黄金の日輪*白銀の月



1・帰還


 夕陽が沈みかけた西の城門に、時ならぬ歓声があがった。ア
ーヴェンデールの街を東西に走る大通りを、人々が口々に何ご
とかを言い交わしながら走っていくのが、城楼の窓からも見え
る。

 この国を統べる務めを担う聖王女、クレア・ボーソレイユ・
デル・サン・アーヴェンデール姫もまた、はじかれたように窓
辺に駆け出し、夕陽の沈む西に顔を向けた。
 窓を開けたとたんに吹き込む初秋の冷たい風に、その美しく
長い、ウェーブのかかった金色の滑らかな髪が激しくなびくの
も気にかけず、不安と喜びを織り交ぜた表情を浮かべて、わず
か16歳の可憐なプリンセスは、バルコニーに立ちつくした。
 寒風にさらされるクレア姫の肩にケープを懸けようとする侍
女にも気がつかず、王女は身じろぎもせずに城門を見つめる。
そのアーチの下を最愛の人がくぐり、帰還してくるのを、クレ
アはただひたすら待ち続けていた。

 城門に集まった人々は、一瞬静まりかえった。
 銀色の鱗のような鎖帷子を装備した白馬の上に座る甲冑の騎
士。その姿がくすんで見えるのは、逆光になった西日のせいば
かりではなかった。
 戦馬と同じ銀色の鎧も兜も、全てがどす黒い血にまみれ、赤
銅色に染まっていた。さらに銀の下地を隠しているのは、強烈
な火炎に焼け焦げた煤。甲冑の連結部はあちこちが砕け、へこ
み、引き裂かれていた。
 凄惨な闘いをその姿から感じ取って息をのんだ人々は、その
背後から従者たちが牽いてきた荷車を見て、さらに驚愕した。
 荷車の上に鎖で縛りつけられていたのは、三人がかりでも抱
えられそうもないほどの、巨大な爬虫類の血の滴る生首だった
のだ。

「…ゴデスカルクだあ!」
 どこかで子供が叫んだ。
 その声に、群衆から静かなざわめきが少しずつ沸き上がって
いった。
 西の山脈に巣くい、何年もこの国の人々の生活を脅かしてき
た邪竜ゴデスカルクの名は、そのまま、それに刃向かうことの
無力さを象徴するものだった。
 その恐怖の存在が、いまやただの死骸になって運ばれてきた
のだ。

 人々が歓喜を破裂させようとした、その臨界点に、騎士が動
いた。
 騎士は、その頭をすっぽりと覆う兜をゆっくり外した。
 その下から現れたのは、目の覚めるようなプラチナブロンド
のストレートヘアをなびかせた、まだ少女といってもよいほど
に若く凛々しい、端正な美女の顔だった。

 銀色の髪以外は聖王女クレアとよく似た女騎士が、齢19な
がらこの国を支える将軍にして王女の実姉、アンヌ・クレセン
ト・デル・サン・アーヴェンデール護国卿であり、その名誉と
義務を果たすために、国家の安寧を脅かすドラゴンを、まさに
命懸けで屠ってきたことを、人々は悟った。

 姫将軍アンヌが、満面の笑みを浮かべて、腰の長剣を引き抜
き、天にかざす。ドラゴンの血を吸って魔力を帯びた大剣は、
鈍い燐光を発して人々を照らし出した。
 それを合図に、群衆が一斉に大歓声をあげた。
 勝利と栄光をたたえる頌歌が続いて響きはじめ、その歌声は
城門からだんだんと街全体にと広がっていった。

 市民の歌声は、王宮にも届いた。

「お姉さま…」
 クレアは、そっとつぶやく。愛する姉の、無事の帰還を確信
し、王女はその瞳に涙を浮かべた。

 威風堂々と王城に向かうアンヌと、そのあとに続く戦利品を
取り囲む人の群に、アーヴェンデールの街全体がうねった。
 華麗な王宮の大礼門に到着すると、姫将軍は城楼を振りあお
いだ。その視線の先の最上階に近いバルコニーに、鮮やかな純
白のドレスをはためかした聖王女の姿があった。
 すべては、この、何ものにも代えがたい存在である王女のた
めに。
 その身のすべてを捧げ尽くすべき聖なる妹を、アンヌは心穏
やかに見つめた。


***

2・姉妹


 壊れた甲冑を脱ぎ捨て、典礼服に着替えた姫将軍の勳しを言
祝ぎ、「屠竜」の称号を新たに加える、壮麗ながらも堅苦しい
儀典が終わったころには、すっかり夜も更けていた。

 アンヌは再び質素な亜麻の平服に着替え、王女の間のベッド
に腰を下ろした。天蓋から下がる幔幕を閉め、クレアもまた姉
の隣りに座った。
 窮屈なコルセットの盛装から解放されて、今は純白なシルク
の寝着を纏い、王女は姉と久しぶりに二人だけの時間を味わう
ことができた。いつもは夜通し王女の安眠を守る忠実な侍女た
ちも、今夜は王女の意を察して引き下がっていた。

 サイドテーブルに置かれた真っ赤なワインをグラスに注ぎ、
二人は改めて祝福の杯を触れあわせた。涼しいクリスタルの響
きが寝室内に残る。

「…将軍、お怪我はなかったの?」
 お姉さま、と呼びかけたい気持ちを抑えて、王女は品良く尋
ねた。

「大丈夫、魔力が詰まったドラゴンの返り血を浴びたせいか
な?左腕がちぎれそうなくらいにかみつかれたんだけど、ほ
ら、このとおり。大神官の治癒魔法も、もういいっていうくら
い受けたし」

 妹の心の内も知らぬげに、陽気な声で答え、アンヌは袖をま
くって左のひじを見せた。とても大剣を振りまわすようには見
えない腕は滑らかで、確かに何の傷も残ってはいなかった。

 その腕を、クレアはそっと包みこむように両手で触れた。こ
の優美な腕が、一瞬といえど怪物のあぎとにかかり、肉を破り
血を流したのかと思うと、耐えられなかった。

 妹の掌から伝わる暖かみに一瞬ぼんやりしたアンヌは、つと
クレアから目をそらして思い出したように話しかけた。

「でも、退治できてよかった。これで強欲な近隣の国々も、小
なりとはいえ『ドラゴンスレイヤー』が守護する国に触手を伸
ばすことはないだろうからね。あの好色なヒヒ親父どもの求婚
を、胸を張って断れるよ」

 半年前の、居丈高な選帝公の脅迫じみた求婚騒ぎを思い出し
て、姉妹はつい吹きだして笑った。
 領土欲に満ちた王や領主たちに、豊かなアーヴェンデールの
国土と、美しい聖王女は常に狙われていた。
 絶えず不安のうちにある王女の心を少しでも解きほぐすため
に、アンヌは妹とは対照的に、意識して気安い言葉をかける。

「ちょっと無理をしたけど、これで、命を懸けてドラゴンに挑
んだ価値もあったな。王女を守る騎士のつとめを果たせたんだ
から」

 完爾として微笑むアンヌの白い歯がこぼれる口元、それがク
レアにはまぶしかった。

「お姉さま!」

 堪えきれずに、クレアは叫んだ。
 実姉とはいえども、常に姉を臣下として遇さねばならなかっ
た王女にとって、その呼びかけをするだけで、どれだけの勇気
を必要にしたことだろう。
 いつもは聞き慣れない呼びかけに、アンヌも一瞬、面食らっ
た。

「もう、けっこうです。私のために、身を削るのは。私のため
に多くのものを失って、その上に生命を危険にさらすなんて。
どうか、お願いです、お姉さま。私、もう、お姉さまが危地か
ら無事に戻ってくるのをただ祈って、不安に身を焼くのには、
耐えられません…」

 クレアは姉の手をつかんだ。目に涙があふれる。

「お姉さま、もうどこにも行かないで…。ずっと、私のそばに
いて…」

 微笑みながら、だだっ子をあやすように姫将軍がさとす。
「こんな、甘えん坊なクレアを見たのは何年ぶりかな…」
 そう言えば、最近は、いつも玉座の妹を階の下から見上げる
ばかりだったっけ…。

「もし、わたしがクレアのために犠牲になっている、と思って
いるなら、それは違うよ。確かにわたしが第一王女だったけれ
ど、それを捨てて臣籍に降りたのは、わたし自身の考え。王位
を継承するのはクレアの方がふさわしい、そして自分はクレア
を守護することこそが天命だと思ったの」

 アンヌはクレアをそっと胸に抱き寄せる。
「クレアは国民の尊崇と憧憬を集め、わたしは戦うことで民草
に安心と信頼をもたらす。二人の仕事は補い合うもので、どち
らかのために片方が犠牲になっているんじゃない。決して」

 アンヌのことばを、妹はかみしめた。

「だいたい、謝らなくちゃいけないのはわたし。本来の務めを
妹に押しつけてしまったんだから。それだけでもわたしは申し
訳が立たないんだ」

「そんな!」

「だから」
 アンヌがきっぱりと告げる。
「わたしには、クレアを守ることが幸せなの。クレアのために
戦うことで、わたしの心は満たされるの」

「…ありがとう、お姉さま…。でも…」

「なあに?」

「ドラゴンとまで戦ったんですもの。もう、十分だわ。これか
らは、私のそばで、私を守って。私の心がくじけないように、
私を近くで見ていてほしい…」

「こんな姿を人々に見られたら、聖王女の威厳が台無しだね」
 からかうように妹を抱き寄せて、アンヌはささやいた。

「わかった。クレアがしっかりした姿をいつも見せていられる
ように、誰かが支えなくちゃいけないなら、わたしがいつも後
ろにいるよ。これからはできるだけ一緒にいてあげる…」

「お姉さま…」

「クレア…」

 姉妹はしっかり抱き合って、互いの感触を自分の肌に染みこ
ませた。

 最も近しい存在のはずが、運命によって切り離され、遠く離
ればなれになっていたように感じていた二人にとって、今宵は
甘い再会になった。
 聖王女の耳元の髪に顔を埋めると、匂い立つ薔薇の香がほの
かに鼻をくすぐった。
 姫将軍の胸に頬を寄せると、お日さまの香りと火照りが伝わ
ってきた。

「今夜は、一緒のベッドで寝てね。お姉さま」

「やっぱり、聖王女さまは甘えん坊だ」

 二人はくすくす笑いあった。


***

3・喪失


 その時だった。

 二人の笑い声をいきなり吹き消すような突風が、幔幕を翻さ
せた。
 重厚な窓が軽々と開き、バタンッと音を立てた。宵闇の冷気
が一気に室内に充満する。

 弾かれたようにアンヌは幔幕を押しのけて、クレアを守るよ
うに背後にかばい、貴婦人のたしなみとして持つ短剣を構え
た。油断なく、姫将軍は周囲の気配を探る。

 いる。
 なにか、とてつもないものが、いる。

 姉の後ろからこわごわと窓を覗き見た王女は、窓辺に立つ人
影を見つけた。
 だが、それは「立って」いるのではなかった。満月を背に長
いマントを纏ったその姿は、何か細長いものに腰をかけて、宙
に浮かんでいた。

「見つけた、ドロボウ猫!」

 その姿が声を発した。意外にも、幼い少女の声で。

 幻のように軽やかに床に降りたその姿が、室内の灯明に照ら
された。

 漆黒のマントと、やはり黒一色の鍔広三角帽子をかぶり、宙
に浮くために腰をかけていた杖を手に持ち替えて立つのは、ど
う見ても12、3歳にしか見えない少女だった。
 マントの下はどんな格好かはよくわからないが、帽子からは
これもまた緑の黒髪が腰にまで伸びている。

 だが、その実体が外見通りの子供でないことは、その身から
あふれる霊気が痺れるほどに室内を満たしていることからも明
らかだった。いったいどれだけの魔力を秘めているのか、推し
量ることもできない。クレアはもとより、百戦錬磨の将軍アン
ヌさえも、思わず膝が震えるほどの恐怖を感じていた。

「…魔道士…!」

「そんなけちな呼び名は嫌い。あたしは、シーマ。それ以外の
何ものでもないわ」

 シーマと名乗った少女は、つかつかと近寄り、手にした杖を
突きつけた。

「あたしのかわいいペットを殺したのは、あなたね。アンヌ・
クレセント・デル・サン・アーヴェンデール!」

「ペット?」
 その言い方に、アンヌは面食らった。なんのこと?

「そうよ、あのゴデスカルクはもう飼い始めて二百年、最近は
ようやくかわいい芸も見せるようになっていたのに。それをち
ょっと留守にしていた間に、勝手に殺すなんて!」

 邪竜ゴデスカルク!あれが、この少女のペット?
 それに、あのドラゴンが人々を襲いだして十年になる。それ
を、ちょっと留守の間?
 二百年前から飼っていた?
 二人はまるで夢物語を聞いているような気がした。

「とにかく」
 シーマはさらにかさにかかって詰め寄る。
「あたしのペットを殺したことは認めるのね。それなら、あな
たたち、アーヴェンデール王家を告発するわ。他者の所有物を
奪い、もしくは損壊した者は、同等の物品で賠償しなければな
らない。復讐法の基礎よね」

「…あのドラゴンが、お前のペットだなんて話が、信じられる
はずがない!」

「あれえ、盗人猛々しいとはこの事ね。いいわ、犯人に反省の
色がないんなら、罰を与えなきゃ」

 シーマは手にした杖を振る。そのとたん、アンヌの身体は木
の葉のように宙に舞い、そのまま床にたたきつけられた。

「あぐっ!!」

「お姉さま!」

「ドラゴンを殺すように教唆したあなたも同罪、クレア・ボー
ソレイユ・デル・サン・アーヴェンデール」

 アンヌに駆け寄るクレアを見つめながら、シーマは微笑みを
浮かべて言い放った。


「…あのドラゴンの代わりに、あなたたち二人には、あたしの
ペットになってもらうわ」


「くそっ!何でそんなことが…!」

 立ち上がって反撃しようとするアンヌだったが、手に短剣一
本ではどうにもならない。愛剣がここにないのが悔やみきれな
かった。それでもなお、クレアを守ろうとする勇気だけで、ア
ンヌは幼い魔女に反撃した。

「ずいぶん元気。でも、あなたみたいな娘を調教するなんて、
ドラゴンを飼い慣らすのに比べたら、あっという間よ」

 杖を振り、何物かを一瞬で「召喚」すると、シーマはその物
体をアンヌに投げつけた。

「!!!」

 その物体が一瞬に巨大化した。一抱えもありそうな、黄色い
ゼリー状の不定形生物。

「うわああああ!」

 スライムがアンヌの身体にまといついた。動きのとれなくな
ったアンヌの鼻腔に、甘ずっぱい香りが染みこんでいく。スラ
イムの粘液が気化した催眠性のガス。ゆっくり膝から崩れ落ち
ていく姫将軍は、もう意識を失っていた。

「お姉さま!おねえさま!!」

 かまわず駆け寄った聖王女にも、容赦なくスライムは矛先を
変えた。だがクレアは、汚らわしい怪物の存在にも躊躇せず、
スライムまみれで倒れている姉に抱きついた。ひとたまりもな
く、王女もたちまち昏倒し、二人は折り重なって倒れた。

 たやすく捕らえた獲物を前に、幼い大魔導師は会心の笑みを
浮かべた。


***

4・悪夢


 都城から遥か西の山脈の地底奥深くに広がる、数千年前の古
代文明が築いた巨大地下迷宮が、魔女シーマの住処だった。
 だがそれすら、哀れな美姫姉妹には知る由もない。今や二人
は、迷宮の最地下層の片隅に据えられた地下牢の囚人となって
いた。
 自然石同然にゴツゴツした石畳の上は、やはり石造りの低い
天井から滲み落ちる地下水の雫にぐっしょりと濡れている。こ
れに比べれば、死刑囚ですらもっとまともな待遇を与えられる
に違いない。
 人の世の最も高貴な存在だった二人は、あまりにも突然すぎ
る運命の転回に、嘆くことも忘れて虚脱したまま、ただ抱き合
って互いの体温で地下の冷気から身を守るしかなかった。

 震える王女を抱きしめながら、アンヌは自分の無力を呪っ
た。

『なにが、ドラゴンスレイヤーよ!大切な妹を守ることさえで
きず、何の抵抗もできなかった…。せめてなんとか、クレアだ
けでも救わないと…』

「お姉さま…」
 いきなりの呼びかけに、アンヌははっと顔を上げた。

「私のために、無茶はしないでね…。約束したでしょ、これか
らはいつも一緒だって…」

「クレア…」

 床や壁にはびこるひかりごけの微かな薄明かりだけの暗がり
に慣れたころ、いきなりまぶしい灯りが室内に点いた。魔法の
灯りに目がくらんだ二人の前に、いつのまにかシーマが立って
いた。

「ごきげんよう、クレアちゃん、アンヌちゃん」

 馴れ馴れしく呼びかけるシーマを、二人は睨んだ。

「あら、かわいくないわね。でも、ペットを飼うときは最初が
肝心、甘い顔を見せずに、誰がご主人様かをよくわからせなき
ゃダメなのよね」

 子供っぽいシーマの言いようが、これからの悪夢をひしひし
と予感させる。

「まず、ペットに服を着せてかわいがる飼い主がいるけど、あ
たし、あれ、大っ嫌い」

 そう言い放って、シーマは軽く指を鳴らした。
 その瞬間、スライムの粘液のためにもうボロボロになってい
た二人の服が、一瞬に消え、互いの裸身が露わになった。

「いやあ!」

 羞恥にうずくまる聖王女を、アンヌは気丈にも、自分を気に
せずにかばう。

「それと、これね」

 もう一度シーマが指を鳴らすと、一糸も纏わぬ姉妹に、愛玩
動物としてふさわしい唯一の装身具が与えられた。二人の細い
首に、ごつい革地に銀の鋲が付いた大型犬用の首輪がはまる。

「さ、かわいいワンちゃんたち。仲良くしましょうね。アハハ
ハハハハハ…!」

 シーマが二人を見て哄笑した。

 この仕打ちは、さすがに屈辱に過ぎた。それまで泣き言一つ
言わなかったクレアが、耐えきれずに涙を流して嗚咽した。ア
ンヌも崩れそうな自分の心を何とか保って、妹を抱きかかえて
支える。

「こんなこと、やめて!!お願い、妹にはひどいこと、しない
で!」

「ふふ、ダメよ、言ったでしょ、二人ともあたしのペットなん
だって」

 二人の首輪から鎖が伸び、シーマの手におさまる。

「あ、ワンちゃんなんだから、ほら、四つん這いになって」

「…ふざけるなあ!」

 耐えきれなくなったアンヌが、怒りにまかせてシーマに突進
する。
 杖を奪って叩き臥せれば、なんとか…。
 しかし次の瞬間、シーマに触れる直前、烈しい電撃がアンヌ
をはじき飛ばした。

「ぎゃふっ!」

「お姉さまあ!無茶はやめて!」

 壁際まで吹っ飛ばされたアンヌは、痺れて動けなくなった。

「お行儀の悪い子ね。さあ、クレアちゃん、痛い思いがイヤな
ら、わかるでしょ」

 抵抗できない、と悟ったクレアは、目を閉じて、おずおずと
両手を床につけた。そして、腰を突き上げるようにして両膝を
立てる。

「そうよ、素直。おねえちゃんも妹を見習わなきゃ」

 ようやく痺れが抜けたアンヌは、妹のみじめな姿に目をそむ
けながらも、自分もまた四つん這いになってクレアの隣りに並
んだ。

「よくできました。じゃあ、今度はお散歩。二人とも、行くわ
よ」

 シーマが鎖を牽いた。

***

5・羞恥


 ダンジョンの最下層の通路を、全裸の王女と姫将軍は四つん
這いで歩かされた。その後ろを首輪の鎖を持って、悠然とシー
マが歩く。

 通路の石畳には、正体不明の粘液や血糊があちこちにこびり
ついていた。だが、二人にはそれを気にする余裕はない。歯を
食いしばって、この屈辱に耐えるしかなかった。
 裸身に冷気が直接まとわりつき、床の汚物に指を突っ込むた
びに、悪寒が背筋を貫く。二人の掌と膝が前に進むたびにぺた
ぺたとたてる音と、首輪の鎖がチャラチャラと鳴る音だけが、
暗い迷宮に反響した。

「ほうら、もっと早く進みなさいよ。ここにはあたしの放った
怪物どもがうろうろしてるんだから。ぼやぼやしてると、食べ
られちゃうよ、あはは」

 シーマがおぞましいことを気軽に口にした。はっとして通路
を見つめたクレアの耳に、暗闇の奥から響く魔物の唸り声が聞
こえたとたん、四肢の力が抜けた王女は動けなくなってしまっ
た。

「あら、腰が抜けたの?みっともないわねえ」

 嬲るようなシーマの言葉にうなだれたクレアに、アンヌがそ
っと寄り添って無言でうなずいた。
 何が二人にできるはずもない、でも、すぐそばにお姉さまが
ついていてくれる。
 そのことだけを励みに、王女は再び手足を動かしはじめた。

 アンヌも、余裕などあるはずはなかった。自分を奮い立たせ
るのに精一杯ではあった。だが、妹の崩れそうな様子を見たと
たん、アンヌの心はいつの間にか、妹が膝をすりむいて痛い思
いをしないだろうか、ということだけに占められてしまった。
 石畳が割れてとがっているところがクレアの膝と掌に触れな
いようにと、心優しい姉はそっと身を寄せて、妹が比較的安全
な場所を進めるようにしてやった。

 そんな姉の心遣いに、クレアはすぐに気が付いた。やはり自
分は姉の負担になるだけなのか、と心苦しく思いながらも、自
分も庇護されるだけじゃいけない、と強いて気を張るように努
めた。

 クレアはそっと姉を見つめた。アンヌもその視線に気が付い
て妹を見つめかえす。目と目だけで、二人は無言のまま励まし
合った。

 だが同時に、クレアは四つん這いになった姉の姿に胸を締め
付けられながら、同時に奇妙な感覚が沸き上がってくるのを禁
じ得なかった。
 薄い褐色の肌にまとわりつく銀髪、重たげに揺れる乳房、引
き締まった四肢と腹筋…。そして、脚の付け根にちらちら垣間
見えるグレイのヘア…。
 心臓の鼓動が早まるのが、自分でもわかった。身体の芯が熱
くなってきた。クレアは、姉の裸身から目を離せなくなってい
た。

*

 実際はたいした距離ではなかったろうが、二人には無限にす
ら思える拷問だった。もとの地下牢にようやく戻った姉妹は、
ぐったりと床にへたり込んだ。

「二人とも、いい運動だったでしょ。さ、お食事にしましょう
ね」

 そう言ってシーマは、大きめの深皿を一枚床に置き、真鍮の
ポットからミルクを注いだ。

『ああ…、やっぱり…』

 屈辱的な食事をさせられることが、すぐに予想できた。だ
が、もう逆らう気力すら残ってはいなかった。

「さ、二人ともおいで。あわてちゃだめよ」

 シーマの声に、二人はのろのろと身を起こし、四つん這いで
近寄った。
 一枚のお皿で二人分。それを犬のように…。いったい、私た
ち、どこまで堕ちていくんだろう…。

「素直でいい娘になったよね。ほうら、まだ、おあずけよ…。
よし、おあがり!」

 幼い少女の合図に、聖王女と姫将軍は一枚の皿に顔を寄せ、
舌だけを使ってペチャペチャとミルクをすすりはじめた。互い
の頬が触れあった。恥ずかしさに真っ赤になった火照りと、涙
の跡が互いに伝わった。
 だが、二人ともミルクを飲むのをやめられなかった。疲れの
ために空腹だったせいもあったが、何よりもこの屈辱的な行為
の中に、いつのまにか二人は痺れるような感覚を見いだしてし
まっていた。

 人間の尊厳も、王女の誇りも全て奪われて、ここで永久に、
飼い犬になって生きていくしかないの…?

 狭い地下牢の中に、高貴な美少女姉妹がミルクをむさぼる、
その音が、いつまでも響いた。


***

6・告白


 苛酷な責めからようやく解放されて、姉妹は再び地下牢の中
で二人きりになった。今が昼か夜かもわからない地底深くの牢
獄の寒気が、全裸に剥かれた少女たちの素肌を苛んだ。姉妹は
涙も涸れ果てて、ただ嗚咽を漏らしながら、互いに抱き合って
暖めあっていた。

「…ごめんね、ごめんね、クレア…」

 姉のつぶやきに、王女はアンヌの瞳の奥をのぞき込んだ。

「お姉さま…?」

「なんて無力なんだろう、わたし…。クレアを守ることだけが
わたしの全てなのに…。クレアが酷いことされてたのに、わた
し、なんにもできなかった…。わたし…」

「お姉さま!…もう何も言わないで…」

 クレアの腕に力がこもった。うつむいて涙をこらえる姉を、
さらに強く抱きしめた。

「…お姉さま、聞いてる?」

「うん」

「私、言いたいことがあるの。はしたないって思うでしょうけ
れど、許して」

「なに?」

「…私、今、とても幸せなの」

「……!?」

「こうして、お姉さまに抱かれていて…。お姉さま、好き…」

「わたしだって、好きよ、クレア」

「そうじゃなくて!」
 クレアは顔を上げて、アンヌと見つめ合った。


「愛してます、お姉さま。心から」


 ハッとして、アンヌは妹の顔をまじまじと見つめた。瞳を潤
ませて見つめるクレアの顔は、恋する少女のそれだった。

「な、なにを言って…!」

「本当よ、お姉さま。女同士でも、姉妹でも、関係ないの。
私、もう自分の心を抑えられない…」

「やめて、クレア」

「ずっと前から、好きだったの、でも、言えなかった。言える
はずなかった」

「クレア…」

「だって、お姉さまだもの。許されるはずがないもの。でも、
ずっと、ずっと、好きだったの…」

「…」

 クレアがアンヌに身体を寄せた。二人の肌がさらに密着し、
互いの乳房がぎゅっと押しつけ合わさった。

「わかる、お姉さま?お姉さまの手、お姉さまの腕に抱かれて
いて…、お姉さまの肩、そして、乳房…。私、心臓がドキドキ
してるの。胸の奥がきゅんっとなって、熱くなってるの」

「わかるよ、クレア。すごく響いてくる、クレアの鼓動が…」

「ここなら、誰の邪魔も入らないわ…。人の世では許されない
ことだけど、ここでなら、言えるの、私…」

「ずるいわ。クレア!」

 妹の言葉を遮るように、アンヌは叫んだ。

「わたしだって、わたしだって…愛してる。愛してるのに、ク
レア!」

「…お姉さま!」

「そうよクレア、わたしだって…。ずっと、ずっと、クレアを
独り占めにしたかった。誰にも渡したくなかった。でもいくら
願っても、そんなことかなえられるはずない…」

「…」

「だって、クレアは聖なる王女。そんなこと、口が裂けたって
言えるはずないじゃない。同性の、しかも妹に、よこしまな思
いを抱いている自分への後ろめたさを振り捨てようと、わたし
は戦いに没頭した。クレアのために、王国のために働いている
んだと、自分に思いこませて…」

「…じゃあ、お姉さま。私たち、互いに想い合っていたのね。
そしてそれを互いに気づかずに、二人とも隠していたのね」

「クレア…」

「…この、神からも見捨てられた地の奥底で、私たち、愛し合
ってもいいのね、お姉さま…?」

「もっと、早く、伝えられたらよかったのに…、クレアの気持
ちに応えられていたら…」

「今だって、遅くないわ。お姉さま、お願い、抱いて…。私
を、愛して…。お姉さまが心の奥にしまっておいたことを、し
て…。私も、したい…」

「ああ、クレア、大好きよ、わたしの妹…!」

 姉妹は顔を寄せた。互いの息づかいが頬をくすぐった。
 二人は目を閉じ、そっと唇を触れ合わせるように重ねた。最
初はこわごわと。でも、羽毛が触れた程度のファースト・キス
が、二人の全身にすさまじいほどの電流を走らせた。
 アンヌは今度は激しく妹の唇をむさぼるように吸った。クレ
アもそれに応えて姉の唇にむしゃぶりつく。互いの舌が絡み合
う感触に、姉妹は全てを忘れた。愛する者と悦びを分かち合う
こと以外の全てのことを。

 ひかりごけの仄暗い光の中で、二人の少女の裸身が、狂おし
く重なり、絡み合っていった。


***

7・交歓


 冷たく濡れた石畳の上に、聖王女クレアが裸身も露わに横た
わっている。暗がりの中でも、その白い肌は美しく照り輝いて
いた。
 王女は仰向けになって、手を差し伸べた。

「来て、お姉さま…」

 妹の裸身の上に、姫将軍アンヌも全裸で、四つん這いで上に
なった。

「いい、クレア?」

 声をかけてから、姉はおずおずと身体を下ろす。
 互いの身体をぴったりと重ね合わせながら、アンヌはクレア
の頬を包むようにそっと手を当てて、再び唇を重ねた。クレア
も両手をアンヌの背中に回し、撫でまわすようにして抱きしめ
た。そして二人はゆっくりと、くねらせるように動いて、互い
の身体をこすりあわせた。
 何一つさえぎるもののない素肌を通して、互いの全身に心地
よい感触が広がっていった。

「ああん、お姉さま、気持ちいい…」

「わたしも…すごく…ああ…!」

 豊満な、形のよい乳房が、ぶつかってこねるように重なり、
刺激を増幅していく。乳首が触れ合うと、激しい痛みにも似た
快感が、二人の背筋を走り抜けていく。
 荒い息を漏らし、上になっているアンヌは、腰をグラインド
させてクレアの陰部を刺激した。互いに絡み合ったヘアが、汗
でしっとりと濡れていく。

「ああ…、嘘、こんなの…やっぱり、嘘…。わたしが、クレア
を、クレアを…、あ、あああ、ああ…!」

 腰を使い続けながら、アンヌは茫然とつぶやいた。だが、そ
の言葉にクレアが応える。

「…嘘じゃないもの…。ちゃんと、お姉さまの肌、お姉さまの
体温、お姉さまの重み、お姉さまの息づかい…、私、みんな感
じてる…。お姉さまだって、感じてるでしょ?私の、存在…」

「ああ、ほんとうに…、嘘でも、夢でもないんだね…。クレ
ア、もっと、よくしてあげるね」

 アンヌは妹の首筋に、首輪に沿ってキスを移動させながら、
身体の位置をずらした。姉の熱い吐息と唇をうなじに受けて、
クレアは思わずのけぞった。
 そのままアンヌは、キスをクレアの胸元に加えていく。張り
つめた乳房の間に頬ずりしてから、アンヌは身体を起こし、両
手を妹の乳房にあてがった。
 人差し指と中指で両の乳首をはさむようにしながら、最初は
ゆっくりと、そしてだんだんと激しく揉みしだいていく。
 桜色の愛らしい乳首が、姉の指に反応して固くしこっていっ
た。

「ああああん!お姉さま、私の、私のおっぱい、感じすぎちゃ
う!」

「うふふ、クレアのおっぱい、柔らかくて気持ちいい…!それ
に、とっても、きれい…」

 感嘆の声を呟くアンヌの乳房を、クレアも下から両手で持ち
上げるようにこねあげる。

「あん!クレア、そんな…!」

「お姉さまのおっぱいも、大きくて、すてき…!」

 いつもは軍服や甲冑で目立たないアンヌの乳房は、意外なほ
ど大きかった。
 戦いに明け暮れる日々の中で、姫将軍の肌は妹に比べると日
に焼けてうっすらと褐色に染まっている。
 その周囲よりもほんの少し色が濃くなっている姉の乳首を、
クレアは乳房を揉みながらそっと爪でこする。その度に、アン
ヌの身体がびくんっと反応した。

「ああああっ!わたし、もうイッちゃう!胸だけで、もう!」

「お姉さま、私も、私も、ああん!」

 二人の両手が、相手の乳房をちぎり取ってしまいそうなほど
に激しく動く。
 その動きが一瞬止まった刹那、姉妹は最初の絶頂に達した。
二人は全身をこわばらせた。

「お姉さまあああ!」

「…クレアあ!」

 力尽きたアンヌが、クレアの身体の上に再び覆い被さった。

*

 だが、これだけで二人の想いが満たされるはずもなかった。
 息を整えると、二人は再び身体をすりあわせ、愛撫しあい始
めた。

 指で愛撫されたばかりで敏感になりすぎたクレアの右の乳首
を、アンヌは口にくわえ、舌で舐め、軽く歯を立てて吸う。た
まらずクレアは上半身をくねらせてのたうった。

「はあん、お姉さまあ!」

 妹の絶叫を聞きながら、アンヌは右手をそろそろとクレアの
乳房から、お腹、そして下腹部へと滑らせていく。

「クレアの処女、ちょうだいね」

 そう言ってアンヌは、もうすっかりぐっしょり濡れていた金
色のヘアをかきわけ、指先で妹の秘所を探る。思わず力が入っ
たクレアをなだめるように、アンヌは妹の内股を撫でさすって
から、繊細な動きで陰唇に触れる。
 敏感すぎる赤いルビーのようなクリトリスに姉の指先が触れ
たとたん、クレアは、痛いほどの感覚にのたうち回って絶叫し
た。

「あああっっん!感じすぎちゃう、お姉さま、やめて!」

「大丈夫よ、力を抜いて…、そうよ…」

 人差し指の腹でクリトリスをそっと刺激しながら、アンヌは
ゆっくりとクレアの胎内に指を送り込んでいく。

「ふああっ!!…お姉さまの指が、私の中に、入ってるう!」

「すごく締め付けてくるよ…」

 囁きながらじわじわと、指が根本まで入った。妹の処女の証
を指先に感じ取った。

「ねえ、クレアも私の中に入れて。指で、わたしを犯して…」

 アンヌの懇願に、妹は右手を伸ばした。

「…お姉さまも、処女?」

「うん」

「じゃあ、一緒に大人になるのね、私たち」

「そうだよ…、一緒に…」

 アンヌの下腹部に伸びたクレアの手が、姉の秘所を不安げに
探った。愛液の滴りが最も甚だしいところを見つけると、いま
自分の中に入っている姉の指と同じようにして、アンヌの中に
差し込んでいった。

「クレア、わたしたち、一つにつながってるの。嬉しい…!」

「私も、お姉さま、幸せ…」

 二人は互いの指をくねらせて、秘肉の中をかき回しあう。そ
の指の動きの一つ一つに、すっかり過敏になった二人の身体は
あっという間に燃え上がった。奥からあふれる愛液に濡れた指
はますます動きを早めていく。

「ああん、お姉さま、私、またイッちゃうう!」

「クレア、一緒に、一緒にいいっ!!」

 大量に吐き出された愛液を手に受けた瞬間、二人は再び、悦
楽の頂点にとたどり着いた。切り離された魂がもう一度一つに
なれた喜びに満たされて。
 
*

 一瞬気を失った聖王女は、ぼやけた視界の中で宙を漂うよう
な混濁した意識のうちに、じんじんとうずいて燃え上がる下腹
部に、奇妙な暖かいものを感じた。軽くまばたいて、ふと見る
と、自分の秘所にアンヌが顔を埋め、舌で陰唇を舐めあげてい
るのに気が付いた。

「あん、お姉さま、そんなところまで、いやあ」

 快感に身もだえしながらも、口では心にもない拒むそぶりを
みせてしまうクレア。

「クレアって、おいしい…。それにとってもきれい、ここ…」

 暗がりに慣れた目に、クレアの肉色の秘部が愛液に濡れて光
るのがわかった。アンヌは魅せられたように舌を伸ばし、音を
立てて舐め続ける。

「…お願いお姉さま、私にも、お姉さまのを…」

 愛らしくせがむ妹の言葉に、胸がきゅんとなったアンヌは、
自分の身体の向きを逆に直していった。そして、クレアの顔を
跨ぐようにして、秘部を見せつける。アンヌの秘部は褐色がず
っと濃くなっていて、スリットから愛液に包まれたクリトリス
が顔をのぞかせていた。愛らしいお尻の穴にも、愛液が伝って
濡れている。

「お姉さまのも、すてき…」

 クレアはアンヌの腰に両手を回すと、ぐっと自分の顔に寄せ
た。そして、舌を伸ばして秘所に差し込むように押しつけてい
く。指ほど奥には入っていかないものの、舌と唇の繊細な動き
と滑らかさ、そして何よりもいとおしさが伝わってきて、二人
は比べものにならないほどに興奮していた。
 互い違いになった身体をぴったりと重ねあわせ、全身をくね
らせて愛撫を与えあいながら、姉妹は顔を愛液まみれにして激
しく愛し合った。

 無駄なく鍛えられ、均整のとれた美しいプロポーションの1
9歳の肉体と、ガラス細工のように華奢で、まだ幼さの残るほ
っそりした16歳の身体。
 絹糸にも似た冷たい光沢を放つストレートの銀髪と、陽光の
如きぬくもりに輝く茜色をたたえた黄金のウェーブヘア。
 たくましく陽に焼けた薄褐色の肌と、深窓に育ちしみ一つな
い純白の肌。
 対照的でありながら、その美貌と緑碧の瞳の色が、二人が同
じ血と肉を分かち合って生まれてきたことを雄弁に物語ってい
た。その血肉を再び一つに混ぜ合わせるかのように、姉妹は果
てしなく身体を重ね、飽くことなく愛しあい続けていた。

「はああんっ!」

「ふあああっ!!」

 三度目の絶頂が二人を包み込んだ。姉妹の全身は汗と愛液に
濡れ、小刻みに痙攣する身体から雫が無数の玉になって飛び散
った。

 クレアの身体に、上になっていたアンヌが脱力したせいで全
ての重みがのしかかった。だが、すぐに身体を起こしたアンヌ
は、身体の向きを元にもどして顔を寄せた。そして姉と妹は、
相手の愛液を口いっぱいに含んだまま唇を重ね、混ぜあわせた
互いの味を夢中になって堪能し、飲みこむのも惜しげに味わい
あった。

*

 二人だけの小宇宙になった地下牢の中で、姉妹はその後も果
てることなく愛しあい続けた。この時間が永遠に続くことを願
いながら。


***

8・帰還、そして…


 あれからいったい、どれだけの快楽を分かちあったことだろ
う。姉の愛に満たされて眠りの中を漂っていたクレアは、急に
その姉の声に呼び起こされた。

「クレア…、起きて、クレア、…クレア!」

 ぼんやりと顔を上げた聖王女は、はっとした。滲みるように
冷たい石畳の感触ではない、ふんわりと暖かな羽毛のふとんの
中。
 そこはあの、忌まわしい地下牢の中ではなかった。元のまま
の、王城の寝室の、ベッドの中。幔幕が閉じた寝所のわきに立
つ燈台のランプは、まだ油がたっぷり残ったまま煌々と光を放
っていた。

「そんな…、あれは、まさか、夢だったの?」

 だが、隣にはアンヌがいる。二人とも全裸で、互いの身体に
は愛し合った証である汗と愛液がまだ残り、少女の性の香りが
混じり合って姉妹を包んでいた。

「お姉さま…これは…」

「クレア…」

 いぶかしげな二人の前に、いきなり幔幕をからげてシーマが
入り込んできた。その姿に、思わず姉妹は身を寄せ合って身体
を固くし、怯えたように凝視した。
 だがシーマは、ほっとため息をついて苦笑した。

「やんなっちゃうなあ。仕返しに二人をちょっといじめてお灸
を据えてやろうと思っていたのに、あべこべに二人の望みをか
なえて喜ばせちゃうはめになるなんて。これじゃあ、ちっとも
罰にならないじゃない」

「え…?」

「ま、ずいぶん酷い目にあわせたけど、結果として想いがかな
って二人はラブラブだもの。勘弁してよ。恋の仲立ちをしちゃ
ったなんて、このシーマともあろうものが、ちょっと癪ではあ
るけどさ」

「じゃあ、私たちを…」

「かわいいペットだから、捨てるのは惜しいけどね。じゃ、二
人とも、お幸せにね」

 そう言って笑いながら、シーマは杖を構えて飛び立とうとし
た。

「待って、シーマ!」

「?」
 いぶかしげに振り向いたシーマに、クレアが呼びかけた。

「あの…」

「なあに、王女さま」

 少し躊躇していたクレアは、意を決して言った。
「飼っていたペットを捨てるのは、飼い主として許されません
よ」

 アンヌもそれに付け加える。
「ペットは責任を持って飼わないとね」

 目を丸くして二人の言葉を聞いたシーマは、やがて口元に笑
みを漏らした。

「そうね…、その通りよね。じゃあ、どうしたらいいかな」

「そこで、提案があるのですけど…」

「聞くわ」

*

 翌日、いつもと変わらぬ様子で家臣たちが参集し、朝廷が開
かれた。
 姉の姫将軍アンヌを、近衛隊長に兼任させることを承認させ
た後、聖王女クレアはいきなり、家臣団にシーマを紹介した。
 魔力広大にして深遠な知謀を秘めた大魔導師であり、彼女を
客卿として礼を尽くして迎え、国防と治世の一角を委任したい
旨を、王女は家臣団に諮った。
 王女からのあまりに唐突な諮問に、そして何よりもその幼い
外見に対して、家臣団は一人残らず、あからさまな不審を見せ
た。だが、シーマが無造作に唱えた呪文と杖の動きが、王城の
四方の門上に、全長十数メートルにも達する大魔神の形をとっ
た四大精霊の化身を召喚すると、その疑念は消し飛んだ。
 異形の四魔神の出現に、最初は恐慌をきたした市民たちも、
それらがこのアーヴェンデールの新たな守護神の降臨と知るや
いなや、一斉に歓呼の声をあげた。

 アーヴェンデールの守りは鉄壁となった。侵略の魔手は何度
も伸びてきたが、その度に、神聖なる王女の元に一丸となった
兵士と、それを率いる「ドラゴンスレイヤー」たる姫将軍の武
勇と、神秘の大魔導師が放つ無敵の魔法が、敵を完膚無きまで
に打ち破った。
 やがて、アーヴェンデールを狙う愚か者はいなくなり、戦乱
に無縁な町は多くの人々が集まり、いやが上にも栄えた。だが
それはもっと後の話である。

*

 深夜、閉ざされた王女の寝所がいつももぬけの空であること
を、誰一人知らない。
 あの、シーマの住処、迷宮の最下層の地下牢で、聖王女と姫
将軍は夜な夜な甘いひとときを過ごした。
 今夜もいつもと同じように、姉妹は全ての衣服を脱ぎ捨て、
あの首輪をつけ、一枚の皿のミルクを仲良く分けあった後、冷
たい石畳の上で激しく愛し合っていた。
 片隅に持ち込まれた籐椅子に腰掛けたシーマが、大切なペッ
トが睦み合う様子を満足げに眺めながらも、あきれたように呼
びかける。

「なにもこんなところですることないのに。お城のふかふかベ
ッドでいいじゃない。あたしが結界を張ってあげるから、誰に
も気づかれたりしないよ」

「でも、ここが私たちの想い出の場所ですもの。お姉さまと結
ばれた、大切な場所、そうよね、お姉さま!」

「そうね、わたしたちにはここがこの世で一番、すてきな場所
よね」

 そう言うと、二人は再び唇を重ねて手足を絡ませた。

「やれやれ、血統書つきのペットは、好みがうるさくて困るな
あ」
 そう愚痴るシーマだったが、まんざら迷惑でもない顔だった。

「考えてみたら、飼い主こそペットに奉仕しなきゃならないの
よね」
 優しい飼い主の声を聞いているのかどうか、クレアとアンヌ
は夢中になって、互いを求めあい、むさぼりあい続けた。


完(00・2・13脱稿)

 

「黄金の日輪*白銀の月2〜陰陽の寵賜〜」に続く

 

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