人にはそれぞれ、人生を決定づける転機があるものだ。岡山ゆかりの染色作家柚木沙弥郎(さみろう)さんの場合は、倉敷市の大原美術館で八カ月ほど働いた経験がきっかけだった。
復員後、同市玉島の父の実家に身を寄せていた一九四六年のことだ。当時の武内潔真館長を通じて、柳宗悦の民芸論に出合う。そして、後に師となる型絵染の人間国宝・芹沢介の作品に魅せられ、染色の道を志すことに。
そんな柚木さんの六十年余に及ぶ創作活動の歩みを紹介する特別展が岡山県立美術館で開催中(二十九日まで)だ。屏風(びょうぶ)や着物、のれん、一枚布などに見る型染作品の魅力は、鮮やかな色彩と機知に富んだ明快な文様にある。
抽象と具象を織り交ぜた軽妙な表現は、民芸を基盤としながら独自の輝きを放つ。仕事の領域は染色にとどまらない。絵本の挿絵や版画、人形、立体造形…と実に多彩。のびやかで、創造する喜びがほとばしるようだ。
柚木さんの祖父・玉邨は南画家、父・久太は洋画家として知られた。同美術館で同時開催されている「柚木家をめぐる画家たち」を見れば、その豊かな美の系譜に触れることもできる。
八十五歳の今も現代人の生活に潤いを与える作品をつくり続ける柚木さん。岡山の文化的土壌が才能を開花させた作家の一人といえるだろう。