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阿曽山大噴火コラム「裁判Showに行こう」

自演してると思って誤爆しただけ

 先週は広島高裁に行ってきました。光市母子殺害事件の差し戻し控訴審目当て。片道の交通費を出してくれるって雑誌の編集者さんからの話があったので。

 わざわざ遠くまで来て撃沈するのもなんなので、以前に電話出演させてもらった地元のラジオ番組に抽選に並んでもらえないかお願いしたのですが、ここで既に撃沈。「広島に来るときは抽選に並びますよ」って言われたので甘えるつもりが、社交辞令かぁ。結局、その編集者さんと2人で並んでハズレ。倍率が27倍だから仕方ない。

 ってなわけで、公判内容はニュースや新聞での情報しかないんだけど、取り調べは撮影しないとダメだね。一番重要な証拠が密室で行われ、その審理は公開でって変な話だよ。取調べ室にカメラを常設しないのは検察官にやましい部分があるんじゃないかと勘ぐっちゃうよな。

 ついでに広島の本屋さんを何軒か回ったんだけど、俺の新刊「被告人、前へ。法廷ではじめて話せることもある」(河出書房新社)が1冊も置いてない! 売り切れたのか、最初から売ってないのか。いずれにせよ、仕入れてくれ、広島の本屋さん。

 さて、今回は9月19日に行われた小林一美被告人の裁判傍聴記。罪名は脅迫、威力業務妨害。

 今年2月、会社員だった小林一美(当時45)が、家族問題などに詳しい評論家の池内ひろ美さんを脅迫し、講演を中止させたなどして逮捕、起訴された事件ですね。調べでは小林は池内さんが昨年12月20日午後から名古屋市内の文化センターで講演することを把握し、同日午前2時頃、自宅のパソコンからインターネット掲示板2ちゃんねるに「一気にかたをつけるには文化センターを血で染めあげることです」などと書き込んで、池内を脅迫、講演を中止させた。

 調べに対し、小林は、池内さんのブログの内容について、「批判されているのに謝罪しないで、困らせてやろうと思った」と話したと報じられている。池内さんのブログは昨年10月19日の日記でトヨタ自動車の期間従業員とのやりとりを書いて、「職業差別だ」などのコメントが殺到し、炎上状態だった。

 本コラムのバックナンバー第7回(「弁護士泣かせ? 2ちゃん犯行予告男」)と第30回(「これぞプロの裁判官、感動の被告人質問」)でも取り上げている事件と同様。2ちゃんねるでの犯行予告。この手の事件は報道されないだけで、裁判はちょくちょく行われているんです。もう、ニュースで取り上げるほど珍しくなくなったってことでしょうかね。本件は被害者が有名人なんで大きく扱われたけど。

池内ひろ美さん
評論家の池内ひろ美さんも大迷惑

 まずは、4月27日に行われた初公判。被告人は罪状認否で、

 被告人 「書き込みをしたのは事実ですし、書き込みが元で講演が中止なったことは大変申し訳なかったと思います。しかし、池内ひろ美さんの生命、身体に危害を加えるつもりはありませんでした。中日文化センターで行われる講座を妨害するつもりはありませんでした」

 と、掲示板に犯行予告を書き込んだとこは認めて、実行するつもりは毛頭なかったという主張です。ここまでは、似たような裁判で被告人が同じことを言うのを何度も聞いているので何とも思わなかったんだけど、弁護人の言い分がすごい。

 弁護人 「事実関係は認めますが、書き込み自体に実行行為性がない、と。威力業務妨害の意志もない。よって、無罪を主張します」

 と、無罪主張です。今まで判例から見て、実効性がなくても有罪判決は出ているわけで。

 検察官の冒頭陳述には「教室に灯油をぶちまき、火をつければあっさり終了」とか「ババァとの遊びは終わり。本気でつぶしますので」「これは犯罪予告だ」などの書き込みもしていたとのこと。うーーん、十分、脅迫や威力業務妨害に該当するような気分。とにかく、この手の裁判で無罪主張は初めて見ました。

 そして、9月19日の公判。

 被告人の支援者が証人として出廷。「書き込みは脅迫に当たらないと思った」「匿名の誰かとのやり取りの中で出てきた書き込みで、池内さんが勝手に(講演の)仕事休んで業務妨害と言われても。批判的な意見にならざるを得ません」などの証言をしていました。次は被告人質問。まずは弁護人から。

 弁護人 「書き込みをしたのは間違いないですか」
 被告人 「書き込んだのは事実です」
 弁護人 「起訴状(と冒頭陳述)に書いてある書き込みは正しいですか?」
 被告人 「(要約されたり抽出されているので)文脈やその時の流れは違っています」

 そのままではないものの、自分の書き込みとおおむね同じのようです。

 弁護人 「“一気にかたをつけるには文化センターを血で染め上げることです”も書き込みについてですか」
 被告人 「(書き込む)その前に2ちゃんねるの参加者と言い争いになってまして。池内さんの(週刊誌で取り上げられたスキャンダルの)疑惑について、警察が動かないなどで。それで、その文を違うスレッド(話題ごとの掲示板)に貼り付けてしまった次第です」
 弁護人 「では“灯油をぶちまき火をつければ終了”は?」
 被告人 「例えばこうなったという、さっきの続きです」

 どうやら、スレッドを2つ同時に見てて間違って書き込んだらしいです。誤爆って言われているヤツですね。でも、他のスレッドに書き込もうとしてたってことなんだよな。

 弁護人 「“文化センターを血の海にしましょうか”は?」
 被告人 「血の海という表現は他の誰かの書き込みを引用しました」
 弁護人 「“これは犯罪予告だ”というのは?」
 被告人 「誰かが“犯罪予告じゃないか”と言うので、売り言葉に買い言葉で“犯罪予告だ”と。言い争いになってしまって、パソコンからとケータイからの書き込みがあって、自演しているんだと」

 すると、裁判官がよく聞こえなかったようで、

 裁判官 「え? 次元を越えてなんですか?」
 被告人 「いや、自演です、ジエン」

 1人で2人のように見せかける。自作自演のことを“自演”というようで。チンプンカンプンの裁判官に説明してました。とにかく、掲示板の中でケンカになって、アオられてこんな書き込みをしたということのようです。

 弁護人 「今後はどうしますか?」
 被告人 「池内さん、文化センターに迷惑をかけたと思っています。お詫び申し上げたいと思っております。ただ、池内さんの疑惑については、社会に迷惑をかけない程度で追求していきたいと思います」

 と、締めくくって終了。ん? これは無罪なんだという決定的な主張がないような。
 次は検察官からの質問です。これが被告人の乗ってる車や親から仕送りをもらってたことなど、事件とは関係のない質問ばかり。他にも、

 検察官 「現在保釈されているわけですが、2ちゃんねるに書き込みは?」
 被告人 「たまにしております」
 検察官 「池内さんに関するスレッドにも?」
 被告人 「はい」

 と、事件には直接関わりのない質疑応答。裁判官に対する被告人の心証を悪くする作戦か? そして、

 検察官 「(書き込みの)“証人尋問でババァ呼びますから”と。ババァって池内ひろ美さんですよね?」
 被告人 「はい」

 なんと、検察官が被害者をババァ呼ばわり。そして、やっと、本質的な質問です。

 検察官 「先ほど、弁護人からの質問で“文脈やその時の流れは違っています”と答えていましたが、意味は変わるんですか?」
 被告人 「意味は変わりませんけど、本気ではなく冗談を強調しています」
 検察官 「“<”を逆にした“>>”を文章の頭につけていますが」
 被告人 「レスアンカーをつけると、その人に特定して書き込んでるということです」
 検察官 「それを不特定多数の人が見ることは?」
 被告人 「当然あると思います」

 個人的にメールでやりとりしてるんじゃなく、誰もが閲覧可能なネット上の掲示板に書き込んでる認識はあったようです。最後は謝罪に関して。

 検察官 「池内さん。その家族、文化センターに対して謝罪はしてますか?」
 被告人 「いえ、今のところしていません」
 検察官 「裁判所で(罪状認否と弁護人からの質問の)2回謝っただけですね」
 被告人 「おっ、はい」
 検察官 「それでは裁判でのポーズと思われても仕方なんですよね」
 被告人 「いや、取調べでも言いましたけど」

 そういうことじゃないでしょ。さすがに検察官が意味が伝わっていないと思って、

 検察官 「直接の罪は?」
 被告人 「ありません」

 これにて終了。保釈されている状況で、2ちゃんねるに、それも池内さんに関するスレッドに書き込むって、どういう神経? 迷惑かけたと思ってても謝罪はなし。そして、今後は社会に迷惑をかけない程度に疑惑を追及する、と。なんだか不安。

 やっぱり、実行するつもりはなくても、「こういう書き込みをすること自体どうなのよ」って問題じゃないの? この手の事件は若い被告人が多いんだけど、本件は45歳だからね。物事の分別はつくだろうに。疑惑追及やブログの内容を批判する手段としては違うでしょ。今後ネットを規制するのか。人の良識を信じて、このままなのか。それにしても弁護人の無罪主張は理解できなかったなぁ。

阿曽山大噴火(あそざん・だいふんか)

阿曽山大噴火・写真

 本名:阿曽道昭。1974年9月12日生まれ、山形県出身。大川豊興業所属。趣味は、裁判傍聴、新興宗教一般。チャームポイントはひげ、スカート。裁判ウオッチャーとして数多くの裁判を傍聴。 月刊誌「創」に裁判傍聴日記の「アホバカ裁判傍聴記」を連載している。主な著書に「裁判大噴火」(河出書房)。

 パチスロはすでにプロの域に達している。また、ファッションにも独自のポリシーを持ち、“男のスカート”にこだわっている。定住する家を持たない自由人。パチスロと裁判傍聴で埋めきれない時間をアルバイトで費やす日々。



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