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洞爺湖サミットを前に、福田首相は「今後10年から20年の間に、世界の温室効果ガス排出量を減少傾向に転じさせる」という考えを打ち出した。
このくらいのことは、地球温暖化を防ぐために、ぜひとも必要である。
だが世界の排出量のうち、京都議定書で削減義務を負う先進国の割合は3割にすぎない。全体の排出量を減らすためには、削減義務を負わない途上国の排出も減らしていかなければならない。中でも重要なのが「排出大国」に躍り出た中国だ。
■米国抜き世界一に
五輪開催が近づく中国の首都北京。突貫工事が続く会場の上に、どんよりした灰色の空が広がる。
巨大な製鉄所やコークス工場の市外への移転を進めたため、黒いばい煙は減った。しかし、それに代わって日に1千台前後のペースで自動車が増え、排ガスが空気を汚しているのだ。
中国の成長の勢いは止まる気配がない。国際エネルギー機関の推計によると、エネルギー消費の増加によって中国の二酸化炭素(CO2)排出量は日本の約4倍となり、07年には、ついに米国を上回り、世界一になった。
今のままだと中国の排出量は50年に米国の1.6倍に達する。地球環境産業技術研究機構はそう試算する。インドの排出量も、今は米国の2割だが、50年には米国の8割に迫る。先進国が減少に転じても、中国やインドが変わらない限り、50年の世界の排出量は半減どころか、2倍近くに増える。
地球温暖化を防ぐためには、なんとしてでも京都議定書後の枠組みに中国やインドが加わり、まずは排出抑制、そして早い段階で排出削減へとかじを切ってもらわねばならない。
中国では、胡錦濤政権も手をこまぬいているわけではない。原油高を受けて、エネルギーの浪費体質を改める省エネに一段と力が入ってきた。
06年から5年間にエネルギー消費効率を20%向上させる。そんな目標を地方政府や大企業に約束させ、達成できなければ、容赦なく幹部を降格させるという。小規模の石炭火力発電所には閉鎖命令を出している。
■中国も得する仕掛けを
しかし、その一方で、中国は外に向かっては国際的な排出抑制の義務を負うことを拒み続けている。言い分はこうだ。
地球温暖化は、先に経済発展した先進国によって引き起こされた。中国はまだ多くの貧困層を抱え、1人あたりのCO2排出量は先進諸国よりはるかに少ない。そもそも米国が京都議定書から抜けているではないか――。
途上国の立場を代弁する中国の主張はわからないわけではない。
国際社会もこれを受け入れ、92年調印の気候変動枠組み条約に「共通だが差異ある責任」の原則を盛り込んだ。これに基づいて京都議定書では先進国だけに削減義務を負わせた。
しかし、大量のエネルギーを取り込みながら進む中国やインドの急成長によって、事情は変わった。南太平洋の島々は水没の危機に直面し、アフリカ諸国は砂漠化の脅威にさらされている。これらの国々の将来は、中国などの行動にも大きく左右される。
だれが次の大統領になるにせよ、米国はブッシュ政権の温暖化政策を改め、世界と足並みをそろえそうだ。
ポスト京都議定書の枠組みづくりで、中国には「排出大国」としての責任を自覚してもらいたい。
とはいえ、一方的に中国に責任を押しつけるだけでは、ことは進まない。排出減の政策は成長の足かせになるどころか、逆に最新の技術や資金を呼び込み、経済発展につながる可能性を秘めている。それを日本を含む先進国が助け、支えていく必要がある。
脱温暖化を進めれば進めるほど得をする。そんな仕掛けを中国を舞台に築いていくのである。
■新しい発展モデルを
最近、国際社会で論議されているセクター別アプローチは、各産業ごとにエネルギー効率などをはじき出し、効率の悪い国には国際的な支援をしようというものだ。
日本の省エネ技術を活用すれば、中国の工場や発電所のCO2排出を大幅に減らせる。発電の7割を占める石炭火力への技術支援も急ぎたい。
国連が認める方式に沿って日中共同でCO2を減らせば、中国は技術や資金を手に入れ、日本は排出権を得られる。植林や廃棄物回収へと対象を広げれば、双方の恩恵も増すはずだ。
日本はCO2の分離・回収と地下貯蔵、エコカーなどの革新的な技術の実用化をめざしている。中国はこうした技術を使った「新しい発展モデル」をこそ追求すべきだ。後発者ならではの優位性を生かしてもらいたい。
もう一つの排出大国になるインドも課題は山積だ。シン首相は1人あたりの排出量を先進国の平均を上回らない水準に抑える考えを示した。これを手がかりに、先進国は支援を急ぎ、国際的な枠組みづくりに取り込みたい。
先進国と途上国という従来の二分法で世界を切るだけでは、新しい発展の道筋は見えてこない。「共通だが差異ある責任」の原則も、世界の現状を反映するよう改めねばならない。
「差異ある責任」でなく「共通の責任」を果たすために、中国やインドが第一歩を踏み出すことを期待したい。