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福田政権としては初めて最初から取り組む09年度予算の編成劇が始まった。政府の経済財政諮問会議が、予算の前提になる基本方針の素案をつくった。6月末までに閣議決定する。
しかし、その中身を見ると、一体どこに力点があるのかはっきりしない。歳出削減をさらに徹底させる意気込みがとぼしく、さりとて、増税路線へ転換する風でもないのだ。
政府は、国債の元利払い以外の予算を新たな借金に頼らずにまかなえる「基礎的財政収支の黒字化」を11年度までに達成するのを目標にしている。
この実現のため、社会保障なら5年で1.1兆円、公共事業費は毎年1〜3%減、といった予算の削減計画が小泉政権時代から決められている。
このうち社会保障について、介護や医療の経費削減はもう限界だとの声が与党や厚生労働省で強まっている。後期高齢者医療制度に批判が集まっており、この見直しのためにも削減目標は棚上げすべし、との主張だ。
すでに今年度の社会保障予算は、事実上、削減目標を守れずオーバーしている。09年度予算も目標達成は難しそうだ。しかし、示された素案はそのことに正面から取り組んでいない。
このままでは予算の削減がうやむやになっていき、基礎的収支の11年度黒字化という財政再建の目標がやがて崩壊してしまうのではないか。そうなれば、政府の信用がガタ落ちして、国債の市場金利が急上昇する最悪の事態にもなりかねないだろう。
福田首相は、これまでの削減手法が壁に突き当たっていることを認め、新たなやり方で財政の健全化に乗り出さなくてはいけない。
そこで手がかりになるのが、道路財源の一般財源化である。福祉や教育など、国民に身近で切実な分野へ予算を回す財源として、道路は大いに活用したい。道路族からの巻き返しが強まっているが、首相は道路財源を他に活用する先頭に立つべきだ。
これが動き出したら、次は道路に限らず、予算を削れる分野をもういちど徹底的に洗い直す。
そのためには、どこを削れるか、互いの役所について提案させ競わせたらどうか。役人は予算のプロだ。予算の裏も一番よく知っている。プロはプロ同士、ほかの役所の無駄のありかも分かるはずだ。
同時に、社会保障は他からの予算を回すだけでなく、さらに削減にも努めるべきだ。医師不足など予算削減の弊害が出てきた一方で、効率化できる分野もまだまだあるはずだ。
このように役所の無駄を徹底して省き、予算を合理的に配分できるようになっても、少子高齢化が進めば予算が足りなくなる恐れはある。増税を持ち出すのは、それからだ。
多くの日本国民にとっては、予想をはるかに超える展開だったろう。台湾の立法院で日本非難が噴出し、軍艦を出動させよとの声まで上がった。台湾の駐日大使にあたる代表が召還され、辞意を表明する騒ぎになった。
きっかけは沖縄県の尖閣諸島近海で、領海に入ってきた台湾船と海上保安庁の巡視船が衝突し、台湾船が沈没した事故だった。
尖閣諸島については、1970年代に台湾と中国が領有権を主張し、民間活動家の抗議船が侵入するなどの事件がときどき起きていた。海上保安庁が領海侵犯に目を光らせている海域だ。
だが、今回はそうした抗議船とは違って、釣り客を乗せた遊漁船だった。これを巡視船が追跡し、事故になってしまった。釣り客ら16人は救助され、台湾に戻った。
台湾側の怒りを呼び起こしたのは、事故直後の日本側の説明に問題があったようだ。那覇の海上保安本部は当初、遊漁船側に衝突の全責任があるかのような発表をしたが、これに対し、台湾では「巡視船がぶつかってきた」と報じられ、非難が広がった。
結局、事故から4日後、石垣海上保安部は「巡視船が十分な距離を確保せずに接近した」などと、巡視船側にも落ち度があったことを認めた。
それにしても、台湾側の過熱ぶりには驚くばかりだ。事件に抗議する活動家らが尖閣諸島の海域に船を出し、事故を防ぐためとして同行した台湾の巡視船ともども、日本領海に入った。
立法院での議論はさらにエスカレートし、軍艦を出せとか、戦争も辞さないとかの発言まで飛び出したという。これは度を超している。冷静さを取り戻してもらわねばならない。
日本側の対応が鈍かったのは確かだ。事態の深刻さに気づいた海上保安本部が謝罪の意を表明し、賠償の可能性にも触れたのは事故から5日もたってからのことだった。
外交関係のない台湾との間で、意思疎通がうまくいかなかった面もあった。だが、双方に交流の窓口組織はあるし、台湾との友好に熱心な自民党の大物政治家もいる。こういう時こそ、パイプを生かしてもらいたかった。
台湾は、国民党の馬英九政権になったばかりだ。立法委員も国民党が圧倒的に多い。かつて大陸で日本軍と戦った国民党内には、日本に厳しい立場の人も多い。政権を握った高揚感が、今回の対日非難の盛り上がりの背景にあるのかもしれない。
対日感情は悪くないと言われる台湾だが、日本側がそれに寄りかかってしまうのは誤りだろう。まして領土のような問題では感情に火がつきやすい。今後も類似の事件は起こりうる。日本の原則は貫きつつ、これを危機にしないための努力が双方に必要なのだ。