オハイオ癌研究所 カルロクローチェ研究室における特別講演および第61回米国腫瘍外科学会における発表について
三森功士(九州大学生体防御医学研究所外科)
私は2008年3月13日オハイオ州コロンバス市オハイオ州立大学 オハイオ癌研究所カルロ・M・クローチェ先生を表敬訪問し特別講演の機会を賜りました。カルロ・クローチェ先生は私の1997年から2000年までの在米留学中の恩師であり当時から雲の上の存在でしたが、その素晴らしい人間性から身近に感じておりました。しかし、2008年3月現在インパクト・ファクターの元締めトムソンがクローチェ先生を「2006-2007年 “Hottest Researchers” 第6位」に選ぶ(http://www.thomsonscientific.jp/news/press/pr_200803/ranking.shtml)など、ごく近年は近寄りがたい存在になっておりました。それだけに、下記のごとき帰国後7年間の研究成果を報告させていただいたこと、およびある共同研究の確約を得たことは大いなる感激と自信を深め、深い感謝の念をいだいております。
一方、3月14には舞台をシカゴ市に移し第61回 米国腫瘍外科学会に参加させていただきました。同学会では癌幹細胞のセッションにおいてシンポジストらとの質疑応答に参加させていただくと同時に、3月15日には研究発表を行い、帰国の途につきました。
【オハイオ癌研究所 特別講演】
はじめに
消化器癌・乳癌をはじめとする固形癌症例では根治術後の再発や、術後長期(5年目以降)経過後の再発を経験する。このことは根治術後可能と考えられる担癌患者においてさえ、臨床的には同定できない程度の微量な癌細胞がすでに遠隔臓器に存在することを示している。約20年前から末梢血液中あるいは骨髄中における、このような微量な遊離癌細胞の検出を行う試みがなされ、その結果遊離癌細胞は確かに存在することが示されてきた。最近の研究により遊離癌細胞が存在するのみでは消化器癌、乳癌の転移は成立せず、特別な癌細胞側の因子と宿主側の環境因子が必要であると考えられるようになってきた。前者については、多分化能と自己複製能を持つ組織幹細胞が、WntシグナルやNotchシグナルなどの重要な因子に破綻をきたして発癌した、いわゆる癌幹細胞がその役割を担うのではないかと推察される。一方、後者の宿主側要因として注目されているのが骨髄前駆細胞や血管内皮細胞等である。これらは癌幹細胞に対してトラップされやすい環境を作ったり、転移先での血管新生に関わることで転移に寄与すると推察される。
【1】「遊離癌細胞の研究」から「真の転移能を有する癌細胞の同定」への推移
消化器癌;乳癌の骨髄中あるいは循環血液中における遊離癌細胞検出の臨床的意義については多くの報告がなされてきたが1-5)転移再発の予測に有用か否かについて、一定の結論は得られていなかった。その理由のひとつは解析症例数の少なさにあると考えられた。そこで、われわれは国立がんセンターを中心とする多施設共同研究により胃癌810症例、乳癌700例、大腸癌600例という多数症例を集積し、末梢血液と骨髄中に遊離する癌細胞の検出を試み、それらの存在と予後や転移・再発との関係を調べた。その結果、乳癌ではサイトケラチン7 mRNAの末血中陽性症例は陰性症例よりも再発率が高いことが明らかとなり1)、大腸癌でも同様に検出陽性と再発との相関関係がみられた6)。一方、胃癌ではCEA、CK7、CK19を標的にした複数回、大規模症例の解析の結果、末血中陽性463例(46.0%)と陰性例および骨髄中陽性352例(30.5%)と陰性例との間で、それぞれ再発・予後との関係は認めず、各病期間でも差を認めなかった。以上より遊離癌細胞の検出の意義は癌腫によって異なることが明らかになった。また胃癌の解析結果は真にの転移規定能力を有する癌細胞を明らかにする必要性を示した。このような観点からの研究でKondoらはGliomaでは転移形性能の強い「癌幹細胞」が存在することを報告した7)。癌幹細胞は長期間にわたり細胞周期G0(静止期)にあることからゲノム変異を蓄積しうる癌細胞である。最近の研究でこのような細胞が腫瘍形成が強いことが報告されているが、元来G0にあると思われる癌幹細胞がどのような機構で細胞周期に入るのかについての研究は緒についたばかりである。今回の報告では、特別の転移能力を有すると期待される「癌幹細胞」に関する話題ではなく、転移に関わる宿主側因子について明らかにした。
【2】転移巣においてニッチを形成する新しい癌転移機構について
最近、循環血液中に出現する骨髄由来細胞などの宿主側細胞因子が転移形成に重要な役割を担う可能性が指摘されはじめた。Bertoliniらは骨髄液中には様々な種類の前駆細胞が存在し、表面抗原を組み合わせたソーティングをおこなうことにより分離同定が可能であることをまとめている10)。たとえば、循環内皮細胞circulating endothelial cell (CEC)の中のsub-populationとしての循環内皮前駆細胞circulating endothelial progenitor cells (CEP)はCD133briCD34briCD45dimを示すなどである。この他にも循環内皮成熟細胞circulating endothelial mature cells(CEM)、内皮細胞系微小粒子endothelial cell microparticle (ECM)、hematopoietic progenitor cell (HPC)などを表面抗原を用いて同定することができる。
上記、骨髄前駆細胞のうち、Kaplanらはマウス肺転移モデルにおいて、転移成にはVEGFR-1を発現する骨髄由来の造血系骨髄前駆細胞(hematopoietic progenitor cell, HPC)が転移巣を形成する肺において、予めクラスターをつくることが重要であることを示した。HPCは肺の においてクラスター(細胞塊)を形成し、HPC由来のVEGFR-1陽性細胞がVLA-4(integrin alpha4 beta1)を発現し、そのリガンドであるフィブロネクチンの発現を増大させ、転移を来す網を張りめぐらせ腫瘍細胞が集積しやすいnicheを提示する状態を作ることを明らかにした11-13)。
われわれは胃癌症例を用いてVEGFR-1遺伝子の骨髄と末血中のmRNA発現を調べたところ、その発現は転移・再発と極めてよく相関することを報告した14)。また、大腸癌、乳癌でも同様の結果を得たことから、この結果は臓器間の差異なく、普遍的な事象を捉えている可能性が考えられた。現在、血中に発現するVEGFR-1 mRNAがどの細胞から産生されているかを検索中である。また、このような細胞と先に述べた転移巣で予めニッチを作るHPC由来VEGFR-1陽性細胞との関係についても検索中である。従来接着因子などを介して脈管外に侵入し、そこで転移巣を形成すると考えられたてきた。しかし、これに対し上述した最近の研究成果は宿主が骨髄細胞由来細胞などを介して、むしろ積極的に転移をおこしやすい環境を形成するのに寄与する可能性を示した点で注目に値する。
最も古くて新しい概念として、WeinbergらはEMT(epithelial mesenchymal transition)が転移に寄与することを報告した16,17)。乳癌株化細胞においてTGF-betaにより誘導され循環血中においてapoptosisを回避して転移を成立させることが証明された。転移を規定する極めて重要な現象であるが、他の株化細胞あるいは癌腫における普遍性については現在鋭意解析中である。さらに、ある種のmicroRNAが転移を規定することが報告された18)。この分野に関しても様々な報告が為されてきている。
おわりに
癌転移はLiottaらの提唱する古典的な癌細胞の局所浸潤、血管内遊走、転移先への生着、血管新生、そして転移巣増殖という家庭が様に原発巣が腫大した後に、転移巣を形成する概念の一方、Parallel Evolutionとよばれ 原発巣から早い時期に独立して、転移巣を形成する概念が提唱されている15)。癌幹細胞および宿主側の両者間におけるシグナル伝達あるいは細胞融合などの細胞間反応も転移において重要な役割を担うことが最近特に協調されつつある。転移の治療標的として個々の症例における癌幹細胞を想定できるが、その実現には多くの困難が予想される。一方、転移先で癌細胞を受ける側の「転移において重要な役割を担う細胞」を標的にする、あるいは「癌幹細胞-宿主細胞間シグナル伝達経路」を標的にすることにも多くの困難が予想される。しかし、いずれにしても両方の面からアプローチしていくことが重要で、今後この方面の成果が期待される。
文 献
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