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少子高齢化でますます膨らんでいく年金・医療・介護など社会保障の財源を、どう確保していくのか。福田首相の発言が迷走している。
先週、消費税率の引き上げについて「決断しなければいけない大事な時期だ」と踏み込んだかと思ったら、わずか6日後の記者会見で「2、3年後とか、長い単位で考えたい」とトーンを落とした。「無駄ゼロの歳出改革がどこまでできるか。景気がどうなるかも無視できない」とも述べた。
いったい、どっちが本音なのか。戸惑う人は多いに違いない。
5年半の小泉内閣以降、負担増の議論を先送りしてきたツケが、社会保障の現場と制度に深刻なひずみを生んだ。高齢者医療をめぐる混乱はその象徴だ。来年度から基礎年金の国庫負担を3分の1から2分の1へ引き上げるため、消費税1%にあたる2.3兆円の財源が新たに必要になる。できることなら、秋の税制改正こそ消費増税を決断する時期だ……。これはおそらく、首相の本音だろう。
一方で、遅くとも来年9月までに衆院の解散・総選挙があるという現実もある。民主党が増税反対で立ち向かってくる以上、自民党としても選挙の前に増税を打ち出すのはまずい。これもまた、首相の本音に違いない。
だからといって、一国のリーダーが言を左右にしていては事は進まない。社会保障の立て直しも、財政再建も、腰砕けになってしまう。
いま増税は困難だ、とりあえず無駄ゼロの歳出改革を優先するというのなら、首相に求めたいことがある。
どこからどれだけの財源を生み出すのか。具体的な方策を示し、すぐに実行することである。時間はない。
基礎年金の国庫負担の増額分に、後期高齢者医療制度の見直し分なども合わせ、まず来年度は歳出削減で3兆円の財源が必要となるだろう。
たとえば道路財源の一般財源化で1兆円以上を社会保障へ回す。天下りや官製談合の根絶は当然として、公務員制度の改革や、地方分権による補助金と二重行政の見直しで、まだまだ無駄は省けるはずだ。自衛隊の高額な装備調達なども先送りしてはどうか。
国会議員が襟を正す意味で、年間300億円を超える政党交付金の減額だって考えていい。国会議員の歳費とは別に月額100万円ずつ渡されている文書通信交通滞在費も、今のままでいいとは思えない。
昨年の参院選で、民主党が行政の無駄排除で15兆円余の財源をつくると主張したことを、自民党は「根拠がなく無責任な議論だ」と批判した。
政府与党の立場にあれば、もっと根拠のある無駄ゼロ案を示せるはずだ。それができないなら、それこそ無責任のそしりはまぬかれまい。
北朝鮮が核開発の中身について6者協議に申告する。米国は北朝鮮に対するテロ支援国家の指定を解く。この二つの作業が秒読みに入った。
指定が解除されると、たとえば国際機関から融資を得る道が開けるなど、北朝鮮にはメリットがある。だからこそ米国はこれを北朝鮮を動かすカードに使い、日本も拉致問題を解決へと進めるよりどころとしてきた。
しかし、現実には拉致問題に進展が見られない。米国がこのままカードを手放せば、置き去りにされてしまうのではないか――。被害者の家族らがそう心配を募らせるのは分かる。
北朝鮮側は拉致の事実を認めたあとも、不誠実な言動を続けている。さきの日朝協議で再調査を受け入れたものの、実効のある調査になるのかどうか、北朝鮮側の真意に疑念を抱くのは当然だ。
とはいっても、もうひとつの面も見すえる必要があるのではないか。
安倍政権の時代、日本は北朝鮮に対する圧力を強め、独自の制裁を科してきた。核実験などの許しがたい動きがあったためでもあるが、その一方で、拉致問題は行き詰まり、まったく前に進まなかった。
ここにきて北朝鮮が再調査を含めて日本への姿勢を変えたのは、米朝協議が進展し、核放棄にむけての6者協議が節目を迎えたからだ。
核申告とテロ指定解除の同時進行について、米国のライス国務長官は「いろんな選択肢の中で最善のものだ」と語った。核放棄という最終目的地までたどり着けるかどうか、米国にも疑念がないわけではなかろう。
だが現実的な手だては乏しい。アメとムチを使い分け、北朝鮮を引っ張り出すしかないということだろう。
拉致問題についても、同じことが言えるのではないだろうか。
忘れてならないのは、テロ指定解除でことが終わるのではないことだ。
北朝鮮は核放棄の見返りに、米国との国交正常化で「身の安全」を確保し、対日正常化で日本の経済支援を手に入れようと考えている。
日本はしかし、拉致の決着がつかなければ正常化もないという立場だ。つまり、北朝鮮は拉致問題の解決に踏み出さない限り、日本からの見返りは得られない。テロ指定が解除されても、その構図に変わりはないのだ。
核問題が進展するほどに、日本が持つ切り札の意味合いは際立ってくる。大事なのは、北朝鮮の核申告を次の核放棄の段階につなげられるだけの実のあるものにすることだ。
高村外相がきのうの会見で、北朝鮮の行動に対する厳しい点検を米側に求める意向を示した。
日本外交の胆力が、いよいよ問われていく。