昭和初期に発表されたプロレタリア文学の代表作が、現代の若者の間でブームになっているという。小林多喜二の小説「蟹(かに)工船」である。
中学生のころに読んで以来、三十数年ぶりにページをめくってみた。北洋でカニ漁と缶詰め作業に従事する乗員たちが、現場監督からの非人間的な扱いに怒り、闘争に立ち上がる姿が描かれている。
高度経済成長を経て、豊かな社会で育った今の若者が、戦前の労働者の過酷な境遇になぜ共感を覚えるのか。「自分たちの働かされ方と同じだ」という思いがあるとされる。
小説に登場する労働者は、さまざまな職場を転々とする中で船に乗り込み、そこでも使い捨てのような環境で働かされる。蟹工船ブームから読み取れるのは、日雇い派遣などが広がって職場が定まらず、将来不安を募らせる若者の叫び声かもしれない。
文芸春秋の七月号に、詩人・評論家吉本隆明さんの「『蟹工船』と新貧困社会…」と題する文が掲載されている。吉本さんは経済的な苦境や過労に対し、ちゃんとした給料が支払われていない不公平さを指摘し「前途がこのままではかなわないな、という絶望感。それが蔓(まん)延する状況をどうしたらいいのか」と問題提起する。
蟹工船ブームを社会がいかに受け止めるか。重い、重い問い掛けである。