東京・秋葉原で17人が殺傷された事件発生から約1週間。逮捕された派遣社員、加藤智大(ともひろ)容疑者(25)は「ウソをつくつもりはない」と素直に応じ、捜査員に自分の不遇を訴えているという。犯行予告をしていた携帯サイトには、職場への不安や家族に対する不満を書き残していた。この事件の奥に何が見えるか。漫画原作者で神戸芸術工科大教授の大塚英志さん(49)に聞いた。【坂巻士朗】
◆加藤容疑者と永山元死刑囚の共通点
「今回の事件を起こした彼を見ていると、永山則夫を思い出します」。永山則夫・元死刑囚は1968年、19歳の時に警備員ら4人をピストルで無差別に殺害したとして、97年に死刑が執行された。極貧家庭で8人兄弟の四男として生まれ、バクチ好きの父親と逃げ出した母親から育児を放棄された。「おれが無知で、貧乏だったから」と法廷で事件の背景を語っている。大塚さんには、永山元死刑囚の時代を描いた漫画「アンラッキーヤングメン」(角川書店)の作品がある。
「永山は中学卒業後、集団就職で青森から上京した。このころ、大学生たちが少年マガジンを読み、アングラ劇団が始まった。つまり、サブカルチャーが生まれた。永山は職を転々とした後、新宿でジャズバーの店員となった」。大学生という新しい若者像にたどりつけなかった永山元死刑囚と、正社員との格差が広がる「派遣社員」である加藤容疑者の位置が、時代を超えて重なるという。
60年代の若者文化の中心が新宿なら、現代は秋葉原だ。永山元死刑囚は在日米軍基地から盗んだピストルで犯行を重ね、加藤容疑者はミリタリーショップでダガーナイフを手に入れた。「永山が幼いころから家出を繰り返し、母親から『捨てられた』ことに拘泥する姿も、彼と重なりあう」。加藤容疑者は、携帯サイトの掲示板に、<中学生になった頃(ころ)には親の力が足りなくなって、捨てられた>と書き込んだ。「ネットやアキバと関連付けようとすればするほど、彼の姿が見えなくなる」
共通点を並べたうえで、大塚さんは強調する。「永山の時代と今が『変わった』とすれば、事件を受け止める側に『社会の責任』という感覚が希薄化したことに尽きます。メディアの報道は、心の闇という決まり文句を繰り返し、直接的な原因をサブカルチャーに求め、自己責任として個人の厳罰化を叫んできた。しかし、派遣労働者の問題は『社会問題』で、そのような『社会』を容認してきたのは誰なのか。今日ではさすがに考え込まずにはいられなくなっている」
「加害者を生んでしまったことに、私たちの責任はないだろうか。かつて繰り返された問いをもう一度真摯(しんし)に考える時期に来ています。加害者の責任の一端を担う社会の枠組みをもう一度復興できるかが問われている。労働格差に悩む若い人の間で、蟹工船が読まれる時代なのです」
加藤容疑者は掲示板にたくさんの「自分について」を書き込んでいる。
<平日の昼間からふらふらしている俺(おれ)ってなんなんだろうね>
<いつも悪いのは全部俺> 大塚さんは「彼は自分であることの不安や、社会が実感できない不安に耐えかねていたのでしょう。自分だけの言葉で『誰かぼくの声を聞いてくれ』では誰にも届かない。彼は他者と会話する言葉を使うことができず、返事がこない孤独に耐えることができなかった。そして、返信する側も彼を受け入れることができなかった」と語る。誰もが発信者になれるインターネット。未熟な言葉を発しているのは加藤容疑者だけではないだろう。
では、どうしたらいいのか。大塚さんは「難しいことじゃない。見知らぬ誰かと話すことから始めればいい。アキバは本来、それが可能な街だったはずです」と話した。
◆甘え、努力不足……アキバの声
若者らは事件にどのような思いを持ったのか。発生から最初の週末となる14日、秋葉原で聞いた。
「加害者はあまりにも自分勝手。事件の重大性の前では、孤独だったとか、仕事への不安というのはとても理由にはならない」
「自分は定職に就いているが、仕事がうまくいかない不安を持つ人はたくさんいると思う。相談する人はいなかったのか」
「仕事がうまくいっていないのは自分の努力が足りないから。絶対に許しちゃいけない」
「あの日も近くで店のビラを配っていたから、自分が被害者になってもおかしくなかった」
「親を恨んでいたというが単なる甘えでは。亡くなった人、その遺族の悲しみを想像できなかったのか」
「彼の供述をみると、今になって重大さに気づいている気がする。発生直後の現場を子どもに見せようとする親や、携帯電話で撮影していた人がいると聞いて異常に感じた」
「追いつめられていたのはかわいそうだが、やったことは許されない。相手の見えないネットの掲示板のやりとりでは、人間の深いところは分からないのに」
「計画的な犯行で同情の余地もない。カメラの前で謝っていた彼の親がかわいそうだった」
「警察官は多いが、街のにぎやかさは変わらない。事件の場所で、亡くなった人のことを考えて手を合わせた」
「思春期の挫折は誰にでもある。私が彼と違うのは、周りの人が力になってくれたことかな」
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■人物略歴
東京生まれ。小説や評論活動も。「『捨て子』たちの民俗学-小泉八雲と柳田國男」で07年の角川財団学芸賞。憲法や戦後民主主義に関する著書もある
毎日新聞 2008年6月17日 東京夕刊