アサヒ・コム プレミアムなら過去の朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
大都市圏の一部で「地価バブルの再来」を心配する声が、昨年はあった。だが、地価の上昇は一つの峠を越え、杞憂(きゆう)に終わったようだ。
今年1〜3月、3大都市圏の主要地点調査で上昇地点が減った。東京圏、名古屋圏では、昨年ゼロだった下落地点が、今回わずかに現れた。
地価の相場観も大きく変化した。主要企業が1年後の土地取引をどう予測しているか、ことし3月時点で調査したところ、東京23区と大阪府で「不活発になる」とみる企業が「活発になる」を3〜4年ぶりに上回った。
先に発表された08年版の土地白書の内容だ。昨年までは「活発」が圧倒的だったのだから、様変わりである。
これには米国のサブプライムローン問題が影響している。米住宅バブルの崩壊で痛手を負った投資ファンドが、不動産投資を縮小させているからだ。その余波で欧州の一部でも不動産バブルの崩壊が心配されている。
ただし米欧にくらべ、日本がバブル崩壊という「いつか来た道」まで至らずに済みそうなのは幸運だった。白書はその要因を、企業と個人が「土地神話」を捨てて投資行動を変化させたため、と分析している。
いまは多くの企業が投機ではなく、実需や利用価値にもとづいて土地を売買する。電機メーカーの東芝が東京・銀座の一等地にある旧本社ビルを売って、他社から半導体工場を買う「入れ替え」をしたのもその例だ。
住宅やマンションでも、住まいとしての利便性や環境が評価されなければ、なかなか買い手がつかなくなった。こうした健全な投資行動を今後も損なわないようにしたい。
もう一つ大事なことがある。地価が全般として下落しないような状態に日本の経済を保つことだ。
買い手にとって地価は安い方がいい。バブル崩壊は住宅を手の届く価格にまで下げるプラス効果があった。
ただ、90年代から十数年も下落が続いたことは、企業経営と家計をむしばんだ。地価は経済状態を反映する。健全な成長と、それに見合う賃金と地価の伸び。そういうバランスのとれた経済を実現することが大切だ。
その点、日本が人口減少時代に突入したことは心配だ。国内の需要に頼っていたのでは、経済がしぼんでしまう。海外から人も資金もたくさん呼び込み、元気な市場にしないと健全な成長は期待できない。土地の利用や開発でも海外の力を活用したい。
長期低迷が続いたとはいえ、日本の不動産の総額は米国に次いでいまも世界第2位だ。海外から日本への不動産投資が昨年は約3兆円となり、アジアで抜きんでたトップだった。
バブルではなく、経済の実力で日本列島の価値を向上させていきたい。
「法の番人」から「野球好きの大使」へ。プロ野球のコミッショナーが4年半ぶりに交代する。
今月末で退く根来泰周(ねごろ・やすちか)さんは、元東京高検検事長で、公正取引委員会の委員長も務めた。
コミッショナーは最終決定権者だが、法的な権限にあいまいなところがある。プロ野球協約をそう解釈したせいか、指導力を発揮することに消極的だった。
就任早々から、近鉄とオリックスの合併に始まり、1リーグへの移行問題、それに反対する選手会のストライキと混乱が続いた。プロ野球界をじっくりと勉強する時間がなかったことには同情するが、解決に手腕を振るったとは言い難い。任期が終わった昨年からは代行職になっていた。
7月からトップに立つ加藤良三さんは根っからの野球好きだ。就任が承認されたオーナー会議の後、子供時代にもらったという元巨人軍の川上哲治さんのバットを披露した。川上さんや長嶋茂雄さんらの打率をそらんじてみせる。駐米大使時代には、戦前の大リーガーの話でブッシュ大統領と盛り上がったそうだ。
有能な官僚で、筋金入りの野球ファンであることは疑いようもない。
しかし、前任者から受け継いだ課題は、球界の構造に根ざすものばかりだ。巨人戦のテレビ視聴率低下が象徴する人気の落ち込み、スター選手の大リーグへの流出、赤字体質の球団経営などは、いずれも腰を据えて取り組まなければ、とても前進しない。
そのために、すぐに手をつけるべきことは多い。例えば事務局の機能強化だ。いまはコミッショナー事務局に加え、セ・パ両リーグの連盟があり、事務局は三つに分かれている。一つに統合し、名誉職に近いセ・パ両リーグの会長は廃止した方がいい。
球界の意思決定も素早くする必要がある。球団の実務担当者の会議は月1回程度だ。最終権限を持つオーナー会議は年数回しかない。コミッショナーの判断でいつでも会議を開き、方針を決めるようにしなければならない。
こうした改革をするには、コミッショナーが、問題を裁く「裁判官」から、球界の「最高経営責任者(CEO)」に変わるべきだろう。大リーグをはじめ、米国のプロスポーツは多くがこのかたちである。力を振るえるよう協約を整えることも大事だ。
まさか一部の有力球団の意向だけを配慮するようなことはないだろうが、本当に最高経営責任者として働こうとすれば各球団と対決せざるをえないことも覚悟しておいた方がいい。さらに地方の独立リーグや高校野球、学生野球まで含めた日本の野球全体の将来像をどう描くか。構想力と行動力が新コミッショナーに問われている。