平成15年1月1日〜平成18年1月7日

平成14年 1月 8日〜平成14年12月31日までは、こちら

平成13年10月15日〜平成13年12月26日までは、こちら


                                                           
                                                               
平成18年
1月 7日

 平成13年10月5日から、不定期的に書き込んできた「日暮し綴りは」は、ここで終わる。今の世の中においては、BLOGの世界へとうって変わってきていることから、今後は改めて、『風街浪漫〜日暮つづり〜』とし、心機一転したいと思う。
 新しいBLOGは無料だけあって、思うとおりに編集ができず、いろんな意味で不本意なペ−ジであるが   ここから、はじめる。
8月27日

 どうも世間には、悲しみの「か」の字も悩みの「な」の字もないように生きていると思われている人がいるようで、私もその中の1人かもしれない。

 その大小にかかわらず、悲しみを心の奥に抱くことなく生きている人がいるのだろうか。傍目にはどんなに羨望の的である人であっても、少なからず悲しみというものを秘めているものである。

 どこか自分を悲劇のヒロインのごとく、自分の悲しみは誰もわかってくれないと、自分を心の奥底に包み隠してしまう人もいる。反対に、逆境のときにあっても笑顔をたえさない人もいる。それは生れてから、今までに生きてきた経験や環境の違いがそうさせるのだろうか。

 ちっぽけな悲しみにうじうじしている人、最大の悲しみにも毅然としている人、人それぞれには違いない。ただ、その人の受け止め方しだいなのである。

悲しいのは 私がいるために
悲しいのは 私であるために
悲しいのは 私自身だから         by 吉田拓郎 
   

 おそらく、人が悲しいという言葉を吐くときは、誰かに同情されたいとか、その悲しみを忘れさせてくれる言葉が欲しいとか、そういったことなのだろう。悲しいと言ってれば、いずれ誰かが慰めてくれるという期待が、また、その時は自分が世界の中心でいられるようなそんな淡い期待があるのだろう。

 慰めの言葉は、ある程度、悲しみを癒す薬になるに違いない。しかし、表面上は癒せても悲しみを根治させる薬にはなりえない。

 そんな意味で、即効性はないが最大の薬は、『時』である。時が経てば、どうして自分が悲しんでいたかさえも忘れてしまう。人はそれを忘却と呼ぶ。
 ただ、えてして『時』は、悲しみだけではなく喜びさえも忘れさせてしまう。

 そして、消えることがないと思っていた愛でさえも・・・。

小さなことで大事なものを失った
冷たい指輪が私に光ってみせた
「今さえあればいい」と言ったけど そうじゃなかった
あなたへ続くドアが音も無く消えた・・・

自分の幸せ願うこと わがままではないでしょ
それならあなたを抱き寄せたい できるだけぎゅっと・・・

私の涙が乾くころ あの子が泣いてるよ
このまま僕らの地面は乾かない・・・ 

誰かの願いが叶うころ あの子が泣いてるよ
みんなの願いは同時には叶わない・・・            
by 宇多田ヒカル
8月14日

 最近のネット環境はずいぶん進んだものだ。
 ちょっと前までは、歌詞の検索は有料だった。しかし、今は無料である。しかも、ギターコードまでついている。
 例えば、最近、私のお気に入りのAI(アイ)の『STORY』は、「J -TOTAL MUSIC」というサイトで検索すると

C       G        Am7     G  F
限られた時の中で どれだけのコトが出来るだろう
G  C         G         Am7       G  F
言葉にならないほどの想いを どれだけアナタに伝えられるだろう
A Dm7 F   G        C    G    Am7
ずっと  閉じ込めていた 胸の痛みを消してくれた
A Bm7-5 Dm7 F  G    F            G     G7
今 私    が  笑えるのは 一緒に泣いてくれたキミがいたから

C     F    G     E7   Am7
1人じゃないから キミが私を守るから
G  D     Dm7 G
強くなれる もう何も恐くないヨ
C     F    G     E7   Am7
時がなだめてく 痛みと共に流れてく
G  D   Dm7  G    C
日の光がやさしく照らしてくれる

という具合に、表示される。更にギターコードがわからないときは、コードまで表示されるのである。できれば、洋楽の訳詞もこのようにしてくれないものだろうか。

参考:「J -TOTAL MUSIC」 … http://music.j-total.net/

 そして、世の中、天邪鬼にできているのか、この歌詞と違い「守ってくれる」のが厭だという女性もいるから不思議なものだ。
8月8日

 言葉というものは、人間のコミュニケーションに欠かせないものである。しかし、使い方しだいで武器にもなるし、逆に自分の思いを相手に伝えることもできる。それだけに厄介な代物である。それは、昔から言われていることに違いない。だが、我々はこの言葉に頼らざるを得ない。
 肝心なことは、言葉が自分の思ってない方向にひとり歩きしてしまうことがあるということの認識が必要なのである。

 私は、いろいろな人の手紙を読む機会がある。10代、20代の手紙は、メールのやりとりとほとんど変わらない。笑いマークやハートマークなど、様々なマークが文章のあとに付く。そんなマークをつけなければ、相手に気持ちを伝えられないのだろうか。そうしたマークをつけなければ、相手に勘違いされると不安なのだろうか。そして、脈絡のない文章。気分しだいで飛びまくる。その上、字が上手だと感じるものも少ない。

 それにくらべ、40代以上の手紙となると安心して読める。字がしっかりしているし、文章の脈絡も整っており、読みやすい。へんてこなマークを付けなくとも、何が言いたいのか意図がよくわかる。

 でも、どうだろう、ことメールとなると40代以上でも若者と同じように、マークをつけているのである。私も、こうしたマークを付けるのは嫌いであったが、ここ最近、メールなどにはマークを付けるようになってしまっているのだ。おそらく、メールは短時間に打つ、手紙を書くときのようにじっくり考えない。短時間ですばやく、そして相手に勘違いされないメールを打つには、マークが有効なのであろう。

 しかし、我々はメールと手紙を明確に区別する。だが、若者にとっては、手紙はメールの延長なのである。キーが、ボールペンに替わるだけの話である。

 だから、どうしたということになるだろうが、言葉を発して言えないことも、手紙やメールにすれば言いやすいこともあることは確かだが、メールや手紙は一方的になりかねない。大切な話は、手紙やメールにした言葉に頼るべきでなく、やはり直接面と向かって、お互いの気持ちを察しながら生きた言葉で話すことが、もっとも有効なのではないかと思うのである。
3月5日

 20世紀に最も影響のあった偉大な芸術作品に、ピカソや、ダリ、ウォーホール、マティス、ポロック等の作品を押しのけてマルセル・デュシャンの『泉』が選ばれたそうだ。選者はイギリスの500人の芸術界で最もパワーのある人物で、芸術家や美術ブローカー、評論家や美術館関係者だという。

この作品は、男性用小便器を角度を変えて置いただけのものである。そして、1917年、ニューヨーク初のアンデパンダン展に出品した当時、芸術を侮辱する行為だとして物議をかもしたのである。おそらく、多くの評論家たちは、あまりに安易に出品されたこの作品に芸術という名を当てはめるのはよしとしなかっただろう。

 それがどうだろう、100年(約1世紀)近く隔てた今、世期の芸術作品として認められているのである。私は、実物をみたことはないが、この写真等を見て、すぐには理解できなかった。でも、じきにこれは、発想に対する疑問や視点に対する疑問を投げかけているのではないかと理解するようになった。それは、一つの物であっても見方や発想を変えれば、さまざまな様子を呈するということなのである。

 デュシャンは、一つの価値観の転換を我々に与えてくれたのである。そして、それは精緻に描かれた、ただの風景画や人物画を描く以上に人類に影響を与えたものとして、まさに最高の芸術の栄誉を辱めないもに違いないだろう。

 ちなみに、2位 ピカソ「「アヴィニョンの娘たち」、3位 アンディ・ウォーホール「マリリン・モンロー」、 4位 ピカソ「ゲルニカ」、5位 アンリ・マティス「赤いアトリエ」だそうである。
12月18日

 12月8日、9日と三重・京都1泊2日の紅葉狩りツアーに参加した。観光地は香嵐渓、彦根城、大原の三千院、嵐山、嵯峨野。彦根城は6年ぶり、京都にいたっては27年ぶりであった。

 やはり京都はいい。京都は日本情緒が凝縮されている。だからこそ観光地なのであろうが、日常を忘れさせてくれるものがある。そこに住んでいる人にとっては、我々の非日常が日常なのであろうが、それはそれである。

 
 時期的には、紅葉のシーズンは終わっているのだが、今年は暖かかったせいか、12月でも終わりの紅葉の見納めができたのである。

 ここに、掲示した写真はデジタルビデオテープに収めた動画から静止画像を抜き出したものであるが、紅葉の美しさがお分かりになるだろうか。左は三千院へ向かう参道にそって流れる川にかかるもみじと小さな人口の滝。





右は、清水寺の紅葉風景。清水寺の下から見上げる風景には隔世の感があった。

 
12月12日

 HPのアドレスバーに『アクスコ倶楽部』用のファビコンがつくようにした。「ハリントン雑記帳」を見ていて簡単そうだったのでやってみたのだが、ハリントンさんに指導をあおぐ始末だった。

 そして誕生したのが、マーク。拙HPを『お気に入り』に登録すると自動的にアドレスバーとお気に入りの頭にが付く。何はともあれ、ちょっと他とは違った表示になるのが嬉しいではないか。
12月5日

 録画していたBS−NHKの『井上陽水 空想ハイウェイ』を観た。私がこの放送を録画したのは高田渡や友部正人などが出ているからだ。

 なかでも友部正人の『一本道』には震撼させられた。この歌は私が18歳のときの歌であり、そのときも衝撃を覚えた。しかし、30年を経た今回、そのとき以上に、この歌のもつ詩情と友部の独特の語り口に、これこそは名曲中の名曲だと確信したのである。

 
ふとうしろを ふりかえると そこには夕やけがありました
 本当に何年ぶりのこと そこには 夕やけがありました
 あれから どのくらい たったのか あれから どのくらい たったのか

 ひとつ 足をふみ出すごとに 影はうしろに のびていきます
 悲しい毒は はるかな海をそめ 今日も一日が 終わろうとしています
 しんせい 一箱分の 一日を 指でひねって ごみ箱の中

 僕は今 阿佐ヶ谷の駅に立ち 電車を待って いるところ
 何もなかった事に しましょうと 今日も日が 暮れました
 ああ中央線よ 空を飛んで あの娘の胸に つきさされ

 何処へいくのか この一本道 西も東も わからない
 行けども行けども 見知らぬ町で これが東京と 言うものかしら
 たずねてみても 誰も答えちゃくれない だから 僕も もうきかないよ

 おちょうしのすきまから のぞいてみると そこには 幸せがありました
 幸せは ほっぺたをよせ合って 二人 お酒を飲んでました
 その時月が 話しかけます もうすぐ 夜が 明けますよ

 この詩だけでも 妙に説得力があるにもかかわらず、友部正人の歌が相まって、更なる詩情が聴く者の胸を打つ。
10月9日

 日本では、大リーグと言えば今イチローの話ばかりだが、アメリカではイチローの記録は地元方面で騒がれているだけらしい。ニューヨークではやはりヤンキース一色で、イチローの新記録は小さな記事にしか過ぎないと・・・。

 私は、イチローのようなヒット打者は好みではない。彼が何本ヒットを打とうが興味はない。野球の醍醐味は、何といってもホームラン。僕は今年31本を打った松井を評価したい。それに彼は、後半戦ヤンキースの4番を打っているのだ。ヤンキースの4番と言えば、世界の4番と言っても過言ではないだろう。

 今、地区シリーズが始まり、これからワールド・シリーズにかけての死闘が繰り返される。これからも私は、松井だけを見守って行きたい。そして、彼のホームランでワールド・シリーズを制覇することを願って。
8月28日
 
 今まで、日暮つづりの更新をサボっていたので、遡って箇条書きで記載してみる。
しかし、その時これを書いておこうと思っていたものが、脳軟化がはじまっているのか、あまり思い出せない。

●8月14日からアテネでオリンピックが開催される。今までになく日本勢の活躍が目立つ。放送時間が深夜のせいか、ここのところ毎日が寝不足である。LIVE放送をやめて録画だけをいわゆるゴールデンタイムに放送したらいいのにと思うのだが、情報化社会の現代では、録画を見る前に勝敗が即時にわかってしまう。その結果、勝敗のわかっている録画放送なんか見る気になれなくなるという弊害がある。寝不足なっても仕方のないことか。

 オリンピックを機にハイ・ヴィジョン・テレビのCMが盛んに放送されている。ハイ・ヴィジョン・テレビはオリンピックを美しく伝えはするが、光のあたる角度や量などを計算して作る映画とは違って美しさの感動はない。

●8月1日、あのマーロン・ブランドが死去した。インディアン対策(人種差別)でアメリカ政治を批判し、アカデミー賞を拒否した気骨の大俳優の死は、孤独な死であった。

DVDは短命に終わる気配。VHSの録画機器はベータとの戦いから長寿を誇ったが、現在台頭しているDVDは短命に終わるだろう。その理由は、HD-DVDとブルーレイ・ディスクの開発からである。これらはハイ・ヴィジョンを録画できる大容量ディスクであり、規格が異なっている。ひと昔前のVHS・ベータ対決がまたはじまろうとしている。どちらにせよ録画時間が短く画質の悪いDVD録画は、そう長くない先には、HD-DVDかブルーレイ・ディスクのどちらかがとって代ってしまうだろう。

●6月某日、ウィルス対策で防御を硬くしすぎてしまった関係で、当サイトが検索されなくなっていることに漸く気づく。
5月 3日

 ハイ・ヴィジョン映像は感動の美しさである。

 ここのところ、『日暮し綴り』を綴っていなかった。理由は、ハイ・ヴィジョン映像である。ハイ・ヴィジョンで放映される映画は、DVDの映像と比べ格段に美しく、映像だけで、つまらない映画・番組でもつい見入ってしまう。今では、こつこつとHV(ハイ・ヴィジョン)映画をD−VHSで蒐集する日々である。

 多くの人々は、このHV映画の美しさを知らないだろうが、その映像美の感動を共有するため、1日でもはやく地上デジタル放送の電波が全国的に拡がり、家のマンションでも地上デジタル放送用のアンテナを設置しなければならなくなる状況が生れればいいのにと思っている。

 ちなみに、D−VHSデッキは安価である。市価で11万円位するものが7〜8万円で手に入る。そして、D−VHSテープは高価であるが、S−VHSテープの裏側の検出孔を左右対称の位置にもう一つあけてやれば、D−VHSとして使えるので安価でハイ・ヴィジョン録画ができる。DVDよりも安く、はるかに高画質録画ができる。どうして、このD−VHSをみんな使わないのか不思議なところだ。
1月26日

  1月○○日、私の誕生日。今更誕生日でもないが、ホテル・オークラのレストランで女房とささやかながら、中華のフルコース・ディナーをいただいた。もっとも、女房はその日まで私の誕生日を忘れていたようであるが、突然、私が職員旅行のビデオをダビングするため自宅に帰ると電話を入れて、女房が思い出したようにオークラの知り合いに予約を入れてもらったのである。

 話はこれからで、最後のコーヒーが来て食事も終わるころ、私の誕生日ということでレストランの職員(オークラの職員)の方が、モンブランとフルーツを乗せ、HAPPY BIRTHDAYとチョコレートパウダーであしらったた丸皿を私の前に置いたのである。

(これが、その現物の写真)

 私としては誕生日の祝いまでやってくれるのかと嬉しくなったのであるが、話はそこで終わらない。なんと、例の誕生日を祝う歌。あの「HAPPY BIRTHDAY TO YOU♪」を職員みんなで歌ってくれたのである。生れて初めての経験で、私としては嬉しいやら、照れくさいやら、ホテル・オークラの職員の皆さんありがとうございました
12月15日

 今やデジタル全盛の世の中、テレビもデジタルでその美しさは家電販売店の店頭で見るよりも遥かに美しい。50型の大型のテレビでは画像が落ちるという思いがあったが、美しいの一言である。確かにアナログ放送・録画を見るぶんには画質は落ちる。それはソフトの問題であってハードの問題ではない。美しく録画されたものは美しく映す。それがデジタル・テレビである。

 DVDがようやく普及し始めた今、もうすでにDVDは過去のものとなりつつある。私は、ほんの少し前までは、DVDの映像がもっとも綺麗なものとばかり思っていた。が、しかし、デジタル・テレビが出た今、DVDの画像はデジタル・テレビが映し出す画像の半分の解像度でしかないということがわかってしまった。

 それなのに、家電メーカーはここぞとばかりにHDD・DVDレコーダーの宣伝をし、売りまくっている。もはや過去のものだと知っているはずなのに。

 デジタルの画像を同等に映し出すのは、D-VHSかブルーレイ・ディスクしかない。 デジタルの画像を見たらDVDでは満足できない。家電メーカーは今のうちに、見向きもされなくなるDVDレコーダーを売りつくそうとしているのではなかろうか。たとえ、そうでなくても、デジタル・テレビの画像を見てしまうと、そうした疑問が残ってしまう。そして、デジタル・テレビを買うときに、レコーダーについてはD-VHSをすすめないのかという疑問も。
10月18日

  ちょっと、いい話をしよう。これは現在進行形の話である。

  癌で余命いくばくもない80歳のおばあさんが、ある日、全財産をなげうって整形手術を受けると言いだした。

  付き添いの看護士たちは、整形ばやりの昨今、テレビの見すぎで、気でも狂ったのではないかと思った。それを聞いた担当の医者までも、おばあさんの言葉を疑った。

  しかし、おばあさんは正気でそう言ったのである。

  担当医は往診の際に、おばあさんのか細くなった手を握り、本心を聞きだそうとした。

「おばあちゃんは今でもきれいなのに、これから整形手術してどうするんですか。」

と優しく尋ねた。

  おばあさんは、窓の外の虚空を眺め、うっすらと目に涙をにじませながら、

「だって、天国にいる夫は50年前の私しか知らないのよ。
このまま私が死ねば、きっと、夫も誰が来たのかわからないと思うの。
だから、整形手術を受けて、50年前の姿に戻って死にたいの。
そうすれば夫も迷わずに私を迎えてくれるから。」

と答え、胸元から大事にしていた写真を取りだし、担当医に見せた。

  そこには幸福に満ちた夫婦の姿があった。

  担当医は、おばあさんの50年前の姿を目にして、かすかに頷いた。
そして、まばゆいばかりに輝く若いころのおばあさんを本当に美しいと思った。

「わかりました。そうしましょう。」とだけ言って、彼は写真をおばあさんに返した。

それを受け取るおばあさんの顔に若いころの面影が重なり、そこに女としての恥じらいがうっすらと浮かんだのを彼は見逃さなかった。

おばあさんの涙は、死を間近にしての悲しみの涙ではなかった。
それは、もうすぐ夫に会えるという喜びの涙だったのである。

                    copyright aqusco-club (webmaster hiro)
10月 7日

 さっきテレビのチャンネルを回していると、偶然6chの『NEWS23』に懐かしい顔を発見した。もう番組の終わり近くで、アメリカのイラク攻撃について語っていたようだが、内容はわからなかった。その懐かしい顔というのは、私が4年ほど前、ある目的でアメリカとカナダの視察に行った際、デトロイトの総領事をしていた大使であった。名前は忘れてしまったが、気さくな大使で、我々を晩餐に招いてくれたのである。総領事官邸には専門のシェフが詰めており、その時の料理はフランス料理であった。やはり大使ともなるとすごいなという印象に気圧されながら、料理を口に運んだが、大使は話題を提供しながら、我々をもてなしてくれた。奥様も気品があり美人の方であった。

 そこで出た話題はもう忘れてしまったが、大使がデトロイトは、いわゆる『餡ドーナツ』であると言った話題だけは覚えている。それは、デトロイトという州の街なか、つまり、州の中心に住んでいるのは黒人ばかりで、それを取り巻くように郊外に白人が住んでいるからだ。だから市街は荒れ果てており、ゴミが散らかり汚い雰囲気があり、犯罪も多いという。別に黒人を蔑視しているのではないが、実情がそうなのであった。

 タイガースの本拠地であるデトロイトの球場も当時建替えの最中で、殊更荒廃したイメージが強調された。
 そして、スティービー・ワンダーやシュープリームスらが活躍した、かの『モータウン劇場』も寂れたようにひっそり建っていたのである。
10月 5日

 最近、不当かつ多額なインターネット料金の請求による被害が相次いでいるようだが、身の覚えのない請求は無視するに限る。下手に、身に覚えがないなどと相手と連絡しようものなら、それこそ相手の餌食になってしまいかねない。脅しくらい平気の相手なのだから。
 また、一度請求された金額を払ってしまうと更に請求が来てしまう。日本人の人の良さにつけ込んだ悪徳商法である。

  『おれおれ詐欺』も、同様に人のよさにつけ込んだ詐欺である。それも多くはお年寄りを狙ったものである。今はあまり聞かないが、いきなり電話で『おめでとうございます。日本であなただけが選ばれました。云々』などと、さも優越感をくすぐる誘い言葉で、人を会場に呼び出し無理やり買いたくもないものを買わせるという商法もあった。『私だけが、自分の子供だけが選ばれ』たという、よく考えればおかしな甘い誘惑にまんまとひっかかってしまう。

 世の中、不思議なことは何もないかもしれないが、世の中に甘い話はないのである。
9月29日

 9月26日、ロバート・パーマー(54歳)がパリで心臓発作により急死した。1986年には、『Addicted To Love』(邦題・恋におぼれて)でグラミー賞を受賞している。
 私が彼を知ったのは、ピーター・バラカンが司会していたTBS『ポッパーズMTV』でだった。そのころ、彼の曲『Sneakin' Sally Through』や『Johnny & Mary』をピーター・バラカンが番組で紹介したのだった。

 『忘れ得ぬ名曲・名盤』のコーナーにも書いているが、私としてはグラミーをとった『Addicted To Love』よりも、前2曲や『You Are In My System』の方が好きであった。また、デュラン・デュランのテイラー兄弟と組んだパワー・ステーションでは『Some Like It Hot』やT・レックスのカヴァー『Get it on』をヒットさせた。

 しかし、ロバート・パーマーの風貌は、どう見ても清潔で健康、かつネクタイの似合う紳士的なサラリーマンであり、とてもロッカーには見えない。そんな彼が、54歳という若さで死ぬとは残念である。

 ここに謹んで哀悼の意を捧ぐ。
6月21日

 4月、5月、6月と3ヶ月連続で華燭の典に招かれた。うちの課員は46人で、今日1人が結婚し、未婚がまだ7人。その中に40代が3人。そんなことはどうでもいいのだが、最近は、仲人も立てずに結婚式を行うことが多い。そして、結婚式場というより、一流ホテルでやるのが若者の流行といったところである。
 
 今日もディズニーランド脇の東京ベイホテル東○、先月は同じく○○ラトン・グランド・東京ベイ・ホテル、その前はわが社の施設だったが。さすがに一流ホテルでは結婚式場も披露宴会場も立派である。その中でも私のお気に入りは○○ラトンのパンである。これは非常に美味しい。今日、東○で出たパンとは雲泥の差があった。私は、○○ラトンの披露宴でパンを8個(もちろん切ったやつ)も食べてしまったのだ。

 ともあれ、今日はお偉方がたくさんいたので、スピーチやら、乾杯の音頭をやらずにすんだ。結婚式のスピーチというのは、聞いてる方からは、あまりありがたがられていない。また、その場では、面白い話でもすぐに忘れ去られてしまう。ユーモアもないようなやつは余計である。そんな中で、若い夫婦にこれからは親孝行しなさいというスピーチは、どうも私には解せない。いい大人に向かって親孝行もないだろうし、「貴方はどうなのですか」と言ってしまいたくなってしまう。

 もっとも、私もスピーチがない結婚式はリラックスできるので、できることならやりたくない。スピーチをやってくれと頼まれると、「乾杯の音頭ぐらいにできないのか」と言う始末である。

 前任の支社でやはり、結婚式でスピーチをした。そして、今の支社に転勤して来たとき、女子職員2人がその時の新婦の友人で、同じ結婚式に参列していたという。そこで、私は、「そのとき、俺がスピーチしたのを覚えてる」と尋ねると2人とも「覚えてない」と答えた。「魔法の話をしただろう」と更に追求しても「覚えていない」と同じ答えだった。そんなものかと私は思ってしまった。そして、おそらくそんなものなのだろう。

 今思えば、10数年前、仲人として10分近く長々と話してしまったが、会場にいた人たちにとってはいい迷惑だったにちがいない。
5月29日

 昨日、某大手会社のクラブでの宴席に侍る機会があり、私の横についたコンパニオン(?)が中国娘であった。実は、しばらくその娘が中国人であることがわからなかった。少し言葉になまりがあるようで、隣の茨城の娘かと思っていたのである。
 彼女が中国人であることがわかり、そこで、私は三国志の登場人物で誰が好きかと尋ねるた。彼女が答えた人物は『曹操』であった。何か意外な気がした。さらに、どうしてか尋ねると「曹操は頭がいいから」ということであった。

 中国では劉備が人気なのじゃないかと思ったのだが、「劉備はかっこいいけど」というだけであった。私には劉備がかっこいいというイメージはない。すると、彼女は逆に、私は誰が好きなのと問い返した。私は、しばらく考えて『樂毅』と答えると彼女は『樂毅』を知らなかった。諸葛孔明が憧れた中山国の知将だと教えても諸葛孔明のことさえも知らなかった。中国では呼び方が違うのだろうと考えて字の説明をしたが、それでもわからなかったのである。

 もっとも、中国の人だからといって三国志をすべて知っているわけでもなく、日本人が日本の歴史についてすべての人が知っているわけではないのと同じなのである。

 おそらく、『真田十勇士』・・・別に『平家物語』等でもいいのだが・・・の話に興味を持った外国人が、日本の若い人に『真田十勇士』の中の誰が好きかと尋ねても、同じ結果になるにちがいない。
5月19日

 シンプリー・レッドが健在である。彼らの最新ナンバーは『SUNRISE(サンライズ)』は、ホール&オーツの『I CAN'T GO FOR THAT』の伴奏そのものにメロディを乗せたものである。よくラップで過去のナンバーにラップを合わせるというものがあるが、ラップではないものは初めてのように思う。ミック・ハックネルの歌声も素晴らしい。
 また、最近、エイス・オブ・ベイス『Beautiful Morning』やカーディガンズ『FOR WHAT IT'S WORTH』も活躍しているのがうれしい。
5月10日

 今、こつこつと特集もので『魂の映像詩人・タルコフスキー』を創っている。その後は、『象徴主義の画家たち』、『神に苦悩するイングマール・ベルイマン』と続く予定であるが、一番好きなドストエフスキーとフリードリッヒも創りたい。しかし、それに取りかかるには時間がなさ過ぎる。退職後ならなんとかなりそうだが、退職後までこのHPをやっているのだろうか。
4月29日

  HPの表紙とBGM(悲しき雨音)を一部替えた。ここに書く必要はないのだが、いつ替えたのか思い起こす時に、ここに記載しているとすぐわかるからだ。ただ、それだけのこと。
4月19日

  先週、映画を2本観た。『007/ダイ・アナザー・デイ』と『コレリ大尉のマンドリン』の2本である。前者は何もしたくない、テレビも観たいのがないという時の暇つぶしには悪くない。このシリーズでボンド・カーがBMWからアストン・マーチンに戻ったし、それがなんとも消える車とは、007もついにSFじみてきている。その上、CGフル活用の映画だった。そして、ボンド・ガールが、昨年度アカデミー主演女優賞をとった黒人初のハル・ベリー。もっとも、ボンドガールは誰がやっても、そう演技力は必要ないように思える。

 『コレリ大尉のマンドリン』は『恋するシェイクスピア』を撮ったジョン・マッデン監督による実話を基にした原作の映画化。第2次世界大戦の終盤、ギリシャの島で繰り広げられるイタリア兵のコレリ大尉(ニコラス・ケイジ)と島の娘(ペネロペ・クルス)との恋愛物語。この作品は、恋愛中の若い人たちが観るのにちょうどいい。恋と愛の違いを島娘の父親(ジョン・ハート)がわかりやすく教えてくれる。
 
 それから、4月にでたばかりの宮城谷昌光の『管仲』を読んでいる。彼の久しぶりの単行本であるが、出だしから宮城谷節が健在である。

 もう一つ、2月12日に「HPのカウンターは信憑性が低い」と記載したのは、若干訂正しなければならない。今のブロード・バンド時代では、アクセスごとに増えるカウンターのほうが、実際のアクセス数に近いような気がする。なぜなら、リロードでカウンター数の増えないカウンターは、ブロード・バンドでは1回アクセスしてしまえば、その後時間をおいてアクセスしてもカウンターが増えないからだ。『忘れ得ぬ名曲・名盤』は両方のカウンターを取り付けてるが、上のカウンター(アクセスした分カウンター数が上がる)と下のカウンター(1度アクセスすれば、つないだ状態で何回アクセスしても変わらない)を比較すると、ア行からワ行までのどこかを数回アクセスしてくれたことがわかる。HPをやっていない人には何がなんだかわからないかもしれないが、とりあえず、2月12日の記事はここで撤回したい。あわせて、近々HPを移設するときは、アクセスした分が表示されるカウンターに変更しようと思う。明日にでも移設するかもしれないのだが・・・。
3月27日

  私は戦争映画が好きではない。なぜなら、ほとんどの映画は自国の正義、そして敵国の悪として描いているからだ。ごく一部の優れた映画には、敵味方にかかわらずに、人間の友情、あるいは尊厳というものに重点をおいて描いたものがある。CINEMAの文中に書いたようにルノワール監督の『大いなる幻影』は敵味方にかかわらず人間の尊厳について描いた点で優れている。
 また、ビリー・ワイルダー監督『第17捕虜収容所』も同様である。日本では『兵隊やくざ』もその範疇に入るかもしれない。もともと、戦争という名の下に娯楽映画を作ること自体、私は疑問に思うのである。
3月21日

  世の中、米国とイラクの戦争のニュース一色である。そうした折にもかかわらず私はせっせとHPに取り組んでいる。もう雪のシーズンでもないので表紙を替えた。そして、タイトルを『アクエリアス&スコーピオン』では長すぎるので『アクスコ倶楽部』と改題した。

 話は戦争に戻るが、私が小学生のころはベトナム戦争が始まり、当時の米国大統領はケネディであった。そのころやはり反戦歌ブームでボブ・ディランや、ジョーン・バエズ、PPMといったアーチストの歌がもてはやされた。当時、小学生の私は何もわからずベトナムを攻撃している米国が悪いのだと思っていた。

 ボブ・ディランなどは戦争を起こしていた米国で歌ったからこそ価値があるが、米兵に守られた平和の中でどっぷり浸かっているわれわれ日本人が、そもそも米国に対して戦争反対などと声が吐けるのだろうか。北朝鮮の脅威も米国の力で守られているという現実をどう考えるのだろうか。戦争反対と言葉でいうのは、あまりに簡単すぎるのではないか。

 戦争はないほうがいいことに間違いはあるまい。しかし、現実的に戦争は起こっているし、これからも地球上から戦争がなくなってしまうことはないだろう。それは、人種と宗教の違いがもたらすものである。世界が一つになることは永久にないだろう。ジョン・レノンが歌ったように想像上ではありうるかもしれないけれど・・・。
3月5日

  現在『忘れ得ぬ名曲・名盤』を構築中であるが、これは結構面白い。もちろん自分にとってである。今はまだ、コメント欄はないが、ゆくゆく若干のコメントも付け加えていく予定である。

 表示画像についてはLPしかない場合、どうしたものかと思ったのだが、A4サイズのスキャナーでLPのジャケットを半分ずつ読み取り、それを合成することによって難を逃れている。画像が小さいので一見して合成しているとはわからないと思うが、どうだろう。
2月25日

 きのう、グラミー賞でノラ・ジョーンズが最優秀アルバム等の主要部門5冠を獲得した。新人にしてこの快挙。私はシングル『ドント・ノウ・ホワイ』しか聴いたことがないのであるが、この曲はJazzyなヴォーカルが印象的である。11日に書いた『アリスン』を歌ってもあうのではないかと思っていたが、彼女の歌声はホリー・コールにも通じるような気がする。
 また、ノラ・ジョーンズはジョージ・ハリソンやビートルズにも影響を与えたことで有名なシタール奏者ラヴィ・シャンカールの娘だという。それはさておき、彼女の今後が楽しみでもある。
2月11日

 つくづくインターネットは便利だと思う。誰もが心に残っている曲があると思うが、それが誰が歌っているのかわからないとき、もう一度聴きたいという思いを残したまま過ごす。そして、時折りその曲が頭に擡げてくる。もどかしい想いとともに。

 その曲は、エルヴィス・コステロの名曲
       『アリスン(ALISON)』

もちろんオリジナルはもっているのだが、あるとき、もう10年くらい前になるのだろうか。セント・ギガの放送をエア・チェックした中におさめられていたのである。それは、女性ヴォーカリストのカバー曲『アリスン(ALISON)』であった。それも、エア・チェックを予定していた時間外での放送だったから、曲の途中で切れていた。誰が歌っていたのかわからなかったのである。

 この曲を聴いたとたん、私の中からコステロが吹っ飛んでしまった。ジャス風にアレンジした『アリスン』は、なんとも言えない心地よさと切なさ、気だるさが漂い、オリジナルと全く別の曲に聴こえたのである。その女性のヴォーカルで、『アリスン』がこんなにもいい曲だったのかと再認識させられた。それまで私は、オリジナルに勝る曲はないものと思っていた。それが、いとも簡単に拭い去られてしまった。

 2日前、HMVとAmazon.comで『アリスン』『アリソン』と打って探してみたのだが、該当なしとの回答。次に『ALISON』と打ち込むと予想したとおり、エルヴィス・コステロがTOPに出てきた。そして、下をみてみると、ホリー・コールのベスト盤の中に『ALISON』があるではないか。「ああ、あの歌声はホリー・コールだったのか」と。そして私は早速インターネットで注文した。

 そのCDが、いま手もとにある。繰り返し『ALISON』を聴いている。これで心残りが一つ減った。いま聴いても当時の驚きと変わりない。ホリー・コールの『ALISON』は極上の名曲として、今後も私の心の中に残るだろう。

 インターネットがなかったら、おそらく手に入らなかっただろう。それも自宅にいながらにして、手にできる世界は、別の意味で格別のものがある。私は、CDやDVD、書籍はインターネットで買うことにしている。店で買うより安いこともあるし、買いたいものがすぐに探せる。それに、支払いは現物が届いたときに支払う代引き交換にすれば安心である。詐欺にあうこともないし、クレジット・カードを読み取られて悪用されることもない。

 いま、『ALISON』を聴いていて、そんないきさつも知らず、隣で女房はいいCDだねと言っている。私の想いがこれに詰まっていたのだから、私同様その言葉を聴いてこのCDも報われたに違いない。
2月10日

 今日も引き続いて前回の話題に重なる。
 少し前まで(いまでもそうかもしれないが)トレンド俳優として人気の高い某男優が、「映画は心を残すもの」だとある映画の試写会かプレミアのインタヴューに答えていた。
 私も同じ意見である。監督や俳優陣らの心が残っていない映画なんて観る価値があるのだろうか。私はないと考える。
 この俳優は、およそ演技というものには縁のない俳優だと思っていたが、見方をあらためなければならない。そして、やはり某二世俳優とは違い、答えができているだけ、その演技も外国の映画祭(ロバート・レッドフォードが主宰し、若手監督や俳優を発掘する独立系、インディーズ系映画祭)で好評だったという。
1月28日

 NHKの大河ドラマの主役をつとめたこともある某二世男優が「映画は面白ければいい。理屈でみる映画はどうも・・・」と映画は面白さだけあればいいようなことをインタヴューで答えていた。

 はたして、そうだろうか。面白さだけの映画に出るだけでいいのであれば、俳優は楽であろう。彼は、「自分は楽な演技をしたい。」と言ったのと同意義だと気づいてないらしい。確かに面白いだけの映画であれば、観るほうも何も考えなくていいから楽である。観るほうも演じるものも楽なのである。この世に面白いだけの映画は五万とある。そんな映画に出て彼は満足なのだろうか。聞きようによっては、俳優として自己否定的な言葉である。

 面白いだけの映画は、観てしまえばあとに何も残らない、ただの暇つぶしの映画に過ぎないと思う。もちろん、そんな映画も私は観てきた。だが、そうした映画に出ている俳優は、ただの俳優である。名優にはなれない。そんな映画出演だけで名優と呼ばれている俳優を私は知らない。そして、面白いだけの映画は、今思い起こして、観てよかったと思うものはない。

 もっとも、面白いといっても、人それぞれの受け止め方があるから、何が面白くて、何が面白くないのかという明確な区別はできないかもしれないが。少なくとも、この映画は観る者に何を訴えようとしたのかと、そんな何か〜監督のおもい入れみたいなもの〜が感じられなければ、映画としての存在価値はないように思うのである。それは、ある程度理屈によって作られるのである。監督の意思の見えないものを観るべき価値がある映画だと言えるだろうか。そして、私たちは、なんの思いも伝わらない映画を観てよかったと思うだろうか。あとに何も残らない、面白いだけの映画、そんな映画に名優も名監督も必要ないのである。
1月23日

 最近ニュースで話題になっている海賊版の『ハリー・ポッター〜秘密の部屋』を観る機会があった。私としては、別にこの作品には興味はないのだが、今、公開中の映画がどうしてCD−Rであるのかという疑問が観させたのである。しかし、観たところ映像は悪いし、音も悪い。本来DVDであれば映像もいいのだろうが、「これじゃ、ちょっと」と首を傾げざるを得なかった。

 こうした映像を喜んでみている人がいるのかと思うと、この人たちは、本当の映画ファンではないのではないかと思った。私も、DVDやテレビでの鑑賞を好んでいるから、お前も本当の映画ファンと違うだろうと言われればそれまでであるが、あまりにもひどい。

 とりあえず話題になっているから観ておこうとか、子供のためにコピーするんだとか、いろいろ理由はあるようだが、これじゃ著作権協会も黙っていられないだろうし、こんなものを頒布されたのでは、作品の製作に携わった人たちも本意でもあるまい。

 いつの世も、全てが健全であるという日はやってこないにちがいない。それは、以前から承知のことではあるのだが。
1月13日

 中断していた『宮城谷昌光の物語世界』づくりをここのところ暇になってきたので再開しはじめた。今では、ホーム・ページづくりは私のライフ・ワークとなっている。女房はいいかげんにしたらという眼でみている。
 今月いっぱいまでには、とりあえず『宮城谷昌光の物語世界』の第1弾である「其の壱」を完成させたいと思うが、どうなることやら。
1月 3日

 懲りずにまたHPの表紙のリニューアルをした。これからは、いまのスタイルで、季節ごとの一部マイナーチェンジだけにしようと思う。

 宇宙の海をさまよっていた『ビン男』は、いまも幻想の世界を漂っている。彼の旅に終わりはない。なぜなら、彼の旅立ちは、全てが終わったところからはじまったからである。終わりからはじめた旅に終わりはない。果てしない宇宙の中で、彼は、また新しい現実の発見をしてゆくだろう。

 そして、それは『ビン男』がいつか見た、夢の中での出来事だとも気づかないままに・・・。
1月 1日

  平成15年=西暦2003年が幕を開けたが、どのような年になるのやら。思えば、昨年は私にとってあまり良い年ではなかったのかなと思える。ただ、今思えばの話である。自分の行為の良し悪しとして過去をふりかえるのは嫌いだし、いつも能天気な生活を送っている。悪いことはすぐに忘れるほうだから、その分進歩もないかもしれない。世をつくるのは『ペシミスト』だというが、おそらく、そのとおりだろう。
 したがって、今年の抱負といった大それたものは私にはない。2003年1月1日も2003年○○月○○日も同じ1日として、なんのかわりがあるだろうか。1日、1日を自分の守備範囲内(ときどき守備範囲外に出ることもあるが)で生きていく。
 毎年の365日5時間48分46秒、『今日までそして明日から』もそんな私であり続けるに違いない。