僕は子供の頃から人付き合いが苦手だった。
その頃から人間として欠陥があったのだろうと思う。
学校では虐められた。物を隠されたり壊されたり、
殴られたり蹴られたりするのは日常茶飯事だった。
時にはお金をせびられることもあった。
先生に告げ口したこともあったが、それを理由にもっと虐められた。
先生が信じてくれなかったこともあり、僕は告げ口をやめた。

一方、家に帰れば兄から虐待された。
物を隠されたり壊されたり、殴られたり蹴られたりするのは当たり前。
時にはライターの火で手を炙られたり、
階段から蹴り落とされて骨折したこともあった。
母子家庭で父親不在だったためか、兄は乱暴な性格に育った。
幼い頃は母が兄を厳しく叱って躾けていたのだが、
成長するに従って兄は母の言うことを聞かなくなり、
兄の僕に対する虐待は次第に熾烈さを増した。
いわゆる性的虐待とい屈辱も味わった。
やっと解放されたのは兄が義務教育を終えて、
家を飛び出したからだった。

その頃、僕は学校の授業でパソコンに興味を持った。
モニターに表示される様々なアプリケーション。
これはどういう仕組みで動いているのだろう。
僕は母にパソコンを買ってくれるように頼み込んだ。
貧乏な家だったが、母は工面して中古のパソコンを買ってくれた。
僕はプログラムを独学で学んだ。面白かった。
初めて打ったプログラムは、
モニターに文字が表示されるだけの単純なものだったが、
実際に動いたときは感動した。
それから少しずつ覚えて、高校を卒業する頃には、
ある程度の規模のプログラムは作れるようになっていた。

貧乏な家では、高校はまだしも大学の学費は払えない。
僕は就職しようと思った。プログラマになりたかった。
でも、その頃は不景気のどん底で就職が厳しかった。
知識も経験も学歴も足りない僕を雇ってくれるところは
なかなか見つからなかった。それでも就職活動を続けるうち、
給料は決して高くはない、というよりもかなり安かったが、
なんとか小さなIT会社のプログラマという職にありつけた。
今までの人生は大変だったけれど、
これからは、この仕事を精一杯頑張ろう。

設計担当者が書いた仕様書を元にプログラムを打つ。
しかし、それは大変な作業だった。
仕様書には粗が多く、それはプログラムの質に反映された。
上司である設計担当者に文句を言うことができなかった。
バグが出れば僕のせいになり厳しく叱られた。
せめて僕にもっとコミュニケーション能力があれば、
もう少し上手くやれたのかもしれないが。

小さな会社だったためか、スケジュールは厳しかった。
次から次と納期がやってくる。
間に合わせるためには残業や休日出勤をしなければならない。
手当ては出なかった。サービス残業、サービス出勤だ。
もっとも、休日があったところで僕には趣味らしい趣味がなく、
一緒に遊ぶような友人もいなかった。
そんな環境で何年も働いた。かなり会社に貢献したと思う。
けれど、相変わらず給料は安く、あまり貯金もたまらなかった。

そうこうするうちに、僕は心を病んだ。燃え尽きたのだ。
仕事が嫌で嫌でたまらなくなった。
それが原因なのだろう。睡眠に障害が現れた。
朝は起きられなくなり、昼は眠たくなり、夜は眠れなくなった。
遅刻を繰り返すようになり、その分は給料から引かれた。
やっと出勤しても、仕事なんてやる気も起きない。
コードを見るだけで吐き気が込み上げるようになった。

ある朝、僕はベッドの中で動けなかった。
もう嫌だ。嫌だ。仕事に行きたくない。
出勤時刻が過ぎても僕は布団を被っていた。
電話が鳴り響いた。会社からの着信が何度もあった。
僕は無視した。電話の電源を切った。
静かになると急に眠気がわいてきた。僕は眠った。
久しぶりの快眠だった。ひたすら眠った。眠り続けた。

翌日、上司が僕を迎えに来た。僕は居留守を使った。
その翌日も来たが、やはり居留守を使った。
その後は来なくなった。
数日経って恐る恐る会社に電話してみると、
社長からクビだと言われた。仕方がない。
遅刻を繰り返し、無断欠勤を続けたのだから。

僕は職を失った。
一日中部屋に篭って、何もせずに過ごすようになった。
腹が減ったらコンビニで弁当を買ってきて食べた。
あまり飲めないほうだったが、酒も飲んだ。酒を飲みながら僕は思った。
僕にはもう未来がない。プログラマという仕事はできない。
できたとしても、クビになった人間を雇ってくれるところはないだろう。
他に取り得があったわけでもなく、これから働くとしても、
低賃金で単純労働のアルバイトくらいしかできないだろう。
そんなことを考えながら飲むうちに、酒の量は次第に増えていった。
そうこうするうちに、貯金も減っていった。
このままでは破産するのは目に見えていたが、働く気力もない。
どうすることもできなかった。

なんでこんなことになってしまったのだろう。
僕がどんな悪いことをしただろう。
いや、他人に迷惑を掛けたり不快な思いをさせたことは多いかもしれないが、
こんな状況に陥らなければならないほどだろうか。
思えば、今まで生きてきた中で、良い思い出なんてほとんどない。
苦痛ばかりだった。全て僕の責任なのか。自業自得なのか。
そうかもしれない。僕は苦しみを味わって当然の人間なんだ。
最低の人間なんだ。生きていても仕方のない人間なんだ。
そうだ。僕なんて死んだほうがいいんだ。

しかし、思う。
やっぱり理不尽だ。理不尽なことばかりだ。
会社の人間が僕を切り捨てたこと、
そんな会社しか就職先が見つからなかったこと、
貧乏で大学に進学することができなかったこと、
学校で虐められたこと、兄に虐待されたこと、
母子家庭に生まれたこと。何もかもが理不尽だ。
僕は恨んだ。兄を恨み、母を恨み、級友を恨み、教師を恨み、
学校を恨み、上司を恨み、社長を恨み、社会を恨んだ。
そうだ、社会が悪い。この世の中は間違っている。
弱者を踏みにじり、極限まで追い詰めている。
それでいて綺麗事を並べ立てる偽善者や、
身勝手な持論を他者に押し付ける傲慢な者も多い。

悪は正さなければならない。間違いは正さなければならない。
僕のような存在を生み出した世の中に思い知らせてやる。
実行しよう。実行すれば、僕は死刑になるかもしれない。
だが、このままの生活を続けていても、どうせ僕は死ぬしかないのだ。
それならば、死ぬ前に腐った社会に一太刀浴びせてやろうじゃないか。
僕のような人間がいることを知らしめれば、
この世の中も少しは暮らしやすいものになるかもしれない。
僕のように苦しんでいる人たちが救われるかもしれない。

何本かのナイフをバッグの中に詰め込み、繁華街へと出かけた。
休日だった。人が大勢いた。皆、幸せそうなツラをしていやがる。
ムカついた。何で僕がこんな辛い思いをしているというのに、
なんでおまえらはそんなにのんきにしてんだよ。
交差点の近くまで来たとき、向こうから歩いてきた若い女と目が合った。
女は目を反らした。眉を顰めたようにも見えた。
僕を見てキモイとか思っただろ。ふざけんじゃねえぞ。
僕はバッグの中のナイフを取り出し、握り締めた。
女の腹を狙って突き出した。深く突き刺さった。
女が目を見開いて倒れた。周囲で悲鳴が上がった。
人々が逃げていく。僕は追った。次々と刺した。

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。

人気ブログ 2008/06/09 ショートショート TB(0) CO(5)

ショートショート/ショートショート/ショートショート/ショートショート

時期的に秋葉原の事件と照らし合わせてしまい、純粋に作品を読めなかったのですが・・
投稿日時や現場の描写を見るに意図的なのでしょうか?

多少不謹慎と思うところはありましたが、色々と考えさせられました。
小説内の犯人の心境に理解は示せども、やはり幼稚な考え方しか出来ないから事件を起こすんだなという結論に。

[2008/06/09 13:09] なる [ 編集 ]

人間、追い詰められたら頭もおかしくなりますよ。

[2008/06/09 18:30] ペンギン666 [ 編集 ]

てゆうか

自らの手で可能性を探ることもせず、責任転換して凶行に走る主人公を批判的にみるでもなく、ただ擁護しているだけに見えますが、作者は基礎的な社会的通念については否定的なのでしょうね…。
凶行に走らないことを祈ります。

[2008/06/12 16:51] もけ [ 編集 ]

自暴自棄になった人間は何をするか分かりません。
犯行は凶悪で身勝手極まりないものですし極刑に処されるべきものでしょうが、何が犯人を追い詰めたのかを表現できたらと思って描きました。

[2008/06/12 19:09] ペンギン666 [ 編集 ]

どちらかというと現実の事件の犯人に対して批判的な意見を持っていましたが、これを読んで少し見方が変わりました。
こんな人生、私も嫌。
同じ状況に立たされたとき、同じことをしないと断言はできません。私が心弱い人間だと言われればそれまでですが、そんな人間も含めて「社会」なのだということを考えさせられました。

[2008/06/15 13:03] もめ [ 編集 ]

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