セラチアの病院感染

インフェクションコントロールVol.9 No.13 2000年収載:元原稿

福岡大学病院・感染対策室 向野賢治

 Key Words

セラチア、消毒剤耐性、抗生剤耐性、標準予防策、環境調査

 Summary

1.     セラチアは消毒剤耐性、抗生剤耐性をもつ日和見菌である。セラチア感染症患者に対しては標準予防策(接触予防策を含む)で対応する。

2.     セラチアは、MRSAのような皮膚の常在菌ではないが、緑膿菌と同じく環境中の思いがけない場所に棲息している。セラチアが頻繁に検出されたら、職員の保菌検査と同時に、器具・消毒剤を含めた環境調査を実施し,感染源を明らかにする必要がある。

 

はじめに 

最近、セラチアの院内感染が話題になっている。セラチアは緑膿菌と並んで、代表的な院内感染菌である。世界的に見れば、院内アウトブレイクは希なことではない。

セラチアは霊菌と呼ばれ、本来病原性は弱く、いわゆる弱毒菌、日和見菌に属する腸内菌科の菌である。しかし、低レベル消毒剤に対する耐性や多剤(抗生剤)耐性も著明であり、環境中に潜みやすく、感染を起こすと厄介である。1)

 セラチア院内感染の危険因子としては、長期保菌者、医療者の手、病棟での輸液調整などがある。事例を基に記述する。

 

 a.長期保菌者 

事例1(アイルランド)2)

ある病院の骨髄移植・癌病棟で多剤耐性セラチアのアウトブレイクがで発生した。24人が感染し、うち14人が重篤な感染に陥った。菌株はすべて同一株であった。疫学調査の結果、数名のセラチア長期保菌者がアウトブレイクの原因になっていると考えらた。交差感染によって新たに保菌者となった患者は、白血球減少時に重篤な感染症を引き起こした。

 

 

 b. 医療従事者の手

事例2(アイルランド)3)

ある大病院で毎年約100200株のセラチアが検出された。検体としては喀痰が最も多かった。血清型O14:K14が分離株の2/3を占め、この株は8年間に渡って検出された。環境調査から感染源を特定することは出来なかった。医療者の手が患者間の伝播に関与していることが考えられた。

 3.末梢静脈カテーテルと病棟での輸液調整

事例3(メキシコ)4)

ある病院のNICUでセラチアによる敗血症と髄膜炎の流行があり、死亡率は69%であった。疫学調査から末梢静脈カテーテルと病棟における輸液の調整が最大の危険因子であることが分かった。無症候患者の68%が直腸・咽頭で菌陽性であり、職員の16.7%で手指の菌陽性であった。すべての菌がアミノグリコシドと広域ペニシリンに耐性であった。

 

 4.患者当たり看護婦数が少ない
事例4(CDCの報告)5)

ある小児科のCCUで起きたセラチアの集団感染を調査し、感染症の発生率が患者当たりの看護婦勤務時間に逆相関していることが分かった。つまり、入院患者数に対する看護婦数が少ないことが、院内感染の重要な危険因子になっていることが分かった。看護婦が少ないと、無菌操作や手洗いがおろそかになってしまうからである。

 以上のべた4つの項目は、セラチアに限らず、MRSAなどすべての接触感染する院内感染菌に当てはまることである。除菌しがたい長期保菌者がいると、知らず知らず医療者の手・衣服や患者周辺の環境を汚染し、保菌職員・保菌患者が増加するのは日常よく経験するところである。医療者の汚染した手によって、輸液調整や創部処置がなされると、敗血症や創感染が起きてくる。感染源である長期保菌者から病原菌を除菌することは難しい。一方、白血球減少など免疫能の低下した患者の状態を改善することも困難である。こうして、セラチア感染においても、MRSAと同様、標準予防策(接触予防策を含む)を厳守することが第一に重要である。




 セラチアは、MRSAのような皮膚の常在菌ではないが、緑膿菌と同じく環境中の思いがけない場所−医療器具、洗剤、消毒液中に棲息し、患者の体内に侵入して来る。MRSAも環境中に潜み、感染源となっているという報告もないではない。例えば、空調の送気口(吹き出しグリル)にMRSAが定着し、感染を発生させたという報告がある6)。しかし、セラチアや緑膿菌に比べるとはるかに少ないといえるだろう。こうした視点がセラチア感染対策のキーポイントとなる。以下、事例を述べる。

 5.母乳ポンプ(搾乳器)
事例5(イギリス)7)
特殊介護乳児病棟でセラチア感染の増加が見られたので、原因を調べたところ、母乳ポンプ(搾乳器)が不適切に消毒され、結果として母乳が汚染され、乳児に伝播したと考えられた。乳児の直腸保菌も多く、持続した。以前は母乳ポンプを次亜塩素酸溶液に浸漬していたが、これを80℃のお湯で洗うようにしてからアウトブレイクが起こった。

 

 6.心電計のゴム球
事例6(アメリカ)8)

14人の心臓外科患者が10ヶ月の間にセラチア感染を起こした。調査から心電計のゴム球からセラチアが検出され、これが感染源と考えられた。ディスポの心電計リードに変えたところ、アウトブレイクは収まった。

 

 7.圧トランスデューサー

事例7CDCの報告)9)

CCUで約2ヶ月の間に7人のセラチア敗血症が発生した。疫学調査により、大動脈内バルーンポンプの圧トランスデューサーと肺動脈圧トランスデューサーが危険因子であることが判明したので、使用中と保管中のトランスデューサーを検査したところ、トランスデューサーの圧感受性膜からセラチアが検出され、患者からのものとタイプが一致した。トランスデューサーは患者使用間で高レベル消毒あるいは滅菌がなされていなかった。

 8.NaK分析装置の廃棄瓶
事例8(オランダ)10)
NICUでセラチア感染のアウトブレイクが発生した。5人が感染し、二人が敗血症、一人が結膜炎、あと二人は無症状であった。調査したところ、長期破水後の子宮内感染の母親から出産した乳児が感染源と考えられた。さらに、Na/K分析装置の廃棄瓶からも菌が検出された。乳児を取り扱う際に手袋をすることが重要と考えられた。

 

9.ベッドパン(便器)浸漬器
事例9(アイルランド)11)

二つの病院で11週の間に15人のセラチア感染が発生した。調査の結果、ある病院のICUのベッドパン(便器)浸漬器が汚染源と考えられ、医療者の手を介して、感染が広がり、感染患者の転院によって次の病院にも感染が広がった。菌株はすべて同じタイプ(薬剤感受性、血清型)であった。

 

 10.腸管栄養添加物のボトル(哺乳瓶)
事例10(フランス)12)

ある産科病院の新生児室でセラチアのアウトブレイクが起きた。一人の敗血症と36人の無症候便保菌者であったが、他病棟でも8人の乳児と4人の母親に保菌が見られた。環境調査により、新生児室の腸管栄養添加物のボトル分娩室の体内陣痛測定器のトランスデューサーから菌が検出された。

 

 11.人工爪剥脱クリーム
事例11(アメリカ)13)

一ヶ月の間に7人の心臓外科術後患者がセラチア感染を起こし、一人が亡くなった。調査の結果、一人の人工爪を付けている看護助手(scrub nurse)と、もう一人別の看護婦が同一のセラチア株に感染していることが分かった。さらに看護助手の家を調査したところ、剥脱クリームの瓶からセラチアが検出された。人工爪が看護助手の手による感染伝播を促進したと考えられた。

 

 12.クリーム
事例12(インド)14)

2ヶ月の間に17人の産科患者でセラチア感染が起きた。新生児11人も感染した。調査の結果、内診のときに使用するクリーム0.5savlon, 基剤:carboxyl methyl cellulose)に同一のセラチア株を検出した。汚染クリーム撤去後、感染は起きていない。

 

 13.口腔内洗浄消毒液
事例13(フランス)15)

10週間の間に脳外科ICU16人の患者がセラチアに感染した。調査の結果,口腔内洗浄消毒液hexetidine)の瓶から、同一のセラチア株が検出された。

 

 14.クロルヘキシジン溶液
事例14(カナダ)16)

ある大学関連病院でセラチア感染のアウトブレイクが起きた。調査の結果、クロルヘキシジン溶液(アルコール非含有)からセラチアが検出された。アルコールの入っていないクロルヘキシジンは消毒剤として使用すべきではないと考えられた。

 

 15.石鹸液とンク
事例15(CDCからの報告)17)

ある大学関連3次病院のNICUでセラチアのアウトブレイクが起きた。疫学調査によって、危険因子は超低体重出生児(<1500g)、PDA患者、絨毛羊膜炎の母親、ある一人の医療従事者への暴露であった。また、職員が使用していた石けん液とシンクからセラチアが検出された。

 16.手押しポンプ付の手洗い洗剤
事例16(フランス)18)

2つの病院でセラチアの院内感染が多発した。疫学調査の結果、手押しポンプ付きの手洗い洗剤(Savodox)からセラチアが検出された。手洗い用洗剤は1リットルパックのディスポであったが、ポンプの消毒・滅菌はされてなかったために、石けん液が汚染し、さらに

患者・医療従事者の手が汚染し、セラチア感染が多発したと考えられた。病院は1.ディスポのポンプを購入する2.小容量のボトルを使う3.手の汚染のひどいときの手洗いには、せっけんの 使用を制限する4.患者には個人用の石鹸を持たせる5.手洗い用アルコール製剤を増やす、などの勧告を出した。

 

以上のようにセラチアは、消毒剤耐性もあるためか、湿った環境・器具の中に棲息しやすい。患者からセラチアが頻繁に検出されたら、職員の保菌検査を行なうと共に、詳細な環境調査をして感染源を突き止めねばならない。とくに消毒剤を含めて、器具の消毒・滅菌の工程を見直すべきである。

 

 

 参考文献

1) 安藤智恵、向野賢治. セラチア、臨床からみる細菌(13) INFECTION CONTROL 1998 7(7):718-721.

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4) Zaidi M, Sifuentes J, Bobadilla M, Moncada D, Ponce de Leon S Epidemic of Serratia marcescens bacteremia and meningitis in a neonatal unit in Mexico City. Infect Control Hosp Epidemiol 1989 Jan;10(1):14-20

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