DAYS                                            
            めったに更新しない(だろう)近況

(文中で、野宿者問題の授業に関して「いす取りゲーム」と「カフカの階段」の譬えがどうだ、とよく書いていますが、それについては「いす取りゲームとカフカの階段の比喩について」を参照してください。)

スパムメールを毎日多数削除してますが、間違って知り合いや用事のメールも削除してしまうかもしれません。「返事があって当然なのに、1週間しても返信がないな〜」というときは、(その可能性があるので)お知らせ下さい。


2008/6/15 釜ヶ崎暴動・3日目

暴動は依然続いている。
「釜ヶ崎地域合同労働組合」による西成署前での抗議活動の中、数百の釜ヶ崎労働者が集まり、機動隊との衝突が延々と続いている。

↓衝突で労働者側が機動隊から奪った盾。(「高槻特ら隊」「分隊長」とある)


↓雨の中、歩道の敷石を砕いての投石による抵抗が続いている。




2008/6/14 釜ヶ崎でこういう光景を再び見るとは思わなかった
(15日・追加)

今日、釜ヶ崎・西成署前に警官の暴行への抗議に集まった(おそらく500人近い)労働者へ向かって放水車が放水を始める。↓


きのうと今日、西成署の刑事たちによる暴行事件への抗議活動が多くの釜ヶ崎の労働者によって行なわれている。13日から14日にかけては、新聞報道では10人が逮捕された。
抗議活動を呼びかけた「釜ヶ崎地域合同労働組合・釜ヶ崎炊き出しの会」のビラによると、鶴見橋商店街のお好み焼き屋に行った労働者(生活保護受給ということなので、元労働者と言うべきか)が、店員の態度に苦情を言ったところ、 店員は「営業妨害だ」と言って警察に電話した。労働者はパトカーの署員にいきさつを話したが、そのまま西成警察に連れて行かれた。パトカーに乗せられた労働者は西成警察署の個室に連れて行かれ、イスに座らされ、4人の刑事に変わるがわる顔を殴られ、紐で首を絞められ足蹴にされ、気が遠くなるとスプレーをかがされ、気がつくとまた暴行。挙句の果ては両足持たれて逆さ吊りにされた、という。
なお、西成署は暴行を否定。事実確認は完了していない。

昨日(13日)夕方、西成警察署前に多くの労働者が集まり、「暴力警官は謝罪せよ」「署長は出てきて謝れ」と抗議を開始。暴行を受けた当事者も、殴られて腫れ上がった顔や、首に縄で締められた跡が生々しい状態で抗議に参加した。話を聞いている最中、「オレもやられた」と話に入ってくる人がたくさんいたという。
夜8時30分ごろから、府警の機動隊数百人が出動し、それと同時に労働者側から空き瓶や自転車、石などが投げつけられ始めた。さらに、フェンスを越えて署に突入した労働者など10人が逮捕された。報道によると、逮捕者には女子高校生一人が含まれている。抗議活動の中で負傷した労働者は救急車で病院へ運ばれているという。

そして今日(14日)、再び西成署に多くの労働者が抗議に集まった。その抗議に対して、西成署は8時過ぎに機動隊を配備。空き瓶や自転車、石などが投げつけられ始めた。機動隊は消火剤を撒いて労働者を追い散らし、さらに放水車が労働者に向かって放水を始めた。
労働者は自転車を路上に並べてバリケードを作って対抗。さらに、機動隊に体当たり、消火器の投げ込み、もみあいや投石状態になって深夜に至っている。
ダンボールを満載したリヤカーで機動隊めがけて突撃とか、ワンカップを飲み干して空瓶を投げるとか、釜ヶ崎の「色」が強い攻撃も相変わらずだ。

釜ヶ崎の日雇労働者は、「日雇い労働」という労働形態のために常に貧困に直面し、さらに野宿、路上死、襲撃などの問題に直面してきた。
今回、西成署に集まった労働者の多くは、自身や友人・知人が西成署に受けた暴力や差別を体で知っている。(寄せ場ではよく知られた話だが、西成署の警官は釜ヶ崎労働者のことを「450」(ヨゴレ)という隠語で呼んでいた)。その抗議に対して、西成署は謝罪はおろか、話し合いをすることもなく、放水、消火剤噴霧、そして再びの暴行で応じている。
きっかけは今回の暴行事件だが、すでに西成署の長年にわたる釜ヶ崎労働者への差別・暴行、そして今回の対応に対する直接の抗議へと変化している。
いま、釜ヶ崎には多くの若者が集まっている。報道は、若者を「野次馬」と呼ぶ。だが、90年暴動でもそうだったように、「これは自分の問題だ」と直感して駆けつけてきた若者も多いはずだ。

1990年10月の釜ヶ崎暴動は、西成署刑事が手入れ情報と引きかえに、暴力団から1000万円以上の現金を受け取っていたことから起こった。また、1961年の暴動は、交通事故で負傷した労働者を放置した警察への抗議から広がった。
数々の暴動は、西成署の釜ヶ崎労働者への差別・暴行、不祥事に対して労働者が抗議を行なうことから始まっている。しかし、過去、常に西成署は自分たちの過ちを労働者に対して謝罪することなく、むしろ抗議に集まった労働者を捕まえては、警察に引きずり込んで暴行を加えていた。
西成署は、同じ事を繰り返すつもりなのだろうか?

↓放水を横から見た光景


↓西成署北側の道を封鎖している。奇妙な光景だ。(この奥にある門から警官たちが出入りするため)。


13日に知り合いが撮った写真

なお、現場は、悲壮感というより、お祭りのような活気にみちている。
放水車が放水を開始すると(これがまともにあたると体が吹っ飛ぶ)、みんなから「わーっ」という大歓声が上がった。みんな、怒りながらも、久しぶり(92年・市立更正相談所前の暴動以来)の直接行動に沸いている。
なお、過去の暴動では、周辺への拡大や商店への略奪、放火などが起こっている。機動隊や放水車などの物理的壁が厚いため、向かうべき対象である西成署にエネルギーが向かわず、別の対象へ向かってしまうのだ。だが、「西成署への抗議」という筋を守り続けなければ、周辺の人々からの反発を引き寄せてしまう。
そうした事態は絶対に避けなければならないが、そのためには、まず西成署が釜ヶ崎の労働者を追い散らすのではなく、誠実に抗議に対応し、労働者への態度を根本的に改めなければならないだろう。


2008/6/13 入試に出る『ルポ 最底辺 不安定就労と野宿』

6月4日、東京の国際基督教大学高校(1〜3年生40人)で50分×2の授業をしてきた。
近畿以外の学校で授業をするのは初めて。内容は野宿者問題全般。
授業の最後に、釜ヶ崎の「こどもの里」の「こども夜回り」の映像を見てもらったが、小さいこどもや小学生たちが路上で野宿者と話をしたりおにぎりを渡す様子を見て、みんなかなりインパクトを受けていたようだ。「こういう夜回りに東京でも行けますか」と質問する生徒もいた。
東京の高校生に「こども夜回り」など、釜ヶ崎の話をするのはちょっと新鮮。


『ルポ 最底辺 不安定就労と野宿』が、今年の大阪府立大学・人間社会学部・社会福祉学科の入試小論文問題に出題されたということで、世界思想社の「赤本」と、学習研究社のテキスト集「小論文問題・分析集」に収録する予定だがどうしますか、という連絡がそれぞれ入った。ちょっと考えてから承諾した。
ところで、その大阪府立大学からは事前も事後もまったく連絡がない。入試問題は著者に連絡なしでいいのだろうか。
と思ったので、ちくま書房の編集の方にメールで尋ねたところ、
学校の入学試験問題での複製は、著作権法上の制限項目(36条)として無断使用が認められており、大阪府立大学が連絡しないのは違法ではない、ということだった。ただ、一般的には見識のある学校からは事後報告が来るそうだ…
なお、出題は212〜225ページの抜粋で、
▼「自業自得論」について、著者の考えを説明し、あなたの考えを述べよ。
▼「野宿者問題はマイナーな問題にとどまっていた」について、著者の考えを説明せよ。
というもの(解答時間2時間)。解答を読んでみたいものだなあ。


「リプレーザ」2008年春号で、「日雇労働・寄せ場とは何か─釜ヶ崎から」という文章を書いてます。
また、これは大阪人権博物館でしか販売しないと思うけど、「リバティセミナー講演集 環状線と差別・人権」の中に、2008年2月23日にやった講演「新今宮―スラムから寄せ場、そして野宿へ」の記録が載ってます。


2008/6/2 「福祉のひろば」「ZAITEN」

灰羽連盟」を一気に見た。いま、うちのパソコンの壁紙(ネットで捜すと幾つか見つかる)はレキとラッカになってます。
過去の記憶を失ったこどもが突然「繭」の中から生まれ、やがて天使の姿になり、「壁」によって外界から遮断された街に住む。彼ら彼女らは街で何年か暮らしたあと、呼びかけを受けて壁のそばの「西の森」に行き、そこから光となって天に昇るが、どこに行くのかは誰も知らない。(設定に村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の影響が強い)。
全13話を見ても、設定のほぼすべてが「謎」のままに残される。その意味では、ここでは「世界の終わり」だけがあって「ハードボイルド・ワンダーランド」が欠けている。それにしても、非常に丁寧に作られた画面と、レキとラッカを中心としたキャラクターの関係描写によって、「自分たちも、どこからともなくやってきて、誰も知らない世界に向かうという意味で、この「街」の人たちと変わらないのかもしれない」と思わせる力を持っている。(以前に放送中に見てハマッた「serial experiments lain」もそうだが、安倍吉俊の描くキャラクターはすごい魅力がある)
しかし、個人的には、13話は「第1部」、あと13話を使って「第2部」として、灰羽や街、壁に関する謎解きを含めた展開をして欲しかったなあと思った(ぜいたく?)。

福祉のひろば」6月号(おお、いま話題の超左翼マガジン『ロスジェネ』と同じ「かもがわ出版」)に、「究極の貧困としての野宿者問題」として、「釜ヶ崎のまちスタディツアー」の講演記録が載ってます。 
ZAITEN(財界展望新社)の「情報のキーパーソン」のコーナーにインタビューが載ってます。(ゲラにあった「プロの日雇労働者」という表現は止めてくれ、と言ったんですが…)

今日は誕生日ということで、新たなプロジェクトを今日から本格開始。詳細はいずれ。


2008/5/23 「西暦2008年7月、人類は絶滅の危機に」

「西暦2008年7月、人類は絶滅の危機に直面していた。
核兵器を遙かに超える超磁力兵器が、世界の半分を一瞬にして消滅させてしまったのだ。地球は大地殻変動に襲われ、地軸はねじ曲がり、5つの大陸はことごとく引き裂かれ、海に沈んでしまった…。」


このナレーションから始まる未来少年コナンを、中学2〜3年の春休みに毎日見ていた(これを見るのが生きがいだった)。2008年と言えば30年先だったが(今で言えば2038年!)。それが本当にやってきたのだ。
というわけで、きのうまでずっと「コナン」をDVDで見続けてました。これ、いまだにテレビアニメの最高傑作だろうなあ。
(今日から「灰羽連盟」を見始めています。再放送で毎週土曜日に見ている「電脳コイル」もクライマックスに入り、久々にテレビアニメ生活が充実してます。)

今日の朝日新聞の「ひと」で紹介されてました。写真は、5月7日の兵庫県立尼崎小田高校でのもの。「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」の流れで取材を受けて、この記事になってます。
記事を見た知り合いから「手の形が不思議でした」と言われましたが、本当だ。あの指はいったい何を意味しているのでしょうか。

「ベリタ」2008年6月号でインタビューが載ってます。李隆さんによるインタビューです。


2008/5/13 京都新聞の「『格差』を問う5」

京都新聞のシリーズ「『格差』を問う」で、インタビューの記事が載ってます(5月11日)。今まで登場したのは、赤木智弘さん、雨宮処凛さんなど。今日、掲載誌が届きました。
しばらく前、何かと問題のフェスティバルゲートの唯一残ったお店で、記者の二松さんと話した内容です。
(ウェブ上にはアップされていないようです)。


2008/5/11 今日の読売新聞の記事

今日の夕方、「記事を見たが、ホームレスみたいな甘えた人種はまず冷たく公園から追い出すべきだろう。私はこどもにそう教えている。学校で教えるなんてとんでもないことだ」と抗議の電話が入った。いろいろ話したが、説得不可能。
記事というのに心当たりがなかったので、「この人、いつの新聞を見て電話してるんだ?」と思っていたら、夜に新聞記者から「取材していた件を今朝の朝刊で記事にしました」と連絡が入った。あわてて買いに行った。
記事は下の通り。ぼくだけが全国ネットや夜回りの呼びかけしているようになっていることとか、「命の大切さをじっくり教える生田さんの授業」とか幾つか「?」があるけど、ともかく記事で紹介してもらうのはありがたいことです。

野宿者襲撃 根絶を
出張授業の輪 全国に
今夏組織化 教師ら120人

 若者による野宿者襲撃をなくそうと、中学や高校への「出張授業」に取り組んでいる大阪市西成区のホームレス支援団体代表、生田武志さん(43)が、活動の輪を広げるため、今夏にも全国組織を発足させる。教諭らの参加を呼びかけている生田さんは「生徒たちの理解が進むことで、各地の襲撃問題の解決につながれば」と期待する。
 生田さんは2000年から大阪・ミナミなどで夜間、ホームレスの安否を確認する活動を始め、「野宿者に対する若者の偏見をなくさなければ襲撃は根絶できない」と、翌年から出張授業も続けている。これまで訪れた中学、高校は大阪府や兵庫県など約30校。3000人以上の生徒に語りかけ襲撃にかかわった少年が体験を話すビデオを映したり、ホームレスヘの聞き取り結果の冊子を配ったりしてきた。
 「他者への思いやりを学んでほしい」。そう呼びかけると生徒から「同世代の犯行に腹が立ち、情けなくなった」という感想文が寄せられた。「もっと実情を知りたい」と夜回り活動に参加した生徒もいる。
 全国組織は「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」。
各地の襲撃情報を共有、▽講師の派遣▽授業プログラムの開発▽教材の作成にあたる。襲撃が頻発する地域の学校では、重点的に授業ができるように連携を図るという。
 現時点で教師ら約120人が参加する予定。その一人の武田信子・武蔵大教授(教育心理学)は「野宿者への襲撃は、子どもたちが自分の素の心を殺して集団で友人をいじめることに似ている。命の大切さをじっくり教える生田さんの授業は意義深い」と話す。問合わせは生田さん(野宿者ネットワークの携帯電話、090−8795−9499)。


2008/5/10 「大竹まこと ゴールデンラジオ!」

9日の大竹まこと ゴールデンラジオ!(文化放送・昼1時〜3時半)に出てきました。
番組内の、「大竹のいいたい放題」というコーナー。送られた企画書では、「このコーナーでは毎回、街の声や専門家のお話をもとに、日替わりのテーマについてパーソナリティとパートナーがお話しをしています。今回は、増えつづける日本の貧困層について、その実態はどうなっているのか『ルポ 最底辺 不安定就労と野宿』」の内容をもとにお話しを伺いたく…」。
1時前に大阪のABC朝日放送へ(通常は東京の文化放送から生放送だけど、この日は大竹さんの都合で大阪で放送)。
構成作家の方たちと簡単に打ち合わせをし、あとは本番へ。内容は、野宿者を食いものにする貧困ビジネスをメインに、2回にわけて20分ほど質問に答える形。
放送の合間にも大竹さんと少し話しましたが、日本はセーフティネットをもっと充実させるべきだ、という点で同意見でした。
短い時間で生放送はなかなかキツイけど(失言したら取り返しがつかない!)、ま、普通にしゃべったかなあ。
なお、前には番組で堤未果の『ルポ 貧困大国アメリカ』を取り上げたそうで、「それでは日本の貧困はどうなっているのか」という流れでぼくのところに話が来たようです。

今日はこの集会がありました。


★この生きづらさって何? みんなが働く場から考える★
主催:生活保護切下げ反対実行委員会
日時:2008年5月10日 13:3016:30

「働く」ことが、なぜいま、これほど苦しいのでしょうか。
いくら働いても満足な収入が得られない「ワーキングプア」、都合よく使い捨てられる「フリーター」、限界以上に働かせられる「超残業正社員」、働く場は誰にとっても、どこを見ても「働きづらさ」で満ちているようです。
日本は「史上最長」の好景気なのに、なぜ働く側の人間はこんなにしんどいのか。こんなことでは、近いうち、多くの人が働くことを拒否してしまうのではないでしょうか。実際、「社会で働くことに意味を感じられない」と言う人は増え続けています。文部省が1992年に「不登校はどの子にも起こりうる」と認めましたが、厚生労働省も近いうち「労働の拒否は誰にも起こりうる」と宣言してしまうのではないでしょうか。
しかし、それでは、働かないでもいい社会は実現できるのか。それとも、何か今とは「別の働き方」はありえるのか。
わたしたちは、「生活扶助の切り下げに反対する緊急集会・大阪」(2007年11月29日)に集まったメンバー(の一部)です。自分の尊厳を維持できる生活を守るため、何ができるのかと集会からも集まって考えてきました。
労働の問題は、生存の問題と強く結びついています。わたしたちは、いろんな労働の場で働く人たちの話を聞き、そこから労働と生について考えていきたいと思っています。
今回の開催場所は、「日本の不安定就労と貧困の中心地」である釜ヶ崎です。みなさん、「生きづらさと労働の問題」について考えるため、集まって話してみませんか。

発題者(予定)
釜ヶ崎と日雇労働について(生田武志)
元正社員の立場から(田中保盛)
女性パートについて(赤羽佳世子)
日雇い派遣について(阪口エキン)

☆託児、筆談の必要な方は事前にご相談ください。safetynet_osaka@.yahoo.co.jp
場所:ふるさとの家の1階(大阪府大阪市西成区萩之茶屋3-1-10)
(JR大阪環状線「新今宮」駅から一つ南の道路にあるローソンと「作業服 マルキュー」の間の道を南へ徒歩5分・左側の消防署の隣)
当日連絡先:090−8795−9799(野宿者ネットワーク)


ぼくも企画から関わりましたが、「やってよかった」と思いました。


2008/4/29 「フリーターズフリー対談集」が出る




人文書院・近刊案内より


「フリーター論争2.0」 ―フリーターズフリー対談集―

編者:有限責任事業組合フリーターズフリー
四六判並製208頁 価格1500円 刊行予定5月中旬

好評「フリーターズフリー」1.5弾!各地で行われたイベントでの対談を収録した、新世紀フリーター前夜祭!

雨宮処凛、赤木智弘、城繁幸、貴戸理恵、小野俊彦、生田武志、大澤信亮、栗田隆子、杉田俊介…、多彩なメンバーを迎えての5つの対話。フリーター運動と、生存と労働をめぐる議論のネクストステージ!
目次
1 フリーターの「希望」は戦争か? 
赤木智弘×雨宮処凛×杉田俊介
 この生きづらさをもう「ないこと」にしない 
貴戸理恵×雨宮処凛×栗田隆子×大澤信亮
3 若者はなぜ「生きさせろ!」と叫ぶのか 
雨宮処凛×城繁幸×大澤信亮×栗田隆子×杉田俊介
4 支援とは何か 
武田愛子×ちろる×そら豆×生田武志×栗田隆子×大澤信亮
5 新たな連帯へ 
小野俊彦×大澤信亮×杉田俊介


今日、うちに届きました。書店に並ぶのは5月中旬の予定。
主に書店のトークイベントの記録を収めた対談集。イベントはどれも東京の書店だったので、大阪のぼくが出たのは「4」の座談会と、ジュンク堂池袋店のトークイベント「フリーターズフリーのつくり方」の二つだった。
ジュンク堂のトークイベントはテープ起こしもしたが、諸般の事情で本にするのは「ボツ」。なので、ぼくの出番は一つ。うーん、もう一つ無理して出とけばよかったかも。

「フリーターズフリー」1.5弾としての「フリーター論争2.0」の出版と同時に、「フリーターズフリー」2号も着々と準備は進んでいる。
今日は、「2号」収録予定で、グッドウィル労働組合委員長で反貧困ネットワーク副代表の梶屋大輔さんに梅田でインタビューをしてきた。



「フリーター論争2.0」を持ってもらって記念撮影(ちょっとピンボケ)。
梶屋さん、ありがとうございました。


2008/4/23 ネットカフェで住民登録

「昨年末、蕨駅前にオープンしたネットカフェは、長期滞在割引を設け、「住民登録可能」と宣伝する。通常利用は30分200円だが30日以上なら1時間80円。
41部屋のうち18室が長期滞在用の部屋。「住所がなく、就職活動ができない人を応援したいと考えました。2人の方が住民登録されたのを確認しています」と、経営者の男性は話す。
だが、30日利用すると5万7600円で、アパートを借りられるほどの額だ。
「考えてもみてください、ビジネスホテルなら1泊6000円、次は歌舞伎町に進出します」
一昨年、大阪市西成区で発覚した大量の住民登録、雇用保険手続きに住所が必要な労働者に対し、区が慣行で3施設への登録を黙認していたが、「居住実態がない」として、約2000人の登録が抹消された。
蕨市の担当者は困惑する。「ネットカフェでの登録は想定外、でも、住んでいるということなら…」」

(読売新聞08年4月18日 シリーズ「貧困 底流」4より)

ネットカフェで住民登録! 
記事でも触れられているように、釜ヶ崎の日雇労働者や野宿者の書類手続きなどのために支援団体がその施設に置いていた住民登録は、「居住実態がない」として2000人以上抹消された。また、ドヤ(簡易宿泊所)での住民登録も、「ずっと住んでいるわけではない」から基本的にはなかなか認められなくなった。
ドヤは、法的には「旅館」である。「旅館」だから、というわけで住民登録は難しい。ところで、ネットカフェは「喫茶店」で、「旅館」のように「寝るため」の施設ですらない。あるのはイスだけで布団もベッドもない。にもかかわらず、ネットカフェの経営者が申請すると、「実際に住んでいるから」と住民登録が通ってしまうのだ。
一方、公園でテントを張って実際に住んでいる人が公園に住民登録しようとすると、役所はそれを認めない。裁判の結果、大阪高裁は「『生活の本拠としての実体』があると認められるためには(…)単に一定の場所において日常生活が営まれているというだけでは足りず、その形態が、健全な社会通念に基礎づけられた住所としての定常性を具備していることを要する」(二〇〇七年一月)と、公園での住民登録を認めなかった。
では、ネットカフェは「健全な社会通念に基礎づけられた住所としての定常性を具備している」と認められたのか。まったく不思議な現象が社会では起こっている。
ネットカフェの経営者は「住所がなく、就職活動ができない人を応援したい」と言う。本当に応援するなら、まともなアパートを低家賃で提供すればいいと思うが、こんな「ビジネス」が生まれてしまうのは、一つには、行政やわれわれ民間の「住所がなく、就職活動ができない人を応援」する態勢があまりに遅れているからだ。
しかし、この調子で住民登録するネットカフェが増殖すると、釜ヶ崎の「ドヤ」をも越える超「ケタ落ち」(ケタが落ちるほどひどい)「ドヤ街」が日本中に広がってしまう可能性すらある。

なお、この蕨市のネットカフェや、シリーズ「貧困 底流」の「3」で取り上げられた、野宿者に声をかけて「10畳のスペースに2段ベッドを並べ、14人が生活保護を」かけて、その保護費のかなりを受け取っている団体などについて、記事になるかなり前から記者から電話で話を聞いていた。「3」では次のようなぼくのコメントも載っている。「対価に見合っているか疑問だ。ただ、野宿者が生活保護を受けようとする際の敷居の高さ、不充分な自立支援策など、行政の安全網のほころびがある限り、こうした『サービス』は増え続けるだろう」。
ところで、その記事は、知り合いの労働者から掲載の次の日にコピーをもらって初めて知った。記者からは何も聞かなかったし、実はいまだに「コメントを載せました」の連絡も何もないんですけど! 

以下、『ルポ 最底辺 不安定就労と野宿』から、住民登録問題の箇所を引用。

 ところで、野宿をしている人の法的な「住所」はどこになるのだろうか?
 テントで暮らしている人の場合、「居住実態」は当然公園にある。だが、行政は公園や路上に住所を置いた住民票の届けを受理することはない(一方、本籍地は「富士山山頂」でも「皇居」でも自由に届けることができる)。実は、住民票がないと、人は「運転免許の更新ができない」「日雇雇用保険手帳を作れない」「就職活動で住所欄に記入ができない」「年金の給付を受けられない」「銀行口座を持てない」「選挙権を持てない」「自転車の防犯登録ができない」など、様々な権利を失ってしまう。このため、ドヤや飯場を転々とする日雇労働者、ドヤにさえ泊まるお金のない野宿者のため、支援団体や支援者個人が自分の住所にその人たちの住民票を置き、郵便物や年金の手続きを手伝う活動をしてきた。
大阪市北区の扇町公園でテント生活をしていた山内さんも、支援団体「釜ヶ崎パトロールの会」のメンバーのアパートに住民票を置いていた。ところが、二〇〇四年二月、大阪府警はこの支援者を「居住の実態がないのに虚偽の記載をした」として逮捕した(不起訴処分)。実際には、下宿している大学生が住民票を実家に置いている場合など、住民票の住所が居住実態とちがうケースはいくらでもあるが、支援者がねらい打ちで逮捕されたのだ。
 逮捕を受け、区役所は山内さんの住民票を抹消した。別の人の住所に住民票を置くとその人がまた逮捕されかねないので、山内さんは実際に住んでいる扇町公園の住所で区役所に転入届を提出した。区役所はその届けの受理を拒否し、山内さんはこれを不服として提訴を行なった。その結果、大阪地裁は「生活の本拠がある限り、転居届の不受理は許されない」として公園に住民票を置くことを認める判決を下した(二〇〇六年一月)。しかし大阪市側は控訴し、大阪高裁は「『生活の本拠としての実体』があると認められるためには(…)単に一定の場所において日常生活が営まれているというだけでは足りず、その形態が、健全な社会通念に基礎づけられた住所としての定常性を具備していることを要する」として逆転敗訴を言い渡した(二〇〇七年一月)。
 ここでの根本的な疑問は、公園でも支援者宅でもダメと言うなら、山内さん(をはじめとする三万人の野宿者)の住民票は一体どこに置けばいいのかということである。二〇〇六年には、釜ヶ崎で日雇労働者・野宿者のために住所を設定してきた「釜ヶ崎解放会館」「ふるさとの家」「NPO釜ヶ崎」の三五〇〇人あまりの住民票が問題になった(失踪中の福岡県警の元警察官が「釜ヶ崎解放会館」にあった他人の住民票をネット上の裏取引で買い取り、別人になりすましていたことがきっかけ)。大阪市は「居住実態のない住民票を消除する」と宣告し、それに反対する運動団体による市役所前での野営闘争や座り込み、弁護士の反対声明などの反対運動にもかかわらず、二〇〇七年三月、大阪市は二〇八八人分の住民票の抹消を強行した。
 大阪市、大阪高裁の判断によれば、公園であれ支援者の住所であれ、野宿者は「住民票」を持つこと自体が許されないことになる。これは、ネットカフェ難民など「健全な社会通念に基礎づけられた住所としての定常性」を持てない多くの人々に将来波及してしまう可能性が高く、深刻な問題をはらんでいる。
なお、現在、徳島県那賀川町ではアザラシの「ナカちゃん」、富山県入善町ではダチョウの「善ちゃん」、三重県名張市では「怪人二〇面相」、愛媛県松山市では松山城天守閣の「チャチホコ」に特別住民票が発行されている。一言で言えば、行政にとって野宿者は「ダチョウ」や「シャチホコ」より気にかける価値のない存在なのである。


2008/4/13 今日の毎日新聞の記事

今日の毎日新聞の1面(!)に次の記事が出ている。

ホームレスに理解を 授業通して 教職員らが全国ネット

 大阪市や東京都などの教職員や支援者らが近く、「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」を設立する。若者による野宿生活者の襲撃事件が後を絶たないためで、全国で連携して教育現場から、若者の野宿生活者に対する偏見や差別をなくそうと声を上げる。
 近畿の学校で70回以上講演してきた「野宿者ネットワーク」 (大阪市)の生田武志代表(43)や東京都教員ら4人が呼び掛け、既に70人余りが賛同。今月中にもメーリングリストを開設して活動を始める。 「すべての学校でのホームレス問題の授業実践」などを文部科学省に要望するほか、模擬授業を公開するなどして各地の教育委員会にも働き掛ける。
 これまで、教育現場での取り組みは一部に限られてきた。川崎市はすべての市立学校に人権推進教育担当の教員を置き、道徳などの授業で野宿生活者を生む社会的背景や生活実態を教えるよう指導。大阪市や兵庫県姫路市も教職員向け冊子などを学校に配布している。しかし、川崎市教委指導課は「襲撃事件は確実に減っている」と話すものの、大阪市教委は「同和問題や在日外国人など、人権問題の課題設定は各校が判断する」としている。生田さんは「各地に関心を持っている人は多く、協力して学校現場での取り組みの充実を呼び掛けていきたい」と話している。
 野宿生活者を巡っては、姫路市で05年10月、少年4人が60歳の男性に火炎瓶を投げ込んで焼死させる事件などが起きている。
 【加藤小夜】

北村さんと共同代表だと言ったはずですが、ぼくだけ代表みたいになっている…
(参加者も70人じゃなくて、昨日の段階で85人だし)。
連絡先が出てないのが残念!
でも、記事で出るのはありがたいことです。


2008/4/10 「極限の貧困をどう伝えるか・講演資料」

極限の貧困をどう伝えるか
ここからもリンク。
(注、かなり画像が重い!)

反貧困ネットワーク主催の「反貧困フェスタ2008」での講演の資料解説をアップ。
この日の講演は、前半で野宿者問題の現状説明、後半で「貧困をどう伝えるか」について、資料を使っての説明だった。
全部で1時間だったのでかなり簡単な説明にしたが、ここではある程度詳しく資料を解説しています。


2008/4/5 「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」 参加へのお願い

「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」 参加へのお願い

 わたしたち「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」呼びかけ人は、これまで野宿者問題にかかわりながら、支援者、ジャーナリスト、学校教員等、それぞれの立場から、学校での「ホームレス問題の授業」に取りくんできた有志の集まりです。
 このたび、「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」を立ち上げるにあたって、広く、全国の皆さんのご参加を呼びかけます。

呼びかけ文

いま、日本各地で、子ども・若者たちによる野宿者への襲撃事件が起こっています。投石、エアガン・花火を打ちこむ、消火器を噴霧して投げこむ、ガソリンをかけて火を放つ、殴る・蹴るなどの暴行が、日常的に頻発しているのです。
 06年には、姫路市の中高生ら少年4人が、野宿者に火炎瓶を投げこんで焼死させるなど、被害者が「死」に至る事件も後をたちません。
 襲撃した少年たちは、「ホームレスは臭くて汚くて社会の役にたたない存在」「ゴミを掃除しただけ、大人は叱らないと思った」などと語っています。そこには、大人・社会の野宿者・貧困者への差別意識が、あからさまに反映されています。
 そして、子どもたちの野宿者襲撃には、「いじめ」問題との強い共通性があります。いま、多くの子どもたちが、学校、家庭、社会から「ありのままの自分」を認められず、仲間に対しても「過剰な同調」と「競争意識」を強いられ、そのストレスから「自分より弱い他者を攻撃すること」で、自分の存在・価値を実感しようとしています。子どもたちの「ホームレス」いじめも、まさに同じ背景・構造にあり、加害者自身が「自分を尊重され、他者を尊重できる」という、基本的な関係性が築けず、心理的に抑圧されています。
「ホーム・レス」を、安心できる「家や居場所がない状態」と捉えるなら、彼らもまた「心のホームレス」「関係のホームレス」であるといえるでしょう。
 また、多くの若者たちが、学校を出て働いても、満足な収入が得られないワーキングプアや、都合よく使い捨てられるフリーターになるという現実、さらに社会に出て働く意味そのものが感じられないという問題にも直面しています。「ネットカフェ難民」といわれる若年層の「ホームレス」化とともに、野宿者と若者たちの抱える貧困・労働問題は、もはや切りはなせない地続きのものとなっています。
 わたしたちは、「襲撃・いじめ」といった若者たちと野宿者の「最悪の出会い」を、希望ある「人と人としての出会い」へと転換していくために、襲撃問題を解決するための取りくみや、学校での「ホームレス問題の授業」を行ってきました。しかし「ホームレス問題の授業」の実践は、日本では、まだごく一部です。子どもたちが加害者となる残酷な襲撃・殺害事件が頻発しているなか、教育現場の対応は信じられないほど遅れています。
 襲撃問題の解決のために、野宿者をはじめ、子どもや若者たちが安心して生きていける社会の実現のために、「ホームレス問題」への理解と共感、あらゆる命・人権を尊重するための「授業の実践」を、至急、教育現場で展開していくことが必要です。
 わたしたちは、こうした問題に関心をもつ全国のみなさんと、授業の実践、情報交換、教材の開発、そして文部科学省・各地の教育委員会へ「学校でホームレス問題をおこなうこと」を求めていくために、つながり、力を合わせていきたいと願っています。ぜひ仲間に加わっていただけますよう、多くの方のご参加を呼びかけます。

「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」
呼びかけ人
  生田武志(野宿者ネットワーク)
  北村年子(フリージャーナリスト)
  清野賢司(東京都教員・NPO法人TENOHASHI事務局長)
  飯田基晴(ドキュメンタリー映画監督)

●「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」メーリングリストの開設を予定しています。ご参加希望は、氏名・所属等を明記の上、こちらのアドレスまで。    cex38710@syd.odn.ne.jp
※サイト「野宿者問題の授業を学校で行なっています」のメールでも送れます。
●連絡先:090−8795−9499(野宿者ネットワーク)


2008/4/2 「論座」5月号・「ゼロ年代の言論」

論座」の特集は「ゼロ年代の言論」。冒頭の鼎談では、「フリーターズフリー」創刊号責任編集の大澤信亮、「エクス・ポ」の佐々木敦、「思想地図」の東浩紀が出て、それぞれの雑誌や様々な問題について話し合っている。関心ある人は読んでみよう!
その他、執筆者何人かから「フリーターズフリー」に言及があり、鼎談で呼ばれていることといい、それなりに注目されているのかとは改めて思う。(しかし、それにしては実売2200部程度というのはどんなものなのか。こんなものなのか)。
ちなみに、岩波書店社長の山口昭男は「フリーターズフリー」について、「雑誌全体について言うと、中にはしっかりした議論もあるし、僕自身、勉強になる話もあったけど、概して、ブログやネットの書き込みを一冊にまとめたという感じがどうにも否めません。もう少し作りに工夫があってもよかったかなと思います」と言っている。だが、一般的なブログやネットの書き込みと「フリーターズフリー」の中身は全然ちがうのではないか(価値の問題ではなく、性質の問題として)。
中森明夫は「フリーターズフリー」について触れ、「フリーター≒ニート≒ホームレス」結末の「『フリーター・ニート・ホームレス』、この閉じられた『奇妙な』日本社会で生まれ続けた『奇妙な言葉』たち! しかし、われわれはこの閉じられた社会を『開き』、腐り朽ちた柵を打ち破るため、そこに新たな窓を開けるだろう」を引いて、
「端的に言って、私はこの一節に心を撃たれた。『彼らの言葉』『奇妙な言葉』を『わたしたちの言葉』として解放すること。こんな真率で切実な言葉の届き方は、既存の論壇誌ではありえない。「フリーターズフリー」は〃趣味〃の雑誌ではない。1970年代以後生まれの参加者が多数を占めるこの若い世代の雑誌の姿勢が、新鮮な驚きだった」と書いている。これはとてもうれしかったです。


2008/4/1 プアプア批評7

フリーペーパー「WB」(「早稲田文学」)2008年春号に連載コラム「プアプア批評」の第7回を載せています。今回は、内田百閧フ『ノラや』やフロベールの「純な心」など、動物の出てくる小説についてなど。
なお、『ノラや』について、内田百閧フ反応について「薄気味悪いものがある」と書きましたが、ペットロスの症状として考えるとこの言い方は適切でありませんでした。とはいえ、内田百閧フ悲嘆ぶりは「病的なペットロス」(林良博『検証アニマルセラピー』)として考えなければならないとは思います。
(連載タイトルは鈴木志郎康の「プアプア詩」に倣いました。かつて、「これはおもしろいなあ」と読んだもんです。ただし、ぼくの「プア」は「poor」のことですが。)
書店で普通に売ってないので、頒布場所を見てください。


2008/3/31 反貧困フェスタ2008



3月29日の反貧困ネットワーク主催・「反貧困フェスタ」に行ってきました。
「究極の貧困をどう伝えるか―経済の貧困と関係の貧困と」の講演と、「フリーターズフリー」のテント出店で書籍の販売。
いろんな人にお会いできました。
講演で配った資料は、近日アップ予定。

「近況12」

■HOME