酒はやめたけれど、と六十余歳の福沢諭吉が自伝の中で嘆息している。<煙草はやみそうにもせず、衛生のため自らなせる損害と申して一言の弁解はありません>
若いころ、悪友にそそのかされて筋金入りの<喫煙者(たばこのみ)>になったという泉下の福翁もさぞかし目を丸くしているのではないか。
たばこの値段を現在の約三倍の一箱千円にしようという動きが永田町で急浮上している。先日、たばこ税の大幅な引き上げを目指す超党派の議員連盟も発足した。
禁煙促進と税収アップを図る「一石二鳥」の妙案と歓迎する一方で、早くも消費税の増税論議を先送りする狙いとの憶測を呼ぶ。肝心の増収効果もあいまいで、どこかうさんくさくもあるが、愛煙家にとっては紫煙の行方を左右するだけに気が気ではないだろう。
肩身は狭い。健康にも悪い。そのうえ家計にも響く。一服の誘惑と懐の具合と…。周りの顔色もうかがいながらのせめぎ合いが続くのならば、いっそわが身に吹きつける逆風を追い風にするのも一策かもしれない。
一箱七百円を超えると約半数が禁煙を決意し、千円になるとヘビースモーカーでも約九割が考えるという京都大の調査結果がある。禁煙には健康よりも罰金よりも価格を重視する傾向が強いことも浮かび上がっている。
財布の中で澄まし顔の福翁も、百年後の世相までは見通せなかった。
「幸」と「辛」はわずかに横棒一本の違い。朝刊に目を通しながらいま口にくわえているその一本を、思い切って吸い納めにしてみましょうか。
(編集委員・国定啓人)