岐阜県が誇る「飛騨牛」の偽装表示が明るみに出た。食のブランドは、生産から販売に至るチームプレーの結晶だ。一つの不正が全体の命取りになることを、業界は認識しなければならない。
岐阜県産の和牛を全国屈指の銘柄牛に押し上げたのは、たった一頭の種牛だ。名は「安福(やすふく)」。一九八一年、岐阜県に落札された兵庫県産の但馬牛である。
飛騨牛は、霜降り肉になりやすい安福号の血統を中心に確立された県内統一ブランドである。
県内で一定期間肥育された黒毛和種のうち、日本食肉格付協会が上位に格付けたものだけを、生産者や流通業者でつくる飛騨牛銘柄推進協議会が認定する。
産地としては後発だが、岐阜県の強力な後押しもあり、全国に名前が浸透し始めた。ここにきて、「丸明」(本社・養老町)という一販売業者の不正に足をすくわれてしまっては、高山市内で銅像になった安福も泣くに泣けまい。
飛騨牛ブランド躍進の契機は、牛海綿状脳症(BSE)騒動だった。明確で良質な血統に裏打ちされた「安全安心」という付加価値が、消費者の信頼を勝ち取った。
しかし、多くの関係者がこつこつと積み上げた「安全安心」への信頼も、飛騨牛ブランドへの人気も、一片の不信感から音を立てて崩れ去る。そのことをまず、業界全体で再認識すべきである。
店頭で小売りされる牛肉には、十けたの個体識別番号の表示が法で義務付けられていて、その種別や成育地などの生産履歴は、携帯電話から容易に確認できる仕組みもある。だがそれも、枝肉に加工されるまで、である。
「飛騨牛」という呼称は、あくまでも業界団体が定める「銘柄」にすぎず、法的に裏付けられるものではない。ブランドの価値を育てるのも、おとしめるのも、すべて業界次第である。業界への信頼なしにブランドへの信頼は成り立たないということだ。他のブランドも変わりなかろう。
雪印、ミートホープ、船場吉兆…。「食の不正」は必ず露見し、ブランドの命取りになりかねない。ただでさえ畜産業界は飼料の高騰、産地間競争の激化という、逆風のただ中にいる。
生産から流通、そして小売りまで、関連する業界がブランドの価値を支え、それに対する責任をより強く共有し、流通の透明性を消費者にアピールしていかないと、安福の子孫も生き残れない。
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