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震度6強以上の地震で倒壊する恐れのある校舎や体育館が1万棟ある。
こんな公立小中学校の調査結果が文部科学省から公表された。全体の1割近い建物が危ないことになる。子どもたちが日々過ごしている場所なので、早く手を打たなければならない。
四川大地震では、校舎が倒れた学校でわが子の遺影を手に地元の当局者に詰め寄る父母の姿が記憶に新しい。
岩手・宮城内陸地震では、揺れの激しかった地域にたまたま耐震性の弱い学校がなかった。しかし、地震の発生場所によっては日本でも中国と同じ惨状になる恐れがある。
ところが、多くの自治体は財政難を理由に耐震化に手をつけず、政府も見過ごしてきた。それが今回、四川大地震を目の当たりにして、ようやく国会が重い腰を上げた。
与野党が一致して、公立小中学校の補強工事について、国庫補助率を半分から3分の2に上げるための法改正を実現させた。さらに政府は地方交付税の配分を手厚くする。それによって、自治体の負担は全体の1割ですむ。
遅ればせながら、国会と政府が大胆な措置を講じたことを評価したい。
ここまでおぜん立てが整えば、あとは自治体の出番である。耐震化には1棟あたり5千万〜2億円かかるというが、もう逃げ口上は通用しない。待ったなしで取り組んでもらいたい。
これまでの自治体の対応には、首をかしげざるをえない例が目立つ。
財務省の調査によると、学校の耐震化を念頭に国庫から支出された交付金の約4分の1が、校庭の芝生化など耐震工事以外に使われているという。
耐震診断の進んでいない自治体があるのは大きな問題だが、なかには診断の予定さえないところもある。
驚くのは、耐震診断をしても、その結果を公表していない自治体が半分近くもあることだ。万一の時に子どもが通っている学校は大丈夫か。近所の学校に避難しても安全なのか。住民が知りたいのは当然のことだ。
それなのに、「いたずらに不安をあおりたくない」とはどういうことか。不安を解消するには、診断結果を公表し、きちんと工事するしかない。今回の法改正で、診断の実施と公表が義務づけられたのも遅すぎるぐらいだ。
阪神大震災で被災した学校のうち約700棟を調べたところ、15棟が倒壊していたというデータもある。阪神大震災は早朝だったが、子どもが学校にいる時間帯に起きていたら、中国と同じ事態になっていたのである。
もちろん、危ないのは学校だけではない。全国の病院でも耐震強度を満たす施設は4割に満たないという。
財政難の中、予算をどう使うか。それは優先順位の問題だ。道路も大事だろうが、住民の命に勝るはずがない。
何度つまずいても、統合の歩みを止めるつもりはない。欧州連合(EU)の首脳会議が、リスボン条約の実現に向けて努力を続ける方針を決めた。
巨大な組織になったEUの意思決定を効率化し、「EUの顔」となる大統領ポストをつくる。こうしたEU改革を目指すのがリスボン条約だ。
この条約を批准するかどうかが問われたアイルランドの国民投票で、「ノー」が53%を占めた。一つの国でも批准を拒めば、条約は発効しない。
3年前、フランスとオランダが国民投票でEU憲法条約を否決したのと同じ展開だ。リスボン条約はこの憲法条約を手直ししたものだ。衣替えで何とか骨格を再生させようと狙ったのだが、これもつまずいてしまった。
しかし、これで統合深化の流れが頓挫するかといえば、そんなことはない。加盟27カ国のうち、すでに19カ国が議会承認など批准への手続きを済ませた。首脳会議では、残る国々についてもこのまま批准作業を進めていくことを確認した。
域内人口は5億人近い。単一通貨ユーロが流通し、人の動きもどんどん自由化されている。人々の暮らしにかかわる規制や法律などの多くはEU基準で決められている。もはや後戻りはできないということだろう。
地球温暖化対策や通商などの国際交渉でEUは大きな指導力を発揮しているし、外交・安全保障でも米国と並ぶ一つの極として存在感を増している。
欧州統合の歩みは、これまでも加盟国の国民投票によってしばしば妨げられてきた。大急ぎに走るEUと、それについていけない国民との摩擦熱とでもいうべきか。
人口430万人の小国アイルランドはかつて貧困に苦しんだが、EUからの補助金をてこに経済成長を遂げた。その国民が「ノー」と言う。
与野党の大半は賛成だったが、多くの国民が「条約がよくわからない」と世論調査で答えていた。反対派は「条約ができれば、中立外交や低い法人税といった伝統的な政策の放棄を迫られる」と訴えた。
EUの外交や税制は主権が尊重される分野であり、反対派の主張の根拠は薄い。ところが国民の間には、統合が自分たちの独自性を押しつぶすのではないかとの不安がある。国民投票ではそんな草の根の感情が噴き出したのだろう。
残りの加盟国で批准の手続きを進めつつ、アイルランドをどう説得していくか。国民の不安に応えるような決議をEUとして採択するなど手を尽くしたうえで、再び国民投票にかけるよう求める声が早くも出ている。
ここは時間はかかっても、アイルランド国民の理解と支持を得る地道な努力を続けるしかあるまい。