刑事裁判に市民が加わる「裁判員制度」の開始(来年五月)まで一年を切りました。被告の刑事責任能力を焦点に、自分が裁判員になったと想定した場合、判断に迷うような二つの裁判が、四月から五月にかけ相次ぎ報じられました。
殺人、死体遺棄罪などに問われた女性被告に対し、東京地裁は刑に問えない心神喪失とした精神鑑定を採用せず、「犯行時は責任能力があった」と懲役十五年の実刑を言い渡しました。
一方、傷害罪など四つの罪に問われた男性被告について、横浜地裁は刑事責任能力を認めた精神鑑定を退け、妄想や意識障害を理由に覚せい剤使用以外の起訴事実を無罪としました。
刑法第三九条は、?心神喪失者の行為は、罰しない?心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する―と規定。二つの裁判は犯行当時の責任能力の有無について専門医の判定をいずれも逆転し、精神鑑定の難しさをあらためて示しました。
「専門家が行った精神鑑定の意味はどこに」。この疑問を岡山大法科大学院の萩原滋教授(刑法)に聞くと、「多くはないが、同様のケースはある」とした上で、「要は鑑定報告に合理性があるかどうか。裁判員制度では、その判定が裁判員に求められることになる」との説明を受けました。
最高裁は四月、「鑑定医の意見は十分尊重すべき」との初判断を示しました。精神鑑定の評価はプロの裁判官でも難しいだけに、基準や用語、診断根拠などを分かりやすくする工夫なくしては、市民裁判員にとって大きな壁となりかねません。
(社会部・中田秀哉)