昨年の自殺者が3万3093人を数え、10年連続で3万人を超えたことが警察庁の統計で分かった。10年間に県庁所在地の人口にも相当する30万もの人が、生きる希望を失って命を絶ったことになる。冷厳な事実に、胸が締め付けられる思いがする。
10万人当たり25・9という自殺率は先進国の中で突出している。宗教観や死生観の違いがあるとしても、一種の社会病理現象と考えねばならない。政府が今年2、3月に実施した意識調査でも、約2割が「本気で自殺を考えたことがある」と回答し、関係者を驚かせた。とくに30歳代で約28%を占めるなど若い世代で自殺を考える人が多く、改めて社会のあり方が問われる結果となった。
この調査では、6割近くが映画やテレビドラマが自殺を美化している影響を指摘したことでも注目された。私たちの意識のどこかに自殺への寛容さがあるとするなら、まず、意識改革が必要なのかもしれない。
警察庁の統計は、自殺者の7割の原因、動機を特定した。健康問題が約63%で最も多い。とくに精神疾患に起因する自殺が目立ち、うつ病関係だけで6000人を超している。心の病への偏見や理解不足を解消し、早期の治療を促進すれば救える命も増えそうだ。
60歳代以上が約37%を占め、さらに増加を続けていること、50歳代の自殺率が最も高いことなどからは、老後への安心感が重要なポイントと言えるようだ。職業別で約58%が無職だったことなどと考え合わせれば、自殺の背景に政治の責任があることは否めない。
自殺者の7割が男性で、30年前と比べ約1・8倍に増加したのに対し、女性は約1・2倍の微増にとどまっていることも特筆に値する。性差の原因を分析することで、対策上のヒントが得られるのではないか。
政府は一昨年、自殺対策基本法を制定し、関係省庁などが連携する体制が作られたが、対策の現状はまだまだ不十分だ。練炭を使った集団自殺や硫化水素による自殺が連鎖現象を招くなど自殺のメカニズムには不可解なことが多く、実効ある対策を講じにくい面があることも確かだろう。
しかし、自殺率1位の汚名返上に力を入れた秋田県での自殺者は、昨年は417人で一昨年より76人減り、自殺率も6ポイント強下がった。多重債務問題をサポートする活動などが奏功したといわれている。自殺直前の1本の携帯メールが、思いとどまらせたケースもある。全国の電話相談窓口も成果を上げつつあり、悩みや不安を聞くことで、かなりの自殺願望者を思いとどまらせることが可能とも考えられる。
自殺予防には、何より人と人の結びつきを密にすることが大事ではないか。孤立感を深めている人はいないか、身の回りを点検することから始めたい。
毎日新聞 2008年6月20日 東京朝刊