないわよ。さすが、神々の奇蹟を呼び込むだ
けあるわね…』

 あきれたように感心するシーマの言葉に、クレアもアンヌも
自分自身の『魂』を見つめる。
 クレアはその象徴たる黄金の、アンヌは同じく白銀の色。鏡
のように輝き、一点の曇りもない。

 自分たちの愛が決して歪んだものでもよこしまなものでもな
い事を証明できたような気がして、姉妹は改めて互いの愛の正
しさを確信した。

『さて、と』
 シーマがいきなり、無造作に杖でクレアの魂…金色の球をこ
つんと叩いた。その瞬間、球の真ん中にすっと、縦にまっすぐ
な筋が入った。そして浮かんだままきれいに真っ二つになった。

「あ、そんな…!」
 慌てるクレアを、シーマが落ち着かせる。

『大丈夫だって。ま、任せなさいな』
 そう言ってシーマは、同じように銀の球を、アンヌの魂もこ
つんと叩き、二つに等分する。
 何が起こるのか、姉妹は不安げに見つめた。

 シーマが何かの呪文を唱えながら杖を振った。その杖の動き
に合わせ、二等分されて四つになった二人の魂が、ワルツを踊
るように円を描いて回り出した。その不思議な光景を、自分た
ちの魂が踊る様子を、クレアもアンヌも見守るばかり。

『それっ』
 まるで最高級の指揮者のように、シーマが振った杖に合わせ、
金と銀の半球がそれぞれ一つずつペアになった。そして断面が
ぴたりと合わさり、また完全な二つの球に戻った。ただし二つ
とも、真ん中で綺麗に金銀二色に分かれた二つの球である。

『どう、二人の魂が混じり合って一つになったさまを見てもら
ったわけだけど』

「はい…これで、私たちどうなってしまうのですか?」

『それはね…こうするのよっ!!!』
 シーマが叫びながら、大きく振りかぶった杖を二人に向かっ
て振った。
 その動きに合わせて、二つの金銀の球が凄まじい勢いでクレ
アとアンヌにめがけて突進してきた。

「きゃあああああっ!!!」
 恐怖にかられて叫ぶクレアと、それを固く抱きしめるアンヌ。

 衝突した二つの球に、二人は包み込まれ、目も眩む光の中で
溶けていった…。


***

9・聖誕


 あの結婚式が終わり、二ヶ月がたち、アーヴェンデールはめ
でたい新年を迎えた。
 そして街には、二つの慶事が伝えられた。

 ひとつ目は、あの結婚式の時に人々の目の前で起きた「奇蹟」
が総本山に報告されて正式に認定され、それによって法王がク
レアとアンヌを生きながらにして「聖女」に列すると決定した
事が伝えられたのである。
 それに従い、このアーヴェンデール自体も「聖地」として認
証されることになった。
 後のことだが、それまで商業都市として人々が集っていたこ
の街は、さらに聖地として多くの巡礼者を集め、ますます栄え
ることとなった。とりわけ、戒律によって禁じられる女性同士
の恋愛に苦しむ者たちの心のよりどころとなり、やがてついに、
このアーヴェンデールにおいてのみ女性同士の結婚が認められ
るようになって、アーヴェンデールは文字通りの「女の都」と
なるのであるが、それはもっと未来の別の話である。

 そして、もう一つの慶事。

 王家からの布告。

 クレアとアンヌが、同時に懐妊したことのふれだった。

 人々は、あの結婚の時に降臨した三美神が、あの聖布を賜っ
ただけでなく、受胎告知に訪うていたことを悟り、姉妹の懐妊
を心から祝福した。
 ごくわずか、あの奇蹟を見ていなかった者が不心得にも、王
女姉妹が秘かに男を引き入れたんじゃないのか、と言ったりも
したようだが、そのような呪わしい言葉を聞いた者から例外な
く袋叩きにあったものだった。

*

 あの泉に、再びシーマが訪れた。
 あの時三美神が裸の王女姉妹に差し掛けた聖なる褥を手にし
ている。
 奇蹟の聖物として法王のいます総本山に送られ、厳重に保管
されたはずの聖衣であるが、それを手にするなどシーマにとっ
ては造作もないことであった。シーマが代わりに置いてきた偽
物に気づく者は、おそらく永遠にいないはずである。

 シーマはその聖衣を、そっと泉に浮かべた。
 王女姉妹への愛情の代償として。
 これからもあの二人の飼い主でいられることへの感謝をこめ
て。

 聖衣は、やがて静かに泉の底に沈んでいった。

 何も言わず、シーマもその場を立ち去った。
 再び、静寂が泉に訪れた。

*

 アーヴェンデールに、初夏の日射しが降り注ぐある日、再び
王家から布告があった。

 クレアとアンヌが、同時に出産したとの知らせ。母子共に健
やかで、生まれたのは両方女の子である。

 街中が祝福に沸き立ち、半月の間お祝いの祭が繰り広げられ
た。ただし、産後の母子を慮り、祭にありがちな喧噪や爆竹の
代わりに、大陸中から最高級の音楽家が市民の篤志によって集
られ、優雅で上品な音楽が街中に満ちた。

 そしてその祭の最終日。
 城のバルコニーに王女姉妹がそれぞれの愛児を胸に抱いて、
人々の前に姿を見せた。

 その姿に、アーヴェンデールの人々は、確かにあれが奇蹟だ
ったことを確認した。

 クレアが胸に抱いていた赤ん坊と、アンヌが胸に抱いていた
赤ん坊は、双生児のようにうり二つだった。
 ただ一点を除いて。

 クレアの娘の髪が、右側が金色。そして左側の髪が姉と同じ
銀色だったのだ。

 そしてアンヌの娘は、右側の髪が銀色、そして左側の髪は妹
姫の金色を受け継いでいた。

 のちに「運命の双児」と呼ばれることになる娘たちを胸にし
たクレアとアンヌが、肩を寄せ合ってニッコリ微笑んだ。
 その姿に、アーヴェンデールじゅうが大歓声に包まれ、市民
の祝福がいつまでも続いた。

 「運命の双児」たちは、やがて手を取り合って数々の冒険を
乗り越え、その旅の中でやがて定めのままに母たち同様に愛し
合うようになり、そして母たちからこの国を受け継いで幸福に
統治することになるのだが、これもまた別の話である。

*

 これにて、アーヴェンデールの聖王女クレアと、その姉アン
ヌの愛の物語は終わる。
 ただ一つ、不確かな噂を蛇足に付しておこう。

 運命の双児に王位を伝え終えたクレアは、ある日、アンヌと
ともに姿を消してしまった。
 長くこの国の政治を輔弼していた大魔導師シーマもまた、前
後して去った。
 人々は聖姉妹を捜し求めたが、その行方は杳として知れなか
った。

 やがて、人々は語り合った。
 クレアとアンヌは、あのシーマに導かれ、遙か東の彼方の永
遠の島に行ったのだと。
 そしてその地で、あの結婚式の時の16と19の若さを取り
戻し、永遠の愛を育み続けているのだと。

 そしてもしも、このアーヴェンデールの地から愛が失われる
ようなことがあったなら、姉妹は再びここに戻ってくるのだと。

 そう、人々は語り伝えている。


完

 



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