医療死亡事故の原因究明に取り組む第三者機関「医療安全調査委員会」の設置に向けた作業が、大詰めに来て足踏みしている。
厚生労働省の試案に対して、医療団体や学会の一部から「医師らの責任追及につながる」などの反発が依然、根強くあるためだ。
厚労省は今国会に予定していた設置法案提出を、次の臨時国会へ見送った。これに伴い、当初2010年とされたスタートは、11年以降にずれ込む見通しだ。
公平な立場から医療事故を調査し、当事者間の紛争を解決するテーブルを、患者側も医療側も長く待ち望んできた。これ以上先送りしてはいけない。
調査委は航空・鉄道事故調査委員会の医療版だ。医療ミスが疑われる死亡事例について、臨床医や法律家らでつくる調査チームが、カルテの分析や関係者の聞き取りをする。報告書をまとめて、再発防止を提言する。
つまずいているのは、細部の詰めの部分だ。
試案では、調査委が警察へ通知するケースは、「重大な過失」があった場合とされた。この点をめぐって、医療関係者から「判断基準があいまい」などの反対意見が寄せられた。厚労省は試案を踏まえた大綱案で、「標準的な医療から著しく逸脱した医療」と疑われる場合と修正している。
医療行為には一定の危険が伴う。不可抗力の事態もある。産科や救急の現場では、事故が起きた場合、調査委の報告書がそのまま刑事訴追に使われるのではないか−との心配が消えない。
調査委の目的があくまでも原因究明にあることは、大綱案にも明記されている。その趣旨を踏まえた運用は可能なはずだ。医療側も歩み寄るべきだろう。8月にも召集される臨時国会では必ず、創設に道筋を付けたい。
事故が起きたときは、医療機関が自ら調査し、患者に説明する責任があることは言うまでもない。
血液製剤と間違えて麻酔薬を点滴したり、左右の目を取り違えて手術するなど、各地で医療事故が後を絶たない。長野県内の総合病院でも5月、くも膜下出血の初期段階の医療行為にミスの疑いがあるとして、研修医が検察庁に書類を送られた。
事故を冷静に検証し、真相を解明していくことが、再発防止への道につながっていく。防ぐことのできる医療事故をなくしたい−という願いは、医療者と患者、家族とも同じはずだ。