政府が医師養成政策を転換して大学医学部の定員を増やす方針を打ち出した。舛添要一厚生労働相の研究会がまとめたビジョンは「医師の勤務状況は過重で総体として医師数を増やす方向とする」と明記した。
医師不足はいくつもの要因が複雑に絡み合った結果だ。僻地(へきち)などで勤務する産科医や小児科医の絶対数不足、過酷な仕事を強いられる病院勤務医の開業志向の強まり、家庭生活と仕事との両立に悩む女医の増加――などが挙げられる。
こうしてみると、国が旗を振るだけでは解決がおぼつかない課題も少なくない。いま医学部定員を増やしても、一人前に育つまでに10年程度を要するし、財源をどう確保するかという難題もある。真に医療を必要とする地域や人に十分な医療を届ける体制を築くには、都道府県や地域の医療関係者が主体となり、きめ細かな対策を工夫する必要がある。
医学部定員に関する政府見解は1997年の閣議決定にある「医学部の整理合理化も視野に入れつつ、定員削減に取り組む」というものだ。その後、昨年の骨太方針に盛り込まれた緊急対策などで、最大395人の定員増が可能になった。今回のビジョンは97年の閣議決定を見直して医師養成数を増加させると、はっきり示したのが特徴だ。
経済協力開発機構(OECD)によると、日本の人口1000人あたりの医師数は2.0人(2004年)で、米英の2.4人(05年)や独仏の3.4人(同)より少ない。その観点からは、定員増という政策転換に一定の意義はあろう。
だが総数を増やすだけでは僻地や離島を含めて真に医療を必要としている地域に医師が戻ってくる保証はない。そもそも医師国家試験の合格者数は年間8000人弱だ。引退者や死亡者を引いても毎年4000人程度も純増している。やはり医師の都市集中という構造問題をどう解きほぐしていくかが大きな課題になろう。
例えば、知事の主導で一定期間の僻地勤務を条件にした県立医大などの学費優遇をもっと広げるべきだ。診療報酬政策にめりはりをつけて僻地勤務医の待遇を高め、都市部の開業医は下げる大なたも必要だ。女医が多い産科・小児科を抱える病院は、短時間勤務の制度化など企業が取り組み始めた育児支援策を見習ってほしい。外国人医師が診療できるような規制改革も推し進めるべきだ。
医師不足は医療提供側だけの問題ではない。風邪を引いた程度で大学病院の外来に駆け込むような患者にも行動の自制が求められている。