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必要なサービスを保障し、国民の安心と安全を確保するための「社会保障の機能強化」に重点を置くべきだ――有識者らからなる社会保障国民会議の中間報告は、そう提言した。
これに先立ち、厚生労働省も「安心と希望の医療確保ビジョン」で、医師不足への対策を打ち出した。
小泉内閣以来の歳出削減で、社会保障に無理が生じてきた。医師や介護の担い手の不足が深刻なので、もっと人も予算も増やそう。そうした提言が政府の内側から相次いでいる。どれも国民が不安を感じている問題だ。
福田首相も、福祉財源として消費税を増税することについて「決断しなければいけない、大事な時期だ。高齢化社会を考えると、道は狭くなってきている」と述べた。
必要な医療・介護を支えるには増税論議を避けられないと腹をくくったのか。そう思ったら、直後に「そういうつもりで言ったのではない」とも語っている。
ここで一石を投じておき、秋に向けて増税を論議する雰囲気を徐々につくっていこう。もしかすると首相はそう考えているのかもしれない。
しかし、増税は与野党が激しく対立し、内閣の命運がかかる大問題だ。首相がこんなにあいまいな姿勢では、前に進んでいくと思えない。
現に、首相が姿勢を不透明にしているから、社会保障の将来構想を示すはずの社会保障国民会議の論議も混迷気味だ。主要先進国なみに医療や介護への支出を増やすべきだという主張と、さらなる効率化や歳出削減が先だとの反論が入り乱れている。
病床当たりの医師や看護師の数が、日本はG7諸国の中で最下位だ。介護職員は今後10年間、毎年4万〜5.5万人ずつ必要になる見通しだ。
医療や介護を充実させ高齢化が進んでいけば、政府の支出も増える。一方でいくら予算の無駄を削っていっても、いずれ社会保障を支えるために増税が必要になるだろう――。そうした考え方は理解できる。
来年度中には、基礎年金の国庫負担を3分の1から2分の1へ引き上げるための財源も確保しなければならない。増税問題は避けて通れない局面にきている。
だとすれば、福田首相は方針をはっきりと打ち出すことだ。
地方分権を進め、公務員制度を改革する。無駄遣いをなくし、政策に優先順位をつけて予算全体の配分を変える。それでも足りない分は増税を考える。それらをセットにして目標を明示し、政府・与党のかじ取りを定めないことには、迷走するばかりだ。
国民が聞きたいのは首相の本音である。首相が率直に語ることで、次期総選挙の争点も明確になるはずだ。
愛知県西尾市の大河内祥晴(よしはる)さん(61)が、中学2年の次男清輝(きよてる)君(当時13)をいじめによる自殺で亡くしてから14年になる。
「もっと子どもの気持ちを知っていれば、助けてやれたのに」。そんな悔いが報じられると、いじめに悩み死を思う全国の子どもや親から千通を超える手紙が届いた。いまも中学生が訪ねてくる。深夜、引きこもりの青年から電話がかかってくる。
なぜこんなに多くの人が苦しみ続けなければならないのか。大河内さんは、やり切れない気持ちになる。
清輝君の死の4年後、この国の1年間の自殺者が3万人を超えた。昨年の自殺者も警察庁のまとめで約3万3千人とわかり、10年連続して3万人を上回ったことになる。
死者30万人。東京の新宿区の住民がそっくり消えたのと同じだ。10年前、政府も対策に乗り出したはずなのに、なぜ効果が上がらないのか。
その大きな原因は、うつ病や職場のメンタルヘルスといった個人の精神疾患対策に偏っていたことだろう。
死を選ぶ直前は、心の病だったかもしれない。しかし、さかのぼれば、多重債務や過労、いじめといった社会的な要因があり、身体の病気から心のバランスを崩すことも多い。そうした自殺の背景に踏み込んでいなかった。
その点で、内閣府が昨年初めて作った自殺対策白書が興味深い。冒頭で「個人の問題ととらえていた」「遺族支援策がほとんどなかった」と率直に過去の政策の誤りを認めている。
政策を転換させたのは、人々の力だ。2年前、遺族やNGOが10万人署名を突きつけ、議員立法で自殺対策基本法ができた。10年遅れで政府はようやく総合的な対策にとりかかった。
自治体はすでに動き出している。
自殺率全国2位の秋田県では、県警が毎月の自殺者数を公表し、警鐘を鳴らす。県も市町村長や議長に対策を訴え、全市町村で取り組みが始まった。岐阜県はボランティアに頼み、県の施設を使って、予算ゼロで無料の多重債務相談会を次々に開いた。
47都道府県で遺族支援の連続シンポジウムを開催したNGOもある。
むろん、成果はすぐには出ない。遺族から徹底的に聞き取り調査をして対策を取ったフィンランドでも、自殺率を30%減らすのに10年かかった。
今回、警察庁は年代別、職業別に初めて細かな原因分析を公表した。自分の地域はどんな原因が多いのか。各県ごとに情報が手に入るようにし、関係機関に対策を練ってもらいたい。
大河内さんは昨年、市教育委員会のいじめ相談員になった。「自分は過ちを犯した。悩んでいる人の話を聴いてあげたい」という。そうした社会の輪も広げていきたい。