従軍慰安婦問題を扱ったNHKの番組をめぐって、放送内容が政治的圧力で改編され「期待権」が侵害されたとして、取材を受けた市民団体がNHKなどに損害賠償を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第一小法廷は、賠償を命じた二審の東京高裁判決を破棄し、市民団体の請求を退けた。
番組が取材対象者の期待に沿わなかった場合に取材者側が法的責任を負うかどうかが争われたが、最高裁は「番組内容への期待や信頼は、原則として法的保護の対象とならない」との初めての判断を示した。五人の裁判官全員の一致した意見だ。
判決では「どのような放送をするかは表現の自由の保障の下、放送事業者の自律的判断に委ねられている」と原則を述べた。憲法に保障された報道の自由を重視した判断といえよう。
NHKは二〇〇一年一月、教育テレビで特集番組「戦争をどう裁くか―問われる戦時性暴力」を放送し、原告などが主催した「女性国際戦犯法廷」を取り上げたが、放送では昭和天皇の責任を指摘した判決部分などが削除された。
取材に協力した市民団体の提訴に対し、東京高裁は、取材対象者が期待を抱くのもやむを得ない「特段の事情」が認められるときは、編集の自由も一定の制約を受けるとして賠償を命じた。
しかし、最高裁は「番組は放送事業者の内部でさまざまな立場、観点から検討され編集されるのが当然で、その結果最終的な放送内容が当初の企画と異なったり、放送に至らなかったりする可能性があるのも当然だ」とした。「このことは国民一般に認識されている」とも強調している。
番組が改編された理由について高裁判決では、NHK幹部が「国会議員から『公平、中立の立場で報道すべき』と指摘されたことを重く受け止め、意図を忖度(そんたく)して当たり障りのない番組内容にした」と認めていたが、最高裁は、番組改編での政治的圧力の有無についての判断は示さなかった。
だが、今月十日に第三者機関「放送と人権等権利に関する委員会」が出した番組改編問題をめぐる高裁判決を報じた昨年のNHKニュースに対する見解は「裁判で対立する相手方の意見に一切触れず、自らの解釈だけ伝えた。放送倫理に反する」とした。公平の原則を定めた放送法などに反し、当事者に著しい不利益を与えたとの厳しい批判である。NHKは公共放送としての責任の重大さをもう一度認識しなければならない。
政府の社会保障国民会議が、年金や医療・介護、少子化対策などに関する改革の方向性を示した中間報告案をまとめた。近く福田康夫首相に提出し、政府の「骨太の方針二〇〇八」に盛り込まれる見通しだ。
報告案は、社会保障の機能強化の観点から「国民経済全体として財源配分を見直すべき」と、一層の財源投入を求めた。ただ、福田首相は社会保障費の伸びを毎年二千二百億円圧縮する方針を堅持するだけに、今後の調整は不透明といえよう。
また「負担についての国民合意を速やかに形成し、財源確保を図る」よう提言した。しかし、その規模や財源として有力視される消費税の扱いなど具体論には踏み込まなかった。
基礎年金を全額税で賄う「税方式」への移行論が出ている年金制度については、現行の「社会保険方式」と両論を併記するにとどめた。一方で、保険料未納対策の徹底を強調した。
医療・介護分野では、「大胆な効率化を行いつつ、増大するサービスを担う人的・物的資源の確保が必要」と指摘したほか、診療・介護報酬体系の見直しを提案した。少子化対策では、第二次ベビーブーム世代が三十代半ばにさしかかった今のうちに財源を集中的に投入すべきだとした。
少子高齢化が進む中、持続可能な社会保障制度をどう再構築していくのか。給付と負担の在り方をどう考えていけばいいのか。国民会議での見直し議論の狙いもそこにあったはずだが、今回の中間報告案からはまだ、将来像は見えてこない。
財源確保策など懸案の多くは九月にまとめる最終報告に先送りされた形だ。今後は医療や介護に関しても給付と負担の関係の試算を公表するなど、国民的議論を深める必要があろう。
(2008年6月14日掲載)