その少年が街の将棋クラブに通っていた時につくった詰め将棋の中には、飛車が三枚あった。指導者が「これは将棋じゃない」としかると「飛車が三枚ないと詰まないんだもん」とケロッとしていた。
大矢順正著「羽生善治 頭の鍛え方」には、将棋界を代表する棋士になった羽生さんの幼いころの逸話がいろいろ登場する。指導者がどんなに強い人と対戦させても不平、不満は漏らさず、敗れても負け惜しみを言わない。「惜しかったね」と慰めたら「また勝てばいいもん」と平然としていたという。
羽生さんが今回の名人戦で勝利を収め、大山康晴、中原誠さんらに続き六人目の永世名人の座についた。名人位を通算で五期獲得しないと得られない価値ある称号だ。
あと一期と迫った際には時間の問題とされたが、五年もかかった。同世代の棋士らの台頭で苦戦を強いられたが、「また勝てばいい」の心で辛抱したのだろう。
羽生さんの魅力は強さに加え、勝負師らしからぬ庶民的な風ぼうが挙げられる。数年前、倉敷市で対局があった羽生さんを取材した記者が「後ろの髪が寝癖でピンとはねていた」と喜び、即座にファンになったのを思い出す。
羽生さんはまだ三十七歳。永世名人として四十、五十代にどんな勝負を見せてくれるか。楽しみが増した。