2008年06月10日 (火)時論公論 「温暖化対策―福田ビジョンの意味合い」
(金子キャスター)
福田総理は昨夜(午後6時から)都内で講演し、来月の北海道洞爺湖サミットに向けて、地球温暖化対策に取り組む日本の方針・福田ビジョンを明らかにしました。嶋津解説委員がお伝えします。
(嶋津解説委員)
日本が地球温暖化対策で、今後どのような排出削減目標を掲げ、削減のため、どのような政策を取っていくのか。洞爺湖サミットを前に、外交課題であるとともに、国内の政治対立の焦点になりつつあります。そうした中で、福田総理は「低炭素社会・日本 をめざして」と題する「福田ビジョン」を発表したものです。
多面的な内容にわたりますが、今夜は、そのなかの主に3点に絞って、その意味合いを考えて行きたいと思います。
(排出量取引)
実施するかどうか、当面の争点になっていた国内排出量取引について、今回福田ビジョンでは、初めて政府として導入する方針を表明しました。この問題をめぐっては、EU型の排出量取引の導入を求める環境団体などに対して、電力や鉄鋼業界が強く反対し、国論が2分された観がありました。これについて福田総理は「日本の産業に見合った排出量取引制度を作っていく」と言う方針を示しました。本格的な実施時期については明言しませんでした。しかし企業による自主参加型の排出量取引を行う国内市場を作って、今年の秋から取引をスタートさせるとしています。いわば予行演習を行うというものです。この福田総理の方針表明について、導入を強く訴えてきた環境団体にすれば、導入の基本方針が打ち出されたことは評価するとしても、本格実施の時期を明示しなかった点は不満でしょう。一方、反対の急先鋒の電力や鉄鋼業界は、EU型の取引制度の導入には引き続き反対していく姿勢を表明しています。
(長期目標)
日本としての今後の温暖化ガスの排出削減目標ですが、まず長期目標です。今回、福田総理は日本として、2050年段階で現状より60-80%排出を削減するという数字を打ち出しました。
この意味合いをグラフでご説明しますと、この部分が日本やEUなどの排出量。この部分がアメリカです。残りの部分が中国を含む発展途上国です。現在は、先進国と発展途上国の排出量は、ほぼ半々ですが、2050年には60%以上が途上国からの排出が占めることになります。地球全体の排出量も2倍近くに増えてしまう恐れがあります。このため、2050年段階で、地球全体の排出量を半減していくためには、先進国は半減に留まらず、60-80%の大幅削減を迫られるということを意味しています。
60%から80%も排出削減するなどと言うことが果たして可能なのか。こうした疑問は、専門家の間にもあります。確かに現在の技術を前提にしては、数%減らすのが精一杯ですから、とてもそんな目標には届きません。ですからこの長期目標は、2030年ごろから、車もCO2を出さない車に置き換わっていく。石炭火力からのCO2もすべて回収されて地中に埋め戻されるという革新的な技術が開発され普及していくことを前提にした数字です。
それと日本政府がこうした長期目標を打ち出すのは、外交上の狙いもあります。この半減と言う削減目標は中国、インドなどにとっては、今のように排出量を増やし続けることは出来ない。現状よりも減らすことを求められる、非常に難しい目標設定です。従って中国などは正式の国際交渉の場では、長期目標の設定にも強く抵抗しています。この点で、今回のサミットで、とりわけ中国の出方が注目されます。
(中期目標)
次の日本の排出削減の中期目標の問題です。中期目標は、実は一番難しいテーマです。ポスト京都の国際交渉の核心部分だからです。福田総理は、国別総量目標の数字自体は「来年末までのポスト京都の枠組み交渉の過程で表明することになる」と述べましたが、削減目標を設定するに当たっての、日本の考え方と試算の数値を示しました。
これは、2020年段階で、温暖化ガスの排出総量が2005年との比較で14%削減になるという試算の数値です。これをEUが打ち出している排出削減目標と比べますとEUも2005年比では14%の削減で、日本とEUはほぼ遜色のない削減水準だということになります。ただしEUが発表している90年比では20%削減となり、日本のこの試算値は90年比では8%削減とだいぶ差が開きます。これは、京都議定書以来の基準年とされている90年が、その前後に東欧社会主義圏の崩壊が起きたという歴史的事情によって、EUにとって極めて都合の良い基準年だからです。東ドイツなどでエネルギー効率の悪い火力や製鉄所が閉鎖されたため、90年以降、EUでは劇的にCO2の排出が減ったという事情があります。
今回、日本が基準年を90年から2005年に替えようという方針を表明したことに対しては、今後の国際交渉の中では、EUからは強い反対が予想される一方、アメリカは、議会に出されている関連法案も概ね2005年を基準年にしておりまして、アメリカは日本の方針を支持するものと見られます。
(総括)
さて福田ビジョンを全体としての評価は、立場によって全く異なる評価になると思われます。
私は、ここで福田ビジョンを外交の文脈の中で考えて見たいと思います。まずサミットでの地球温暖化問題の位置づけが、今年は微妙に変化してきている点に注意を払う必要があります。つまり去年までのサミットでは、ポスト京都の議論が始まるのかどうか、全く不透明な中で、アメリカの参加を促し、ともかく国際交渉を発進させるというのが最重要テーマであった。しかし何とか去年12月の国連のバリ島会合でアメリカも参加する形で交渉が始まりました。そこで今年のサミットの重要な論点は、中国・インドという大排出国を将来の枠組みにどう誘い込んでいくかという問題に移ってきています。つまり、これまで、排出削減義務を負う先進国と、義務は一切負わない途上国と言う京都議定書以来の2分類を改め、途上国の中でも一定の義務を負う中国やインドと言う新しい3分類の国際的枠組みを作り出す。そうした国際制度の組みなおしを先進国側は目指しているわけで、これには中国・インドが強く抵抗しています。
従って、サミット議長として福田総理が果たすべきなのは、やはり中国への働きかけでしょう。
先月、胡錦濤国家主席の日本訪問の際に発表された気候変動に関する日中共同声明は「2050年には世界全体の排出量を半減しなければならないという日本の見解に対し、中国側は留意する」と述べ、日本の立場に歩み寄っています。
この日中共同声明は、実は中国側の要請で出されたもので、中国が地球温暖化問題で国際的な孤立に陥るのを避けたいという狙いが伺えます。日中の関係改善と言う昨今の情勢は、日本にとって追い風です。アメリカやEUと、中国の間で日本が何らかの橋渡し役を果たせれば、サミット議長国として大きな外交的な成果になるだろう、と考えます。
投稿者:嶋津 八生 | 投稿時間:23:52