容疑者が逮捕されないまま公訴時効を迎えた殺人事件が、過去5年間で241件あることが法務省のまとめで分かった。都道府県別数や事件内容は公表されないため、毎日新聞で調査した結果、時効成立後に、指名手配容疑者が名乗り出たり、別の窃盗容疑で公判中の男が自供したケースもあった。海外では殺人事件に時効がない国もあることから、時効制度の廃止を求める声も強まっている。(社会面に「忘れない『未解決』を歩く」)
犯罪白書によると、全国で殺人事件は1989(平成元)年以降、毎年1200~1300件発生している。法務省の検察統計によると、過去の殺人事件の時効件数は、03年48件▽04年37件▽05年44件▽06年54件。07年統計はまとまっていないが、過去5年で最多の58件になるという。
毎日新聞が07年分について、全国の支局を通じ都道府県警や地方検察庁に確認したところ、時効になった殺人事件が59件あった。警察の送検から地検の不起訴処分までに、年をまたぐことがあることなどから、1件の差があったとみられる。
時効が最も多かったのは、東京の19件。続いて愛知6件、北海道、埼玉、大阪が各4件。
92年に発生し、07年に時効が成立した事件には、▽東京都清瀬市の旭が丘派出所で巡査長(事件当時42歳)が刺殺されて拳銃が奪われる▽札幌市のアルバイト女性(同19歳)が自宅マンションで刺殺される▽栃木県足利市の食堂店員の女性(同28歳)が自宅で絞殺される▽埼玉県川越市のレストラン従業員女性(同20歳)が帰宅途中に刺殺される▽名古屋市西区のスーパーの男性店長(同63歳)が店内で頭を殴られる▽大阪市天王寺区の旅館で管理人女性(同64歳)が絞殺される--などがある。
時効成立後に容疑者が分かったケースは、北九州市小倉北区のタクシー会社社員強盗殺人事件(03年1月時効)。昨冬、指名手配された男が抹消された戸籍を再登録し、生存が発覚した。東京都昭島市の主婦殺害事件(同年11月時効)でも、窃盗罪で公判中の男が04年に殺害を自供した。
遺族側からの新たな動きも出ていた。札幌市西区の札幌信金女性職員殺害事件(05年12月時効)では昨年9月、遺族が殺人容疑で指名手配され所在不明の男を相手取り、約1億300万円の損害賠償を求める訴えを札幌地裁に起こした。被告不明のまま、7500万円の支払いを命じる判決が出ている。
今年は、来月7日、兵庫県伊丹市の女性(事件当時19歳)が焼殺された事件が時効を迎えるほか、▽8月には旧阪和銀行(本店・和歌山市)の副頭取(同62歳)が自宅前で射殺された事件▽10月には、青森県八戸市の中2女子(同14歳)が自宅で刺殺された事件が、解決しないと時効になる。
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■解説
刑事訴訟法に規定する公訴時効は、その存在が当然視され、法学者間でもその存廃についてあまり熱心に論議されてこなかった。長期間経過すれば、証拠が散逸し検察側、被告側の双方にとって立証しにくくなることや、容疑者への処罰感情が薄まることなどが理由だ。しかし、DNA鑑定など科学捜査が進歩した今、殺人など重要事件での時効はなくすべき時期に来ている。
約27年前のロス銃撃事件で、三浦和義元社長(60)=日本で無罪確定=が今年2月、サイパンで身柄拘束され、米国には殺人事件に時効がないことがクローズアップされた。州レベルでは、容疑者が特定できていなくても、体液などのDNAがあれば起訴できるところも増えているという。
未解決事件の多くの遺族にとっては悲しみや恨みに時効はない。時効制度に詳しい、諸沢英道・常磐大学大学院教授は「DNA鑑定など科学捜査が進歩し、事件から数十年たっても立証できるようになった」と、制度の廃止を主張している。時効まで約2年となった八王子スーパーナンペイ強盗殺人事件の遺族の処罰感情は、今も強い。捜査が長期間に及ぶ点は、捜査態勢を縮小すればいいだけで、時効があることに違和感を持つ捜査員も少なくない。
昨年59件の殺人事件が時効になっていながら、毎日新聞のデータベースでは14件しか記事はなかった。ほとんど忘れられたまま時効を迎えている事件も多い。それぞれの事件の遺族は人知れず無念をかみしめている。【石丸整】
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■ことば
犯罪から一定期間経過すると、刑事罰が消滅する制度。その後は起訴(公訴)されない。海外にいる期間は停止するが、指名手配中も発見されなければ成立する。理由は、(1)時間経過で証拠が散逸する(2)長期捜査は納税者の負担になる--などとされ、殺人罪は05年、15年から25年に延長された。
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■07年時効の殺人事件(件数)
北海道 4
青森 0
岩手 0
宮城 2
秋田 0
山形 0
福島 0
茨城 0
栃木 1
群馬 0
埼玉 4
千葉 3
東京 19
神奈川 0
新潟 1
山梨 2
長野 0
富山 0
石川 1
福井 0
岐阜 1
静岡 3
愛知 6
三重 1
滋賀 0
京都 3
大阪 4
兵庫 0
奈良 0
和歌山 0
鳥取 0
島根 0
岡山 0
広島 0
山口 1
徳島 0
香川 0
愛媛 0
高知 1
福岡 0
佐賀 0
長崎 0
熊本 2
大分 0
宮崎 0
鹿児島 0
沖縄 0
計 59
(本社調べ)
毎日新聞 2008年6月22日 東京朝刊