2007年12月19日

「いじめ自殺から一年」

 日曜日深夜にドキュメンタリー番組を観た。
 中学2年生の森啓祐君がいじめによって自殺をしてから一年たった。

 番組の序盤に、取材をしようとして玄関前で断られる場面が映し出された。教頭先生とのやりとりがなされていた。
 
 「生徒たちの中には、自分のひと言や行為が、啓介君を自殺に追いやったのかもしれないと悩んでいる者もいます。生徒たちは受験も控えていますので、動揺させずに卒業させたいんです。どうかそっとしておいてください」


 教頭先生や学校の立場も理解はできる。人権教育などの取り組みもしているのだろう。
でも、その取り組みについて積極的に公開をし、行事毎に啓祐君がいなくなったのはどうしてかを振りかえらなければならないのではないか。動揺しないために忘れたり、記憶の片隅に置いておくだけにとどめるのでは、せっかくの痛切な反省が活かされないのではないか。
 自分たちが見て見ぬふりをしたこと、傷つける言葉を吐いたこと、暴力的な行為をしたことなどを心から悔い、一生、いじめをしないどころか、弱者をいじめる存在を許さないという決意を持てるようにしなければならないのではないか。

 「今までの三輪中と変わりません」と事件直後、校長先生は生徒達に全校集会でこう述べていた。
 おそらく、生徒達の動揺を鎮め、三輪中の生徒でいることに誇りを持てる学校だとおっしゃりたかったのだろう。

 でも、そうではなく、
 「みんなの中には、いじめだと自覚をしていなかったとか、関係がないとか思っている人もいるかもしれません。でも、これは、先生や生徒みんなの問題なのです。森君を死に追いやったのは私たち一人一人なのです。もう二度と、このようなことがあってはなりません。私たちは森君の心の叫びを忘れずに、いじめを絶対に許さない人間にならなければなりません。そうなることでしか、三輪中の生徒であることに誇りなど持てないのです。今から大変な時期が続くと思いますが、私たちが変わることのできるきっかけにしなければならないのです。森君はもう帰ってきません。でも、私たちが一生、他人の心の痛みをわかる人間になり、いじめを無くす社会、弱者を大切にする社会を作っていけるようにしなければならないのです」
というようなメッセージを発することができなかったのだろうかとも思う。そのように真剣な取り組みをしないと、生徒達は、忌避すべきこととして、自分たちの学年からいじめによる自殺者が出たことを考えないようになってしまうのではないか。

 さて、このドキュメンタリー番組では、母親を中心に取材されていた。
 啓祐君の母親は、ケースワーカーの仕事をしているのだそうだ。
 病気で入院している人の世話をする仕事のようだ。

 啓祐君は、母親の職場に小学生の時からよく行っていたらしい。
 そして、入院している患者との関わりもあったようだ。
 患者さんと話をしたり、将棋をさすこともあったという。
 
 「将棋の相手をしてもらっていて、本当は、大人の私の方が何かおごってやらなければならないと思っていたのに、啓介君は、自販機から缶コーヒーを買ってきて、私にくれたんですよ。そのことがとても印象に残っています」

 小学生の卒業文集では、自分よりも下の人に、その人はもっと下の人にやさしくなれるようになったら、世界はみんなしあわせに暮らせるようになれると思います、といったことを書いていた。

 担任の先生に提出する「生活の記録」には「何か悩み事ある?」との質問に「20くらい」とだけ書いていたようだ。
 バレーボール部には、母親が勧めて入部させたので、クラブの友達からのいじめで亡くなって、母親はつらいだろうなあと思う。

 この町にいると、啓祐君が自殺した当初から、あれこれ、噂が入ってきた。
 いじめた生徒が近所に住んでいる誰それだとか、いじめる直前に森君から電話をもらったという生徒のことも。また、いじめをしていたグループとされる少年たちが、放課後、近くの空き地であまり楽しくなさそうにミニソフトボールをしているのも見かけたこともあった。自分たちがやったことが思いも寄らぬ、取り返しのつかないことになってしまったことを実感できないようにも、自分たちに課されるであろう処分を怖がっているようにも見えた。また、自分たちはたいしたことをやっていないのにと思っているようにも見えた。つまり、見方によってはどうにも見えたのである。事件からそう日もたっていないのに、空き地で遊んでいるなんてと思う人もいるかもしれないが、空き地で集まるより他、身の置き所がなかったのかもしれない。

 また、啓祐君の家族を批判するような噂も飛び交っていた。どうして、このようにひどい見方をするのだろう。森君の両親は、森君をほったらかしにしていたというのだ。
 「子どもをほったらかしにしておいたことは棚にあげて、子どもが自殺をすると、学校の先生達に大声をあげてなじる。相当の根性者だ」
 僕は、果たしてそうなのかな…と思いながら、そういう噂を聞いていた。このようなモノの見方が正しいのであれば、共働きをしなければならない世帯の親は、とんでもない親だということになる。
 でも、この噂は事実とは異なることが、このドキュメンタリー番組を見ているとわかる。

 ずっと長く病気で入院している人たちの世話を母親がしていて、森君は、その母親の仕事ぶりを見て、患者たちとも直接接しているからだ。
 マスコミ報道では「ディープインパクト」に憧れていたことが強調されていたが、強くて完全無欠な者に対する憧れだけを啓介君が持っていたわけではない。そうではなく、弱い者に対するやさしさを持ち合わせ、繊細でみずみずしい感性のある少年だったのだ。
 僕は彼が、読書などをして、現実から逃避をする術を身につけていたらなあと思った。あまりにいじめがひどければ、学校に行かなくてもいいのだ。でも、彼は優しすぎたからそういうことはできなかったのだろう。

 7月に「ハートフル展」という名前だったか、いじめで亡くなった生徒達のパネル展を見た。
 じっくり見ることができたわけではなかった。用事を終えて見にいったときには、午後5時をまわっていて、もう後かたづけが始まっていた。無理にお願いして、少し見せてもらったのだ。

 訪れた人たちからのメッセージカードが分厚い束になっていた。厚さ十センチ近くはあっただろうか。

 「私たちは、学校の先生を非難しているというわけではないんですよ。今の中学生の親たちの世代の頃は三輪中はよかったという声をたくさん聞きました。人権教育推進校でしたね」と受付の人が言われていたのが印象的だった。森君のお母さんは、どなたかと話をされている最中だったので、直接お話を伺うことはできなかった。

 「あの頃」は、ゼッケン登校があった。
 同和地区に住んでいる友達が、黄色いゼッケンをつけて、国道沿いを集団登校してくるのだ。
 同和地区外の生徒と教員は、玄関で友達を出迎える。泣きながら登校してくる友達も多かった。
 自ら同和地区出身者であることをカミングアウトして歩いてくるからだ。
 ゼッケン登校には、同和地区の人を強制的にカミングアウトさせていいのかという問題もあるようで、現在は行われていない。是非はあるだろうけれど、僕たちの頃は、ゼッケン登校をした上で、徹底的な人権教育が行われていたのだ。

 友達が、狭山事件の裁判のことや、渋染め一揆や、結婚、就職差別のことなどを、レジェメにまとめて、みんなの前で発表をする。何より、社会的な問題についてきちんとまとめてわかりやすく発表する姿に、カッコイイと思った。
 泣きながら発表をしている友達もいた。彼らが差別をされて苦しむ姿は見たくない。差別は悪いと分かっていても、自らが当事者になってしまうと、差別をしてしまう側になってしまう人がけっこういるという現状も知った。でも、友達の発表を聞いていると、絶対に差別を許すものかという気持ちになれた。学級会の後、家に帰って、自分たちが差別を無くす使者のように、父母に話すと「俺は、お前が同和地区の人と結婚するなら、勘当するからな」という、とんでもないことを言ってくる。そこで、まずは、父を説得しなきゃと思い、必死に説得をするも、なかなか偏見は打ち崩すことができず、こりゃあ、頑固者を説得するには時間がかかるぞ…と思ったものだった。

 時々、同和地区の友人が「お前、俺のことをかわいそうだと思っているやろ」とか「お前の仕事は便所のくみとりしかないと思っているやろ」とか言ってくることもあった。そういうときは「そんなことは思ってないよ」と言い、あまりにしつこいと「ふざけるな」と言って喧嘩になりそうなこともあった。
 隣保館という建物で、同和地区の友達が、青年と一緒に劇をするという。担任の先生は行きなさいという。ところが、友達は「来るな」という。困ったけれど、行くことにした。受験も近づいているのに、よく練習したなあと思いながら、「渋染め一揆」の演劇を見た。友達は、僕たちにガンをつけてきて「来るなと言っただろうが」と言った。でも、その後すぐにくるりと背中を見せてすたすたと歩いていった。後で、人づてに「『友達が見に来てくれた』と言って、とても喜んどった。感激して泣きかけよったよ」と聞いた。僕たちにとっては、眉を剃り、そり込みをしていて恐い友人だったけれど、それでも、小学生の頃は、仲良く遊んでいたのだ。

 こんな感じだったから、一朝一夕で人権教育がうまくいくなんて、僕は思っていない。様々な軋轢や葛藤が繰り返され、不完全な教員が不完全な生徒と共に試行錯誤を繰り返すことで、一進一退を繰り返しながら、気づくと、自分の中学に誇りが持てるほどの人権感覚を持ち合わせているという状態になっているのだ。

 いじめられている人がいると「やめなさいよ!」と女生徒が怒り、それを「ふざけんなよ」と男子が言い返し、女生徒は職員室で先生に言いつけ、男子生徒は叱られる。「密告したな」と男子は怒り「あんたが悪いんじゃないのよ」と女子は言い返した後泣き出すと、他の女子生徒が「あんたが悪いのに、泣かせていいの」と言う。こんな調子のいざこざが数週間続き「あいつにはかなわんな」と男子の方が折れる。しばらくすると、あんなに仲の悪かった者同士がつき合っていることもあって、へぇと驚かされる。
 めちゃくちゃエネルギーのあった時代だったのだなあと思う。

 もちろん、今の生徒を取り巻く状況は異なるので、あの頃の指導がそのまま同じで適切なわけではないだろう。でも、いじめで友達を亡くしてしまったのなら、自分たちがいじめを無くす社会をつくるために先導していくくらいの気概を持って欲しいのだ。



Posted by Jun Rajini at 01:14│Comments(2)TrackBack(0)時事

この記事へのトラックバックURL

http://ch01411.kitaguni.tv/t453455
この記事へのコメント
むずかしい問題ですね。
でもJunさんにまったく同感です。
最後の方の女生徒と男子の会話。
自分たちの時代を思い出します。
Posted by Nezu at 2007年12月19日 12:38
Nezuさん、こんばんは。
「北国チャンネルTV」がメンテナンスを終えたら、いきなりログイン画面が変わっていて、びっくりしました。
自分のブログにログインするためのパスワードを忘れてしまっていたので、問い合わせフォームに入力して、2時間半くらいたって、パスワードが送られてきたので、やっとログインすることができました。
 今の子どもたちは、携帯電話を持っている人が多くて、自分だけの時間を持ちづらくてかわいそうだなあと思います。半年くらい前に、何かの本を読んでいたら、ある大学教授は、小さい頃いじめられていて、学校に行きたくないので、近所の林に潜んで本ばっかり読んでいたそうです。それで受験もクリアし、学問の楽しさもわかったというんです。
 今の子どもたちは、空気を読まなければならないし、大変だなあと思います。軋轢や葛藤が友達との間にたびたび生じて、それを繰り返していくうちに、人とのつき合い方がわかっていた頃とは違うのかなあと思うこともあります。
 ちなみに、僕は携帯電話を持ってはいるものの、ワンセグでニュースステーションとニュース23を録画するために、電波のいい場所に放置しています。不携帯電話と化していて、電話がかかってきても出ることができないので、申し訳ないなあと思います。
Posted by Jun RajiniJun Rajini at 2007年12月21日 01:11
認証文字を入力してください