大阪市で診療所を営む男性医師は、70代の女性患者に聞かれた。
「薬、捨てていいですよね」
高血圧や腰痛などの持病があり、病院で各診療科を回って大量の薬をもらってきたという。既に診療所で処方した薬ばかり。男性医師は「日ごろは近くの診療所を利用するが、いざという時に大病院へ入院できるようにと、診察券をもらうために大病院も受診するというお年寄りは結構いる」と説明する。
同市内のクリニック院長は最近、疑問に思うことがある。検査のため別の診療所に患者を紹介すると、不要な検査をされることが増えたのだ。血液検査の結果を添えて胃カメラを依頼したのに、血液検査もされる。内視鏡検査が上手な開業医に患者を紹介したところ、血液検査や超音波検査などで約1万円もかかったと苦情を言われたこともある。
開業医が専門を生かして連携すれば、患者の利益になると思っていたが、検査過剰にもつながった。「診療所も収益を上げないといけないのだろうが……」。納得がいかない。
■ ■
日本と同様の低医療費政策を続けた結果、医療が崩壊した英国では00年、ブレア政権が医療費の1・5倍増を打ち出した。しかも、単に増やすだけではなく、国立最適医療研究所(NICE)などを設置し、効率性も追求する仕組みにした。
大手製薬会社エーザイ(東京都文京区)に05年3月、その英国から想定もしていなかった知らせが届いた。同社のアルツハイマー型認知症治療薬「アリセプト」について、NICEが軽度の患者への使用制限を打診してきたのだった。
アリセプトは97年に発売。アルツハイマー型認知症の進行を遅らせる効果があり、この分野では世界トップシェアを誇る。07年には世界で2910億円を売り上げ、同社の主力商品の一つだ。
同社側は効果のデータを出したが、NICEは06年に発行した治療指針で「軽度の患者に対しては費用対効果が十分ではない」と、新規の軽度の患者には英国の公的医療制度であるNHSでの使用を認めないことにした。同社側は英国の裁判所に指針作成プロセスの開示を求め、主張が認められたが、現在は開示待ちの段階で、使用制限は継続している。
■ ■
日本には、英国ほど厳しく費用対効果を追求する仕組みはない。
インフルエンザ治療薬「タミフル」。症状発現から2日以内に使えば1日程度早く回復させる効果があるが、インフルエンザの多くは自然治癒する。医師向けの文書には「すべての患者に必須ではないことを踏まえ、患者の状態を観察し、使用の必要性を慎重に検討すること」とある。
だが、大阪市の内科クリニック院長は「医師も患者も保険が利くからどんどん使う。どれだけの効果があるのかなと思いながら出している」と漏らす。福岡県の勤務医も「タミフルを多くの人が知る現状では、処方しないわけにはいかない」と明かす。
01~05年に日本で処方されたタミフルは、全世界の使用量の7~8割を占めた。=つづく
==============
ご意見、ご感想をお寄せください。ファクス(03・3212・0635)、Eメール t.shakaibu@mbx.mainichi.co.jp 〒100-8051 毎日新聞社会部「医療クライシス」係。
毎日新聞 2008年6月19日 東京朝刊