掲載日: 2005年 10月 11日
All About独占取材/UFC 55〜TUF旋風吹き荒れる
UFC 55: Fury
2005年10月27日
コネチカット州アンカービル カジノ「モヒガン・サン」アリーナ
Photography by Dave MANDEL
10月8日米国コネチカット州アンカスビルのカジノ「モヒガン・サン」で開催された「UFC55」は、活字/ネットを問わない格闘技専門マスコミ排除を打ち出した異例の大会として話題を呼んだ。取材拒否の対象となった媒体の中には、長年、UFC報道を積極的に行って来たタブロイド紙「Full Contact Fighter」や全米トップシェアを誇るネットマガジン「Sherdog」までが含まれ、かつて活発に取材活動を行って来た記者達が、一斉にオクタゴンサイドから姿を消すといった異常事態となってしまった。
今回取材を許されたのは、一般記事も掲載する媒体のみ。我がBoutreviewUSAの取材陣は、ダメ元で申請したAll About名義での申請が認められ、辛くもその難を逃れた形になっている。(従って、今回の大会のレポートと写真はBoutreview本誌には掲載されない。)
本来取材拒否というのは、チェック機関の役割を務める第三者の視点を排除する動きであり、商業イベントとしてだけならともかく、スポーツ競技としての健全な発展を疎外するものである。我々ジャーナルサイドとしては、この不自然な状況を打開すべく、今後主催者のZuffa社の理解を求めていかねばならないだろう。
ただ取材拒否と言う措置の妥当性を一旦横に置いて、今回の事件が意味するところを考えてみると、非常に興味深い構図が浮上してくる。
今年上半期、UFCは過去十年でも最高と言える観客動員を誇る好調をみせている。PPVの売り上げも好調であるといい、かつて「喧嘩ショー」として全米を震撼させた1994年当時の勢いをも遥かに凌ぐ状況にあるという。長年アメリカでアンダーグラウンドスポーツに甘んじて来た総合格闘技に、ついにメジャー化の流れが巡っているのだ。
その最大の推進力となっているのが、昨年末からバラエティ専門のケーブルTV局であるSpike-TVで放映されている選手養成キャンプの様子をリアリティ番組のテイストで描いた「ジ・アルティメット・ファイター(TUF)」だ。
この番組は、折からのリアリティ番組ブームに乗って、一般視聴者の支持を得ている。一般人からはほど遠い“格闘家”という存在が、人間味丸出しの日常を晒して、最終的に栄光の舞台であるUFCまで上り詰めて行くというストーリー性が受けたのだろう。通常、恋愛絡み、金銭絡みの欲望丸出しの仕掛けばかりが先行して、実のところあまり後味の良くないのがリアリティ番組の辛いところだが、「スポ根もの」のフレームを援用してその生臭さを中和した「TUF」は、既に陰りが見えたと言われるリアリティ番組ブームの中でも、異彩を放つ成功例となったようだ。最近の家庭用スポーツゲームにもよく見られるような「育成ゲーム」の趣が、思いのほか同時代の支持を受けたのかもしれない。この春に放映された「TUF」第一シーズン最終回は、なんと全米で260万人が視聴したという。
この「TUF」の盛り上がり状況については、既に4月のAll Aboutのクローズアップ記事「UFC日本大会中止に見る“勝ち組”研究」でもお知らせした通りだが、番組第一シーズンの最終回、卒業生達による決勝大会の模様も好視聴率をマーク。
さらにその直後の4月16日にラスベガスMGMグランドで開催された「UFC52」も記録的な超満員となった。この大会のメインでは、TFUの若手ファイターのコーチ役としてレギュラー出演して名前を売ったランディ・クートゥアとチャック・リデルが一騎打ちを演じたことが、この追い風の原因となったらしい。
その後もフォレスト・グリフィン(「UFC53」)、ディエゴ・サンチェス(「UFC54」)らTUF卒業生が順調に本戦デビューを飾り、彼らを見たさにファンが会場を埋め尽くす“TUF現象”は今も続いている。
既に番組第二シーズンである「TUF-2」も佳境に入っており、前シリーズで決勝まで生き残ることの出来なかった“一軍半”の選手を中心としたTVのみのイベント「ULTIMATE FIGHT NIGHT : LIVE ON SPIKE TV!」も順調に回を重ねつつある。UFC本戦は今や、“育てゲー”ならぬ“育てTV”である「TUF」の、上位概念にあるライブイベントとして密接に連動し、“客を回し合う”構造を築き上げているのである。
選手のキャラクター自体を売り物にし、複数のテレビチャンネルを駆使した多重戦略でファンを楽しませる2005年型の最新コンセプトと比べると、オクタゴンの中の勝ち負けだけで完結してしまうこれまでのUFCは、TV番組としても、イベントとしても地味で、“金の匂いがしない”存在だったと言う他なくなってくる。
それは同時に、アメリカンプロレスの最高峰として、世界有数のメジャースポーツビジネスとなったWWEのビジネス手法をも連想させる。
リアルファイトとプロレスの違いこそあれ、アメリカンマットビジネスは、結局こうしたTVを軸としたキャラクタービジネスに収束して行くのがベストスタイルなのかもしれない。(ちなみに、WWEも取材には細かい規制を加えるので有名であり、例えば観客の視線を遮るという理由で、媒体のリングサイドでのカメラ撮影を認めない。)
そもそもUFCは、1990年代に盛んとなったペイパービュウビジネス用のコンテンツとして誕生した経緯があり、今回の“報道規制”も単に本来のTVメディア偏重のスタイルに戻ったと見れば、あながち不自然な話ではない。ただ、旗揚げ当時のUFCは、グローブも付けずに生コブシで殴り合う残虐性を売りにしており、暴力表現には不寛容なアメリカTV業界から“鬼っ子”扱いを受けて排斥されてしまった過去がある。PPV収益という本来のビジネススキームを失って経営危機に陥ったUFCは、“致し方なく”TV露出に頼らないハウスショー(興行)中心にシフトしていったのである。
「流行は十年で一巡りする」という法則が、ファッション界にはあるそうだが、今回UFCがSpike-TVの肝いりによって再びTV中心への戦略に転換した事は、“流行サイクル”が一巡した結果と解釈する事も出来る。その間の十年で、“過激な暴力ショー”から“コンペティティブスポーツ”へと競技面でも十分熟成したこともあり、今度こそ一般大衆に受け入れられるチャンスなのは間違いない。
だが、一般ファンを中心にしたTV放映中心主義にコンセプトに転換するとなると、邪魔になってくるのが、豊富な知識と観戦経験を持ち、試合に独自の“解釈”を付け加えていく、専門媒体やコアファンの存在だ。
これまでのように「ハウスショー」を軸としたマーケティングでビジネスを展開していくなら、チケットを買い求め大陸を横断してでも会場に足を運んでくれるコア層の支持は、絶対に必要なものであった。
実際、インターネットを中心に草の根で情報を仕入れ、アメリカでの普及が遅れているCS放送のPPVを録画したテープを回し合ってでも、このMMAの牙城を支持し続けたコアファンの求心力は、不遇時代のUFCを支える大きな原動力であった。
だが、「TUF」を契機に、UFCの放つ光に魅せられた“いちげんさん”達は、むしろ一過性のにぎやかな話題性や、折々の企画で一喜一憂する“拡散力”の波だ。
これまでとは明らかに違う購買特性をもったこの“新しいファン層”を楽しませようと言う戦略をUFC打ち出せば、自ずとオクタゴンの風景も変わるであろうし、過去に執着するコアファンの反発は必至である。マニアであるが故に、営業重視で組まれたマッチメイクや恣意的なタイトル移動には厳しく反発してみせたコアなファン達の“前のめりな情熱”と、今後UFCの向かおうとしているベクトルとは微妙に異なりつつある気がする。
今回の格闘技メディアに対する取材拒否を、即コア層の切り捨てと判断するのは早計かもしれないが、それでも総合的に情勢を見て行く限り、Zuffa側の「TUF中心」の展開方針はまず間違えない。これまであまりビジネス的には旨味の無い“MMA報道”を、あえて使命感で支えて来た格闘専門メディアを、まるでトカゲの尻尾切りのように捨て去ったUFCの手法は、今後彼らの向かおうとしている方向を、暗に指し示しているように思えてならない。
図らずも今大会では、かつてのティトと王座を争ったベテラン、エルビス・シノシックが、TUF出身の新鋭フォレスト・グリフィンにノックアウト負けを喫し、“TUF旋風”を象徴するような光景を現出させている。これからメジャースポーツの道を歩もうとする今UFCにとって、MMAマニアたちの存在は、昔年の名選手同様“決別すべき過去”となってしまったのだろうか?
僕としては、今後も、数少ない取材許可媒体であるこのAll Aboutの誌面を通して、劇的に変化しつつあるUFCの“今”を可能な限りリポートして行きたいと思う。
今回は、まずアメリカから届いた写真と結果速報をお届けする。次回は、現場取材にあたったBoutreview USAのフェルナンド・アビラ記者によるオクタゴンサイドレポートと、現地からのTUF現象の分析をお送りする予定である。期待してお待ち頂きたい。
2005年10月27日
コネチカット州アンカービル カジノ「モヒガン・サン」アリーナ
Photography by Dave MANDEL
かつてのライトヘビーで王座を争ったエルビス・シノシックも、「ジ・アルティメット・ファイター」出身の新鋭フォレスト・グリフィンの猛攻に散った。まさにオクタゴンを席巻する“TUF旋風”の猛威を象徴するような結末。このままUFC10年の流れはTUF一色に染め変えられて行くのか? |
10月8日米国コネチカット州アンカスビルのカジノ「モヒガン・サン」で開催された「UFC55」は、活字/ネットを問わない格闘技専門マスコミ排除を打ち出した異例の大会として話題を呼んだ。取材拒否の対象となった媒体の中には、長年、UFC報道を積極的に行って来たタブロイド紙「Full Contact Fighter」や全米トップシェアを誇るネットマガジン「Sherdog」までが含まれ、かつて活発に取材活動を行って来た記者達が、一斉にオクタゴンサイドから姿を消すといった異常事態となってしまった。
今回取材を許されたのは、一般記事も掲載する媒体のみ。我がBoutreviewUSAの取材陣は、ダメ元で申請したAll About名義での申請が認められ、辛くもその難を逃れた形になっている。(従って、今回の大会のレポートと写真はBoutreview本誌には掲載されない。)
本来取材拒否というのは、チェック機関の役割を務める第三者の視点を排除する動きであり、商業イベントとしてだけならともかく、スポーツ競技としての健全な発展を疎外するものである。我々ジャーナルサイドとしては、この不自然な状況を打開すべく、今後主催者のZuffa社の理解を求めていかねばならないだろう。
ただ取材拒否と言う措置の妥当性を一旦横に置いて、今回の事件が意味するところを考えてみると、非常に興味深い構図が浮上してくる。
今年上半期、UFCは過去十年でも最高と言える観客動員を誇る好調をみせている。PPVの売り上げも好調であるといい、かつて「喧嘩ショー」として全米を震撼させた1994年当時の勢いをも遥かに凌ぐ状況にあるという。長年アメリカでアンダーグラウンドスポーツに甘んじて来た総合格闘技に、ついにメジャー化の流れが巡っているのだ。
その最大の推進力となっているのが、昨年末からバラエティ専門のケーブルTV局であるSpike-TVで放映されている選手養成キャンプの様子をリアリティ番組のテイストで描いた「ジ・アルティメット・ファイター(TUF)」だ。
この番組は、折からのリアリティ番組ブームに乗って、一般視聴者の支持を得ている。一般人からはほど遠い“格闘家”という存在が、人間味丸出しの日常を晒して、最終的に栄光の舞台であるUFCまで上り詰めて行くというストーリー性が受けたのだろう。通常、恋愛絡み、金銭絡みの欲望丸出しの仕掛けばかりが先行して、実のところあまり後味の良くないのがリアリティ番組の辛いところだが、「スポ根もの」のフレームを援用してその生臭さを中和した「TUF」は、既に陰りが見えたと言われるリアリティ番組ブームの中でも、異彩を放つ成功例となったようだ。最近の家庭用スポーツゲームにもよく見られるような「育成ゲーム」の趣が、思いのほか同時代の支持を受けたのかもしれない。この春に放映された「TUF」第一シーズン最終回は、なんと全米で260万人が視聴したという。
この「TUF」の盛り上がり状況については、既に4月のAll Aboutのクローズアップ記事「UFC日本大会中止に見る“勝ち組”研究」でもお知らせした通りだが、番組第一シーズンの最終回、卒業生達による決勝大会の模様も好視聴率をマーク。
さらにその直後の4月16日にラスベガスMGMグランドで開催された「UFC52」も記録的な超満員となった。この大会のメインでは、TFUの若手ファイターのコーチ役としてレギュラー出演して名前を売ったランディ・クートゥアとチャック・リデルが一騎打ちを演じたことが、この追い風の原因となったらしい。
その後もフォレスト・グリフィン(「UFC53」)、ディエゴ・サンチェス(「UFC54」)らTUF卒業生が順調に本戦デビューを飾り、彼らを見たさにファンが会場を埋め尽くす“TUF現象”は今も続いている。
既に番組第二シーズンである「TUF-2」も佳境に入っており、前シリーズで決勝まで生き残ることの出来なかった“一軍半”の選手を中心としたTVのみのイベント「ULTIMATE FIGHT NIGHT : LIVE ON SPIKE TV!」も順調に回を重ねつつある。UFC本戦は今や、“育てゲー”ならぬ“育てTV”である「TUF」の、上位概念にあるライブイベントとして密接に連動し、“客を回し合う”構造を築き上げているのである。
選手のキャラクター自体を売り物にし、複数のテレビチャンネルを駆使した多重戦略でファンを楽しませる2005年型の最新コンセプトと比べると、オクタゴンの中の勝ち負けだけで完結してしまうこれまでのUFCは、TV番組としても、イベントとしても地味で、“金の匂いがしない”存在だったと言う他なくなってくる。
それは同時に、アメリカンプロレスの最高峰として、世界有数のメジャースポーツビジネスとなったWWEのビジネス手法をも連想させる。
リアルファイトとプロレスの違いこそあれ、アメリカンマットビジネスは、結局こうしたTVを軸としたキャラクタービジネスに収束して行くのがベストスタイルなのかもしれない。(ちなみに、WWEも取材には細かい規制を加えるので有名であり、例えば観客の視線を遮るという理由で、媒体のリングサイドでのカメラ撮影を認めない。)
そもそもUFCは、1990年代に盛んとなったペイパービュウビジネス用のコンテンツとして誕生した経緯があり、今回の“報道規制”も単に本来のTVメディア偏重のスタイルに戻ったと見れば、あながち不自然な話ではない。ただ、旗揚げ当時のUFCは、グローブも付けずに生コブシで殴り合う残虐性を売りにしており、暴力表現には不寛容なアメリカTV業界から“鬼っ子”扱いを受けて排斥されてしまった過去がある。PPV収益という本来のビジネススキームを失って経営危機に陥ったUFCは、“致し方なく”TV露出に頼らないハウスショー(興行)中心にシフトしていったのである。
「流行は十年で一巡りする」という法則が、ファッション界にはあるそうだが、今回UFCがSpike-TVの肝いりによって再びTV中心への戦略に転換した事は、“流行サイクル”が一巡した結果と解釈する事も出来る。その間の十年で、“過激な暴力ショー”から“コンペティティブスポーツ”へと競技面でも十分熟成したこともあり、今度こそ一般大衆に受け入れられるチャンスなのは間違いない。
だが、一般ファンを中心にしたTV放映中心主義にコンセプトに転換するとなると、邪魔になってくるのが、豊富な知識と観戦経験を持ち、試合に独自の“解釈”を付け加えていく、専門媒体やコアファンの存在だ。
これまでのように「ハウスショー」を軸としたマーケティングでビジネスを展開していくなら、チケットを買い求め大陸を横断してでも会場に足を運んでくれるコア層の支持は、絶対に必要なものであった。
実際、インターネットを中心に草の根で情報を仕入れ、アメリカでの普及が遅れているCS放送のPPVを録画したテープを回し合ってでも、このMMAの牙城を支持し続けたコアファンの求心力は、不遇時代のUFCを支える大きな原動力であった。
だが、「TUF」を契機に、UFCの放つ光に魅せられた“いちげんさん”達は、むしろ一過性のにぎやかな話題性や、折々の企画で一喜一憂する“拡散力”の波だ。
これまでとは明らかに違う購買特性をもったこの“新しいファン層”を楽しませようと言う戦略をUFC打ち出せば、自ずとオクタゴンの風景も変わるであろうし、過去に執着するコアファンの反発は必至である。マニアであるが故に、営業重視で組まれたマッチメイクや恣意的なタイトル移動には厳しく反発してみせたコアなファン達の“前のめりな情熱”と、今後UFCの向かおうとしているベクトルとは微妙に異なりつつある気がする。
今回の格闘技メディアに対する取材拒否を、即コア層の切り捨てと判断するのは早計かもしれないが、それでも総合的に情勢を見て行く限り、Zuffa側の「TUF中心」の展開方針はまず間違えない。これまであまりビジネス的には旨味の無い“MMA報道”を、あえて使命感で支えて来た格闘専門メディアを、まるでトカゲの尻尾切りのように捨て去ったUFCの手法は、今後彼らの向かおうとしている方向を、暗に指し示しているように思えてならない。
図らずも今大会では、かつてのティトと王座を争ったベテラン、エルビス・シノシックが、TUF出身の新鋭フォレスト・グリフィンにノックアウト負けを喫し、“TUF旋風”を象徴するような光景を現出させている。これからメジャースポーツの道を歩もうとする今UFCにとって、MMAマニアたちの存在は、昔年の名選手同様“決別すべき過去”となってしまったのだろうか?
僕としては、今後も、数少ない取材許可媒体であるこのAll Aboutの誌面を通して、劇的に変化しつつあるUFCの“今”を可能な限りリポートして行きたいと思う。
今回は、まずアメリカから届いた写真と結果速報をお届けする。次回は、現場取材にあたったBoutreview USAのフェルナンド・アビラ記者によるオクタゴンサイドレポートと、現地からのTUF現象の分析をお送りする予定である。期待してお待ち頂きたい。