日本が実効支配している尖閣諸島の周辺で16日、台湾の領有権活動家を乗せた抗議船が日本領海内に出入りした。それを保護する形で台湾の巡視船3隻も領海内に侵入した。
これまでも台湾のほか香港や中国の抗議船が島に接近したり、活動家が上陸したことはあった。だがいずれも民間人だった。それを逸脱した台湾巡視船の行動は、平地に波乱を起こす恐れのある行動である。台湾当局に自重を求めたい。
尖閣諸島は日本、台湾、中国がそれぞれ領有権を主張している。加えて日本と台湾の間には、漁業権をめぐる対立がある。日本が台湾を統治していた当時は、台湾の漁民も尖閣周辺で漁をしていた。自分の海という意識が強く、日本の排他的経済水域(EEZ)に入り込んで操業する台湾漁船を巡視船が取り締まることは珍しいことではない。
だが今回このような事態になったことについて日本側にも落ち度がある。10日、台湾の遊漁船と日本の巡視船が衝突して遊漁船が沈没する事故があった。巡視船側により大きな操船上のミスがあった。第11管区海上保安本部長が謝罪、日本政府は台湾船の船長に賠償に応じる意思を伝えた。
ここまでなら領土問題とは別次元の問題だった。ところがこれに台湾の議員やメディアが飛びつき、ナショナリズムをあおり、前政権時代の対日政策を批判して政治問題化させた。
議員のなかには行政院長に「戦争も辞さない」との答弁を無理強いしたり、海軍艦艇を尖閣諸島に派遣せよと主張したり、反日的好戦的な空気がみなぎっているという。
馬英九総統が就任後、まっ先に手がけたのが、陳水扁前総統時代に断絶状態だった中国との対話の再開だった。そのために台湾の代表が北京入りし9年ぶりに中台対話を再開したのが11日、巡視船と遊漁船が衝突した翌日である。なんとも間が悪かった。
中国に接近策をとる国民党にとって気になるのは台湾有権者の反応である。中国がチャーター便の定期便化など善意を振りまけば振りまくほど、一般の台湾人には「中国にのみ込まれるのではないか」という不安も生じる。
そんなときに尖閣諸島で問題が起きた。日本という共通の敵ができれば中台の間に連帯感が生まれ、中国への恐れは消える。与党国民党にはそういう政治的な計算があるのではないだろうか。
だが日本と中国とは首脳レベルの会談で東シナ海を平和の海にするという合意を積み重ねてきた。中国も本心では台湾海軍の出動など望んでいないはずだ。
日本政府が遊漁船沈没の問題で誠意を尽くすことはもちろんだが、台湾も地域の平和について、冷静で責任ある行動をとるように望みたい。
毎日新聞 2008年6月17日 東京朝刊