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医療クライシス:脱「医療費亡国論」/2 公的保険、限定論

 ◇低所得者、置き去り

 「国民健康保険に入れていれば、医療費を心配せずに、もっと早く病院に行くことができた。ひどくならずに済んだのに……」

 東京都内の病院に入院中の60代男性患者は、おなかのストマ(人工肛門(こうもん))に取り付けられた排せつ物用の小袋を見せながら悔しそうに語った。男性は都内で1人暮らし。約25年前に経営していた会社が倒産してからは、とび職などをしながら生計を立てていた。しかし、国民健康保険に入れず、無保険の状態が続いていた。

 約5年前、突然下痢が続くようになった。症状は次第に悪化し、1時間おきにトイレに行くまでになった。約3年前からは頻尿になり、夜も落ち着いて眠れない。両足もパンパンに腫れだし、歩くのも困難な状態に陥った。男性は「保険がないので病院に行くのを我慢し、市販の薬でごまかしていた」と振り返る。

 今年3月、ついに我慢できなくなり、給料から10万円ほどためて近くの診療所を受診した。検査の結果、転移性の肝臓がんと判明し、直腸にもがんが見つかった。他にも前立腺肥大などの病気を患っていたため、4月に紹介先の病院に入院し、現在も抗がん剤治療を続けている。

 男性の相談に乗った診療所の医療事務員は「無保険のため病院に来るのが遅れるケースは最近多い」と指摘する。昨秋、そうめんくらいしかのみ込めないほどひどい腫瘍(しゅよう)が食道にできているにもかかわらず、無保険のため病院にかかれずに、年金が支給されるのを待ってようやく病院に来ることができた患者もいたという。

   ■  ■

 今年2月に開かれた政府の社会保障国民会議の分科会。同会議の吉川洋座長は「医療費を無理やり抑えるのではなく、進歩した医療技術によって健康や長寿を享受したいというニーズがあれば、医療費を伸ばせば良い。しかし、どういう形で誰が負担するのか、公的な保険でカバーする範囲を議論する必要がある」と発言した。

 医療費の増加に対応するため、公的保険でカバーする範囲を制限し、個人が加入する民間保険で補うことも検討すべきだとの考え方だ。実際、現状でも民間保険に加入する人は増えている。生命保険協会によると、07年度の医療保険やがん保険、傷害保険の個人契約件数は約3704万件で、5年前に比べて約3割増加。これらの民間保険の07年度の契約金額は計約8兆2325億円に達する。

 これに対し、社会保障政策に詳しい松山幸弘・千葉商科大大学院客員教授は「民間保険の役割拡大というのは間違いだ」と真っ向から反論する。民間保険は誰もが入れるわけではないからだ。

 松山教授は「病気を持っている人は一番の弱者だが、こうした人たちは民間保険に入れない。低所得の人も同様だ。たとえ入れても、完治するまで給付してくれるとは限らない。医療は生命にかかわる最も重要なセーフティーネット。困った弱者が救済されるような公的保険の仕組みこそ作るべきだ」と訴える。=つづく

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 ご意見、ご感想をお寄せください。ファクス(03・3212・0635)、Eメール t.shakaibu@mbx.mainichi.co.jp 〒100-8051 毎日新聞社会部「医療クライシス」係。

毎日新聞 2008年6月18日 東京朝刊

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