展覧会構成
ルドゥーテの描くバラは、ボタニカル・アートとしての忠実な描写を出発点としながら、バラの肖像画とも言うべき境地に達しています。たとえば花首の微妙な傾け方により、その表情は変わります。花びらの開き方一つで、幼い少女に見えたり、貴族の奥方にも見えます。
ルドゥーテはルイ16世王妃マリー・アントワネットの博物蒐集室付素描画家に任命された人物で、革命後はナポレオン皇妃ジョゼフィーヌから寵愛をうけ宮廷画家として活躍しました。皇妃は無類のバラ好きで、大金をはたいて多くのめずらしい品種を集めていたことから、ルドゥーテはそのカタログともいうべき『バラ図譜』の制作を提案しました。しかし、ジョゼフィーヌはその完成を見ずして他界してしまい、ルドゥーテは自ら費用を工面し、8年の歳月をかけてそれを完成させるとともに、この仕事を通じてバラの魅力のすべてを把握するようになったのです。この図譜に収められた169種のなかには、すでに現存せず、この図譜のみにその姿を残しているものも多くあります。よって、図譜は美術的価値だけではなく、植物学上も重要な資料となっています。
『バラ図譜』は「本」なので、通常は一点ずつしか見ることができませんが、本展ではすべてを額装して一堂に展示します。そこに出現するのは図像によるバラの花園で、訪れる者の溜め息とバラたちの囁き声が聞こえてきそうな「薔薇空間」。本物のバラ園以上に、バラの「気」に満たされます。
スティップル・エングレーヴィング(stipple engraving 点刻彫版法)
点の集合で陰影を表現する技法で、非常に高度な技術労力を要する銅版画。淡く、上品なグラデーションを可能とし、画から輪郭線を一掃することができる。 ルドゥーテはイギリスを訪問した際にこの技法を習得し、『バラ図譜』においてバラの透明感あふれる美しさを表現した。
イギリスの風景画家で、明治時代に来日しているアルフレッド・パーソンズ(1847〜1920)が、バラの研究家、栽培家として知られていたエレン・ウィルモット(1858〜1934)の依頼により制作した、植物図譜『バラ属』の図版を紹介します。
日本のボタニカル・アートの草分け的存在である二口善雄(1900−1997)が晩年に力を注いだバラの水彩画を紹介しながら、ルドゥーテの作品のもつ意味を検証します。
現代の人気写真家、齋門富士男がバラに魅せられて撮った最新作を展示、ルドゥーテへのオマージュを捧げます。
会場内では、ルドゥーテが唯一表現できなかった薔薇の「香り」の演出を加え、人々を魅了してやまないこの花の秘密を解き明かしていきます。また、ルドゥーテ作品をモチーフにした3DCGムービー(制作:キャドセンター)、アトリエ染花による会場装飾も予定。本物のバラ園とはまた別の魅力を持つ華麗なる「薔薇空間」をお楽しみください。