社 説

医学部定員削減撤回/医師不足論議の土俵できた

 医師不足解消に向け、政府がかじをやっと反転させる。将来の医師過剰や医療費増大の懸念などから大学医学部の定員削減に取り組むとした1997年の閣議決定を撤回。医師養成数を増やす方針に転換するという。

 今の医師不足は定員削減方針のツケともいえる。地方自治体からの度重なる要望に聞く耳を持てば、厚生労働省が認識を改める機会は幾度となくあった。「医療崩壊」と表現される地方の惨状を見れば、遅きに失したと言わざるを得ない。

 もっとも、医師不足問題の根本的な解決には医師の絶対数を増やす必要がある。その意味では当然すぎる決断だ。

 ピーク時8280人(1984年度)で7625人(2007年度)にまで削られた医学部の定員をいつから、どの程度増やすのか。政府の対応を注視していきたい。

 ただ、医学部1年生が医師として活躍するには約10年かかる。定員増は遅効性の薬だ。中期的な展望を開いたにすぎないとはいえ、医師不足を論議する“くびき”は外れた。将来を見据えて、いま何をすべきかを早急に議論しなければならない。

 必要なのは過重労働を強いられる勤務医の負担を軽減し、医師不足が深刻な診療科や地域医療に医師を適正配置するための「即効薬」だ。住民が、より身近でより質の高い医療サービスが受けられるよう、医療体制の再構築が求められている。

 医師不足が地方で広く表面化したのは、2004年度に始まった臨床研修制度が要因だ。

 従来は出身大学の病院で研修してきた新人医師が、症例の多い都市部の民間病院を研修先に選び2年間の研修後に大学に戻らないケースが増加。このため大学が地方の公立病院に派遣していた医師を引き揚げた結果、地方病院で医師が不足し診療科の休診や縮小につながった。

 勤務がきつく訴訟リスクも高いため、以前から不足が指摘されていた産科が大きな影響を受けた。小児科や救急医療でも事態は深刻。朝から診療しそのまま当直に入り翌日も通常勤務というのも珍しくない。

 過重労働は医療事故のリスクを高めるだけでなく、患者一人一人に十分対応できず、医療サービスそのものの低下を招きかねない。

 厚労省は、こうした医師の地域間格差と診療科間格差を是正するため、医療確保ビジョンをまとめた。

 柱の一つは臨床研修制度の見直し。地方の病院を希望する研修医が増えるよう研修先病院の選定基準を改める。もう1つの柱は今や医師試験合格者の3分の1を占めながら出産を機に退く女性医師の職場復帰策。育児と仕事の両立を図れるよう短時間勤務制度を導入するという。

 予算を確保し、しっかり取り組んでほしい。が、そのビジョンで十分か。医師不足の診療科に誘導するため診療報酬の見直しは必要ないか。勤務地選定を若手医師の自由に任せたままで果たして地方で医師を確保できるのか。医療を受ける住民の目でビジョンを点検してみたい。
2008年06月20日金曜日