【台北=野嶋剛】沖縄・尖閣諸島海域で台湾の遊漁船が日本の巡視船と衝突、沈没した問題で17日、台湾は抗議目的で検討していた同海域への軍艦派遣を中止した。与党国民党の反日・中華ナショナリズムに押されて一時強硬対応に傾いた流れを、馬英九(マー・インチウ)総統が押しとどめた形だ。だが、一連の騒動で「対日関係重視」を公約する馬氏の政権掌握力にも、疑問符がついた。
「日本も一定の善意は示した。良好な台日関係に影響を与えてはいけない」
17日、沈没後初めて会見した馬総統は同諸島を「中華民国(台湾)の領土」と主張。日本の公式謝罪と沈没した船の賠償を求める一方、同海域を巡る漁業権問題の解決を目指し、今後は平和的な「外交交渉」が必要だと訴えた。
対日強硬姿勢をリードしたのは8年ぶりの政権復帰で勢いづく与党国民党の立法委員(国会議員)たちだ。
軍艦の18日派遣を目指した強硬派の立法委員らに対し、自衛隊との衝突やいっそうの日台対立を懸念した馬総統サイドが再考を促す一方、日本の在台窓口「交流協会」の池田維代表も17日朝、王金平・立法院長に慎重な対応を要請。「最悪の状況」(日本外交筋)はぎりぎりのところで回避された。
日本と台湾の間で尖閣諸島の領有問題は「地雷」そのものだ。台湾漁船が同海域などで海上保安庁に拿捕(だほ)され、多額の罰金を科されるケースが多発。対日重視の民進党前政権では表面化しなかったが、今回の沈没事故は、抗日戦の経験を持ち、歴史・領土問題に敏感な国民党強硬派に「漁民の権利保護」という名目の日本攻撃の材料を与えた。
日本側の対応にも慎重さを欠いた面がある。発生直後、海保は遊漁船船長に全面的な事故責任があるかのように発表。その後謝罪したものの、当初の主張が台湾メディアに繰り返し引用され、台湾世論の反発に拍車をかけた。
ただ、日本側が遊漁船船長の釈放など沈静化に動く一方で、台湾は駐日代表を召還、海巡署(日本の海保に相当)の巡視船が活動家の船とともに日本領海に侵入した。こうした強硬路線が続いた背景には「馬政権の外交・安全保障チームが機能せず、政権内の意思決定が乱れたため」(外交筋)との指摘もある。
馬総統は若い頃、尖閣諸島問題で日本への抗議運動に加わり、「日本と一戦を辞さず」と発言したこともある。日本への「弱腰」な姿勢は強硬派から批判されるため、率先して冷静な対応を求めにくい立場に置かれ、事態収拾が遅れる一因になった。
馬政権誕生後、9年ぶりに中台対話が復活し、対中関係は急速に進展した。尖閣諸島問題では中台とも日本の領有権を認めない立場は同じ。このため保守派の一部には「連中抗日(中国と連携して日本に対抗する)」との意見も活発化している。